<20>面接
次の日、再びギルドに行った。
この世界のギルドと言うのは、職業安定所を兼ねている。
僕と同じような境遇、つまり無職の皆さんが貼り紙の前に立っている姿を見ると、自分のことを棚にあげて「大変だな」と思ってしまう。
窓口で確認し、事前に聞かされていた通り、酒場の方の面接が今日の夕方に決まった。しかし本命の土木作業員の方は、まだ何も進展がないとのことだ。
流石に色々な手続きが一気に進むはずはないから、仕方がない。
サアスの方も、新しい回復士の募集について応募状況を聞きに行ったが、特に成果は無かったという。
「早く、良い回復士さんが見つかるといいですね」
と言うと、
「ああ。でも、見つからなかった時のことも、考えとかないとなぁ……」と返って来た。
見つからなかったら…………どうするつもりなんだろう?
その後、街を散策し、屋台でお昼ご飯を食べた。
街には色んな屋台があるので、毎日新しい店を開拓している。それは、「やはり安くて美味しい店は混んでいる」というセオリーを確認する作業みたいでもあった。
初日に朝ごはんを食べた蒸し饅頭の店は、傍を通るといつも満員御礼だった。あの日、開店一番に訪れることができたのはラッキーだったらしい。
暇があったので、午後からは、イトに魔法の使い方を教えてもらった。
成果は芳しくなかった。ただし、魔法に関する常識、ひいてはこの世界に対する理解の習得にはなった。
魔法を使う時の、呪文と、イメージ、基礎的な訓練の仕方等々……どれも、摩訶不思議な知識ばかりだ。
僕は、記憶がなくて魔法が使えないなら、1から学び直そうかな、と、本気で考えている。
イトは「アーラなら、絶対にできるよ」と言ってくれた。
お世辞か、買い被りの可能性が高い。でも、イトは美辞麗句に留まらず、本気で、すごく真剣に魔法を教えてくれるので、ありがたかった。
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夕方になってから、酒場の面接に出向いた。特に準備することもなく、着替えるスーツも持っていないので、いつもの場違いな露出姿で行かざるを得なかった。
「おやまぁ、ずいぶんと可愛らしいエルフさんだねぇ」
店主だというおっさんは、相好を崩して言った。
可愛らしい、という表現で誤魔化した「太った」エルフさんだという意味に気づいたが、僕はスルーした。
「お名前は、アーラさん。元々は冒険者の方だったんだね。今は、事情があって冒険に出られない、んだっけ。ギルドの方から連絡はもらっているよ。あぁ、そんなにかしこまらないで、気楽にしてちょうだい」
店主は、接客業が身についているような、人懐っこい喋り方をする人だった。
世間話から入り、採用の基本条件を説明してくれた。
何か質問はあるか、と聞かれたので、真っ先に、これを聞いた。
「あの、貼り紙に『住居の提供あり』って書いてありましたけれど、具体的にはどういうことなんでしょう?」
「ああ、あれはどちらかといえば料理人の方の募集の条件なんだけど。住居はね、この店の2階に空き部屋があるから、そこを自由に使ってもらって構わないよ。食事も、残り物とかで良ければ、三食不自由ないよ」
「つまり、給仕で採用された場合は、住居提供はなし、っていうことですか?」
「いや、別にいいよ。使ってもらって。ただ、料理人も採用したら、どっちかが部屋を使えなくなるなぁ。この店のどこかで寝泊まりするのは、全く構わないけどね」
随分と、いい加減な条件だ。
料理人と給仕の同時募集をしていて、部屋は一つしかないのに、どちらにも住居提供あり、という条件を書いたということになる。
店のどこかで寝泊まりしてもいい、というのも大雑把な話だ。
「実際に、二階の部屋を見てみるかい?」
「あ、はい。お願いします」
店の裏側から階段を昇り、二階に行くと短い廊下があった。ギシギシと軋む音がする、古い木造の建物だ。二階には、部屋が三つあった。
一番広いのが倉庫で、食料やら、備品やらが置いてある。もう一つが事務所みたいな部屋、もう一つが空き部屋で、ここにはベッドがあった。
「ここが、空き部屋なんだよ。今は、何もないけどね、ベッドくらいはあるから」
窓があり、陽当たりが良い。棚と、小さな洗面もついていて、良さそうな部屋だった。
僕は、ここで暮らすイメージを浮かべて、悪くないな、と思った。まるで、アパートの物件探しをしているみたいな気分だ。
仕事そのものの内容よりも、住居の条件の方が大切かもしれない。
「アーラさんは、料理はできないのかな?」
「あ、はい……。ほとんどできません」
「魔法じゃなくてもいいよ。料理ができれば」
「いえ、でも、教えてもらえれば頑張ります。簡単な手伝いならできますし」
そう言ってから、あまり調子に乗らない方が良いな、と自分を戒めた。面接っていうと、つい自分をよく見せたくなるのは人間の性だ。
「僕、世間知らずというか、世の中の常識を知らないところがあるんです。だから、たぶん働かせてもらったとしても、最初は結構失敗が多いと思います」
「大丈夫だよ。仕事は簡単だから。ただ、やっぱり、客商売だから愛想は大切かな」
「愛想ですか」
「あとは、真面目なことだね。これが、一番大事だ」
「なるほど」
僕は分かったようにふんふん、と相槌を打つ。
お店の営業時間は夕方から夜中まで。労働時間は要相談で、短時間のアルバイトでも可。
仕事内容はお酒を注いだり、運んだり、開いたグラスを下げたりするだけで、難しくない。ただし、接客の愛想が大切。やはり、客から酒を勧められることはあるらしい。
ここは、元々料理とお酒の店だったが、ちょっと前に料理人が辞めてしまったせいで、今はお酒の提供がメインになっている。
今は通いで働いているアルバイト3人で回している。3人では人手が足りないため、3日営業、1日休業のサイクルになっているが、本当はもっと稼働日を上げたい。ギルドに求人を出したが、あまり良い人材が来ない。
雇用条件を聞きつつ、店主からの経営の悩み相談みたいになってきた。
「できれば、採用するのは女の子がいいんだよ。カラーとしては、ちょっと、そういう華やかなお店にしたくてね。こう、高いお金は払わないし、あからさまなサービスも期待できないけど、女の子にお酒を運んでもらえて、楽しく、軽い会話ができる、一日の疲れが取れる店っていう感じ」
「なるほど。それは良いですね。人気が出そうです」
高いお金を払う夜のお店では無くて、ちょっと会話ができるくらい。……ガールズバー的なイメージか。
営業コンセプトは割としっかりしているな、と思う。
ただし、それが理想通り実現できるかは別の話だ。実現できるかどうかこそ、営業の手腕にかかっているだろう。
「いや~今までの受け答えを聞いていると、アーラさんはすごくしっかりしているし、感じもいいから、是非うちで働いて欲しいと思う。どうかな」
身を乗り出して聞かれて、戸惑った。
今日は雇用条件などの話を聞くだけのつもりだったのに、この場で面接の合格の判定が出てしまった。
「ありがとうございます……。でも……、ちょっと考えてみます」
「賃金は、いきなり高くはできないけど、それでも、普通のお店よりは良い金額を出すつもりだし、働きぶりによっては、昇給もあるから」
「はい。ありがとうございます。考えさせてください」
僕が即答を避けると、店主は残念そうな顔をした。
「なんなら、今夜からでも、お願いしたいくらいなんだが……」
困っている様子を見ると、つい、人情で助けたくなるが……我慢だ。安請け合いをしてはいけない。
きっと、本当に、人手が足りてないのだろう。
「今日はありがとうございました。是非、お店にも一度来させてください」
「おお、それはありがたい。お客さんとして来てくれても、大歓迎だよ」
最後に時間を割いてもらったことに丁寧に御礼を言って、店を後にした。
やっぱり、直に条件を聞くのは大切なことだ。
思っていたより、ずっと……何というか……良く言えば、アットホームな感じだ。
一番の魅力は、仕事が簡単そうなことだ。料理を運ぶくらいなら、この世界の記憶がなくても、何とかなりそうである。それに、貸してもらえるという部屋も綺麗で良かった。
人手不足ということだから、優遇して雇ってもらえそうなところも良い。
だけど、条件に曖昧なところが多いのが心配だ。
同時募集しているという料理人の採用が決まったら、僕は部屋を追い出されてしまうかもしれない。それに、シフト制で入っているというバイトの女の子3人とも、上手くやっていけるか分からない。
僕は、メリットとデメリットを頭の中で比較してみた。
────こっちの仕事の方が、肉体労働よりは、長続きするかもしれないけど……。
業務時間を大幅に短縮しなければいけないほど人手が足りなくなっている職場、というのはちょっと怖い。過去にいくつかのバイトや仕事を経験したことのある「僕」の第六感は「ブラックかもよ」と訴えている。
「アーラ! お疲れ様」
店を出ると、ルザクが外で待っていた。
「あ、ルザクさん、迎えに来てくれたんですか?」
「難しい顔してないか? 大丈夫だったか?」
難しい顔になってたかな?
僕は、眉間を指で擦った。笑顔を作って「はい、大丈夫です」と答える。
「他の二人はどうしてますか?」
「そろそろ宿に帰ってるんじゃないかな」
つまり、ルザクだけが迎えに来てくれたのだ。これも、抜け駆けかな?と思うとちょっと面白い。
道すがら、さっきの面接であった話を、ルザクに説明した。
工事現場の作業員と、ガールズバーの女給さん、あまりに対局な二つの仕事だが、どちらが良いだろうか?