<17>酒場か土木作業か
朝起きて、ベッドに腰かけ、腕を上げて、うん、と伸びをした。
窓から明るい朝の陽ざしが差し込んでいる。
「おはよう、アーラ」
「おはようございます」
昨日一晩、考え尽くして悶々としていたが、起きたらすっきりしていた。
肩の力が抜けているのが自分でもわかる。サアス、ルザク、イトの三人もプロポーズ後の翌日だからといって、よそよそしくなるようなことは無かった。いつも通り、変わらぬ態度だ。
「あの、僕、ギルドでお仕事を探してみます。良い仕事があるなら、やっぱりこの街で働いてみようと思って」
「うん、まぁ早急に決める必要は無いと思うけど、とりあえず見に行ってみようか。俺達も、しばらくギルドに通う用事があるし」
朝の支度を簡単に済ませ、揃ってギルドに向かった。
「これが求人に関する掲示板だよ」と教えてもらった、ギルドの壁の一面に、様々な貼り紙が貼ってあった。
僕の就職活動は、それらに目を通すところから始まった。
ギルドの求人広告なんて、冒険者の募集ばかりかと思えば、そうでもない。家庭教師の募集だとか、清掃員の募集なんていうものもある。
長期間貼りっぱなしのものは、紙が黄ばんでいる。その上に重ねて新しい貼り紙が貼られたりしていて、雑多な情報のるつぼだ。
良さそうな求人を探していると、住み込み、食事つきという待遇の仕事がいくつか目に付いた。家なき子の貧しい僕にとって、住み込みの仕事は魅力的だ。
ただし、住み込みの仕事は給金がほとんど出ない。それはまぁ、仕方がないとしても……ほぼ全てに『身元保証人が必要』という一文が付属している。
「あの~身元保証人って、例えば僕がサアスさんにお願いしたりもできるんですか?」
「もちろん、俺でいいならOKだぞ。ただ、この街の住民票を持っていないと保証人になるのは無理かもなぁ」
「住民票ですか~……」
そんな制度があるのか。これだけ大きな街だから、当然と言えば当然だ。僕が知らないだけで、税金とか、戸籍とかの制度もあるのだろう。
そして、住み込みの雇用は、その人が何か問題を起こした時、例えば盗難を働いた時
なんかを考えると、身元のはっきりしない人間は雇いたくないということだと思う。
一旦、身元保証人の案件は諦め、なるべく広い視野で求人広告を探すようにした。
しかし、無資格で特技も持たない僕に合う条件というのと、思った以上に狭き門のようである。
貼り紙を読むために壁とにらめっこしていると、ギルドの事務窓口が開いた。
窓口で住民票を獲得する手段とか、身元保証人の条件だとかを確認していたら、あっという間に昼になってしまった。
「アーラ、そろそろ昼飯を食べに行こう」
「いえ、僕は今日、お昼ご飯要らないので、大丈夫です。もう少し調べてから宿に戻ります」
手のひらを向けて、誘いを断る。
「そんなに焦らなくていいって。どうしてもこの街で仕事を見つけなくちゃいけないわけじゃないだろう? まさか昼飯代とか宿代を気にしているんだったら、そんな遠慮はいらないぞ」
「ありがとうございます。でも、今日はちょっと、食欲が無くて……」
角が立たないように言い訳をすると、サアスが顔色を変えた。
「食欲がない!? 体調が悪いのか。大変だ! アーラ、すぐに宿に戻ろう。休んだ方がいい。それとも、回復魔法を頼んだ方がいいか?」
「ち、違うんです」
しかし、サアスは全く聞く耳を持ってくれない。僕の手を掴んで、引っ張って行こうとする。
「ほっ、本当は食欲あります。すみません。ちょっと遠慮しただけです。全然、大丈夫です」
「────はぁ……良かった。でも、仲間同士で遠慮は無しだ、さぁ、飯に行こう」
結局、強引に連れていかれ、昼ご飯に行くことになった。イトとルザクも一緒だ。
食べたいものはあるかと聞かれたが、特に思い浮かばない。安く済まそう、ということになり、看板で「激安ランチ3オン」と書いてある店に入った。
1オンが100円くらいと勝手に想定しているので、300円ランチということになる。
店はあまり綺麗ではなく、壁が剥がれたみたいになっている。一応、客は僕たち以外にも4,5人ほど入っている。
僕らは、激安ランチを3人前頼んだ。
しばらくして、スープに入ったパン粥みたいなのが出てきた。癖のある薄甘いミルク味で、ベーコンみたいな肉の切れ端も入っている。
甘いミルクの風味とベーコンのしょっぱさがちょっと異国の味だ。
食べられないことはないけれど、あまり馴染みが無いという点もあり、美味しくは感じない。
「アーラ、ギルドで良さそうな仕事あった?」
「はい。一応、2件くらいに目星はつけたんですけど」
スプーンで、汁を啜る。この汁は、鼻で息をしないように飲むのが、美味しく食べるコツだな、と掴めてきた。
「え? それほどいい条件の仕事は、無かったような気がするけど。身元保証人が無くてもできる仕事の中で、気に入ったのがあったってことか?」
「はい。まだ、これと決めたわけではないですけど」
一つは、飲み屋の給仕。
もう一つは、掘りの整備工事員だ。
どちらも、住居と食事の補助がある。給金も出る。そして保証人が要らない。
具体的な仕事内容や条件はまだ確認できていないが、大前提としては僕におあつらえだ。
しかし、サアス、ルザク、イトの3人は渋い顔をした。
「絶対に、止めた方がいい。堀りの整備工事っていうのは、この街の外周を囲んでいる、あの水溜めのことだろう? 土木作業じゃないか」
「アーラ。土木作業なんて、女の子じゃ、無理だよ。力仕事は厳しいと思うよ」
「大丈夫です。女性でも応募OKって書いてあったので」
「もちろん、筋肉ゴリゴリの女性も中にはいるだろうが、アーラはそういうタイプじゃないだろう。向いてないんじゃないか?」
「いえ、荷物は台車とかに乗せて運ぶので、力が無くても大丈夫らしいです。窓口の職員さんが、そう言ってました。実際に女の人も結構いるらしいです」
「危ないと思うなぁ。正直言って、俺は反対だなぁ!」
皆から反対されてしまった。
しかし、心配してくれているという事は十分に伝わってっ来るので、別に嫌な気はしない。
「じゃあ、作業員はやめて、飲み屋の給仕の方がいいですかね? 僕、太ってますけど……」
「もっと反対! アーラが酔っ払いに絡まれて、大変なことになったら、どうするの!」
イトが身を乗り出して声を出す。安っぽい食堂の机がガタリと微妙に傾斜した。
「大丈夫。酔っ払いなんて、適当にあしらっておきますよ」
「でもさ、場合によっては、お酒を飲むことを、強要されるかもしれないだろ?」
お酒を提供する店では、店員が客から酒を勧められることがある。その場合、客の支払いによるものなので、普通、断ることはできない。
僕が元居た世界と同じ文化が、こちらにもあるらしい。ところ変われど、同じような風習はどこにでもあるのだなぁ、と思う。
「ん~……。アーラさんって、この体って、お酒弱いんですか?」
僕は、自分の体を指さした。
昨日、ビールを飲んだ時は全くアルコールの影響がなかったけれど。
「あー……まぁ、それは……弱いっていうわけじゃないけど……」
歯切れの悪い回答だ。
「お酒に強いか、弱いかと言ったら、どちらですか?」
「────どちらかといえば、強い方かな」
「まぁ、な」
サアスとルザクが顔を見合わせて、気まずそうに頷いた。
この感じは、相当強いとみた。
「そっかぁ。じゃあ、土木作業はやめて、酒場の方にしようかなぁ……」
「駄目だって! 悪い客がいるかもしれないだろ! 質の悪い客に目をつけられたり、酒場の喧嘩に巻き込まれたり…………そもそも、夜の仕事なんて、危ないよ」
「この世界の治安って、かなり悪いんでしょうか?」
「もちろん悪いよ。女の子が1人で夜道を歩いたりしたら危ない。誘拐されるよ」
それは困る。
でも、反対するために過剰に脅かされている気もする。
女の子が夜道を一人で歩くのが危ないのは、一般概念としては、僕の元の世界でも同じだ。
果たして、こんな体重の目方がありそうな女の子でも、誘拐されるだろうか。