<1>炎天下で目が覚める
よろしくお願いしますm(__)m
気が付けば、荒野の真ん中に座っていた。
足の下には、貧弱な草が這うように生えている。その草が僕の剥き出しの手足に刺さって、軽い不快感をもたらしている。
「暑っ……」
掠れ声が出た。空から太陽がギラギラと照り付けている。ここは、一体どこだろう。
周囲を見渡すと、すぐ近くに、僕以外の人間がいた。いた、というより、倒れている。
1人、2人……少し離れたところにもう一人。全部で、3人だ。
何が起こったのか、全く分からない。
ぼんやりと、『爆発事故でも起きたのかな』という考えが浮かんだ。こんな屋外────見知らぬ荒野の真ん中で爆発事故に遭う心当たりは全くない。
ただ、異常事態が起きたということは間違いが無かった。
ふいに、視界に入る自分の姿に気づき、驚いた。着ている服装がヤバイ。
「な? 何……これ……」
胸当てのついた、鎧とドレスを組み合わせたような服装だ。緑と、白の、パステルカラー。浮世離れしていて、しかも、とんでもなく露出度が高い。
リオのカーニバルの仮装でもしているみたいだ。
更に、自分の手が、すごく白いことに気が付いた。これは、僕の手ではない。
手をグーパーしてみると、ちゃんと動くけれど、自分のものではない。手のひらの感触が、やたらと柔らかい。ふわふわしている。
これが僕の手ではないなら、じゃあ、一体誰の手だ?
金髪が垂れている。
それに……胸がデカい。
────すごく大きな、おっぱいがある……。おっぱい……おっぱい……おっぱいがある……。え? なんで?
考えなくちゃいけないことは色々あるはずなのに、僕は中々「おっぱい」から思考を切り替えられなかった。
────なんで、ここにおっぱいがついてる……。これって、完全におっぱいだよね
ひたすら、おっぱいという単語が頭の中を飛び回る。
おそるおそる手で触れてみた。自分の体の一部として、ボリューミーな膨らみがある。
更に、視界に垂れている金髪を一房掴み、引っ張ってみた。この金髪も、僕の体と地続きだ。頭から直に生えている。
「僕が……女になってる?」
そう。つまり、そういうことだ。
しかも、金髪で巨乳の女の子だ。
自分の顔を両手で挟むように触れた。頬はふっくら、すべすべしている。どんな顔かは分からないけれど、とにかく肌質は良い。唇もぷにぷにしてる。
これは、『僕』じゃない。全くの別人だ。
「え、えー…………えー……。あー、あー」
喉が馴染んでくると、声質も違うのは明らかだった。
────夢……? 夢じゃ、ないよね。
これが現実か、非現実かは分からない。
でも、どちらでも同じことだ。ここに自分の意識がある以上、僕にとっては現実なのだから。
早急に現状を把握しようと、頭を回転させる。
僕は、傍に倒れている3人の様子を窺った。男が3人だ。
皆、寝たふりをしている気配もなく、ぴくりとも動かない。生きてるのだろうか。
一人は、鎧を着ている。一人は、フード付きのマントっぽいものを着ている。もう一人は、民族風衣装を着ている。
それらを見て、僕は「ここはファンタジー風の異世界なのか?」と考えた。あるいは、ゲーム世界に迷い込んだような感じ……かもしれない。
そう考えれば、自分が女の子になっているのも一応の納得がいく。つまり、この体は別人の、別キャラクターのものなのだ。本当の僕とは全く関係がない、ただの容れものなのだ。
「信じられないけど……」
信じられないという自分の感情は別の問題として、どうしたら良いか。悩んでいるうちに、他の人間が目を覚まし始めた。
「うっ…………なんだ……? ここ、どこだ?」
鎧を着た男が最初に起き上がり、よろよろと立ち上がった。周囲を見渡し、僕に気が付いた。
男は短髪で黒髪。年のころは18、19と言う感じ。腰の所に鞘に入った剣を提げている。『剣を提げている』という異様さは、一際僕の目を引いた。
「大丈夫か? アーラ」
え? アーラ?
今、確かにそう呼ばれた。それが、僕の────このキャラクターの名前なのだろうか?
鎧の青年は僕の返事を待たず、周囲の他の男達にも声をかけ、体を揺する。
「おい、イト、ルザク、二人とも大丈夫か? 起きろ」
伊藤?と呼ばれた男が、先に起きた。
魔法使い風の細身の男だ。魔法使い風の羽織りに、フードを被っている。樫の木を伐り出したような魔法の杖を手にしていて、文字通りそれを杖にして立ち上がった。
「はあ~ぁ、大丈夫だ……とりあえず……生きてる。無事に脱出できた?」
「あぁ、イトのおかげだ」
「そっか……。良かった。死んだと思った」
もう一人の、ルザクと呼ばれた男も起き上がり、両腕を上げてあくびをする。
「ふわっぁぁ、よく寝た~あぁー……」
「ルザク、永遠に眠ることにならなくて良かったな。怪我はないか?」
「ああ、たぶん。本当に死にかけたな~。全員生きてるのか? マジでやばかったな」
こっちの男は、幾重にも布を巻き付けた、放牧民のような恰好をしている。茶髪で、頭にも布を巻いている。結構ガタイが良くて、長身だ。
というか、3人と比べて気づいたけれど、「僕」がかなり小さい。立って並ぶと、見上げなければいけない。
男達はとりあえずの無事に安堵しつつ、持ち物の確認なんかをしている。
倒れている彼らもまた、僕と同じ境遇────つまり、『ここはどこ、私はだれ』状態なのかと思ったが、そうではないらしい。
「あのー……すみません、ここは、どこなんですか?」
僕は、問いかけた。そして、自分の声の可憐さに狼狽えて、咳ばらいをした。自分の口から、可愛らしい声が出るというのは、肉体の変化以上に、物凄い違和感がある。
もしかして、この体は子どもなのかな?と思い、いや、この胸の大きさで、子どもということはないな、と思い直した。
「さぁ、どこだろうな。イトのワープで、廃墟からは出られたみたいだな」
────ワープ……?
「うん。座標を決める余裕が無かったから、適当に飛んだ。廃墟からそう遠くはないだろうと思うけど」
魔法使い風の男が、そう言ってまたため息をついた。彼の名は伊藤じゃなくて、イト、らしい。糸……かな。
「廃墟? あの、それから、それより……私は……誰ですか?」
「ん? 何がだ? アーラは、アーラだろ」
「いや、私は、アーラじゃありません。っていうか、僕は、アーラじゃなくて別人です。中身は、アーラって人じゃないです。っていうか、ここ、どこですか? これは、どういうことなんですか? さっき、ワープって。なんで、急に僕はこんなところにいるんですか? なんで貴方たちは剣と杖とか持ってるんですか? まさか、ゲームの中の世界とか、絵本の中の世界とか、そういう映画みたいなやつですか? そんな馬鹿なことって! すみません、意味不明でパニックなんですけど……」
喋り始めたら、止まらなくなった。早口で一気にまくしたて、ゼイゼイする僕を見て、男たちは、しばし呆然と、顔を見合わせた。
「えーと、急に変なことを言い始めて、どうしたんだ? アーラ」
「だから、僕は、アーラじゃありません! 別人です」
「────……大変だ……。アーラが……あれだ。ええと……なんていうんだっけ────……そう、記憶喪失だ」
黒髪の青年君は、なぜか、そう断言した。
「記憶喪失?」
違うだろう。僕は、即座に訂正した。
「いや、記憶喪失じゃなくて……僕は……つまり、中身はアーラじゃなくて、この世界の人間じゃない、別の人間、しかも、男なんですっ」
「アーラ……、大丈夫か? もしかして、さっきの戦闘で頭を強く打ったのか? 痛いとこ、ないか?」
「本当に大丈夫? 記憶喪失って、回復魔法で治るのかな?」
「治るよな? 外傷によるものなら、たぶん、治るんじゃないか?」
「アーラ、試しに、回復魔法を使ってみろよ、自分に対して。頭のところに回復魔法をかけてみて」
男達3人が円陣を組むようにして、一斉に詰め寄ってくる。圧がすごい。
「えっ、いっ……でも……、絶対に、記憶喪失じゃないしっ……怪我もないから……」
「いいから! とりあえず、回復魔法かけたら治るかもしれないから!」
男達は真剣な表情だ。
僕はたじろぎ、少し悩んでから、尋ねた。
「あの────……回復魔法って、どうやって使うんですか?」
「わー! マジか!」
「アーラ、冗談だろ? 冗談だって言ってくれよ!」
「冗談でも怒らないから……な?」
生憎、冗談ではない。僕は、狼狽える男たちの顔を上目遣いに見回した後、黙って首を振った。
「ああああ~……嘘だろう~……」
絶望混じりの落胆の声が、揃った。