<27>救助
「ルイヲッウティ」
「ルイヲッウティ」
「ルイヲッウティ」
何度も、唱えた。
死なないで。
死なないで。
死なないで。
僕にできることは、これくらいだ。手から靄が出る。これが、魔法の力だ。そこにイメージの力を加えて光らせ、集中して回復の力に具現する。
繰り返すうちに、やり方が段々と掴めてきた。
正直な所、手応えは、あまりない。特に、体内の損傷が治癒できているかは、目に見えないから、分からない。
でも、見える部分、皮膚の表面の傷が治っていくのは分かる。皮下の内出血の色が薄くなっていくのも分かる。
一応、回復の効果は、出ている。
たぶん、僕の付け焼刃の回復魔法では、僅かな応急処置にしかならないだろう。
それでも、せめて、本当の回復士さんが来るまでの、時間稼ぎにはなると……いい────なって欲しい。
「う……。大丈夫か……。皆は」
僕が治療を施している男が、苦し気に声を振り絞った。
「ごめんなさい。僕、本当は魔法が使えないんです。精一杯、やっても、これが、限界なんです。もう少し、頑張ってください。すぐに、ちゃんとした、魔法の回復士さんが来ますから……」
相手を励ますべきなのに、泣き言と、言い訳みたいな言葉しか出てこなかった。
「俺は…………いい、大丈夫、だ。となり、のやつを、頼む」
どうして、こんな状況で他人を気遣えるのだろう?
隣の男も、酷いありさまだ。顔面の損傷が激しい。
「分かりました」
僕は、言われた通り、隣の男の方の治療に移った。一度、深呼吸をして心を落ち着かせる。
「────ルイヲッウティ」
回復するイメージを作る。
形状を、想像する。骨よ、血管よ、臓器よ、体を構成するすべてのものよ。正しい位置に。健常な状態に────なれ……!
「ルイヲッウティ」
傍らで誰かが、応急処置のための包帯を作り始めた。ハサミで布を切り裂いて、包帯を作っている。
他の誰かが、休憩室に置いてあった救護ケースを持ってきた。今は、こんなものでもないよりはマシだ。たとえ、絆創膏みたいなものでも、無いよりは、マシだ。
それは、僕の回復魔法も同じことだ。
僕は、隣の男の首部分に手をあてて、もう一度呪文を唱える。気道の確保を、優先しないといけない。そんな、基本的な知識が後から遅れてやってくる。治療の手際も、順序も、てんでバラバラだ。
「はぁ……はぁ……」
「エルフさん、そんなに連続で回復魔法を使って、大丈夫ですか」
「ぁ……はい……大丈夫です」
自分の無力感に浸っている暇は無い。
ひたすら、回復魔法を、できる限り、唱え続ける。
もう一度、怪我人の首のあたりに手をあて、呪文を唱える。
次は胸に手をあてて、唱える。潰れた臓器が治るように……祈る。でも、臓器がどうなっているかなんて、分からないから、イメージも作れない。
ひたすら、「治れ」と祈るだけだ。
視界に砂嵐のようなノイズが入る。
────あれ? 何、これ。
さあっと血の気が引くような感じがした。頭が、クラクラする。
なんだろう。熱中症だろうか。暑いから……。こんな大切な時に……。
「おい、大丈夫か?」
誰かの声が、遠くから聞こえる感じがする。
「魔力不足だ。連続で魔法を使い過ぎてる。俺のおふくろが、それで倒れたことがある。無理するな」
知らない男が、そう言った。
────魔力不足? 何、それ。
「おい、誰か、魔力の補給アイテムを、持ってるやつはいないか!?」
しかし、魔法が使えるものは、この場にいないと思う。
もし魔法が使えるならば、そもそもこんな場所で働いていない。
「うう……」
怪我人が苦しそうに呻いた。
でも、それは命があるということの証左でもある。意識が戻ったのだ。
「大丈夫ですか……?」
「あ、ぁぁ……すまない……。俺は……何で……」
「事故です。今、できるだけ、回復していますから。気を確かにもってください」
ふらつく体を叱咤し、僕はもう一度手をかざし、唱えた。
魔力不足────……でも、もう一回くらいならば、回復魔法が使えるだろうか。魔力を、何とか、絞り出して。
「ルイヲッウティ」
もう一度。
しかし、唱えた後、僕の目の前は、ブラックアウトした。
**
ほんの、数秒、だと思う。
僕は、真っ暗な虚空に浮かんでいた。まっすぐ立ったまま、宇宙飛行士みたいに、無重力の空間に浮いている。遠くに、小さく、不思議な扉が見えた。
白くて、光っている。あれは、何だろう。
「────おい!」
気付くと、僕は誰かに体を支えられていた。
「無理だ。これ以上は、あんたの体がもたない、諦めろ」
「ぁ……」
どうやら、気絶してしまったらしい。
「でも……」
「でも、じゃない。魔力不足ならどうしようもない。あんたは、よくやった。きっと、大丈夫だ。二人とも、助かる」
本当だろうか。本当なら、いい。
「もうすぐ、街から回復士が来る。魔力回復のアイテムも持ってきてくれる。それまで、休め」
コップを口元にあてられた。
僕はそれを飲んだ。水が、喉を下り落ちていく。
結局、僕も、怪我人たちと同じ日陰の場所でぐったりと横たわり、休む羽目になった。
僕は全く怪我人でも何でもないので、この状況はかなり申し訳ない。心配そうに声をかけてもらうたびに、「大丈夫です。僕は、事故の被害者じゃないんです。すみません」と言いたい気持ちだった。
でも、実際には言葉を返す気力がなかった。魔力不足と言うのは初めての経験だが、慣れない身には結構こたえる。
熱中症や、貧血みたいな感じだ。ただし、僕は過去にその二つを実際に経験したことがないので、たぶん、こういう感じなんだろうなぁという予想である。
頭がズキズキして、投げ出した手足は鉛のように重い。