<24>休日
ミミロアさんがモテるかどうかは置いておいて、僕にとってミミロアさんは一つのあこがれだった。
つまり、土木業に従事する先輩女子として、という意味で。
10日経って、2回目の休日を迎えるころには、多少体が慣れてきた。
仕事後に疲労で死んだみたいになるのは変わらないけれど、筋肉痛はだいぶマシになってきた
更にもう5日後の休日は、朝からサアス達と出かけることができた。
「アーラ……! え、今日仕事じゃないよな。なんで、その恰好?」
サアス達が寮まで迎えに来てくれた時、僕は現場用の作業服を着ていた。長袖長ズボン、無地のくすんだ茶色で、大きめの胸ポケットがついている。
この服に慣れると、以前着ていた露出度の高い服は、どうにも恥ずかしくて着られないのだ。
「はい……でも……エルフの服は、恥ずかしくて……」
そうは言っても、作業服で出歩くのもまぁまぁ恥ずかしい。僕は体を縮こまらせる。
「私服、買いに行く? 付き合うよ」
「はい……でも、あんまり、お金の余裕もないので」
就職が決まって冒険グループを抜けた時、僕は自分のお金の配分を受けていた。
金額にして300リアと300オン。目安6~7万円くらいの価値だ。
この寮に入る前に、最低限の生活用品を揃えたので、現在の手持ちは80リアと120オンになっている。この金額で初給料が入るまでの日数を乗り切ろうとすると本当にギリギリだ。
「じゃあ、俺が洋服をプレゼントするよ」
「待て、俺が」
「ちょっと、抜け駆け禁止だってば!」
ルザクが言うと、横からサアスとイトも同じ申し出をしてきた。
「い、いえ……それは、申し訳ないので」
「あんまり高いのは無理だけど、装備品でもない服の一着や二着、大したことないよ」
「大丈夫です。この作業服で、何とかしのぎます。それに、寝間着もあるので」
とは言っても、支給の作業服と寝間着と、エルフの装備品だけでは、実は結構困るシーンもある。やっぱり、露出の無い普通の服は一着欲しい。
「とりあえず、服屋を見るだけ、見に行こう。それから、昼飯を食べよう」
「はい」
街の服屋を見て回った。装備品ではなく、一般の服を売っている店だ。
店によって、だいぶ価格帯が違う。特に、女性ものの服は店によってカラーもデザインも特徴が違う。
今の流行はオレンジの染柄だという。言われてみれば、店頭の案山子はオレンジの服を着ているものが多い。
何店舗が回った後、僕は男物の安いTシャツと短パンを買うことに決めた。これなら、金欠でも支払えるくらいの値段だ。
「せっかくだし、もっと可愛いのにしようよ。アーラに似合う、ヒラヒラのやつとか」
「そうだよ。俺が選んだやつ、可愛かったと思うけどなぁ」
「やっぱり、エルフっぽいのが、一番だと思う」
イトが選んだのはレースのついた白いエプロンみたいなやつだった。
サアスが選んだのは、ピンクの花柄のスカートで、ルザクが選んだのは、以前着ていた装備品と似たようなへそが出るワンピースだった。
エルフっぽい服、というと露出が高い。エルフの文化を否定する気は無いが、僕としては恥ずかしくて無理だ。
「いえ。大丈夫です。申し訳ないですし」
しょっちゅうケーキや、お菓子の差し入れをもらっているのに、これ以上金銭的にお世話になるのは気が引ける。
本当は、援助してもらえるならばケーキよりも、お風呂屋さんのチケットとか、朝食用のパンと飲料水とか、その方が助かるのだけど、そんなことは言えない。
そんなことを言い始めたら、いっそ金銭的に生活を助ける、という話になりかねないし、それでは僕の自立が叶わない。
好意を利用して施しを受けながら生活するのは……できるだけ避けたい。
────最悪の場合、生きるためにはそれも仕方がないとしても……。まだ、その時じゃない。最終手段にしよう。
買い物の後、昼ご飯を食べに屋台に行った。
人気店は混んでいる。が、今日は休日で時間は十分になるし、皆がいるので、並ぶことにも苦にならない。
久々にサアス達3人と喋れる機会なので、話題もつきなかった。
「毎日大変そうだよな。本当に、アーラは、頑張り屋さんだよな。尊敬するよ」
「でも、まだ労働力としては全然です。皆さんは、最近はどうですか? 新しい回復士さんは見つかりましたか?」
「あぁ、それが、まだなんだ。でも、あまり長いこと俺達も遊んでいられないから、今は各自、ギルドで別の仕事を請け負ったりしてる」
「別の仕事ですか?」
「短期の、魔物討伐とか、護衛とか」
「イトは市場の手伝いとかもしてるぞ。食料の加工みたいな仕事だな」
「あ、料理の魔法ですか?」
「そうそう。料理」
ニヤリと笑いながら言われて、イトが不機嫌そうに返した。
「才能を活用してるだけだよ。僕は」
「分かってるよ。イトが優秀なことは」
この気心の知れた感じの掛け合いを聞くのも久々だ。僕もその一員に収まっているような、落ち着く感じもする。
ニコニコと話を聞き、うんうん、と相槌を打つ。
順番が回って来て、席についた。ランチメニューが定番らしく、メニューすらなかった。
すぐに、料理が運ばれて来た。汁に入ったワンタンのようものと、餡かけの魚、揚げたパンのようなものが並ぶ。
今日は朝ごはんを食べていないので、お腹がペコペコだ。早速、食べ始める。
「お……美味しい~~~~」
僕が頬を押さえると、3人の注目が集まったのが分かった。
「えっ……あ、美味しいですね?」
ちょっとオーバーだったかな、と照れてしまう。
最近の僕は、節約とダイエットのために、朝ごはんと夜ご飯を節制している。
昼だけは、支給の弁当をガッツリ食べるが、それは毎日ほぼ同じメニューなので、だいぶ飽きているのだ。
「いや、アーラの『美味しい』って言葉を聞くのが、久々だな、と思って」
「好きなだけ、いっぱい食べなよ」
「えへっ、ありがとうございます。やっぱり、出来立ての食事は美味しいですね」
言いながら、もう一口食べる。
本当に、美味しい。
「アーラ、ちょっと痩せたんじゃない?」
「そんなことないです!」
僕は慌てて否定した。
いや、実際には痩せた。体重も減ったし、それに、ちょっぴり筋肉がついて引き締まった感じもある。
とはいえ、僕の評価としては「まだまだ」だ。痩せたと言っていいほどの変化はないと思っている。
「仕事、辛くない?」
「大丈夫です。辛いこともありますけど────」
体はいつも疲れているし、自分の不甲斐なさを思い知ることが多い。
でも……────。
「助けてくれる人もいますし、少しずつ、何をしたら良いのかとか、どう動いたら良いのかとか、分かるようになってきました。頑張ります」
少なくとも、契約の3月氏、つまり30日間は続けたい。
でも、その前にミミロアさんが辞めてしまうかもしれないので、それは心配だ。僕としてはミミロアさんがいるから、頑張って続けられている、というところがある。
「最近、記憶の方はどう?」
「残念ながら、そっちは、あまり変化ないです」
僕は首を振り、苦笑いした。
「また病院に行った方がいいんじゃないか。本当は、定期的に通った方がいいと思う」
「はい。でも、今はちょっと、治療代が払えないので」
「それくらい、俺達が出すよ。当り前だろう」
「いえ、そんなの、申し訳ないです」
「アーラは遠慮し過ぎだ。俺達は、過去に何度もアーラに命を救われてるんだぜ?」
────命を救ってる? 僕が?
僕は首を傾げ、『あぁ、回復魔法で、ということか』と気づいた。
それは、そうなのだろう。でも、だからと言って命の恩人、というのとはちょっと違う。
冒険仲間同士で命を助け合うのは、当たり前のことだ。
きっと、記憶をなくす以前の僕だって、何度も皆に命を救われている。
**
昼食の後、なぜか昆虫採集に連れていってもらった。
この街の近辺で珍しい昆虫が取れるから、見せてあげる、と言われたのだ。
なぜ、急に昆虫を……?と思ったが、異世界の昆虫に興味もあったし、せっかくの申し出だったのでついて行った。
街を出て、僕が日々従事している堀とは反対側にぐるりと回ると、藪みたいに猛烈に雑草が茂っている所があった。
こんなに雑草が生い茂っていたら、工事の時に除草するのが大変だろうな、と思った。これは職業病だ。
「ここで、玉虫バッタとか、王様カマキリが採れるんだってさ」
「へぇ……?」
名物なのか、他にも昆虫採集に来ている人たちがいた。皆、網を持っている。
僕らは手ぶらだが、とりあえず見よう見まねで藪の間を探し始める。
目当ての昆虫は中々見つからなかったが、既に捕まえた人がいて、その籠を見せてもらうと、確かに珍しい造形をしていた。羽は玉虫色で、形はバッタに近い。足は六本だ。
「なんで、僕にこの昆虫を見せてくれようと思ったんですか?」
素朴な質問をぶつけると、
「アーラが好きかな、と思って」
と返って来た。
僕は笑って、お礼を言った。女の子を喜ばそうとする方法からは、ちょっとずれてる感じもする。
「それに、高く売れるんだぜ、これ」
と、ルザクが教えてくれた。
「えっ……そうなんですか?」
そうなると、話が変わってくる。もう少し詳しく教えて欲しい。
その後、皆で昆虫採集をして、玉虫バッタを3匹捕まえた。ギルドに持っていくと、結構良い値段で買い取ってもらえた。