<21>現場デビュー
4日後、晴れて僕の就職が決まった。
AとBで悩んだ挙句、Cという選択肢も出てきて、余計にこんがらがった。
しかし、最終的には土木工事の作業員を選んだ。決め手は、公共事業であるという点だ。やはり、雇用の母体は大きい方が何かと安心だ。
ちなみに、この4日の間に、ほんの少しだけ、魔法の訓練に進展があった。
僕の手から、モヤモヤした湯気のようなものが出るようになった。これは、目に見えない湯気で、その気配があるだけなのだが、とても不思議な感覚だった。
このモヤモヤの気配を感じ取るのが魔法を使うにあたって「初歩の初歩」だそうだ。
まだスタート地点に立ったくらいの段階ではあるが、流石エルフというべきか、イトの先生ぶりが優れているのか。
とにかく、まるっきり芽が無い、というわけではなさそうだ。
採用が決まった次の日から寮に入らせてもらい、その次の日の朝から実際に仕事が始まった。
長い金の髪の毛を縛って、無理矢理、作業帽子に突っ込む。まるで、水泳の時みたいだ。
支給された作業服は当然、長袖長ズボン。
今までの露出の多い服装よりはずっと心が落ち着く。だけど、熱帯地方のこの地域でこの服装はかなり暑そうだ。
事前説明は基本的な安全に関することと、チーム分けに関することだけだった。
現場では、チームがAからEに分かれていて、それぞれのチームで役割を決めて働くのだ。
しかし、蓋を開けると結局ごちゃまぜで動くので、一体だれがどのチームの、何の役割の人なのかが分からない。
チームごとに色分けした帽子でもかぶればいいのに、と思った。
初日から、何をすれば良いか分からず、僕は途方に暮れた。
マンツーマンで教えてくれるような教育係はいない。僕はひたすら、周囲のやり方を真似て、仕事────っぽいことをしようとした。
堀を掘る。土を運ぶ。
大きな岩を壊す。大きな岩と小さな岩を分けて、運ぶ。邪魔な草木を引っこ抜く。
堀の部分が剥落してこないように、土止めをする。危険な個所には、仮の柵を作り、整備する。
スコップや、つるはしを持って働いている人もいる。ただ、一体だれがどう指揮を執っているのか、全体像が全然見えない。
ウロウロしていたら、急に「あの道具を取って来て」だとか、「これをどこどこに運んで」だとか指示された。
僕はその相手が誰か知らなくても、言われた指示には従った。
しかし、簡単な指示であってもスムーズにこなせることは稀だった。
何がどこにあるのかも分からないし、「ずん棒を持ってきて」と言われても、『ずん棒』が何なのかが分からないのだ。
タライ回しのようになり、本当に、何が何だかよく分からないまま、土嚢を作る係についた。
藁のような植物で編んだ袋に、掘った土を入れて、縛るという仕事だ。
もう一人、女性の作業員の人と協力して、黙々と土嚢を作り続けた。
女性がいることに安堵と親近感が湧いたが、作業の間、一度も会話の機会がなかった。
その後、作った土嚢を指示された場所に運ぶ仕事をした。一輪の台車に乗せて運ぶので、運ぶこと自体はそれほど大変じゃない。
乗せすぎると重くて左右にグラグラするけれど、一番大変なのは、積み下ろしだった。
いちいち、「よいしょ」と言いながら、一袋ずつ持ち上げる。
男の作業員たちは二袋一度に、それも楽々持ち上げている。皆、同じ長袖の作業服を着ているが、あの服の下は筋骨隆々なのだろう。
やっぱり力の差がすごいなぁ、と思い知らされる。
「新入りかい?」
「あ、はい」
「頑張れ」
「はい」
時々、声をかけてくれる人もいる。
僕が女で珍しいからだろう。僕を見ると「ん?」みたいな表情をする人は結構いる。
だけど意外と、ちょっかいをかけてきたり、からかってきたりするような人はいなかった。
劣悪な労働環境で、ガラの悪い労働者が多いんじゃないか、と偏見があったけれど、そんな感じはしない。
それより、皆、自分の仕事と、暑さと戦うのに忙しそうだ。
太陽が昇ってくると、本当に暑い。
汗がタラタラ垂れてくるうちは、まだいい。汗が出なくなってくると危ない。水筒を持って来た方が良かったかもしれない。でも、そんな情報も事前に得ておらず、今日はもう我慢するしかない。
太陽が上がり切る前に、合図の笛の音が鳴り響き、昼休憩になった
一斉に労働者たちが、仕事の手を止めた。
皆が行く方向について行ったら、屋根のある休憩場所があった。どうやら、そこで昼飯が配られているらしい。
ルールが分からないなりに列に並ぶと、普通に弁当がもらえた。
丸いヤシの実みたいなやつで、半分に割って開けることができた。中に果物と、芋と、肉、茹で卵が入っている。
全体的にすごく、シンプルな薄い味付けだ。でも、量は多い。
せっかくもらったのに残すのも申し訳ない気がしたので、全部食べた。美味しいわけではないけど、とにかくお腹が膨れた。
食事の後、昼寝をしている姿があちこちで見られた。日陰が人気で、堀の中で寝ている人が多かった。
僕は眠りはしなかったが、日陰を見つけて、できるだけ体を休めるようにした。
昼休憩が終わって現場に戻ると、土嚢を運ぶ仕事は終わっていて、午前中に一緒に働いていた女の人もどこかへ行ってしまっていた、
次は何をすればいいかな、と思っていると、「おーい! 手が空いているやつ、集合。たくさん!」という声が聞こえたので、そちらに向かった。
かなり大きな岩が掘り出されていた。集まっているのは8人くらいだ。
「でけぇな……これ、壊すのか?」
隣に立っていた男が呟いた。
「すみません、どうやって壊すんですか? 僕、初めてで良く知らないんですが」
「ん? お? あぁ、これだけ大きいと、楔をハンマーで打ち込んで行って、少しずつ剥がすんだ」
「これは、僕はあんまり役に立たないかも……」
僕は、気弱に呟いた。
力仕事から逃げたいわけではなく、本当に役に立たないということが、現場に立ち、身に沁みて分かっている。
「あんた、女だな。新入りか? 結構危ねぇ仕事だぞ。まぁ、大きな世話だろうけどあんまり無理するなよ」
「あ、いえいえ。ありがとうございます」
「手抜きしたって、別にバレないからな」
そう言って、男は笑った。冗談なのか、本気なのか、半々、という感じだった。
確かに、あまり無理をし過ぎないように力をセーブして働いた方がいいかもしれない。非力をカバーしようと頑張り過ぎている気もする。
**
帰宅して、体中が悲鳴を上げていた。僕にあてがわれた部屋はアパートみたいに細長い建物の2階の一番奥でなのだけど、その階段を昇るのが精一杯だった。
手が震えて、ドアノブを回すことすら辛い。
「えええ~……何これ……」
筋肉痛って、次の日の朝とか、二日後に遅れて来るものじゃなかったっけ?
既に、腕の筋肉がじわーっと痛い。手のひらを開くと、指がプルプル震えている。
補助された住居は、割と良かった。
本当に何もない部屋だけど、鍵のかかるワンルームだ。トイレと洗面所は共用で一階にある。洗濯場所もある。風呂も、一応ある。ただし、水が出ないらしいので、自分でタンクに水を運び入れなければいけない。
水がでない風呂って何なんだ、と思うけど、人目に触れずに水浴びできるスペースがある、というのは、意外と重用するかもしれない。
それにしても、疲れた。疲れすぎて、夕飯を食べにすらいきたくない。
部屋でばったりと倒れていると、強烈な睡魔がやってきた。
寝ちゃダメだ……。
今のうちに、お風呂に行かないと……。
そう思うのに、体が動かない。
せめて、この泥だらけの服を脱ごう。
寝転がったまま、脱皮するように服を脱いだ。靴下を脱ぎ捨て、帽子を放り投げる。
そして僕は……そのまま寝た。
現実から逃避するように、眠りこけた。