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<30>金欠

 予想通り、朝からルザクとイトが来た。

 しかし、仕事の都合ということで、サアスの顔がなかった。

 何か、大変な仕事に従事しているのかな、と心配したがルザクが言うには「ただの長期遠征だよ。荷馬車の警護」ということだった。


 僕はミミロアさんとギルドに行く約束があるから、と言って二人の誘いを断った。

 すると、二人は少し残念そうな顔をしたが、じゃあ、夕方にまた来るから、夕飯を食べよう、と言った。

 これを断る理由はなかったので、承諾した。


「そういえば、僕、回復魔法が使えるようになったんですよ。ちょっぴりだけですけど」


 去り際に言うと、ルザクとイトはとても驚いてくれた。

 驚かせようと思ったわけではないけれど、何となく「してやったり」感があって満足だった。


「どういういことだ!? アーラ、その話、もう少し詳しく!」

「えっ、アーラ、じゃあ、もう、僕らと冒険に出れるってこと!? えっ、まさか記憶が戻った?」


 食いつき方が半端じゃなかったので、僕は笑って誤魔化した。


「いえ、その辺は全然です。詳しい話は、また夜ごはんの時に。行ってきます」

「ちょっと待って、アーラ……!」


 2人の剣幕を振り切って、ミミロアさんと出発する。

 今日のミミロアさんは、オレンジ色のヒラヒラのついたシャツを着ている。肩の部分が剥き出しになっているスタイルで、お洒落だ。

 筋肉のついた腕が格好いいし、スタイルの良いのが羨ましい。

 僕は、一張羅の麻みたいな生地のTシャツと、紐で結ぶタイプのショートパンツだ。全然お洒落ではない。……別にいいけど。


「何というか、モテモテよね。アーラちゃん……」

「えっ? そんなことないですよ。えぇと……まぁ、何というか、腐れ縁的なやつですかね」


  まさか、サークルの姫的なやつです、とは言えない。


「で、どっちが本命なの?」

「ちょっと待ってください。前も言いましたけど、僕の方には全くその気はないんです。あと、何で、毎回、あの二人限定なんですか? もう一人サアスもいますよ。勇者の」

「あぁ、あの男の子ね。だって、あの子じゃあ、ちょっと年下過ぎるでしょ」


 ミミロアさんは、何かにつけてルザクかイトかどっちが恋人なのか、本命なのかと聞いてくる。

 サアスが門外なのは、なぜかと思っていたが、「年下過ぎるから」なのか。

 そこまで若い感じはしない……けど……。いや、まさか、もしかすると、だいぶ年下なの?


 僕は考え込んでしまった。


「何歳くらいなんだろう。サアスって……」


 本人からも、メンバーの中で一番年下だ、とは聞いている。


「16歳くらいじゃない?」

「じゅっ……!?」


 それが本当だったら、ヤバイ。僕の認識が相当ずれていたことになる。

 もしサアスが16歳だったとしたら、確かに30歳のミミロアさんからは恋愛の対象外だろう。


「童顔なだけかもしれないけど」

「えぇ~……そんなに若いですか? よく分からないなぁ」


 人種によっても、年齢の見え方と言うのは違う。こっちの世界でいうと、サアスは童顔なのだろう。確かに、目が大きめで、眉がキュッとしていて、少年のような爽やかさがある。


「『アーラ』は何歳くらいなんでしょう」

「え? あぁ、忘れちゃってるのね」

「はい。何歳くらいに見えますか?」

「エルフは人族より少し長命だから、分かりにくいわね。23歳くらい、に見えるかな」


 僕が23歳で、サアスが16歳だったら、7歳差で、ギリギリ許容範囲だろうか……。でも、これが実はアーラが26歳でした、とかいうと、一気に承諾範囲外だ。

 こちらの世界の常識が何であれ、僕的には10歳も年下に嫁ぐ気にはなれない。


「どちらにしても、3人とも、無いですけどね~」

「罪な女なのね、アーラちゃん」

「ちゃんと、断ったほうがいいと思いますか?」


 一応、これでも気にはしている。以前プロポーズを受けて以来、僕は明確な返事をしていない。あまり気を持たせておくのも、失礼な話だと思う。

 しかし、ミミロアさんも煮え切らない感じだった。


「うーん……そうねぇ……、その点について、私からのコメントは控えるわ。迂闊なことを言ったら、あの3人から恨まれそうだもん」


 そんなことを話しながら、ギルドについた。

 窓口で相談すると「レベル証明書」の発行希望には70リアかかると言われた。初っ端から出鼻をくじかれた思いだった。


「無い~。70リアは無い~」


 僕の手持ちのお金は残り10リア23オンだ。

 この残金では、給料日までも生きていけるか怪しいくらいなのだ。無駄な出費をする余裕は全くないし、そのうえ70リアは大金である。

 証明書が有料である、という考えに至っていなかった。情けない話だ。


「貸してあげようか?」とミミロアさんが言ってくれたが、もちろん断った。

 お世話になりっぱなしの上に、借金までするわけにはいかない。


「すみません。ミミロアさん。せっかくご一緒してくれたのに、申し訳ないんですけど、僕、今から虫を採りに行ってきます」

「えっ、何で? なんで急に虫を採りに行くの?」

「え~ん……もう、それしか、僕が生きる道はないんですっ」


 涙がちょちょ切れてしまう。

 給料日は、契約更新月の半月氏後、つまり今からあと10日後だ。

 イメージとしては、10日間を残り4千円くらいで生きることになる。これは、切りつめれば一見可能に見えるが、5日後の最終日に今の雇用契約を満期終了した場合、話が違ってくる。

 つまり、5日後に僕は無職になり、今借りている寮を追い出されることになるのだ。そうすると、4千円では生き延びることができない。


「虫取り網に投資した方が良いかもしれない……。虫取り網っていくらくらいするんでしょう」

「ちょっと待って、本当になんで、虫を採りたいの? 落ち着いて、アーラちゃん。話が全然、見えないわ」


 ミミロアさんは僕を宥めにかかる。

 僕は、事情をミミロアさんに伝えた。


 今の仕事で、5日後の雇用契約を継続しない方向で考えていること、そうした場合に、次の仕事を早く決めるか、臨時の日銭を稼がないと、宿無しの浮浪生活になってしまうこと。

 そして、街の外の藪には高額で売れる昆虫が採集できること。

 説明しているうちに、何とか、自力で冷静になることができた。


「まぁ、こうなったら、仕方がないので、サアス達に頼んでお金を借ります。ギルドなら、冒険者用に格安の宿も提供してるって聞いたことがあるし。何とかなりますね……すみません、取り乱してしまって」


 70リアと聞いて、少々テンパってしまった。

 レベル証明書なんて、別に、急ぎで取得する必要はないのだ。給料が入ってから、ゆっくり取得すればいい。


「生活がそんなにギリギリなら、意地を張らずに仲間を頼ったら良いのに」

「今でも十分に甘えているので、これ以上は、ちょっと……申し訳なくて」

「そうかなぁ、そんなことないと思うけど。でも、偉いのね」


 偉い? うーん……偉いわけじゃないと思うけど。そもそも、これは、僕のプライドの問題なのだろうか?

 いや、そうじゃない。これは、本当に自分がこの世界で生きていけるかの、生存確率に関わる問題なのだ。

 これしきのことで、自立した生活を諦めなければいけないとしたら、僕はこの先も、まともに生きていけない、そういう不安と、戦っている。


「ところで、その珍しい昆虫とやらを捕まえると、一体いくらくらいになるの?」

「ええと、この前は玉虫バッタ1匹あたり、3リアで、引き取ってもらえました」


 3匹で9リア、つまり千円くらい。運にも左右されるが、元手も要らず、即お金になる良いバイトではないだろうか。

 すると、ミミロアさんは怪訝な顔になった。


「アーラちゃん……それって、どれくらいの時間で3匹採れたの?」

「4人で1時間くらいですかね」

「4人で1時間くらいかかって、その成果でしょう。時給換算したら、全然割が良くないわよ」


 ────なるほど……ミミロアさんの言う通りだ。


「それだったら、アーラちゃんの回復魔法を使って、ギルドで怪我の治療でもした方が、よっぽど良いと思うわ。軽い傷だって、安価で治してもらいたい人は一杯いるんだから」

「あ、そっか……」


 どうも、視野が狭くなっていたらしい。僕は反省し、良いアドバイスに対してお礼を言った。

 それから、ミミロアさんと一緒に求人の貼り紙を見て回った。

 ミミロアさんも、この月末で雇用契約を打ち切るつもりで、次の仕事を考えている。

 お互い、良い仕事を探しながら、雑談を交わした。


 ミミロアさんは、もし応募に保証人が必要なら、私がなってあげるよ~と言ってくれた。ミミロアさんはこの街の出身で、実家もちゃんとあるので、住民票を持っている。

 こういう『人とのつながり』は本当に有難い。


「アーラちゃん、冒険者の仕事も、見るだけ、見てみたら? 回復士は、初心者でも経験が浅くても、結構需要があるのよ」


 ミミロアさんに促されて、冒険者向けの求人についても目を向けてみた。同じ壁で、すぐ隣の所に貼ってあるが、今までそちらを真面目に検討したことはない。


「ほら、これとか、どう?」


 そこには、『回復士募集、経験、レベル問わず。最低限、怪我、骨折などの治療ができる人を求む。委細面談』と書かれている。


 『現在のメンバー:勇者、盗賊、魔法使い。各1名。全員男。冒険経験約2年半。平均年齢23歳。ギルド功績値:723gpt。主な活動:廃墟探索』


「────あれ? これ、サアス達の出してる求人ですよ。たぶん」


 詳細を読んでいくと、確かに、そうだ。


 ────へぇ~。こんな風に募集するんだ。


 僕の後任の募集に、僕が応募するというのは、ちょっと面白い。

 やってみようかな、と半ば本気で考える。


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