<34>エルフ権無視
人工呼吸?
人工呼吸って……────つまり、キスじゃん。
僕は、一瞬呆けてしまった。
エルフは、キスで他人の魔力を回復させることができる。
魔力を、吹き込むイメージだろうか? そんな便利なことができるのか。エルフは。
へ~……。知らなかった~……。まだ、僕の知らないことが色々とあるんだなぁ……。
そうかー……へぇ~……。
へっ!?
ようやく、まともに思考が動き始めた。
エルフが、キスで魔力を回復させることができるとしたら……それは、便利な魔力回復装置になり得る。いざという時の、魔力貯蔵庫とでも言おうか。
高価な魔力回復アイテムを使わなくても、お手軽に魔力を回復させることができるなんて、お得でもある。
しかし、それは、ひどい人権無視だ。
人の感情を無視して、便利に使うなんて、人道に反する。
人じゃないなら、エルフ権無視だ。
言われてみれば、イトが一度そんなことを言いかけたことがある。覚えている。
僕がこちらの世界で目覚めた────実際には記憶を失った初日だ。
『一応、アーラがその気になれば、ワープの為の魔力を回復することも可能なんだけど~』みたいな感じのことを、口にしていた。
すぐに、他の2人に口止めされていたけれど。あれは、このことだったのか。
キス? ということは、まさか……────。
僕の頭の中を、色々な可能性が駆け巡る。
まさか、アーラは、この冒険グループの中で、魔力回復の役割を負ってたってこと?
回復魔法で怪我などを直すだけじゃなくて、キスで魔力を回復させる役を担ってた?
男達と唇を重ねて、ちゅっ、ちゅっ、って!?
記憶を失う前の僕は、そんなふしだらなことをしてたの?
そして、まさか冒険に出たら、この僕も、いつかはキスを期待されるってこと?
えっ、それ、無理!
内心で激しい拒絶反応が沸き起こる。
サアスと、ルザクと、イトの顔を見る。
三者三様の、まぁ、割とイケメンの部類のお三方だ。
唇が、むずむずする。
────もしかして、この人たちと、キス経験あり?
そう思うと、一瞬青ざめ、後から顔が熱くなってきた。
────キスって……。で、でもっ、唇を重ねるだけなら、人工呼吸みたいなものだから、それほど大げさにとらえる必要もないのかも────?
……って、いや、全然無理! 本当に無理!
僕は恥ずかしさのあまり、自分の顔を両手で覆った。
尖った耳の先まで赤くなっている気がする。
「あの……実際に、そういう機会は、あったんですか? つまり、過去に……」
最後まで言い切れなかった。質問して、答えが返って来た時のことを思うと、怖い。
嘘でしょ? キスなんて、してないよね!?
記憶をなくす前の僕の貞操、信じてもいいよね!?
しかし、考えてみれば、記憶をなくす前の僕と今の僕はまるで別人だ。
そうでなければ、『アーラ』はこんなに太っていない。
自堕落に飲食し、取り巻きの男をはべらせて、ちやほやされるサー姫ポジションを楽しんでいた可能性も否定できない。
「っ……!」
僕は、その場で椅子から立ち上がった。
「すみません。ちょっと、考えさせてください」
それだけ言って、踵を返す。
「アーラ……! 違うんだ! 待って」
「俺達を、信じてくれ!」
そんな言葉が後ろから追いかけてきた。が、僕はそれを無視して、振り切った。
無理だ。とりあえず、この場を離れないと。
恥ずかし過ぎて、軽く、死にそうだ。
僕は、エルフで、魔力補給タンクで、貯蔵庫だった?
エルフは、皆そうなのか?
下手すれば、力づくで無理矢理、魔力補給のためのキスを強要されたりする危険もあるってこと?
なぜ、3人は、そんな大切な話を、今までずっと僕に黙っていたのか。
怒りが沸きそうになり、『いや、だからこそ、今教えてくれたんだな』と宥める力が働いた。
男3人に女エルフ一人。傍から見れば、どうしたって、ゲスな勘繰りをしたくなる。
それは、部外者から見ても同じことだ。
例えば僕らが揃って歩いているのを見たら、道行く人たちからは『あのデブのエルフ、魔力回復と称して、連れの男3人とチュッチュしてるんだろうな~』なんて……………………思われていたかもしれない。
最悪だ。
僕は小走りに街を抜け、来たことが無い道を、闇雲に進んだ。
もしかしたら、ミミロアさんも、内心ではそう思っていたかもしれない。
『アーラちゃんがモテるのは、きっとエルフの口づけの効果もあるのよね~。男って言うのは単純だから、何度もキスしている相手には、いつの間にか勘違いした恋心を抱いちゃうものよ』なんて……────。
そんなこと思われてたとしたら、本当につらい。
事実無根と言い切れないところが更につらい。
しかも、僕がデブなのが良くない。
これで僕が痩身美麗なエルフだったら、話は全く違ってくる。
僕が痩せていれば、傍目からの感想は「あんな綺麗なエルフとキスしてもらえるかもしれないとしたら、あの冒険グループの男達はラッキーだよなぁ……くそっ、羨ましいぜ!」くらいになるはずだ。
それならまだ我慢できる。しかし……
『あんなデブのエルフとキスしなくちゃいけないなんて、あの冒険グループの男達は、気の毒だなぁ。とはいえ、魔力回復してもらえるなら、まぁ、連れてかなくちゃ損だもんなぁ』だとか、『ぷっ、あの冒険グループの男達、あんなエルフとキスしてんのか~?』
なんて思われるのが耐えられない。
そう思われているかもしれない、と思うだけで、耐えられない。
これは、僕のプライド────と言うより、もっと重大な、尊厳の問題だ。これは譲れない。
あと、普通に、魔力回復を目的に誰彼構わずキスをする常識というのも、受け入れられない。
欧米人ならまだしも、唇を重ねるキスは、僕の民族的価値観に照らせば、気軽にすべきことではない。
気が付くと、街の僕は見知らぬ住宅街に迷い込んでいた。
別に致命的なほど迷子になっているわけではない。
この辺りに、ミミロアさんの実家があるかもしれないな、と思った。
だけど、何となく今はミミロアさんに会いたい気分でもない。
なんというか、今、知り合いと会ったら、被害妄想で恥ずかしさがぶり返しそうだ。
「はあぁ……」
深いため息が漏れた。




