<16>同一人物
話が平行線をたどっている。
サアス達は「アーラはアーラだ」と言うし、僕は「アーラじゃない」と主張する。
これは、どうやって収拾をつければいいのだろう。落としどころは……。
「アーラ……じゃなくて、月丘夕也、だっけ」
「えっ?」
今、なんて言った?
僕は耳を疑った。
「なんで……」
それは、「僕」の本名だ。
しかし、僕は、一度もその名前を彼らに対して名乗ったことが無い。はずだ。
「なんで知ってるんですか?」
「丘に月と夕日が一緒に沈んでいく風景みたいで、綺麗な名前だな、と思ってたから」
「うん。アーラによく似合う」
サアスの美辞麗句に、イトが同意した。
「そうじゃなくて……」
微妙にはぐらかされているようで、いっそ苛立たしいほどだ。
回答が返ってくるまでの、ほんの数秒ですら、僕は焦燥感に急いた。
「以前、アーラに教えてもらったことがあるから。その時アーラは自分のことを『僕』って言ってた。『僕は、昔、月丘夕也っていう名前で、別の世界に住んでたんだ』って」
「えっ────……」
「だから、アーラは、アーラなんだから、別に気にしなくていいんだよ」
「ちょっと待ってください! 意味が分かりません。なんでそんな大事なこと今言うんですか……!」
もう、完璧に容量オーバーだ。鼻がツン、として僕の目から、涙が出てきた。
泣くつもりなんて全然なかったのに、ぶわっと溢れて止まらなくなった。
僕は子どもみたいに泣いた。
目からポロポロと大粒の水滴がこぼれてくる。何度も手で拭ったが、キリがない。
サアス達は、慌ててハンカチを取り出し、何やかや、いたわりの言葉をかけてくれた。だが、それらは僕の涙を鎮めるのに効果をもたらさなかった。
結果的に、僕は泣くことでその場の窮地を脱した。
これが涙は女の武器、ってやつかな?
この夜、一晩、男達は僕をそっとしておいてくれた。僕は暑い夜にも関わらず、拗ねたように体に布団を巻き付け、壁の方を向いて寝た。
布団に入っても、すぐには眠れなかった。
眼が冴えて全然寝れない。考えることが多すぎる。
なのに、僕の気持ちを他所に、三人の男達はものの数分で寝息を立て始めた。
規則正しい寝息は、狸寝入りでは無さそうだ。
────プロポーズと爆弾発言を人に投げつけておきながら、自分達はすやすや眠るなんて、どういうつもりだよ。
恨めしい気持ちになるが、完全に八つ当たりだ。
僕はベッドで横になった状態で、さっき聞いた重大発言の理解に努めた。
『結婚してください』
プロポーズの方は、まだ分かる。
男3人にそれぞれ告白されて、結婚を申し込まれたのだ。
アーラは単なるサークルの姫かと思っていたけど、結構本気で愛されている……らしい。
────結婚っていったら、永久の唯一の最愛の伴侶……なんだよね。
……いや、もしかしたら、こちらの世界の「結婚」の定義自体が僕の認識とちょっと違うのかもしれない。だとすると、すぐに結論は出せない。
ただ、おそらく、会話の流れから察するに、このプロポーズを承諾すれば、僕の当面の生活は安泰になる。
衣食住、それに安全な身分を確保するには、もっとも手っ取り早い方法だ。
サアス、イト、ルザク。この3人の中の誰かを、選ぶ……のか。
別に、彼らのプロポーズは僕が記憶を失って、明日の生活が不安定であるという弱みに付け込んだわけではない……と思う。
それは、彼らの会話を盗み聞きして、分かっている。
ただ、彼らにとっては、僕の記憶喪失がプロポーズのきっかけになった、ということだ。
彼らにとって、僕の────アーラの記憶喪失は、それほど大きな問題ではない。
なぜなら、『記憶を失ってもアーラは、アーラだから』だ。
何度か同じことを言われた気がする。
その意味が、ようやく分かって来た。
魂が入れ替わった?
僕はアーラじゃなくて別人?
勝手に、そう思い込んでいた。そうじゃない。…………そうじゃないことを、彼らは知っていたのだ。
僕の延長が、アーラだ。
僕が────アーラで、アーラは記憶喪失だったのだ。
そう理解しようとしても、なかなか腹に落ちて行かない。
サアス達は、そのことを知っていたのなら、最初からちゃんと説明して欲しかった。
もちろん、彼らなりの配慮があったのだろう。あるいは、『僕』の主張を頭ごなしに否定せず、尊重してくれていたのかもしれない。
確かに、初日から全部説明されても余計に混乱したし、もしかしたら、最初はその事実を受け入れられなかったかもしれない……。今ですら、全然受け入れられていないのだ。
僕は、「僕とアーラが別人だ」と信じることで、心の平穏を保っていた……節もある。
その証拠に、今、僕とアーラが同一人物だということを聞かされて、相当ショックを受けている。
────僕が……僕自身の判断で、冒険サークルの姫になったのか……。
ショックだ。
────平気でむっちり肌を露出して闊歩し、一人称が「アーラは~……」っていうぶりっ子の女の子になったのか……。
ショック過ぎる。
────荷物も……ルザクに、下着の替えまで持ってもらうような恥知らずな真似を……。
ああ! 考えたくない。
しかし、そういうことなのだ。
恥ずかしい。一体、何がどうして、僕はそんな高飛車で厚顔無恥な性格の女の子になってしまったのか。
────信じられない……。
詳細は分からないけれど、僕がこの世界に生まれて? それともエルフに乗り移って? 既に幾年が経過しているのだ。
何年くらいなのだろう。分からない。
だけど、その間に僕はこの世界に順応して、アーラとして、生きていた。
月丘夕也の記憶を持ったまま、アーラとして、定着していた。
それが、何かの拍子で、アーラとしての記憶を喪った。……まさに、記憶喪失だ。
何度も、サアスとルザクとイトが言っていた「記憶喪失」の意味だ。
そういうことなのだろう。
────でも、それって、本当なのかな?
信じたくないから、つい疑ってしまう。
サアスが嘘をついている可能性、皆で結託して僕を騙そうとしている可能性を検分する。
だけど、サアスは知らないはずの僕の本名を知っていた。これが、動かぬ証拠だと言える。
この話のどこかに不整合は無いか?
サアス達が、僕を何か騙そうとしている可能性もゼロではない。
だけど……何というか……サアス達は、悪い人じゃない。
それどころか、3人とも、すごく良い人だ。
彼らの話を否定するより、諦めて事実を受け止めた方が、良い気がする。
「はぁ…………」
暗闇の中で1人、ため息をついた。3人のいびきと寝息にかき消されるくらいの小さなため息だ。
────それにしても、どうして、記憶喪失になんて、なっちゃったんだろう?
偶然なのだろうか。
故意ってことは、無いだろうから、偶然か。例えば、事故だとしたら、何があったのだろう。
頭をぶつけた。まぁ、そういうこともあるだろう。頭をぶつけただけでは、なかなか記憶喪失にはならないと思う。
頭をぶつけて、自分で自分に回復魔法を使ったら、その結果として記憶が一部消失したとか?────意外と、これが正解かもしれない。やっぱり、回復魔法を脳にかけるのは怖い。
真っ暗な部屋の中で、僕は寝返りを打った。
暗闇に慣れた目が、天井の板の線らしきものをぼんやりと判じ取る。
まだ、見えない。
「僕」がこの世界に来て、僕の中では、まだ2日だ。
まだ、分からないことだらけだ。
プロポーズ……は、受けられない。そう思う。
だけど、断る余地が、自分にあるのか。
いやいや、生活のためだけに、プロポーズを受け入れるなんて、不誠実だ。
それに、プロポーズなんて受け入れたら、僕は……。
女としてお嫁さんになるってことだ。はい! 無理!
ベッドに横になりながら、更にぶっ倒れそうだ。
僕は……今からどうやって生きる?
僕は……どうしたい?
自分に問いかける。
元の世界に戻りたい?
でも、それって、何年前の、どの世界のことなんだ?
既に滅びた世界、既に亡くなっている肉体、不可逆的な、過去の話なのではないだろうか。
僕がアーラだとして、僕は……。
「痩せたい」
言ってみてから、自分を殴ろうかと思った。
ふざけたことを言ってる場合じゃない。今、体重とか関係ないだろう。
だけど、いつまで経っても、あるべき答えは出てこず、思考が同じところをグルグル回る。そして、痩せたいという願望が信念として固まっていくばかりだった。




