<32>完璧
朝からギルドに出向き、冒険者としての面接を受けた。
面接なのに、面接官であるはずのサアス達は、やたらと緊張していて、モジモジ、そわそわしている。
「まずは自己紹介からしましょうか?」
いつまでたっても埒が明かないので、僕の方から口火を切った。
「あ、はい。いや、もちろん、アーラのことは知ってるんだけど……、じゃあ、一応……オネガイシマス」
3人が揃って頭を下げた。
面接官と、志望者。これでは、まるっきり立場が逆である。
「アーラ・キーィフェンス・マルクディア。エルフで回復士です。ご存じの通り、記憶喪失で、まだ記憶は戻ってません。回復魔法は、使えるようになりました。普通の擦り傷や、切り傷なら、問題なく治せます」
「この短期間で……すごい才能……素晴らし過ぎる……」
サアスが呟いた。
これ、面接だよね? 調子が狂ってしまう。
「でも、病気や、大怪我が治せるかどうかは、試したことがないから分かりません。たぶん、無理だと思います。練習すれば、これから覚えていけると思いますけど、教えてくれる人がいないと、それもちゃんと上達するかも分かりません」
僕は、洗いざらい、正直に話した。
ここ数日、ギルドで怪我人を回復させるバイトをしている。ちょっとした回復魔法ならば、事前詠唱なしで、問題なく使えることは確認済みだ。
ただし、工事現場で起きた事故と、その重傷者を回復した時の話は控えめに伝えた。
あれは、僕の力で怪我人を救ったのかどうか、はっきりしないので、いい加減な誇張はしたくない。
「回復士としてのレベルがよく分かりません。記憶喪失前よりは、全然能力が劣ると思います。一応、レベルを調べるには、証明書の発行手続きをすれば良いと聞いたので、できれば近々取りたいな、と思ってます」
机を挟んで、前方にサアスと、ルザク。そして僕の隣にイトが座っている。
僕が話すのを聞きながら、3人の男たちは、「うん、うん」と頷いている。
「冒険者としては、僕はあまり体力が無いので、ハードな冒険は無理だと思います。歩くのも遅いですし……。あと、すみませんけれど、あまり不潔な環境も苦手です。お風呂が好きなので、毎日とは言わずとも、できるだけマメに体を清潔にする機会が欲しいです」
冒険というのが、どういうものかよく分かっていないが、元の世界の暮らしの方が長く、記憶のほとんどを占める僕にとって、衛生観念は厳格にこだわりたいところだ。
「もし、無理なら、この話は断って頂いて構いません。というか、少しでも条件に合わないなら、断って頂いた方が、お互いのためになると思います。以上です」
僕の話を最後まで聞いて、男達3人は、深く頷いた。
「うん、すごい」
「分かる。同感だ」
「完璧だね」
何が……?
「記憶は、まだ戻ってないんだよね?」
「はい。全く戻ってません。僕の自意識は男です」
しかし、そう答える声は、鈴を転がすように可憐だ。
髪の毛はサラサラの金髪ロングヘアーで、肌は白く、頬はむっちりしている。おっぱいも大きいし、どこからどう見ても、女の子だ。
自意識が男だなんて、性自認がどうか、という、多様性に照らせばごく個人的な問題に過ぎないのではないか、と最近思う。
ただ、僕の中身が男だと言うことが、サアス達にとっては一つの障害になるかとも考えた。
アーラのように見えるけれど、アーラとは微妙に違う。いや、根本的に違う。
好きな相手の、そんな姿を間近で見続けるのは辛いのではないか、という気もする。
「はぁ……本当に」
「信じられないよなぁ……」
「アーラだもんね」
んん? リアクションが汲みかねる。
幻滅しているのか、懊悩しているのか……………………でも、何だか3人とも嬉しそうだ。笑みを押し殺している感じで、気持ち悪い。
「あの~……?」
「いや、ごめん。さっきアーラが言った冒険者加入の条件、全部、記憶をなくす前のアーラが言っていたのとまるっきり同じだから。なんか、感動しちゃって」
照れた表情で、サアスが頭を掻く。
「え? そうなんですか……?」
「うん、うん。お風呂が好き、ってところも同じだし、体力がないから、足を引っ張りそうなら、メンバーから外して欲しい、って言ってたのも、まるっきり一緒」
「ふぇ……」
────何なんだ。僕は……。
『僕』は記憶をなくす前の『アーラ』とは別人だよ、と釘を刺すつもりが、これでは逆効果じゃないか。
「他に、アーラの方から、僕らと冒険に行くにあたって、聞いておきたいこととか、条件にしたいことはあるか? 例えば、報酬のこととか」
「あ、いえ。それは、皆さんのいつも通りのやり方に従って頂ければ、大丈夫です」
報酬のことは、それほど心配していない。とりあえず食うに困らなければ良いし、習うより慣れろ、という気持ちもある。
しかし、サアスはきちんと説明してくれた。
「うちのやり方は、廃墟で得た財宝をギルドで換金して、そこから、その回の冒険にかかった費用を差し引く。次回の冒険に向けて必要な分をプールした後、残りの余剰金、つまり、利益になった分を、メンバーの人数で等分するんだ。働きの貢献度には関わらず、完璧に等分する」
なるほど。一番、シンプルなやり方だ。公平や平等をどう取るか、難しいところだから、最初にルールを決めておくのは大切だ。
人間関係は、それまでどんなに円滑でも、お金のルールで拗れると碌なことにならない。
特に回復士なんて、誰も怪我をしなければ、一切役に立たない職業だ。等分でお金をもらえるなら、ありがたいように思う。
「はい。それで構わないです」
「そっか。一応、今の所、赤字が出たことは無いよ。あと、次回へのプール分、つまり投資分も含めてだけど、の金額は、皆で相談して決定してる。俺が勇者でリーダーだけど、基本は何でも、合議制。話し合いだ」
「はい」
サアス達が、話し合いを大事にしているグループだ、ということは実際に目のあたりにして知っている。
どうやら、このまま話がまとまりそうな感じだ。
僕としては、僕の記憶が無いこと、スキルの低さ、その他諸々の制約さえ飲んでもらえるなら、再度、彼らの冒険グループに加入することに異論はない。
歓迎してもらえるなら、なおさらだ。