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<14>チキンパイ

 宿屋の女将さんから、宿で出す夕食を取らないかと勧められた。

 しかし、サアスは街の見物がしたいから外で食べる、と断った。

 女将さんは特に気を悪くした風もなく、この街の名物料理を教えてくれた。

 鶏肉を丸ごと焼いてパイに入れた『チキンパイ』だそうだ。

 それから、観光名所として『英雄の墓』もあるという。せっかくだから、行ってみようという話になった。


 僕は、わけもわからず異世界に来て、エルフになって。魔法も使えず、明日の生計の見込みも立たない。だけど、そんな目の前の問題を一時忘却することにした。

 風呂でさっぱりした後の夜の散策は気分が浮き立つ。

 街には街灯がともり、外国の屋台街を思わせる陰影だった。


 女将さんから教えてもらった人気店に到着すると、既に結構お客が入っていた。早速中に入って、席を取り、チキンパイを注文する。


「ハーフとピースもありますよ」と言われたが、「一匹丸ごと」を注文した。


「飲み物は、ビール。アーラもビールでいいか?」

「はい」


 こっちの世界のビールがどんなものか分からないけれど、飲んでみようと思う。

 少し待って運ばれて来たのは、とても大きなパイだった。大ぶりのナイフがついて来たので、ルザクが上手く4等分して皿に切り分けてくれた。


 パイの中にはチキンが入っている。パイの部分がサクサクしていて美味しいが、チキンと分離しやすいから、食べにくい。

 最終的に、手で持って、豪快にかぶりつくのが、一番良い方法だと分かった。

 チキンはバジル風のハーブと濃い目の塩で味付けがされていて、ビールによく合う。とても美味しい。


「チキンが丸ごと入っているのかと思った」

「あ、僕もです。宿の女の人、そう言ってませんでしたっけ?」


 すると、耳聡く、隣の席のオジサンが話しかけてきた。


「違う違う! 丸ごと焼いたチキンを、パイに入れんだよ。ほら、あそこで丸焼きにしているだろ? あれの肉を、薄く削ぎ切って、パイにいれるの。チキンごとパイに入れたら、そりゃ骨が邪魔だろう」


 赤ら顔で、既に酔っているのが覗われる。


「あ~……なるほど~。そうなんですね」

「外から来たやつだと、よく勘違いしてるんだよ。チキンの丸焼きがパイに入ってる、って。なんか、そういう噂になってるみたいだねぇ」

「はい、私もそう思ってました」


 『私』と言い直して、礼儀的に笑顔で相槌を打つ。するとやたら陽気に、がはは、と笑われた。


「おたくら、冒険者?」

「はい」

「俺の娘も冒険者なの。娘って言っても、もうすぐ三十だけどなぁ」

「あ、そうなんですね~。冒険者さんなんですね~。一緒ですね~」


 女性の冒険者かぁ、と少し興味が湧く。しかも30歳で現役とは、きっとベテランだ。


「ギルドのさ、なんか金色のトロフィーもらって、家に飾ってあるんだぜ。困るぜ」

「それは、凄いですね。冒険者として尊敬します」


 横からサアスが言った。

 すると、男は照れた様子で「そんなことないけどなぁ。まったく、いつまでフラフラしてんだか、早く身を固めて欲しいんだが」とか言いながら、上機嫌に自分の机に戻っていった。


「……あの、金色のトロフィーって、何ですか?」


 僕は、男に聞かれないようにこっそりサアスに尋ねた。


「ギルドが認定して、大きな功労を立てた冒険者に贈られるんだよ。そこに、称号が刻んであってさ、カッコいいんだ。例えば『ハーベストの疾風騎士』とか」

「へぇ~すごい」

「有名な所で『雷の如き獅子グゼイ』とか『慈愛の化身ユーナ』とか。もちろん、有名じゃない人もたくさんいるけど、街の中では評判の冒険者、って感じだろうな」

「すごいですね」

「だから、自慢の娘さんなんだよ、きっと」


 隣の席の男は機嫌よく酒を飲んでいる。なるほど、そのようだ。


「30歳で冒険者、っていうのは普通なんですか?」

「全然普通。60歳とかの人もいる」


 冒険者、という職業は、地に足がついていないアウトローな仕事かと思ったが、この世界では結構社会に根付いている役割のようだ。そうでなければ、父親が自慢にはしないだろう。


「ただ、平均寿命は短い職業だよ」


 さらりと言われたが、軽く胸に刺さった。


「あの、皆さんは、なんで冒険者になったんですか? 危ない職業ですよね」

「お、それ聞いちゃう?」


 ニヤリと、口元を傾けてルザクが笑う。


「ふふ、俺は、単純に金なんだけどな」とサアスが最初に言った。


「若い頃って、誰しも一度は、冒険者にあこがれるんだよ。ましてや、魔法が使えると、せっかくだからその才能を生かしたい、ってなるからさ。僕の場合は、そっち系」


 イトは首を竦める。


「俺は子どものころ、冒険者に命を救われたことがあるんだ」


 三者三様の答えが返って来た。

 意外なことに、サアスはお金目的なのだ。お金目的の勇者、というのは、あまりしっくりこない。でも、それは単なる僕の先入観だ。


 チキンパイを食べながら、冒険者についての話を聞いた。

 特に、ルザクの子どもの頃の話が面白かった。既に、イトとサアスは知っている話のようであった。つまり、アーラも本当なら知っている話なのだろう。

 だが、ルザクは楽しそうに子どもの命を救った冒険者の英雄譚を語ってくれた。


「俺も、早く称号がもらえるような冒険者になりたいね」

「ついでに、できればもう少し収入も欲しいな。拠点になる家が買えるくらいの」

「家を買ってそれを賃貸ししたりして、副収入を得つつ、冒険に出るのが理想だね~」


 やはり予想した通り、冒険者には世知辛い部分も多々あるようだ。しかし、話しぶりに悲壮感はなかった。

 一杯だけのビールをちびちび飲みながら、チキンパイを食べ、二杯目は水をもらった。


 食事の後、観光名所の『英雄の墓』に行った。

 侘しい町はずれに、ポツンと墓石があるだけだった。それでも、その墓にまつわる伝承を読めば、同じ冒険者として思いを馳せたくなるのだろう。男たちは厳粛にその場で祈りを捧げた。僕も彼らに倣って黙とうをした。


 異国の街並みを眺め、宿に戻った頃には、だいぶ夜が更けていた。楽しい観光をさせてもらった気分だった。


 **


「さて、寝る前に、明日の予定を決めなくちゃな」

「はい」


 宿の部屋はちゃんとしたベッドが二つと、床に敷物を敷いただけの寝床が二つ。

 僕は壁際のベッドを使わせてもらっている。僕らはそれぞれ自分の寝床の上に座った。


「これで僕の……アーラさんの記憶が戻らないことがハッキリしたわけですから、僕はいつまでも皆さんの御厄介になるわけにはいきませんね」


 僕は自分から切り出した。きっと、サアス達の方から解雇宣言はしづらいだろうと思ったからだ。


「いや、厄介だなんて思ってない。だけど、このままアーラを冒険に連れて行くのは、危険が大きいとは思う。例えアーラを連れて行くとしても、もう一人、別の回復魔法を使える仲間を入れるか、雇う必要がある」

「うん。そうだね」


 イトが頷く。


「俺としては、次はこの前の廃墟に、もう一度戻って探索するのがいいんじゃないかと思っているけれど……」

「取り残した宝があるし、せっかく地理の利を得たわけだから、もちろん、それは、そうだな」

「賛成」


 記憶も戻らなかったことだし、いよいよ僕────アーラの今後の進退、解雇に関する議論の場が設けられるのかと思っていた。

 だけど、ちょっと違った。

 サアス達はそれよりももっと大きな視点で、今後の予定を相談し合っている。つまり、この冒険グループとしての作戦会議だ。


「この前の廃墟に戻ってリベンジするとして、必要なものは何だ?」

「最低限、使い切ったアイテムの補充、サアスの武器の買い替え。それに、回復士の確保だね」

「回復士の確保の方法は二つ。一つはアーラの記憶を取り戻して、回復魔法が使えるようになってもらうこと。もう一つが、別の回復士と交代すること」

「回復士以外に、メンバーを増やす必要はないか? この前の冒険では、命からがらだったぜ。死ななかったのは、運が良かっただけだ。戦力が不足している」


 戦力不足、は致命的な問題だ。

 リーダーのサアスが腕を組んで、うーん……と唸った。


「どうだろうな……俺は、その点は前回の反省を生かして、準備を改善していけば、挽回できる範囲じゃないかと思うけど……」


 少し、歯切れが悪い。


「戦力を総合的に考えるべきじゃないかな。以前のアーラと同等か、それ以上の回復士を得られるなら、特に問題ないかもしれない。だけど、回復士の技量が落ちるなら、その分、他で補わないと辛い」


 イトが冷静な見解を示す。


「そうだな……。だけど、新規メンバーは信頼性の点でもリスクが大きいし。戦力を補強するなら、例えば装備品のパワーアップとか、そっちに振った方がいいと、俺は思う」


 話し合いは、真剣な雰囲気で長時間にわたった。

 僕は、この場にいていいのか心配だったが、一応仲間の一員だから、分からないなりに、真面目に話を聞いていた。


「冒険の方針は別として、アーラの希望はどうだ?」


 議論が行き詰って来たあたりで、突如、サアスが僕に意見を求めた。


「えっ……。あ、僕は……」


 声が喉に引っ掛かり、どもってしまった。

 一度深呼吸をして、自分の考えを述べさせてもらう。


「僕は、記憶が戻らない以上、皆さんのご迷惑になるのは避けたいです。新しい回復士の方を採用されるなら、それで構いません。僕は、大人しくこの街に残ろうと思います。ただ、あの、できれば、で良いのですけど、何せ記憶が無くて右も左も分からないので、何でもいいのでこの街で仕事を見つける方法を教えていただければ、助かるな、と思ってます」


 もちろん、場当たり的なわけじゃなく、僕も真剣に身の振り方を熟考しての回答だ。


「アーラ……────」


 少し、沈黙が流れた。

 僕は、アーラではない。

 この場において、自分だけ、部外者で、役立たずなのだ。

 仕方が無いと割り切ろうと思う反面、切り捨てられることに、憐れまれることに、諦められることに……────臆病になってしまう。

 沈黙に耐えながら、気持ちが萎んでいく気がする。


「……なんか……不安にさせちゃってるみたいで、ごめんな。……大丈夫だ。俺達は、アーラを置いて、捨てていくような真似は絶対にしない。言っただろう。俺達は、仲間だから」


 サアスが、「仲間」のところに力を込めて言った。


「そうだよ。アーラ。冒険に行けないとしても、アーラが僕らの仲間なのには変わりないよ。しばらく療養して、また一緒に冒険に行けるようになったら、行けばいい。焦る必要なんてないんだから」


 イトが優しく、微笑する。


「ああ。それに、この街で仕事を探す方法も知っておきたいなら、何なりと教えるよ。今ここで説明するより、明日実際にギルドに行って、見せたほうが早いな。あー……でも、俺としては、この街がどんな街なのかは、俺達も良く知らないし、知人もいないから、ここにアーラを残していくのは、心配だな」

「そうだな。せめて、俺達の縁故のいる街まで一緒に行くか、アーラの故郷まで送る方が安心だ」


 想像以上に、温かい言葉が帰って来て、僕は胸が詰まるような感じがした。


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