<15>求婚
僕が……アーラが、突然別人になってしまったのは、僕の咎じゃない。僕が悪いことをしたわけじゃない。僕は、被害者だ……。
そういう気持ちが、どこか、ずっとあった。
今も、無いと言ったら嘘だ。
だけど────……同時に、この親切な人たちに迷惑をかけているのも事実なのだ。
僕は、今までそのことに対して、本心から申し訳ないと思ったり、心の底から感謝したりしてこなかった。
どこか、他人事のような気持があった。
「すみません。僕、自分のことしか考えてなくて…………」
今、ようやく本心から、お詫びの言葉が出てきた。
お詫びと言っても、落ち込むようなネガティブな感情ではなく、素直な心の声だ。
「僕、頑張りますから、どうぞ、よろしくお願いします」
ベッドの上に乗って、深く頭を下げる。
「アーラ……」
「アーラ……」
「アーラ……」
3人の声が揃った。3人の視線が、僕に集まっているのを感じた。
顔を上げると、予想以上に物凄く注目されていて、気恥ずかしかった。僕は頬に手をあて、ちょっと顔を隠した。あまり、ジッと見ないでほしい。
サアス、ルザク、イトの3人が互いに顔を見合わせた。
「ごめん……ちょっと、俺達、相談したいことがあるから、いいかな?」
「えっ? あ、はい。じゃあ、私、席を外した方がいいですね?」
「いや、いい。アーラは、この部屋で待っててくれ。すぐに、戻るから」
そう言って立ち上がり、連れ立って部屋を出て行こうとする。
今日の昼間にも、似たようなことがあったなぁ、と思う。
まぁ、僕本人がいたらその処遇は議論しづらいだろう。この3人が決めたことには、基本的には従うつもりなので、どう議論してくれても構わない。
「はい。ごゆっくりどうぞ」
と無理にでも微笑んで、3人を見送った。
ポツリと部屋に残された後、部屋は静かになった。────……かと思ったら、すぐに話し声が聞こえてきた。
『やばい。アーラ、以前に増して……可愛くないか? 弱気になっているみたいで可哀そうだけど……、傍目には、こう……謙虚で、守ってあげたい感じが、凄くやばい』
『アーラが可愛いのは前からだ。俺は、アーラの記憶が戻らなくても……気持ちは変わらないぞ』
『しっかし、どうするよ。アーラ、このままじゃあ、俺達のグループを抜けちまうぞ』
『……確かに、この街に残していって、アーラが普通に就職、定住したら、もう冒険グループに戻ってこない可能性もあるな』
『この街に限らないよ。ましてや、エルフ族の村に帰しでもしたら、そのままお別れになる可能性の方がずっと高い。二度と会えなくなるかもしれない』
だーかーら……、聞こえるんだって!
部屋の外の廊下に出たくらいじゃ、エルフの耳にはビンビンに聞こえるの!
僕は存在感のある、自分の耳に触れた。ピンと立った、尖り耳だ。まさか、アンテナの役割があるのだろうか……。
男達の内緒話は、継続して聞こえてくる。
『いや、前も言ってたけど、この状況が続くなら、つまり、アーラの記憶が戻らないままなら、逆にチャンスじゃないか? 長らく、進展の無かった俺達の仲に、一つの転機というか』
『アーラさえ、了承してくれるなら、いっそアーラに決めてもらう、っていう手もあるな』
『思い切って、決断を迫るか? いいのか? 俺達の覚悟はできてるのか?』
『待って……無理……拒絶されたら……僕』
『男なら、ガッ、と行った方がいい時もあるだろ』
しかし、何の話なのだろう。
聞こえてはくるけれど、主眼がいまいちハッキリしない。盗み聞きは、いつも、こうだ。
僕のいないところで何か不穏な相談をしているのだとしたら、怖い気もする。
────そうだよね。よく考えたら、僕って……アーラって、女なんだもんね。
男3人と女1人。そして、男3人は女に好意がある。
同じ部屋で、一晩過ごす。
これって、普通に考えたらすごくリスキーなことじゃないか?
そう思い至ったのが今のタイミングと言うのは、遅すぎたかもしれない……。
昨夜は馬小屋で寝泊まりだったし、こうして改めて同じ一室に男3人と僕一人が、一緒に寝るとなると…………意識するなと言う方が無理だ。
身の危険……。
つまり、貞操の危機、をそこはかとなく感じる。
「いやいや……、大丈夫でしょ。あれだけ、仲間だ、大事な仲間だ、って強調してるんだから……そんなこと」
僕は、自分を安心させるために呟いた。
そうそう。心配ない。心配ない。
押し殺したような真剣な声が、耳に届く。
『俺は、アーラへの気持ちを、我慢できない。例え、今の関係が壊れてしまうとしても……』
『そうだな。俺もだ。もう、押さえられない』
『分かった。ずっと、ずるずると誤魔化してきたけど、記憶の無くなった今だからこそ、行動に移しても、いいかもね。僕も覚悟を決めるよ』
『俺の気持ちを、アーラに受け入れてもらえるなら……行動に移そう』
え? 本当に、何の話なの?
心配……………………ないよね?
自然と、冷や汗が流れてくる。
まさかとは思うけれど、本当に、無体なことをされてしまうのではないか……。
あんないい人たちが、そんな真似をするわけはない。
そう思うけど……。
男の欲望というのは、時に、制御し難いものである。それを、僕は自身の思春期だった頃の経験から、知っている。
エルフの耳が、男達の足音を察知する。
この宿の部屋に扉は一つしかない。窓はあるが、ここは二階だ。
つまり、今から、逃げ出す場所もない。
がちゃり。
ドアノブが動いた。
思いつめたような表情の3人が戻って来た。
「アーラ……」
纏っている雰囲気が只事ではないのは、すぐに察せられた。
えっ……えっ……。何……この深刻な気配……。
僕は、ベッドの上で後退った。
「ぁ…………」
喉に声が引っ掛かって、出てこない。心臓がバクバクする。
────やばい? え? 本当に? え? えっええええ?
い……今、声を出したら悲鳴になりそうだ。
サアスの手が、僕の右手を握った。
横から、ルザクが僕の左手を掴む。
イトの手が、僕の右足の膝小僧の上に乗った。
────やややややっぱり……! おおおおそわれれる! おお襲われる!
鼓動が馬鹿みたいに強く打ち、顔が熱くなり、背中が冷水を浴びせたみたいに冷たくなる。
────逃げ……。にに逃げ。
「俺と、結婚してくれないか」
「アーラ、俺と結婚してくれ」
「……結婚してください」
同時に言われたが、大変聴力の良い僕の耳は、それを全て個別に拾うことができた。
パニックに陥った僕は、わけがわからず────────────叫んだ。
**
僕は叫び声を止めるために咄嗟に手で口を押さえた。自律的に声を止められなかったからだ。
なんとか悲鳴を喉の奥に引っ込めた後、ばったりと後方に倒れた。
「────────……な! ぜ!」
天井を仰ぐ。
「アーラ、どうした!? 大丈夫か!?」
「アーラ!?」
男たちが心配そうに、僕に声をかける。
ベッドに身を乗り出し、倒れた僕の顔を覗き込んでくる。
息が苦しい。僕の心臓は、びっくりし過ぎて、痙攣しているような感じがした。
大丈夫。大丈夫だ。
良かった。杞憂だった。心配したことは起きなかった。
襲われるかもしれない、と思ったなんて言えない。そんな失礼なこと、口が裂けても、この親切な3人には言えない。
だけど……。なぜ? 本当に、わけが分からない。
「なんで……急に……プロポーズなの……」
ベッドのシーツをかきむしる。
「それは、俺達がアーラを愛してるからだ」
明朗な回答が返って来た。
サアスの勇者スマイルが、眩しい。
「アーラ、俺は本気だ」
「アーラ、僕の実家が一番お金持ちだよ。家も土地もあるし、僕個人の財産もある」
「あっ、イト、お前、それはズルいぞ。俺だって、貯金くらいあるぞ、アーラ!」
なんだか、話が発散し始めてしまった。
僕は脱力しつつ体を起こし、項垂れるように頭を下げた。
「ごめんなさい……。僕、ちゃんと伝えてなかったかもしれないけど……中身は男なんです。僕……アーラさんじゃないんです……」
「いや、アーラはアーラだし、どう見ても女だよ」
「でも、心が男じゃ、無理ですよね。外からどう見えようと、今の僕は、男なんで……」
「俺は、大丈夫だ」
なんでやねん。