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<22>限界生活

 限界生活というのは、こういうのを言うのかもしれない。

 僕は本当にギリギリのところで持ちこたえて、4日間を過ごした。


 半月氏────つまり5日間のうち、1日は休みだ。

 4日働いて、1日休む。4日働いて、1日休む。このサイクルになる。

 10日のうち2日が休みなわけなので、僕の元の世界、7日のうち2日が休みのサイクルと比べれば、過酷だ。

 ただ、連続して働くのが4日で済むというのは、ありがたい。

 こんな肉体労働は4日が限界だ。5日目には大げさではなく、寝床から全然起き上がれない。


 僕の限界生活を助けてくれた人はたくさんいたけれど、特に頼りになったのは、親切なお隣さんだった。


「アーアーラーちゃーん。お風呂行きましょ~」


 玄関扉を強めにノックする音が聞こえる。寮の隣部屋に住んでいる、ミミロアさんだ。

 帰宅すると寝落ちする習慣がついてしまった僕を、こうして毎日起こしてくれる。


「ふぁ……ぁっ、はい、行きます……」


 涎が垂れているような気がしたので口元を拭い、作業服のまま、玄関を開けた。


「あら? 今、玄関の鍵、開いてた? ダメだよ~。女の子の一人暮らしは、物騒なんだから! ちゃんと施錠しなくちゃ」

「はい。すみません」


 ミミロアさんは、優しいお姉さんで、僕と同じ女性の土木作業員の先輩だ。

 朝夕に顔を合わせ、挨拶から始まり、すぐに仲良くなった。この生活のライフハックなどを教えてくれて、色々と世話を焼いてくれる。


 安いお風呂屋さんを教えてくれて、ほぼ毎日、そこに一緒に通った。

 このお風呂屋さんというのは、大浴場のある銭湯ではなくて、以前泊まった宿にあるのと同じタイプの、小さな個室の風呂だ。一人10分くらいの時間制限で、体を洗うことができる。湯船は無くて、掛け湯で体を流す。

 疲れ切った体には、少々物足りないけれど、これだけでも体が綺麗になるのはとても助かる。

 一日の仕事を終えると、砂と埃と汗まみれになるからだ。


 この日、僕はお風呂屋さんの後に、ミミロアさんと一緒に屋台で夕飯を食べた。ミミロアさんは、お酒を注文し、上機嫌だった。つられて僕も、饒舌になった。


「なんでミミロアさんはこのお仕事をしているんですか?」


 仕事の愚痴を言い合い、少し打ち解けてきたタイミングで、聞いてみた。

 事情があるところに踏み込むのは失礼かな、と思って今まで遠慮していたが、これは一度聞いてみたい質問だった。


「あぁ……、私ね、実は本業は冒険者なの」

「えっ、そうなんですか?」


 僕は結構本気で驚いた。僕も、記憶を失う前は冒険者だった。女性同士で、冒険者出身ということに、親近感を覚える。

 でも、僕は全然現役じゃないし、記憶喪失で共有できる話題も無い。

 だから「僕もなんです~」という言葉は飲み込んだ。


「でも、冒険の仕事ばっかり続けてるとね、疲れるのよ。……だから、今は息抜きにこういう仕事をしてるの」

「この工事の仕事が息抜き……になりますか? あの……副業としてはハード過ぎません?」

「冒険者の方が、よっぽどハードだよね。冒険は、常に手探りで、命の危険もあるもの。野垂れ死に、餓死の危険もあるし、気づいたら即死、ってこともあるんだから」

「あぁ、確かに……そうですね。即死は怖いですね」


 確かに、回復魔法が発達している世界でも、即死ならばどうしようもない。

 気づいたら、自分が死んでいるなんて考えるだけでぞっとする。


「でも、息抜きとして働くなら、もっとマシな仕事がありませんか? 何も、こんなキツイ肉体労働なんてしなくても。あ、もしかして、修行を兼ねているんですか」


 ミミロアさんは、お酒の入ったカップを口に運ぶ。


「修行……っていうほどではないけど、確かに筋トレにはなるよねぇ」


 ミミロアさんが、服の袖をまくり上げて筋肉を見せてくれた。惚れ惚れするような、上腕二頭筋だ。


「でもね、やっぱり私にとって、これは息抜きかな。何も考えずに、体を動かせる仕事っていうのは、いいよ。私としては、それなりに楽しいかな」

「そうですかぁ……。僕なんて、毎日クタクタで、楽しさなんて見出せませんねぇ」


 げっそりと言うと、ミミロアさんは「慣れよ、慣れ」と言った。

 それは、そうなのだろう。

 でも、慣れるまでに一体どれくらいかかるのか……。


「とにかく、頑張って体を動かせば、成果が出て、ちゃんとお給料がもらえる仕事はいいよね。冒険とは全然違うもの。冒険だと、お金のやりくりに神経を使うでしょ。せっかくお金が儲かっても、どうせ次の冒険へのもっといい武器とか、もっといい防具だとか、そういうものに使うことになってキリが無いし……。何というか、気の休まらない自営業みたいなものよね」

「自営業ですか」

「自営業を続けてると、雇われて言われた通りの仕事をする、っていうのがどれだけ楽なことか分かるよ。気が休まるわ」


 それは、何となく僕にも分かる。

 冒険のことは分からないけれど、自営業で神経の休まらない感じは、経験上イメージがつく。

 収益があっても、次の投資に回さなければならない、今安定していても、明日もそうとは限らない。あの、感じだ。


 僕らは互いにうんうん、と頷きあった。


「あのー、ちょっと話が変わるんですけど、ミミロアさんって、もしかして、この街出身の、あの……トロフィーとかもらった有名な冒険者さんですか?」

「えっ? やだぁ……なんで知ってるの?」


 これは、全くの偶然だった。単に、30歳くらいの女の冒険者という点から、もしかして、と思っただけだ。

 僕がチキンパイの店でミミロアさんのお父さんと会った話を伝えると、ミミロアさんは「うわ~……うちのお父さん……お酒飲むと、お喋りになるから……」と苦々しそうだった。


「ミミロアさんの称号は何なんですか? トロフィーと一緒にもらえるんですよね」

「え~……あれ、恥ずかしいんだけどね。誰にも言わない?」

「はい」

「一閃の紅」

「いっせんのくれない、ですか」

「内緒」

「はい」


 なんで、紅なのかな?

 ミミロアさんは別に赤毛じゃなくて、こげ茶色のショートカットだ。

 単に女性であることを表現した「紅」なのだろうか。というか、称号って誰が決めるんだろう。

 内緒と言う事は、自分で名乗っているわけでも、巷の通り名でもないということだ。


「そうだ。アーラちゃん、じゃあさ、次の冒険は私と一緒に行く?」

「ええっ、冗談ですよね?」


 ミミロアさんは、高名な二つ名のある上級冒険者なのだ。冒険もハードに決まっている。


「本気だよ。私、この仕事はそろそろ辞めようかと思ってるの。そうしたら、まぁまぁお金も貯まったし、旅行でも行こうかなぁ、って。でも、アーラちゃんと軽く冒険に行くのも楽しいかな、って思って」

「僕を冒険に連れて行っても、何も役に立ちませんよ。足を引っ張るだけです。回復士だったらしいんですけど、記憶喪失で魔法が使えなくなってしまったんです」

「そうかぁ……大変だねぇ。だから、エルフさんなのにこんな仕事してるんだ」

「はい。まぁ、そうですね」


 エルフは魔法が使える者がほとんどだという。

 魔法が使えるものは、工事の作業員なんていう、泥臭い仕事に就いたりしない。力のない女ならば猶更だ。


 ミミロアさんとは、ほぼ毎日、一緒に夕飯を食べた。お風呂屋さんにも行った。

 サアス達もマメに僕の寮を訪れてくれるけど、僕は基本的にはクタクタで、短い挨拶を交わすくらいだった。とにかく、家では寝るばかりだった。

 5日目の休みの日も、ほとんど寝て過ごした。


 そんな僕の状況を気遣って、サアス達は、僕がいない間に、夕飯になるお弁当や、差し入れの甘い食べ物を玄関口に置いておいてくれたりする。

 僕は心の中で感謝しつつ、それを頂いた。

 そんな日々が続いた。


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