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<25>事故

 事故は3月氏目の初日に、起きた。

 休み明けでリフレッシュして、給料日までもあと少し、頑張るぞ、と気合を入れ直したところだった。

 たぶん、僕だけじゃなくて、労働者の皆が同じような気持ちだっただろう。良く晴れて、雲の無い空が広がる朝だった。


 僕らが、普段から整備している堀の深さは、おおよそ2~3メートルある。

 掘り出した土や石は、一時的に、堀の外周側に積み上げてある。後々、石と岩と、土に分別して、それぞれ必要な場所、もしくは決まった廃棄場所に運ばれて行く。

 それらは、無造作に山積みにされているが、万が一崩れた場合の危険を考え、あまり高く盛らないように、日ごろから注意されている。


 また、同じ理由で、『堀の外縁近くに物を置かない』ということも、厳しく徹底されている。

 ちょっとした道具などであっても、同じことだ。絶対に堀の近くに放置してはいけない。

 堀という性質上、そこに発生する高低差を考えると、物が落下した時に事故につながる可能性があるからだ。


 木槌一つ、台車一つ、石ころ一つだって、何かの拍子で転がり落ちたら、下で作業している労働者に直撃しかねない。

 落下物に関するリスクは、十分に管理されている……はずだった。


 しかし、事故は起きた。突然だった。

 誰も、思いもよらない事故だった。


 それは、堀の外側ではなく、内側、というべきだろうか。

 我々が掘っている堀の内側には、街があり、それをぐるりと囲んでいる高い壁がある。

 この壁が、木と一緒に、堀側に倒れてきた。


 僕は、その瞬間、同じ場所に居合わせたわけではない。

 だけど、後から聞いた話ではこういう事だった。


『大きな木がミシミシという音とともに、棍棒のように降ってきた』

『一枚の街壁が、まるで衝立みたいに、堀の中に、倒れ込んできた』


 せめて、これが街の内側に倒れていれば、これほどの被害にはならなかった。

 問題は高低差だ。

 重量のある大木と高さのある壁が、数メートルの深さのある堀に降り注いできて、大事故につながった。


 崩落した壁は、運悪く、そこで働いていた労働者たちの上に雪崩れかかった。

 高さに重さが乗算された重量エネルギーは容赦なく、労働者を圧し潰した。

 なんて、恐ろしいことだろう。


 僕はその時、少し離れた場所で土を運ぶ作業をしていた。

 事故の起きた方角から、不気味な音────轟く、震動のようなもの伝わってきた。


 え? と思って、耳をそばだてた。


 異質な喧噪が耳に届き始めるのに、時間はかからなかった。

 まず、聴力の良い耳が「事故だ!」「早く報せろ!」という怒声を拾った。


『人を集めろ。下敷きになったやつがいる! 助けるんだ!』

『二次災害の危険がある、迂闊に近づくな!』

『ここに、人がいる! 人だ! 下敷きになってる!』


 そんな声も聞こえてくる。

 僕は、その場で震えあがり、どうしてよいか分からなかった。

 心を落ち着かせようと努め、とにかく事故があったことを、手あたり次第、周囲の人間に伝えようと考えた。


「事故です! あちらの方角で事故です! 人が下敷きになってます!」


 そう叫んだ。

 しかし、周囲の聴力のない人間たちは、事故があったことにも、異変にも気づいていない。忙しく働いている人達は、急に突拍子もないことを喚き始めた僕に疑念の目を返すだけだった。


 僕は、事故のあった方に向かって走った。


「事故です! 向こうで、崩落事故です!」


 走りながら、人とすれ違うたびに、事故があったことを叫んだ。

 どうしてよいか分からなかったが、とにかく一人でも多くの人に伝えなくては、と思ったのだ。


「あっ……」


 現場に行く途中で、僕はミミロアさんらしき人の後ろ姿を認めた。


「ミミロアさん!」


 ミミロアさんは、堀の内側にいて、堀の外側を走っている僕とは距離がある。

 僕はミミロアさんの背中に向かって思い切り叫んだ……叫ぼうとした。

 しかし、走ったせいですっかり息があがってしまっていて、全然声が出なかった。


 この辺りで作業をしている人たちも、同じだ。すぐ近くで起きたばかりの事故のことをまだ知らない。


 僕は、堀の下を覗き込んだ。中に入るにはこの高さを降りなければいけない。

 梯子を降りようと思うと、来た道を一旦戻ることになる。

 戻っている暇はない。

 できるだけ浅いところに狙いをつけ、無我夢中で、僕はその高さをジャンプした。


 ────っ……痛っ。


 足がジーンとして、酷く痺れた。

 僕はよろよろと歩いて、ミミロアさんの傍に行った。


「ミミロアさん……っ! はぁ……っ、はぁっ……」


 心臓が、バクバクしている。


「あれ? どうしたの、アーラちゃん……────」

「は、ぁ、事故です。あっちの方角で、っ、人が、下敷きになってます。どうすればいいですか」

「えっ! どういうこと!?」


 僕は、事態を端的に話した。説明しながら、泣いてしまいそうだった。

 ミミロアさんは、僕の言おうとすることを理解するや否や、顔色を変えた。

 周囲の作業員の肩を叩き、素早く事故があったらしいということを伝達した。

 そして、つるはしをその場に捨て、スコップに持ち替え、素早く僕の示した方向に走り出した。他の作業員も、同じように走っていった。


 僕も、よろよろと彼らの後を追う。

 ミミロアさんは、僕を置き去りにしてあっという間に行ってしまった。でも、その背中は頼もしく感じた。


 さっきから、僕の耳には事故現場の混乱と悲惨な状況の会話が聞こえている。

 大変なことになっている。


 体が重すぎるせいで、ほんの2メートルの高さからジャンプするだけで、僕の足はダメージを受けていた。骨折や捻挫はしていないと思うが、痺れが取れない。


 走るのも遅い。スタミナもない。

 本当に、こんな体型は、嫌だ。僕は、今ほど自分の体形を憎んだことはない。


 息をはぁはぁと荒げ、よろよろと歩きながら現場に着いた。

 その頃には、もう、かなり人が集まっていた。

 ミミロアさんが、スコップで瓦礫を取り除いている。人海戦術で、総出で取り除き、下敷きになった犠牲者の救出作業にあたっている。


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