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<29>御礼

 次の日は、事故現場の調査が行われ、僕も参加した。

 正式な連絡はなかったけど、口コミでは樹木の倒壊とそれに起因した、老朽化した街壁の崩落事故、ということになっていた。

 はっきりしないまま、事故の処理が行われ、2日後には、普通に工事が再開した。

 怪我人はまだ入院中だというが、死んだという話は聞かない。

 とりあえず、生きているなら、回復魔法の恩恵のあるこの世界で易々と死んだりはしないはずだ。早く元気になると良いな、と思う。


「エルフさん、ありがとうな」


 すれ違いざまに、労働者の一人にポン、と肩を叩かれた。

 え? 何?

 と思ったけど、相手はそのまま行ってしまった。


 また、別の作業服を着ている男に呼び止められた。


「よぉ! エルフさん、この前はありがとうな!」

「え? 何がですか?」

「怪我を直してくれたんだろう。お疲れ様!」

「いえいえ、そんな……」


 僕は愛想笑いで、お茶を濁した。

 日焼けした男の顔をジッと見たが、見覚えが無い。

 少なくとも、あの時治療した相手ではなさそうだ。ならば、あの時治療した怪我人の友人だろうか……?


 資材を取りにテントに行く途中で、また、同じことがあった。


「エルフさん、どうも、ありがとうございました」


 今度は、帽子を脱いで、お辞儀をされた。


「あ、いえいえ、こちらこそ」


 よく分からない回答をしてしまった。僕も帽子をあわてて外して、頭を下げる。


「あのぉ、怪我した方の、知り合いの方ですか?」

「いえ、違います。でも、同じ現場の仲間を救ってくれたんだから、お礼を言いたかったんです。本当にありがとうございました」


 そうか。そういうことか。こんな泥臭い工事現場でも、やはり連帯感というものがあったのだ。

 僕は軽い感動を覚えていた。

 確かにこの職場は互いの顔も名前もよく知らない。でも、確かに協力し合って、一つの仕事に打ち込んでいる。僕の一方的な思い込みではなくて、仲間意識を共有している。

 だからこそ、今、こうして皆からしきりにお礼を言われているんだ。


「お、いたいた。エルフさん、この前は、ありがとう」


 また、別の人が来た。

 あまりに、何人もの人たちからひっきりなしに御礼を言われるものだから、僕は、段々と恥ずかしくなってしまった。


 ────あの時、僕の回復魔法が、どれくらい効果があったのか分からないのに。


 でも、そんなことをいちいち説明するのも無理な話で、僕はしおらしく、感謝の言葉を受けるしかなかった。


「とある重大な事情があって、魔法を封印されているはずのエルフさんが、自らに課された禁を破って、人助けのために回復魔法を使った……って噂になってるみたいよ」


 ミミロアさんから聞いた情報に、僕は、ちょうど口に含んでいた飲み物を噴き出しそうになった。ぐっと堪えて、むせた。


「どどどど、どういうことですか、それ!?」

「そもそも、エルフの女の子がこんな泥臭い工事現場で働いている、ってこと自体、元々注目を浴びてたのよ。知らなかった?」

「え~~~~~っ!」


 そうなの?

 それは全然知らなかった。そうか。時折僕の顔を見て、「ん?」みたいな顔をしていたのは、僕が女だからというだけじゃなくて、エルフだからか。

 つい忘れてしまうけれど、僕の耳を見れば、エルフなのはバレバレだ。誰も、その「事情」に踏み込んで来ようとしなかったのは、気遣いだろうか。

 いや、そもそもミミロアさん以外、会話を交わすような、親しい同僚もいないのだ。


「エルフなのに、こんな工事現場で働いているのは、何か事情があるんだろう、って言われてて、そこに来て、あの回復魔法だから、勝手な憶測が飛んだんだろうねぇ」

「僕は、ただの、記憶喪失エルフですよ。課せられた禁を破って、とか、大げさ過ぎます」

「そうそう。アーラちゃん、記憶が戻ったの?」

「あ、いえ、それは全然です」


 記憶が戻ったおかげで回復魔法が使えるようになったのか、と思うのは自然なことだ。

 しかし、残念ながら、そんなことはない。

 失われた記憶が戻ってきたら何かと便利だとは思うけれど、今の所、その兆候は、全くない。


「もし、記憶が戻ったんなら、もっと強力な回復魔法が使えたと思います」

「そうかぁ。でも、どうする? 次の月氏は契約更新する? アーラちゃん、回復魔法使えるようになったんでしょう? だったら、もうこんな所で働く必要は、ないんじゃない?」

「えっ……どうでしょう。確かに、そう言われてみれば、そうかもしれないですけど……」


 そうか。回復魔法が使えるならば、こんな過酷な仕事を続けなくても、もっと良い条件の仕事がいくらでも……────あるのかな?


「事故のあの時は、まぁ、無我夢中だったので、何となく、それっぽいことはできてたみたいですけど、本当に回復魔法が使えるようになったのかどうかは、よく分かりませんよ……」


 僕は自信なく、嘆息した。

 あの時は、一応回復魔法が使えていた。

 どれくらいの効果があったのかは測れないけれど、目の前で、表面的な切り傷、擦り傷が塞がっていくのは視認できた。

 でも、身体の中身、つまり破損した内臓がどれくらい元通りになったのか、血管がどれほど修復されたのかとかは、目で見えないから分からない。

 そして、あの時の軽微な回復魔法が、今もう一度ちゃんと使えるのかどうか、ですら明瞭ではない。


「そうかぁ……じゃ、今ここで、ちょっとやってみてよ。試しにね」


 ミミロアさんは、作業服の胸ポケットから、小さなナイフを取り出し、自らの手を傷つけた。

 止める間もなかった。ミミロアさんの左手の親指の付け根辺りから、赤い血がぽたりと垂れる。


「ひえ……っ。痛くないんですか」

「平気。表面を切っただけよ。回復してみてくれる?」

「分かりました。できなかったら、すみません」


 先に謝っておく。

 できなかったら、ミミロアさんに無駄な怪我を負わせたことになるので、申し訳ないなぁ、と思い、結構真剣に意識を集中させた。


「ルイヲッウティ!」


 目に見えない湯気が、ほわほわと、僕の手から出る。


「おお~すごい。事前の詠唱なしで、ちゃんと回復してるよ」


 ミミロアさんが、傷のあった場所を撫で、見せてくれた。


「本当ですか? 良かった」

「でも、どれくらいの回復魔法の力があるのかは、分からないね。一度、ちゃんと調べに行かないと」

「調べに?」

「大怪我でも治せるのか、病気も治せるのか、とか」

「そういうのを、調べる方法はあるんですか?」

「うーん……そう言われてみると、よく分かんない。ギルドで証明書とかもらえるはずだけど、あれって、どうやって測ってるんだろう……。私、回復士の技については全く専門外なんだよね。今まであんまり気にしたことが無かったなぁ」


 ゲームだと、強さはレベルで表されるし、ステータス表示とかで知ることができる。

 この世界では、そういう能力を数値化する術はあるのだろうか?


「ギルドで、調べてもらえるんですね」

「たぶん……ね。明日、一緒に行ってみる?」


 明日は休みだ。

 たぶん、また、サアス達が来ると思うけど、ミミロアさんと約束をしてしまって良いだろうか。

 ちょっと悩んだけれど、せっかくの好意なので甘えることにした。

 回復士の能力を生かして次の仕事を探すとしたら、どちらにせよ、明日はギルドに行って、次の職探しをしなければいけない。


 晴れて回復魔法が使えるようになった、という事実に僕は胸が浮き立つものを感じていた。

 まぁ、流石にこれで一攫千金という所まで夢を描いているわけではないけれど。

 目指せ安定した自立生活! ……これだ。

 回復魔法が使えるようになれば、生計を立てるのに、大変役立つだろう。


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