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<31>振り返れば

 5日後に堀の工事の勤務最終日を迎えた。

 最終日だからと言って、お別れ会があるわけじゃない。

 契約更新の30日ごとに人が入れ替わる職場だ。

 熟練者も、新人もごちゃまぜで、老いも若きも関係ない。毎日毎日、汗みずくで土を掘ったり、運んだりする。


 採用時に、頑張っている人間には成果給があると聞いていたが、一体だれがそれを評価しているのかも最後まで分からなかった。

 成果給があるというのは嘘で、本当は誰も、見ていないのかもしれない。

 指揮命令系統もはっきりせず、さぼっても、手を抜いてもばれない。


 誰も、相手の名前を覚えたりしようしない。お互い、ただの作業員でしかない。だけど、なぜか、そこには目に見えない連帯感があった。


 本当に大変で、大して報われる感じも無かった。毎日クタクタで、朝起きるのが辛かった。楽しさも、いまいち、見いだせなかった。

 だけど、振り返ってみれば、嫌な仕事ではなかった。


 何だろう。はっきりと目に見える成果がなくても、自分は頑張った、という納得感がある。そして、自分なりに得たものがある、という気がしている。

 それは、決して回復魔法を使えるようになった、というだけのことではなくて、やろうとしたことを最後までやり抜けた、という達成感だ。


 仕事を終えて、事務所の仮設小屋に行った。

 契約終了の手続きを行い、明日には寮を退去するように言われた。

 事前に聞いていた通りだが、明日中に、というのはなかなか厳しい条件だ。


「寮の退去報告は、鍵を役所に返却です。日が1日延期するごとに、給与から宿泊費として日に40オンが差し引かれますので、ご注意ください。作業服は洗濯してから『5日後以降』に役所の方に返却してください。その時に、現金で給料のお支払いがあります」


 これは、僕の前に並んでいた人に対して、事務員の女性が伝えた言葉だ。

 僕の番になって、彼女は全く同じ口上を述べ立てた。僕は、うん、うん、と聞いて「分かりました」と答えた。


「お世話になりました」


 と、僕が頭を下げたところである。紋切型に同じセリフしか繰り返さない事務員さんが、僕の顔をじっと見た。


「アーラさん、事故の時は、怪我人を助けてくださって、ありがとうございました」

「えっ……あ、はい。とんでもないです」


 僕はもう一度ペコリとお辞儀をした。

 まさか、現場に出ていない事務員さんにまで、お礼を言われると思っていなかったので、びっくりしてしまった。


「怪我をした方のお名前を、私は全員フルネームで知ってます。顔は覚えてませんけど、書類を見ているうちに、名前だけ覚えた人がたくさんいるんです。貴女の名前も、きっと忘れません。お疲れさまでした」


 事務員さんは、微笑みもせず、事務的な淡々とした口調で、心のこもった言葉を贈ってくれた。ギャップがすごい。でも、嬉しい。


 寮に帰ってから、ミミロアさんと一緒にいつも通り、お風呂と夕飯に行った。最終日だから、お祝いに飲みに行こうか、と誘われた。

 明日の朝は、早起きする必要もない。

 女二人で、場末の屋台に行き、安いご飯を食べ、ビールを飲んだ。


「よぉ、セクシーな姉ちゃんだなぁ」


 酔っ払いが、僕らの席の方に向かって鬱陶しく絡んできた。

 僕らは構わず、無視した。

 その後もしばらくこちらに向かって話しかけてきたり、視線を向けてきたりして嫌な感じだったが、ギリギリ許容範囲内という微妙なところだった。


「追い払おうか?」

「いえ、僕は大丈夫です」


 無視して、食事を続けた。

 女の子になると、こういうストレスもあるんだなぁ、と思った。今はミミロアさんという頼もしい先輩が傍にいるから良いけれど、これが僕一人だったら、結構怖かったかもしれない。


「私は明日には寮を引き払って、一度実家に戻る予定。でも多分すぐに旅に出るわ」

「旅ですか。それって、どういう旅なんですか?」

「街から街を渡り歩くの。それで、ギルドに気になる仕事や情報があったら、それを請け負って、生活する。冒険者の一つのスタイルね」

「さすらいの旅人、っていう感じですね」


 流浪の民、と言う言葉も浮かんだ。ちょっと格好いい。……でも、女1人で、そんな旅をするのは危なくないのだろうか……。

 ミミロアさんくらいベテランになると、リスクも分かってのことだろうけれど。


「ミミロアさんは、冒険の仲間は────……」


 尋ねようとして、もしかして、これは聞かない方が良い話題だったかなと思った。迂闊だった。


「いるよ。でも、今は散り散り。死んじゃった人もいるし、冒険稼業から足を洗った人もいる」

「そうなんですね」


 このことについては、これ以上詮索するのは止めよう。

 今は、ミミロアさん一人。それが全てを物語っている気がする。


「明日から、アーラちゃんはどうするの? 決まった?」

「はい。明日、面接を受ける予定なんです」

「そうか~。何の仕事? いい仕事見つかったの?」


 そこで、僕は悪戯っぽく舌を出した。


「回復士募集の貼り紙の、あれです」

「え? もしかして、あれ?」

「はい」


 サアス達が募集している、ギルドの貼り紙だ。

 僕の告白に、ミミロアさんはだいぶウケて、笑ってくれた。


「そんなの、絶対に採用じゃん」

「そんなことないですよ。ちゃんと、面接してもらうつもりなので」

「うん? そうなの? あぁ、分かった。アーラちゃんは、今のスキルで本当に彼らの仲間として迎えてもらえるのかが、知りたいんだ」

「そうです。僕、まだ大した回復魔法は使えませんから。能力に不足があるなら、落としてもらった方が……というか、落としてもらわないと、こちらも困ります」

「なるほどね~。アーラちゃんって、やっぱり真面目よねぇ」


 注文した串焼きが運ばれて来た。

 ミミロアさんは、ビールをお代わりした。ここのビールは少し薄いけど、一杯1リアという破格の値段だ。水のようにグビグビ飲めてしまう。


「冒険について行く回復士はレアだから。募集をかけてもなかなか集まらないわよ。彼らが本当に回復士を連れて行きたいなら、選択の余地なんて無いと思うなぁ」

「そうなんですね。回復士は売り手市場なんですね」

「特に、冒険に出る人は稀だよ。普通に街で開業した方が、余程安全に稼げるもん」

「そんな気がします」


 ここ数日、半月氏の間、僕はギルドで回復魔法のバイトをしていた。

 平日の仕事が終わった後、ちょっと顔を出して、怪我人がいれば安値で回復をしてあげる、という感じだ。

 これが結構需要もあり、手っ取り早く日銭を稼ぐことができた。おかげで、今は少し財布が潤っている。


「なのに、なんで、アーラちゃんは冒険に出ようと思ったの?」

「えっと……」


 僕はその質問に上手く答えられなかった。

 なんでだろう。

 『僕』が今回応募した理由は、思いつくけれど。

 でも、なぜ元々の『アーラ』が冒険に出たのかは、知らない。記憶が失われている。


「なんででしょう……」

「なんでなのかしらねぇ」


 ミミロアさんは、どこか遠くを見るような目をした。何か、懐かしいことを思い出しているような、思いを馳せているような感じだ。


 ミミロアさんは、どうして冒険者になったのだろう。

 生死を共にした仲間たちと散り散りになり、今は、一人で旅に出ると言う。

 名声を得て、トロフィーをもらって、そして故郷で1人。ここに至るまでの、色々な道のりがあったはずだ。


 工事現場で働くことを、息抜きだと言って、笑う。

 その背に負っているものは、僕には見えない。


「ミミロアさん、旅に出ても、また、戻って来てくださいね。僕も、必ずこの街に、ミミロアさんに会いに来ますから」

「ええ。もちろん。うちの住所を教えておくから、必ず寄ってちょうだい。手紙でもいいわ。アーラちゃんが、この先、あの男の子たちのうち、誰とくっつくのか、それとも振っちゃうのか、絶対に教えてね。教えてもらえないと、死ぬまで気になっちゃうわ」


 冗談交じりだけど、結構本気のようである。

 だから、僕はあの3人のうち、誰ともくっつく気はない。

 そう言っても、承知してもらえなかった。

 僕は、必ず連絡すると約束し、一区切りの意味でミミロアさんに今までの御礼とお別れの挨拶をした。


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