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<35>待ち伏せ

 トボトボと歩いていると、住宅街に似つかわしい、公園のようなスペースがあった。

 私有地かな、と思ったが「広場で遊ぶ時のお約束」が書かれた看板があり、「広場はみんなの場所です」から始まっていたので、共有の場所のようだった。

 ベンチを見つけて、そこに座った。


 日が暮れかけてきた頃、僕は寮に帰った。

 本当は、今日のうちにこの寮を引き払えると良かった。けれど、そうはいかなかった。次の宿が決まっていないから、仕方がない。

 追加料金を支払ってこの寮に泊まることになる。確か、それほど高くない値段だったはずだし、もらうべき給料からの天引きになるから、問題ないけれど。


 お隣のミミロアさんは、もういないだろう。慣れ親しんだ寮といえども、ミミロアさんがいないとなると、味気なく、何もないただのアパートだ。


 今更ながら、「一人で生きられる」ということと「一人で生きる」ことの違いを思う。


 見上げると、二階の僕の家の前に、誰か立っている。

 不審に思って様子を窺うと、黒い長い服を着ている。どうやら、イトっぽい。階段を昇って行くと、やはりそうだった。


「あっ……お帰り、アーラ」


 僕は気まずい空気を感じながら、無言で会釈をした。

 サアスとルザクの姿は見当たらない。イトだけだ。


「どこに行ってたの?」

「別に……どこへも」


 わざとではないが、かなり素っ気ない返事になった。

 実際のところ、別にどこかへ行っていたわけじゃない。街の何もない住宅街をうろついていただけだ。途中で公園を見つけて、ベンチで座っていた。ボーっとしていたら、子どもたちに遊びに誘われて、遊んだ。

 それをいちいち説明するのも、どうかという気がする。


「ええと……、ごめん。ちょっと心配してたんだ。他の二人も、今頃別の場所でアーラを探してると思う」

「……イトさんは、ずっとここで待ってたんですか?」

「あ、うん。でも、もしかして、もう寮には戻らないかな、とも思ってたから、分からなかったんだけどね」

「一応、今日が退去日ですから。ちなみにここ、女子寮ですから、ずっといたら不審に思われますよ」


 心配をかけてしまったのは申し訳ないけど、待ち伏せされていたと思うと、ちょっと文句をつけたくなる。


「えっ、あ、そっか……。だから、ジロジロ見られたりしたのか……どうしよう……」


 イトはオロオロと周囲を見渡す。今更狼狽えても仕方がないだろうに、その様子が、何だか可笑しかった。


「もう。いいですよ。別に。こんなところでずっと待ってたら足が疲れちゃったんじゃないですか? 中に入って休みますか?」


 僕は、自分の部屋を指さす。椅子も座布団も無い部屋だけど、適当に座るくらいはできるだろう。


「えっ────……………………」


 イトは、しばらく溜めの時間を設けた後、顔を赤くして、「やっぱり、いい! ありがとう。サアス達に報せなくちゃ」と言った。

 何を想像したのか知らないが、反応があやしい……。別に意味深に誘ったとかでは、全然ないのだが。


「そうですか、じゃあ、失礼します」


 やはり、声が冷たくなってしまう。

 扉の鍵を開け、ドアを開く。僕はイトをその場に残し、一人で部屋に入ろうとする。


「あ、あのさっ、アーラ……、また明日、ちゃんと話せないかな。誤解が無いように、僕らからきちんと説明させてほしい」


 背後から言われて、振り向いた。


「…………明日は、レベルを測りに、ギルドに行くつもりなんです。それに、いつまでも無職でいられないから、次の仕事も探さないと」


 イトの顔に「ガーン」と書かれているのが見えた。

 次の仕事を探す、とは、暗にお断りを示唆している。

 ちょっと意地悪を言ってしまった。そこまで確固たる意志があるわけではないけれど……でも、昼間にあんな話を聞かせたばかりで、どうにも僕も素直になれない。


「待って、アーラ……」


 イトが僕の腕に触れた。手首よりも、もう少し上らへん。

 掴んだという感じではなくて、おっかなびっくり触れている、と言う感じだ。

 僕は、目をぱちくりさせてイトの顔を見た。


「僕は、本気で君が好きなんだ。だから、もし君が僕らの冒険グループに入らなくても、他の冒険グループに入ったとしても、ずっと、気持ちは変わらない。無理に、僕らのとこに来てほしいなんて言わないから、それだけは、覚えていてほしい」


 真剣な声だ。


 隈のある目が、僕をまっすぐに見ている。ちょっと窪んだ黒い瞳は深い感情を湛えているようだった。

 イトはどことなく影のある、控えめな、優しい人だ。そんな人が、勇気を振り絞っているのが、伝わってくる。


「ごっ…………ごめん。じゃあ、また」


 それだけ言って、イトの方からその場を立ち去った。階段を降りて行き、足早に大通りの方に去って行った。

 イトがいなくなると、僕の視界には街の建物を夕日が照らしている風景だけが残った。

 胸の動悸が激しくなっているのを感じた。感情の騒がしさは、耳ではなく、内側から聞こえるようだ。


 扉を閉めて、部屋に入りヨロヨロとベッドに近寄る。

 薄っぺらい布団に顔をうずめた。

 顔が熱い。


 ────も~……。意味が分かんないよ~……。


 共感性羞恥のようでもあり、情熱的な言葉に対する純粋なドキドキのようでもある。


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