表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/38

<28>扉

 重苦しい空気が漂っている。時間は酷くのろのろと流れているようだった。

 傍で、怪我人の脈を取っている者がいて、その灯がまだ消えていないことを測っている。


「街の回復士は、いつになったら来るんだ」


 誰かが、苛立った声で言った。

 皆、そう思っている。僕も、待ち望んでいる。


 事故現場では、ミミロアさん達がまだ、瓦礫を掘っている。「木が邪魔をして、がれき撤去の作業の難易度が増している」という言葉が聞こえた。


 僕は頭痛がするので目を瞑っていたが、その分耳は聡くなっていた。


 これ以上、瓦礫の下から怪我人が見つからないと良い。でも、もしも怪我人が下敷きになっているなら、一刻も早く助けなければいけない。

 そんな背反する気持ちで、皆が懸命に作業を続けている。


 たぶん、一時間以上経ったと思う。

 瓦礫の中から、もう1人の被害者が救出され、どうやら、これで全員のようだった。

 三番目に見つかった者も、当然ながら重体だった。

 幸いとは言い難いけれど、生きてはいるようだった。


 ほぼ同時に、ようやく、街の回復士が現場に到着した。


 回復士は、工事現場に似合わぬ真っ白い服を着ている。教会で、神父さんが着ていたのと同じ格好だ。

 堀の中に降りてきてから、怪我人に駆け寄った。助手のような人も1人ついて来ていて、二人がかりで手当てを始めた。

 その様子を見届け、ようやく僕は安堵することができた。


「どうしたの! アーラちゃん!」


 ミミロアさんが来た。

 怪我人たちと一緒の場所で座り込んでいる僕を見つけて、血相を変えている。


「そのエルフさんは、怪我人の回復をしてくれたんだ」と、名前を知らない誰かが言った。


「回復? アーラちゃん、回復魔法が使えるようになったの?」

「いえ……見よう見まねで、効果は全然です……」


 僕は力なく、首を振った。


「そんなことない。十分に役に立っていたよ」


 一緒に、怪我人の介護にあたっていた、誰かが言った。


「アーラちゃん……あぁ……何てこと。でも、顔が真っ青じゃない」

「魔力切れ、って言われました」


 無理をし過ぎた。もしくは、魔力の上手なコントロールが分からないから、こんなことになったのだろう、と自分の不甲斐なさを思う。


「怪我人の人は……」

「全員、生きてるみたいだ。ただ、あんなに大怪我じゃ、一度に、全部の回復は無理だろうな。このまま街に運んで、教会に入院させることになるだろう」


 見ると、堀の外側に馬車が来ていた。

 あれに乗せて運ぶようだ。怪我人のうち、歩ける者たちが、自力でそちらに向かっている。


「このエルフさんも、魔力切れで一度倒れたところだ。一緒に街まで運んでもらおう」


 馬車を示されたので、僕は慌てて固辞した。


「いえ、僕は、大丈夫です」

「アーラちゃん、とにかく、今日はもう帰って休みましょう。歩けないなら、私が背負うわ。寮まで送るから、ちょっと待っていて」


 僕の、この巨体を背負う? 言われて、びっくりしてしまった。

 僕の身長は、それほど高くない。ミミロアさんが160センチくらいだとすると、僕は150センチくらいだ。

 でも、体重は過剰にある。いくら力持ちのミミロアさんでも、僕を背負ったら、潰れてしまうと思う。


 ミミロアさんは、現場責任者に話を通してくれた。

 戻って来て、本気で僕を背負おうとするから、僕こそ本気で遠慮した。

 僕はミミロアさんの肩に掴まりながら寮まで歩いた。何とか自分の部屋まで辿り着いた。


「魔力切れは辛いと思うけど、回復魔法じゃ治せないの。魔力の回復薬があればいいんだけど……食事と睡眠でもある程度回復するから。何か、食べるものを買ってきてあげる。何が食べたい?」

「いえ、大丈夫です。一応、ビスケットがあるので」


 殺風景な部屋の隅を指さす。そこに、籠が置いてあって、飲み物とビスケットの備蓄がある。

 飲み物はただの水だが、腐りやすいので1日が限度だ。今日の分を飲みきったら、明日の分を補充しなくてはいけないけれど、今から水を汲みに行く元気もない。


「駄目よ。魔力の回復のためにはガッツリ食べなきゃ」

「あぁ……そうなんですか……」


 そういえば、そんな話を以前サアス達から聞いた。でも、今はあまり食欲も無い。疲労の為もあるし、暑さにやられた感じもある。


「オッケー。アーラちゃんは一寝入りしてて。起こしてあげるから。適当に食べるものを買って食るわ」


 それだけ言って、ミミロアさんは僕の家の鍵を借りて、外に出て行った。

 僕は砂まみれになった作業服を脱ぎ捨て、唯一持っている普段着のTシャツに着替え、布団に入った。


 眼を閉じると、今日の事故の出来事がフラッシュバックした。


 怖ろしい、あの、遠くから響いて来た異音。

 倒木と崩落の音。


 あの音が聞こえた時、僕は現場に走るんじゃなくて、すぐに街に行って回復士を呼んでもらうように伝達に行った方が良かったかもしれない。


 もしくは、ぐるりと街の門まで行くより、倒れた街壁の穴を直接通って中に入れば、回復士をもっと早く呼ぶことができたんじゃないか。


 あぁ……せめて、回復魔法のやり方を、もっと日ごろから訓練しておくんだった。素質があると聞いていたのに、やらなかったのは、僕の怠慢だ。


 そんな無意味な後悔が、頭の片隅でグルグルと渦巻いている。

 気が昂っているらしく、すぐには眠れなかった。


 それでも、たぶん、自分にできるだけのことはやった。


 曲がりなりにも、回復魔法が使えたのは、本当に良かった。火事場の馬鹿力みたいな感じだったけれど、諦めなくて、良かった。

 事故があったことを、ミミロアさん達に、すぐに伝えられたのも、良かった。

 それが、少しでも早く怪我人を救出することに繋がったかもしれないから。


 一日のうち、どんな後悔があっても、少しでも良かったと思えるところを大切にしたい……。

 そう思うと、ようやく、緩々と気持ちが解れてきた。


 眠りに落ちていく自分を自覚する。

 また、あの扉が見える。

 闇夜の中に白く輝き、ぽっかりと浮かんでいる。ドアノブもある。間違いなく、扉だ。

 でも、まだ遠い。

 あれは、どこに続く扉なのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ