<36>証明書発行
2日間、サアス達から逃げるように、忙しく生活した。口コミで宣伝してもらって、安価な回復士としてのバイトをこなし、小銭を稼いだ。
晴れて目標金額に達したので、早速、ギルドに行って、回復士としてのレベル証明書を発行してもらうことにした。
回復士のレベルの測りかたというのは、大変特殊だった。
申し込めばすぐに鑑定士みたいな人が来て、パッと測ってくれるのかな~と思ってたら、全然違った。
もっとずっと実際的で、リアルな測り方だ。
申込書に記載し、前金を払うと、予約が成立した。半日後に再訪すると、別室に通され、テスト内容の説明を受けた。
まずは、自分の腕を使う。
自分で、自分の腕を切る。
それを、自力で治す。
そういうことらしい。
ナイフを渡されて、「骨に当たるくらい、肉が見えるくらいに切ってくれ」と言われた。
……………………嘘でしょ?
横に回復士さんが同席してくれて、万が一の時に備えている。
つまり、万が一、自分で上手く回復できなかった時の保険ということだ。
まさか、こんな原始的な方法でテストすると思っていなかった。
「本当に、これで切るんですか」
「はい、いつでもどうぞ」
ピカピカのよく切れそうなナイフを手に握り、僕は震えあがった。
とてもじゃないけれど、そんなこと、できない。
「もし、自分で自分の腕を切れないようでしたら、代わりにお切りしましょうか?」
とギルドの職員さんが言った。
そんな、高級レストランの給仕さんの『お肉を切り分けましょうか?』みたいに言われても、困る。
この人が、回復士の能力をテストして、証明書を作ってくれる、要するに審判である。
ベテランの風格で、落ち着いているし、冗談を言っている感じは全然ない。
「いえ……ちょっと、待ってください」
自分で腕を切る勇気も無いが、他人に任せる方が、容赦なくザクッとやられそうで、怖い。どちらの方がマシだろうか……、その決断もできない。
「腕が無理なら、指を切るのでも良いですよ。足でも構いませんが、とにかく、肉部分に到達するくらいの、中程度の切り傷でお願いします。骨までは行かなくて良いので」
────えぇぇぇえ~……。
肉を切るとか骨を断つとか……サイコパスか……。
僕は絶望的な表情で、職員さんと、隣にいる回復士さんの顔を見比べた。
「……もし、どうしても、ご無理なようでしたら、別料金を支払って、他人でやって頂いても構いませんが?」
「他人、って、他人に怪我を肩代わりしてもらうってことですか? あの、それって、おいくらくらい必要でしょうか」
僕は気弱に聞いてみた。しかし、自分は無理だから他人の体を使う、というのも人道的にどうなのかという気もする。
他の回復士さんは、皆、こんな滅茶苦茶なテストを平気で受けているのだろうか、と疑問である。
「ギルドから人を斡旋するなら、200リアくらいですね。仲介料の分、高くなるので、ご自身で個人に依頼して連れて来てもいいですよ。もし、そうするならば、とりあえず今日はこの試験はパスして、別の日に改めて実行することになりますが」
200リア……。2~3万円くらいか。仲介料が1万円としても、1~2万円程度で自分の腕や指をザックリやってくれる人が居るなんて、この世界の価値観は狂ってるな、と思う。
しかし、それにしたって、大金ではある。
僕はまだ、肝心の工事現場の給料を受け取っていない。
最近は回復のバイトをしているので、ちょっとした小銭はあるが、200リアの手持ちは無い。
一瞬、『サアス達だったら、無料で引き受けてくれそうだけど……』と思ってしまった。しかし、すぐにその考えは捨て去った。そんなことを思いつくだけでも、自分が恥ずかしい。
「どうされますか?」
「あの、当たり前ですけど、切ったら、痛いですよね」
「ええ。痛いと思います」
「皆さん、回復士の皆さんは、このテストを平気で受けるんですか?」
尋ねると、事務員さんは首を振った。
「平気じゃないですよ。私が担当したことがある限り、平気で自分を使って評価をやり遂げた人は、ほんの数名です」
「あぁ……」
やっぱり、そうか。
それを聞いて、何だかホッとしてしまった。
「私もやったことないですよ」
隣に同席している回復士さんが言った。
「あ、そうなんですね。意外です」
「幸い、ギルドの証明書が必要なことがありませんでしたので。でも、レベル証明書を持っていれば、何かと就職なんかには有利だと思います」
現代社会の資格みたいなものなんだな、と思った。
実際に英語がペラペラ話せる人は、検定試験の何級とかを持っていなくても通用する。
回復士も、同じなのだろう。
「そうですね。自分のレベルが知りたいから、と言う理由で定期的にこのテストを受けに来る人もいますよ」
「そうですか……どうしよう……」
僕は今更だけど、この試験を辞退しようかと思い始めていた。既に前金で受験料を払っているので、返金は難しいだろうか。
やっぱり、後日にはなるけれど、誰か他人に依頼して生贄になってもらうのが良いだろうか……。
「本当は、ご自分の腕でやっていただくのが一番良いですけどね。無理なら、他人でも構いませんよ」
「そうですよね……やっぱり、こういうのは、自分でやるべきですよね」
苦笑すると、事務員さんはさらりと言った。
「あぁ、いえ。そういうわけじゃなくて、冒険者さんの場合、自分が怪我した痛みの最中に回復魔法を使わなくてはいけないケースが、十分にあり得ますから」
自分が怪我を負いながら、痛みの最中に回復魔法を使う……。
そうか。冒険の現場では、そういう切羽詰まった状況が容易にあり得るのだ。
「痛みを負いながらでも、回復魔法を唱えられる集中力、イメージ力があった方が良いですね。ですから、他人の代役を使った回復の場合、評価不可の点数分が減点されます」
「なるほど……」
数多くの冒険者の悲嘆を日常的に見聞きしてきた人の言葉には説得力がある。
回復士自身が、怪我を負わない保証なんてどこにもない。
冒険グループ全員が瀕死の大怪我だったとき、最後の命運は回復士の力に委ねられる。
その状況を想像すると、ゾッとする。
でも、現実だ。




