案内人との出会い
──何だ、今のは。
夢から覚めたかのように我に返った。 今見たものは何だったのか、まだ出会ってもない彼が闇に墜ちる姿は気味が悪かった。戸惑っているノアの頭の中には突然、映像と声が流れた。
《 ママは誰よりもノアが好きよ。私の可愛い可愛いノア》
馬車の揺れがゆりかごのような心地よい中で、どうして母親の夢を見たのか分からないが、自分を呼ぶ母の声はとても鮮明でまるで隣にいるようだった。
──嗚呼、確かゲームの始まりはこんな風に鬼に捕まって連行される所からだっけ。そんでノアは・・・母親の声で目を覚ますんだよな。俺はホントにノアになったのか・・・。
子供の体がどのくらい動くのか堪能するように檻の鉄格子に触れた、本来の姿だったら壊せたであろうそれが壊せない。
──思い出せ、レーヴァティ。いちばん簡単なエンディングはなんだったのか。
初心者向けの簡単ルートは主人公が嫌われながらも友情を育み信頼出来る友達や仲間を作って誰とも恋をせず鬼と戦う所で終わるのだ。
だがそこに恋愛を入れようとなると更に複雑になり、攻略相手を「殺してしまったり」「ヤンデレにさせてしまったり」、登場人物同士をくっつけることも可能なニューバージョンのゲームだった。
一人でブツブツ呟いているノアの隣でこのゲームの「案内人」である彼は戸惑っていた。彼の一言がなければこの物語は進まないがノアのせいで出遅れた。
「・・・ ・・・ ボク達はどこに連れて行かれるの?」
月夜の光に当たって絹のような金色の髪のショートボブは輝いており風に当たってサラサラと揺れていた、手入れが行き届いて居るのが目に見て分かるほどその髪は綺麗だった。だがその髪の持ち主である小さな男の子は怯えながら耳を抑えて泣いていた。彼の名はモーガン・モレンツォ、歳の近い友人たちからは親しみを込めて"モモ"と呼ばれていた。このゲームの進行と案内人をしてくれる人物だ、そのため彼は唯一、三種の恋愛に入ってこないキャラクター。
──下手に他のキャラクターと関わるより攻略対象じゃないこいつといるべきだな。
「そんなの知るわけねぇだろ」
不機嫌そうに声を出した白髪の男の子はノア、彼にファミリーネームはない。荷車に固定されている檻の中には十人の子供が居てノア以外の子供はこの世の終わりだと泣いていた。
──主人公は余りにも、可哀想な子だと思った。
世界中から嫌われながらも健気に好かれようとする姿は懸命だったが見ていたイラついたのはきっとレーヴァティと重なったから。
このゲームのエンディングでバットエンドの確率が高いのは製作者の性癖なのか?
なかなかゲームがクリアできないから俺はムカついたのを覚えてる。ここはまだプロローグだ、何もしなくても勝手に進む...でもプロローグが終わったあとはどうすればいいんだっけ...嗚呼、ノアに転生したばかりだからか記憶があやふやになっているな。・・・思い出せないことばかりだし・・・何もわからない。
「...にしてもどうしてここに居る子供は身分の高い奴らなんだ?」
「鬼の..."人間運搬係"がボク達を分けてるんだよ」
「人間運搬...?なんだっけそれ」
「鬼に捕まえられた人は運搬係に引き渡されるんだけど...貴族の人間と貧しい人間で分けるみたいなんだ、肉の素材から味が身分によって全く違うっていう理由で。...それと...えっと、性別と年齢でも分けるんだよ、だから此処に居るのはみんな九歳くらいの男の子ばかりなんだ」
「ああ...」
説明してもらったのに興味無さそうに返事をしたノアはゲームのプロローグのような場面だから油断していた。
気付くと荷車は不気味な森の中を走っていた、心地よかった風も木々が揺れる音を不気味に聴こえさせるだけのものになり子供たちの恐怖心を煽り立てた。運搬係の「鬼」は御者台に腰を掛けて大猪に荷車を引かせているが、時折ムチで大猪の背中を叩きつけて怯える子供たちを更に怖がらせていた。
「痛いって言ってる」
「え?...誰が?」
「モモにも聞こえるだろ?この声」
「なにも聞こえないよ、誰かの泣き声を勘違いしたんじゃないかな?」
「そう...かも」
──確実に聴こえる、誰の声なんだ?
神様であった男にも頭の中に直接聞こえてくる言葉に頭痛がするのか鉄格子に凭れながら体調悪そうにした。
鬼に捕まったのは日が沈み始めた夕方だったが現在はすっかり日が暮れて辺りは真っ暗闇、この暗闇を照らすのは御者台に吊るされている使い古したボロボロの燭台だけ。そのため、荷車で通って来た道に目を向けると先程まで見えていた後方から続いている荷車の姿が見えず、一メートル先を見るだけで精一杯だった。
「はぁ...こんなはずじゃなかったのによ」
「ノアは...この状況で怖くないの...?僕は...怖くて震えが止まらないんだ…死にたくないよ」
「死にたくない...?」
" 死にたくない" その言葉の意味さえ分からないノアは身分なんてないただの庶民。母親と二人で見渡す限りに続く花畑の中にポツンと建っている家で暮らしていた、母以外の生きてるモノは生まれてからウサギしか見た事がなくて母が話してくれるお話でしか外の世界の事は知らなかった。
──意味も思い出せねぇのに「死」がどういう物なのかは分かる。飛び降りた時の事は今でも覚えている。でも・・・ノアの中に入ったせいで神だった頃のような万能さはないし、子供たちが話してる内容ですら分かんねぇ・・・。
「良く、分かんねぇけど怖くない」
ノアは、母が眠ったまま起きないから食料とまだ見ぬ"未知の世界"を求めて何日も歩いて貴族が住まう賑やかな街に着いたのだ。これで空腹を満たせると思ったのにご飯を食べるのにお金が必要だという事すら知らず、何も食べられなくてとうとう豪邸の屋敷へ忍び込んだ。その屋敷がモモが住んでいた家だったがご飯を漁って食べ始めてまもなく、鬼の集団から突然街は襲撃にあった。
初めて聞く悲鳴に本能的に逃げなければならないと理解して食べていた林檎をポケットへ入れて逃げ出そうとした、だが迷路のような屋敷の中で迷ってしまったため仕方なく一番近くにあった部屋に逃げ込んだのだ、それがモモとの出会い。
──なんなら街に着いた時に目覚めてれば鬼なんか殺せたのに。...いや、今の俺じゃ無理か。
「ノアは、強いね」
「男なら泣くなよ、それにまだ逃げ出すチャンスはあるかもしれないだろ」
モモはぬいぐるみを抱きしめまま腰を抜かして動けないでいた、だからノアを見て鬼が入ってきたんだと勘違いし悲鳴を上げてしまうほどパニックに陥っていたのだろう、モモが我に帰った時には時遅く鬼は悲鳴を聞きつけて部屋に侵入した。ノアは咄嗟に1人でクローゼットに逃げ込んだ、モモを助ける気もなければ初対面の子を相手に危険を侵すほどお人好しでもないから。
呆気なく捕まったモモは「まだ人間は居るのか」という問いかけに頭を横に振った、ノアに気付いていたのに守ってくれたのだ。その日生きる為に暮らしてきたノアにとって、母以外から向けられたそんな些細な優しさに驚いたからかクローゼットの中で物音を立てて捕まった。
体験してないのに頭の中に流れてくる映像のような記憶はノアが体験した物だろう。
「だから諦めんな」
「う...うん...!」
馬車はやっと目的に着いたのか停車した。子供達はとうとう食べられてしまうんだと絶望から悲鳴をあげ始めてうるさかったがそれを煽っているのは成人男性より二倍もデカい運搬係の鬼だ、御者台から降りて檻を覗き込み怖がらせて楽しんだあと満足したのか檻から子供達を降ろした。
「なんだここ、なんで俺達出されたんだ」
「どうしてだろう...でも、もう死ぬしかないんだ...っ」
森の中なのに不自然に造られた広場は此処が食事をするために造られた場所であると察しのいい子は気づいていた。木々の間から遠目に見えるのは高い壁でこの広場は囲まれていた、逃げ場はどこにも無いのだ。後ろから続いていた五台の荷車からも子供たちは降ろされ広場のど真ん中に集められていた。
この世界の鬼には純血鬼と半鬼が居る、純血鬼の容姿はまさに悪の化身、個体ごとに色や姿は違うものの共通するのは真っ赤な瞳にダイアモンドの様な硬さを持つ角と人間の三倍ある肉体だ。そして強さも桁違いな上に"異能"も使える。半鬼は鬼と人間のハーフ、妖怪と鬼、様々であるが鬼と他の生物との血が混ざっていることを半鬼と総称する。生まれながらの半鬼と鬼によって変えられた半鬼がいるが力も身体も純血鬼には引けを取り、人型の体に角や牙が生える半端者であるが故に純血鬼からは馬鹿にされ人間からは嫌われるの対象となってしまう。
「だ、大丈夫だよ...きっと琥珀が助けに来てくれるよ...」
「そうだよ、だって僕は伯爵の息子だもん」
男の子が口にした言葉に他の子供たちは次々と同調したが一人だけ頭を傾げる者がいた、ノアだ。
「琥珀...? なんだそれは」
「驚いた...ノアは本当に何も知らないんだね、琥珀は鬼退治をしてくれる軍部隊の総称だよ」
一つ一つ丁寧に教えてくれる案内人のモモの話を聞いていたがあちこちから悲鳴が聞こえてきた、振り返ると子供を両手に持ち上げた鬼が食事を始めたのだ。それにはノアも平然を保つ事など出来ずに悲鳴を上げて逃げ出すがモモの手は離さなかった。だが走った先の森林からも鬼が続々と出てきたから来たため道を戻ろうとするが既に鬼が何体も現れて子供達が食べられ始めていた。
「くそッ...どれだけ居るんだよ!」
2人は前後を挟まれてしまい横方向へ逃げて森の中へ入った、小さな体をしてる子供たちがちょこまかと逃げるせいか巨体の鬼たちは捕まえるのに苦労していたため逃げるのに時間が稼げた。
「うっ、うぁああ...!」
「ばか! 泣くんじゃねぇ!」
「ごめんね...僕が鈍臭いから!」
「分かったから泣くなって!」
「...ノア。絶対に僕をひとりにしないで」
「約束する、ひとりになんかしないし守ってやるから泣くな!
泣いたらぶっ飛ばすからな」
どこに鬼が潜んでいるかも分からないのに大きな声で泣き出したモモの口を抑えて大木の影に隠れた、安心させるように落ち着いた声でモモに声を掛けるがノアだってこの状況に泣き叫びたかった。いっその事モモのように泣けたら足が震えるのを隠すようなこともしなくて済んだ。リアルの恐怖に震えが止まらなかったのだ。
「ごめんね、も...もう大丈夫」
恐怖を感じていないかのように肝が据わっているノアの様はモモを落ち着かせた、大丈夫じゃなくても安心させるような何かをノアは持っていた。広場の方を様子見する為にモモを木影に隠してから離れ、剪定されずに伸び放題になっている小低木に身を寄せた。
(まだ子供たちは全員捕まってないな...生き延びたとしてここからどうやって出れば良いんだ。アイツらを囮にして俺とモモだけ生き延びれればそれでいいんだけどな...)
広場を確認して辺りを見渡し安全な場所を探した、動く度に鬼に見つかる可能性は高まるため危険だからモモを木影に置いてきたのに、気配を消して背後から現れた鬼はモモを簡単に捕まってしまった。
「おい。貴様と一緒に逃げてたガキはどこだ」
「し...しらないよ!」
小低木に身を隠して居るのを知っているはずなのにまたして自分を売らなかった。この案内人はどうしてここまでお人好しなんだろう。モモを死なせたくない、助けたい。そう思っても無力で無知な自分がどうすればいいのかなんてわからなかった。
「そうか...なら殺すしかないな」
「あぁああ! 待っ...待って!! お願い! ぼ...僕を鬼にしてっ!」
「あぁ? お前みたいな貧弱そうなのを鬼にしてなんになる」
「それは...」
鬼にして、と願うしか生き残る方法はない。
怯えきっているモモを見て鬼はニヤりと口角を上げて肩に噛み付いた。この鬼が望み通り半鬼にさせたのは退屈しのぎの玩具が欲しかったから、ただそれだけ。
──そうだ、ここでモモは半鬼になるんだ。
止めないと、そうじゃないと彼奴は半鬼になったことでイジメられて一生悩むことになるんだ。
「やめろッ!!」
叫び声と共にノアを中心とした波動が波のように広がり近場にあった木々や鬼は倒れて巨大な壁にまで届いて消えた。モモを助けるために自分がなにをしたのか良くわからなかったが直ぐに後悔した、鬼たちに囲まれてしまったから。
「このガキ!! 何をしやがった!」
「ただのガキじゃねぇぞ...なんだこの力は」
「...術が掛けられてやがる」
鬼が体を掴んで顔を確認するように見詰めてきた、食べられるんじゃないかとガタガタ震えるノアだったが鬼は大発見したとばかりに興奮を露にした。
──クソッ、ビクともしねぇ!
「このガキ...もしや隠されし御子かも知れねぇぞ..!」
唾をゴクリと飲み込んだ、鬼界の頂点に君臨する絶対的鬼の王様の子が産まれたことは何年か前にも噂をされた事だった。本来ならば祝福されるべき事だが王は餌であるはずの人間の女性と恋に落ちた、老鬼や鬼界を支える重鎮鬼たちはその事を強く批判した。王がその有り様では下のモノに示しがつかないからだ、そのため他の鬼が御子に危害を加えることが無いように密かに隠された。
しかし、今目の前にいる子が御子だとしたら…そう思うと下級の鬼達は見ずには居られないのか誰が先に見るかで取っ組み合いの喧嘩を始めた。当の本人は地面に落とされて蚊帳の外にされたが直ぐに倒れているモモの元へ駆け寄った。
「モモッ...モモ!」
「あつい...熱いよノア...ぁああ!!」
モモの目の色は鬼特有である紅色に変わっていき額からは小さな角が現れた、体の変化には膨大な体力を使ったのかモモは気絶してしまった。振り返ると鬼たちはまだ喧嘩を続けている、寧ろ鬼同士で戦うのを他の見物してる鬼が煽って激化させていた。
今ならモモを背負って逃げれるかも知れないと考えていると突然、───ズドォオンッ!! 地面がえぐれる音と共に何かが徐々に近付いてくる音が聞こえてきた、今までとは違う身の毛もよだつようなその気配はモモとノアの背後に一瞬で降りた。
ノア「...あ......。」
腰を抜かしたノアはここに居る鬼とは遥かに違う吐き気が込み上げるほどの凄まじいオーラに声も出なかった。鬼達も同じ反応を示しておりオーラだけで膝を着く鬼や頭を下げて震える鬼など様々な反応だった。
(なんだこの化け物...!!!!!!)
「お、...大鬼王様...!!」
大鬼王、それは鬼界の絶対的王者の称号であり名前ではない。彼の本当の名を知るものは彼の妻と父親だけと少なくなってしまった。鎖骨や肩だけでなく頚椎からも角は生えており合計7本の巨大な角に眉間には閉じている第三の目があった、ライオンのようなふさふさの髪の毛は腰まで届く長さで黒に近い深紅色がとても似合っていた、大鬼王の姿は傍にひれ伏せている醜い鬼達とは違い息を飲むほど神々しく美しかった。
「嗚呼...その目の、匂いも髪の色も...」
割れ物を扱うように優しくその手に掴み上げられたノアは動けなかった。怖かったわけじゃない、離せ!そう言いたくても声が出なかったのは自分の顔より大きな親指で愛おしそうに撫でられたから。
(この優しい眼差し...知ってる。でも何処で見たんだろう...)
思い出そうと記憶を呼び起こすが思い出は母とウサギ達だけで分からなかった。ノアが思い返している間に下級鬼達が解けなかった術を大鬼王はひと撫でするだけで解いてしまった、当然だ、ノアを隠すために王が自らが掛けた術なのだなら。術が解かれると額には今まで無かった小さな角が2本現れた、たったそれだけ。
──そうだ、元はと言えばこいつが術を解くからノアは虐められることになるんだ。こいつの責任だな。それなのに父親面しやがって...!
それを本人に言えればいいが言葉が出なかった。
「リヴィアはどうした。どうして彼処を出たんだ」
「か...母さんは...病気で寝てる、ずっと目を覚まさねぇんだ...」
ノアは鬼に一口食べられたが不味かったのか無惨にも地面に捨てられて死んでしまっている子供に目を向けた、母もああして動かなかった。何日も何週間も目を覚まさなかった。今視線の先にいるあの子のように呼吸がなかった。ノアはそこで初めて"死"に気付いた。
「...死んで、る...?」
──今のノアは分かっていたはずだ、死んでいるということは、そこで倒れてる子供たちと同じように息をしてないこと。もう目覚めることはないって思い出した。
どうして本当の息子ではないノアの中に悲しみが込み上げてくるのか、分からなかった。
母に似たクリッとした丸い目に長いまつ毛と大鬼王に似た釣り上がった目の形と色。ノアは自分の姿が変わった事に気付いては居なかったが血管の中を何かが暴れ回るような苦しさと熱が一気に駆け巡り、我慢できずに胸抑えながら咳き込んだ。大鬼王は自分の正体を告げることなくノアの母親の死を悲しんで目を閉じた。
『 ──オル、早くこっちに来て一緒に歩きましょう』
大鬼王の名を知る数少ない人物でもあった、リヴィアに名を呼ばれるのが好きだった大鬼王は思い出して感傷に浸っていた。大鬼王が最初で最後に愛した女性はリヴィアだけ、リヴィアのためなら我が子と三人だけの世界にする為に鬼も人間も、他の生物も消すことだって考えた。
ノアは目の前に居る大鬼王が母を愛していたのは言わずもがな理解した、それは直感に近いモノだが確信があった。けれど突然与えられた苦しさと熱のせいで腹が立ったから少しの抵抗として大鬼王の手に噛み付くと目を開けた、ここに我が子が居たのを忘れていたのか 一瞬笑いかけると感傷に浸っているノアの姿を見て満足したのか空高くジャンプをしてそのまま姿を消してしまった。
「はぁ!? 消えんなよ!! ......あッ! モモ!」
母の死を悼んで泣いてる暇など無い生き延びるためには足を止めていい時間などなかった、鬼達が大鬼王が居なくなったからノアの姿を見ようと再び集まってきていたからだ。モモを背負って逃げようか考えて居た次の瞬間、今度は鬼の悲鳴が耳に入った。
「琥珀だぁーー!!」
鬼が叫んだ。
颯爽と現れた六人の男女は次々と巨大な鬼達を守護霊である動物を使って倒していった、綺麗な光に包まれた守護霊に見蕩れて瞬きをしているうちに鬼討伐は呆気なく終わっていた。生き残っていた子供達は琥珀に保護され、ノアの前には真っ白の隊服の背中に赤とピンクの桜の模様が付けられている女性二人が目の前に立った。
「この子たち...半鬼にされてしまったのね」
「処分しますか?」
「バカ言わないで! まだ子供なのよ…きっと鬼の遊びで半鬼にされたんだわ」
琥珀に所属している隊員は三万を超えておりその中でも選りすぐりのエリートしか入れないのが二十四部隊編成の"選抜部隊"である。己の守護霊と契約を交わして戦うのが特徴の選抜部隊上位三番目に位置するのが目の前にいる桜蘭隊だ。部下である女性に敬語を使われているオレンジにピンクを混ぜたような髪色の女性は桜蘭隊の名に相応しい隊長であった。モモを抱き締めているノアを安心させるために「大丈夫」と声を掛けようとしたが瀕死の鬼がその息を止めるまえに声をだいにした。
「触るなァッ! 琥珀どもが! ...その子は大鬼王の御子様だぞ!」
その言葉に桜蘭隊は落雷に当てられたかのような衝撃が走った、触れることを許さない発言をして息絶えた鬼から隊員たちはノアへ視線を向けた。
──こいつは確か、作中でも唯一俺に初めから優しかったやつだな。...ここは、か弱いふりをしとくか。
「俺の事は殺していい。...でも、モモは殺さないで...モモは鬼にされただけなんだ...なにも悪い事はしてない...お願いだ、守るって約束したんだ」
ぎゅう、と守るように抱きしめて瞳いっぱいに涙を溜めるノアは怖いのを我慢してモモだけでも助けるようにと女性に訴えていた。
「私の名前は桜蘭隊隊長のルビナよ。...大丈夫、貴方もその子も殺さないわ。だから安心して怖かったでしょう。その子を守ってあげてたの?」
ルビナの声は人を安心させる声色をしていた、心地良いと思わせる声色を聴いたノアはゆっくり頷いた。大鬼王の子供、そのレッテルが貼られた瞬間にただの半鬼ではなくなったがルビナは人間の子供と同じように接した。
「モモ...目覚ます?」
「ええ、ただ気絶をしているだけだから直ぐに目を覚ますと思うわ。あなたの名前は?」
「...ノア」
「ノアが守ってくれたお陰でどこにも怪我はないわ! 偉いわね!」
──ノアが、ルビナを好きだった理由はこういうとのろか。
三人に駆け寄る焦げ茶色の髪に生気の篭っていない目をしている無口の男はルビナの相棒であり桜蘭隊副隊長の音無楓。
ルビナは音無にモモを運ばせて自身はノアの手を優しく引いて桜蘭隊の馬車に連れて行ったが、保護した子供たちを乗せた馬車ではなく桜蘭隊が乗る方の馬車に乗せたあとルビナは音無に任せて報告する為に外に出た。
「大鬼王の子供を保護しました。ですが害はなく普通の小鬼や子半鬼と変わらないので無闇な拘束具は使っていません」
琥珀には通信用キューブが与えられ、映像を映し出すことや連絡を取ることも可能になっている、そのキューブでルビナは上層部と連絡に報告した。ルビナには直ぐに指令が返ってきた、大鬼王の子供を軍会議にかける為に学園へ連行するようにとの事だった。
「分かりました、ですが...連れていく際は私の好きにさせて貰います。そちらに着いても私に任せてください、不要な手助けはいりません」
暗に手を出したらタダじゃ済ませないからな、と返事をしてキューブをしまった。けれどこうして念を押して置かないと学園へ着いた瞬間に殺されてしまうかもしれないのも事実だ。その点ルビナは上層部を牽制出来るだけの実力と地位を持っている。選抜部隊の上位隊隊長はなくてはならない存在ゆえに融通は大幅に効く、戦いへ行く事の無い上層部が媚びを売る相手は上官や総元帥だけでなく各部隊の隊長たちへもだ。
「もう安心よ、私がついてるわ」
二人は一週間と二日を桜蘭隊と一緒に過ごし、ルビナは母親のように接してくれた。ルビナにノアがすぐ懐いたのはどことなく雰囲気がリヴィアに似ていたからだろう。