戸川と雷雨
「また、怪我が増えたな。大丈夫か」
「たいした事ない」
寝ているモモを抱っこして背中をぽんぽんと優しく叩いている戸川は純粋に心配したのにノアの顔は 心配される義理はない。と書かれていた。
──ゲームの中じゃ俺がイジメられても見向きもしなかった癖に今更心配かよ。
「何で!アンタがモモを抱っこしてるんスか!」
稲妻のように敏捷な動きで雷雨は目の前に現れた、彼が通ってきたであろう道は残穢の放電が バチバチと空中に漂っていた。
「成弥副隊長に頼まれてこの子を預かってたからそこの2人と取り替えに来ただけだ、寮までは俺が送る」
「返せッス!」
戸川からモモを奪い取るように抱き上げたせいでモモは起きてしまった。なにが起きたのか分かっていないモモだが3人が帰ってきてるのを見て瞳に涙が溜まり始める。
「心配したんだよ...!!」
「校外学習に行ってたようなもん」
噴水が吹き出るようにモモの瞳から涙が溢れ出るからノアはドギマギしてしまい、どう慰めようか考えて居ると戸川は懐から煙草を取り出しライターで火を付けた。
「学園の生徒が攫われるなんて...よりにもよって琥珀の最強部隊がいる時にな。前代未聞だ」
「それは...学園の無能な結界師たちへの文句ッスか?」
戸川と雷雨の視線は激しくぶつかり合うため火花が散っている、それを呆れた顔で見るのは歩いてやってきた如月と成弥。
「至急調べてもらいたいことがある」
「何でしょう」
如月は戸川に琥珀と共同研究している物がチャルズに漏れている事を教え、流出させている人物を見付けるよう指示。
「え!...なんでッスか!」
戸川なんかに教えるべきではないと雷雨は食ってかかった。だが如月は戸川が信頼できる男だと知っている、第三次鬼終大戦まで戸川は琥珀の選抜部隊に所属しており如月と成弥の上官でもあった。
「そいつが漏らしてたらどうするんスか?」
「雷雨、口には気を付けろ」
戸川をそいつ呼ばわりした事が気に障った成弥の眉間は寄った、眼帯をつけている側に立っている雷雨はその不機嫌顔を見てはいないが声色で怒っているのは察した、だが戸川はノアを傷つた「悪」だから雷雨はここで引く訳にはいないのだ。
「子供を大切に出来ない奴は信用ならないんスよ」
(ゲームの中じゃお前も中々のクズだったけどな)
にこにこ笑顔で尻尾を振っているいつもの姿は無く、冷気を漂わせて冷めた目付きをしている雷雨。それを目にしたノアは嬉しいがゲームを思い出すと複雑な気持ちだった。
「戸川さんが琥珀を辞めた理由も知らないのにそんな事を口にするな」
「そいつの事なんかこれっぽっちも知りたくないっス!」
ソイツ呼ばわりされた所で戸川は怒らないしノアも入学初日で怪我したことはもう気にしていない。なのに本人達を他所に第三者が喧嘩をしてるのは不思議な光景。
成弥は戸川の尊厳の為に15年前に起こった第三次鬼終大戦の事を話した。
大鬼王を筆頭とした大戦はここ300年起きて居らず琥珀は完全に不意打ちをつかれた形となった。24ある選抜部隊のうち12部隊は遠征に行っており残りの12部隊で攻撃を防ぎ、基地を守り、人々を守るのは困難を極め、3万人居た琥珀の隊員は1万人にも減り戸川の部隊も隊員は2人が戦死していた。
「何!?...どういうことだ!」
琥珀隊員が殺されていく中で、異能が開花している成績トップの学園生徒の参加が決まったが戸川はそれに強く反対した。守るべき存在である子供を参戦させるわけには行かなかったから。
「こんな事あってはならない...」
「戸川さん、もう無駄です。基地から出て来ない上層部に適うわけないです。」
最後の最後まで反対をしたが結局戸川の声はかき消された。
白龍隊隊長を引き継いだ12歳の如月と15歳の成弥とはその大戦で初めて出会った、他の子達が死んでいく中で白龍隊を継いだばかりの如月は才覚を発揮させて次々と鬼に奪われた地区や国を取り返して行った。
だが...白龍隊のように勝ち続けることができるようなそんな甘い戦いでは無かった。
「今日は50人...この大戦で少なくとも子供は1000人は死んだ、なのにまだ戦わせるのか?」
殺されていく子供たちの事を悔やんで悔やんで、自分の体がボロボロになるまで戦いをカバーした。子供たちが出なくてもいいように。
✱✱✱✱
終結後に、戦死した人達の戦没者追悼が行われる事になったがそこで泣いている母親の言葉を聞いて戸川は琥珀を辞めた。
「戦争へ行かせる為に産んだわけじゃない」
「こんな事なら学園に通わせるんじゃなかった」
この言葉は戸川の脳裏に媚びり付いて離れなかった、だからもう子供達をあんな死に方させない為にも学園の教師になったのだ。
「戸川さんは昔から子供好きだ」
「信じ...ないっス」
戸川を勝手に敵対視した罪悪感からか素直になれない雷雨は認めなかった、勿論、成弥も責め立てるつもりなんか無くてノアのために自分に反抗したのも分かっていた。
(そんな過去があったのか...重いな。聞いてなかったことにしよ)
ノアは立ったまま寝たフリをするからリオは「こいつ大丈夫か? 」という目で見ていた。
このピリつく空気が漂う中、ずっと黙っていた戸川は煙草を消したあと二人を見た。
「まあ、お前の空っぽな脳みそじゃ想像も付かなかったことだろ」
「俺の脳みそは空っぽじゃないッス!!やっぱ、こいつは気に食わないッス!」
戸川がリオとミーナを寮へ連れて帰るのを見ながら雷雨はキャンキャン吠え続けた。
「怪我があると聞いたが」
「べ、...つに対したことねぇけど」
如月は怪我の事をルビナから報告を受けていたから一応気に掛ける素振りをした、人に興味のない如月は基本的に眼中に人影を入れないからノアはびっくりした。
首には紫色になった酷い痣があり服もボロボロ、頬は腫れて口角は切れていたから。その怪我を見るなり如月は門の傍に立っている結界師達の方へ足を向けた、本来ならそこには居ないが学園内に侵入させてしまった事を謝罪にきてタイミングを伺っていたのだ。
そして、如月は頭を下げて謝罪の言葉を口にした結界師長を体が吹っ飛ぶほど殴り付けた。
「隊長!」
嫌な予感がしていた成弥は一瞬にして詰め寄り止めに入ったが如月は声を荒らげさせて怒鳴った。チャルズならノアを殺さないのは分かっていた、だから自分はノアを拉致するのを止めずに学園の生徒を優先したがそれが間違いだった自分への怒りも抑えられなかった。雷雨は子供にその暴力的行為を見せるべきではないと判断してノアとモモを連れ帰った。
「怖かったッスよね...怪我が治るまで学校は休んでいいッスからね」
「ノア...無事でよかった!」
心配して泣いているモモを見てもノアは無表情のまま、何故自分のためにモモが泣いてるのかわからないからだ。
(痛いのも苦しかったのも俺なのにどうして...?)
そう思っているノアの横でモモは泣き疲れて寝てしまった。雷雨はノアも寝かしつけようとしたが屋敷の敷居を誰かが跨いだ気配を感じて1階に降りていった。
琥珀が事情聴取をする為に隊員を派遣したとその隊員から聞いた、だが今日は休ませるからと雷雨は隊員を追い返してノアの部屋に戻って寝てるか確認したあと静かに扉を閉めた。
「もう...大丈夫ッスからね」
ノアは布団の中で横になっているが痛いのはチャルズに付けられた痣よりも心だった。殴られるのなんて平気、痛いのも平気、けれどパーティーで軽蔑の目で見られるのは辛かった。
(兄貴たちも...あんな風に俺を見てたな...。もうレーヴァティだった時のことは考えたくなかったのに...思い出すなんて最悪だ)
心身ともに疲れていたノアはゆっくり目を閉じた。
雷雨は帰ってきた如月と成弥にノアは疲れてるから寝かせたこと、そして派遣されてきた隊員のことも話した。
「敷居を跨がせるな」
琥珀の隊員は如月に頭が上げられないのを分かっていて暗に「二度と来させるな」と命令した。雷雨が頷いたのを見ると如月は後ろを着いてくる成弥と私室へ向かった。
「結界師長への暴行、いかがなものかと。彼らとてチャルズの侵入を予測出来た訳では無いしチャルズは不思議な異能を使うのですから...」
「うるさいぞ、説教なら出ていけ」
襖の前で正座をしている成弥は隊服から寝巻きに着替えて視線を合わせようとしない如月を見つめ続けた。
「そのように育てた覚えはありません」
「俺を育てたのはお前の母親だ」
「減らず口は結構です!」
寝巻きの襟が立っているから成弥はそれを直してやると如月は胡座をかいて座布団に腰をかけた。説教を聞かなければ寝かせて貰えない雰囲気を悟ったからだろう
「責任を感じておられるのなら一言 "無事でよかった"と声を掛けてやればいいのです」
「あんな小さな体にたくさんのアザがあったんだ...あの会場であいつは震えてた」
「ノアを護る為にはあの子を知る必要があります、忌み嫌って居ては心は開いてくれません。子供は思ってるよりも大人の視線や言葉には敏感です」
「黙れ!お前も避けていただろ!今更俺に説教するな」
「今更でいいんです、ずっと気づかないフリをするより自分の間違いを見詰め直すことは必要です」
成弥の言葉を聞いてノアとの距離感を考え直す事にした、鬼を忌み嫌っているがノアが何かをした訳では無い。 これから先、きっともっと多くの人々に狙われるようになるノアを守る為に仲良くなるとまではいかなくても信頼関係を築いていければと考えを改めた。
3日間の療養でノアは学校へ行けるようになった、登校した日は全校集会があり各学年が歌劇場へ集まった。先輩の半鬼達もノアとモモに気付いて手を振ってくれたがノアはリオに教えてもらった中指立てるという侮辱のポーズをしたが先輩半鬼達は微笑ましいとクスクス笑ってくれた、それほど心優しい人達なのだがノアは気に食わないのか顔を背けると隣に座っていたリオにゲンコツを食らわされた。
「お前バカなの?何で先輩にやるんだよ!」
「痛っ...殴るんじゃねぇよ」
「お前のアホ加減には呆れる...どうせなら頭も治して貰えば良かったのにな」
「喧嘩売ってんのか?」
舞台にはロイヤルスカラーの6人が登壇した、3人が半鬼で3人が血統一族で仲が悪い両者は取り巻き達と常に対立している。
半鬼のロイヤルスカラーはとても輝いて見えたのかモモは目を輝かせていた。
「僕も...ああなりたい!...なれるかな?」
「なれるだろ、お前頭いいし」
なれないのを分かっていてモモの言葉を肯定するのはノアも罪悪感で辛かった。
集会が終わると教室に戻りモネアが週末のデビュタントに保護者も参加することを説明をした。子供たちが大喜びで暫く騒がしかった、寮生活で校外への外出は許されておらず、大陸とは簡単に行き来できない距離だから入学して1ヶ月と少ししてやっと両親と会えることで大興奮してるのだ。
屋敷に帰ると雷雨がモモの叔母が参加してくれることを告げた。