噴火
フォーランド山脈の中央部、今や溶岩と噴煙まみれになったその一角で小火山と人工吹雪による勢力争いが勃発していた。
レイドダンジョン〈煉獄の斎場〉の門前であるすり鉢状のフィールドゾーンから動き出した岩山は周囲を破壊しながら突き進んでいる。どことも知れぬ山道で始まった≪煉獄鎧竜≫とのレイドは、アマルゴがじわじわと前進してくるために〈煉獄の斎場〉から徐々に遠ざかっていた。
「うおおおぉらぁっ!!」
リナリアが冒険者の身体能力にものを言わせ、未だ無事な木の幹を蹴って三角跳びの要領でアマルゴの頭上にでる。落下の勢いとともに、両手斧の圧倒的な重量をもって放たれる《アサシネイト》がアマルゴを襲った。
中空で掻き消え、インパクトの瞬間にマナによってブーストされた必殺の斬撃が半月の軌道を描く。黒々とした硬質の溶岩が砕け、リナリアの周囲へ飛び交った。
一瞬動けなくなるほどの重低音でアマルゴが苦悶のうなり声を上げる。横目でアマルゴに与えた傷を確かめながら、リナリアは着地に備え空中で体勢を整えているところだった。
(デカブツに効いてやがる。散々な目に遭わせてくれたが、それももう終いだろうよ!)
リナリアが心の中でそう吼え、着地と同時に向き直る。
〈ルナティック〉とのレイドはまさに死闘だった。
≪煉獄鎧竜≫は土砂崩れでも起こしたかのように岩鎧を失い、固まりかけの溶岩でできた地の肉をさらしていた。
じわりと進撃を続けたその脚も今や我が身を動かす余力が無いのか、前進を止めて大地を踏みしめるばかりとなっている。
さらに、何度となく岩鎧を再生させてきた≪煉獄鎧竜≫も、徐々にそのインターバルを長くしていた。そしてせっかく生み出した溶岩の装甲も第二分隊の猛攻で次々と叩き割られていく。今し方リナリアがそうしたように。
「うぉっ!? ……チッ、あぶねぇな」
舌打ちしながらリナリアが大きく跳びすさる。先程まで立っていた場所にはマグマのスプラッシュが大量に降り注いでいた。おまけにどろりと粘ったマグマがそこかしこに広がり、火花が血煙のように辺りを包んでいる。
デカい図体に似合わねぇせせこましい戦法だ、とリナリアが内心で悪態を付く。もちろん、そんな風に感じるのはそれが厄介な攻撃だからだ。
常にアマルゴの正面で戦う前衛や近接を狙い撃ちにしたトラップは、そこにいるだけで出血を強いる。パーティ単位の被害がでる攻撃を多用してくるせいで、被害復旧に割くリソースは大きくなりがちだった。
『全体攻撃来るぞ、待避して!』
オスカーが号令を叫び、腕を広げた。側にいた第三分隊のメンバーたちがオスカーに駆け寄り、その足下でさっと身を屈める。オスカーは抱え込むように腕を伸ばしたまま、巨大な二枚の盾を地面へ突き刺した。
リナリアはオスカーたちの様子を最後まで見る前に冒険者の健脚で大地を蹴り飛ばし、空中へ跳び上がった。
直後、足下の空気が燃え上がったのを感じた。アマルゴの口腔から吐き出される岩粒混じりの灼熱が、一直線にレイドを襲っているのだ。
リナリアは真下へ目を向けた。オスカーの展開した《クルセイド・トーチカ》の障壁が凄まじい炎風のただ中で輝いている。もっと前方に布陣しているアドラたちメインタンクの第四分隊も似たようなものだった。
たっぷり炎をはき散らしたアマルゴがようやく口を閉じ、リナリアが未だ焼けるように熱い空気に包まれた大地に着地する。リナリアのブーツの下は地表がガラスに変じて、レイドの誰かが動く度に割れる音が響いた。
その間にも、レイド・チャットから次々とダメージの報告が上がる。リナリアが最後に声を上げたところで、オスカーが叫ぶように言った。
『了解! じゃあまず《オーロラヒール》打つよ! 他のヒールは第四分隊の復旧に使って!』
言うが早いかレイドの上空に煌びやかな極光が現れ、多種多様な回復魔法が最前線に陣取る第四分隊の下へ届けられる。
リナリアたちはアマルゴへ近寄れない。先の攻撃の余波、火花を散らす焼けた空気が接近を拒む防壁となっていたからだ。クレメンテたちが氷の魔法攻撃を続けざまに撃ちこんで中和するまでその場で足踏みを余儀なくされる。
その間にアマルゴが体からマグマを染み出させ、徐々に天然の装甲を蘇らせていく。一進一退、これまでに何度となく繰り返された光景だった。
「またコレかよ、クソ、があ!」
『リナリア、良いかしら?』
「ああ? なんだってんだ」
クレメンテの呼び掛けに、苛立ったリナリアが不機嫌に返事をする。じろりと睨みつけてくるアマルゴを見据えながら、リナリアがレイド・チャットに耳を澄ませた。
『アマルゴの攻略、正直に言って芳しくないわ。このままじゃジリ貧で負ける』
「前置きは良いから、要件だけ言えよ」
『第二分隊でアマルゴに突撃してくれないかしら? クールタイム中に攻撃してダウンが取れないか、やってみて』
「はっ、おっせえくらいだぜ」
にっと口角を吊り上げると、リナリアは〈ニブルヘイム〉の柄を短く持ち替えた。自分の分隊へ指示を出すと、掲げた左腕を振って合図を出し駆けだした。
『とにかく可能な限り魔法を叩き込んで防壁を削るわ! あわせてちょうだい!』
『脈動回復と火炎耐性を付ける! それでなんとかしてくれ』
クレメンテの宣言通り、第一分隊からの魔法攻撃が目に見えて増加した。今だけマナワークに目をつぶり、魔法の回転率を上げているのだ。そうしてできた灼熱地獄の間隙にリナリアは飛び込んだ。
アマルゴの纏う文字通り赤焼けた空気は身を置いているだけで肌をじりじりと炙ってくるが、オスカーたちの支援でなんとかプラスマイナス0にまでなっている。
「上等だぁ! いくぞおめぇら!」
そう雄叫びをあげるや〈ニブルヘイム〉を振りかぶり、乱暴な軌道を描いて幾度となくアマルゴの体に斬り込んでいく。
『たどり着いた!? じゃあ後は頑張ってくれ、こっちの助けは期待しないでよ!』
アマルゴの様子からようやく第二分隊に気づいたオスカーがそう言った。
リナリアがチラッとオスカーの方を窺う。オスカーの第三分隊とアドラの第四分隊は二隊がかりでアマルゴと対峙していた。集中砲火で移ろいやすくなったアマルゴの敵愾心をかき集めるアドラを支え、レイド全体へのバフの管理に追われている。
「クソ、本当に効いてるのか!?」
「デカブツは暴れてんだ、このままいけぇ!!」
猜疑心に駆られる誘惑を、リナリアが檄を飛ばして抑えさせる。流石に初見の敵が相手なだけあって、打つ手が多分に博打になってしまう。
(でもこんな所でつまずくわけにゃいかねえ!)
ギッと眼に力を入れて、何十回目の叩き斬りを放った。岩石の表皮に入ったひびが途端に深く大きな亀裂になって広がる。うなり声を上げたアマルゴの左前脚が、突然のように膝を折った。
『倒れてくるわ! 第二分隊は下がって!』
「言われるまでもねえ!」
クレメンテの警告。リナリアが方向転換した時だった。さっき〈ニブルヘイム〉で叩き割った岩の外装、そこが拍動するように動き、空気の漏れ出すような鋭い音が聞こえる。
(あの下は、排熱孔――)
最後まで思考を紡ぐ前に、リナリアを爆風が襲った。声も出せないほど強烈な勢いと熱で吹っ飛ばされ、せめてもの抵抗として受け身を取っていることしかできない。前後どころか上下も不覚だが、〈ニブルヘイム〉を持つ腕を伸ばして何とか地面に戻ろうと試みた。
「ぐえっ!」
だがリナリアが行動に移す前に何かが首根っこに引っかかって急制動が掛かった。熱風が止んであえぎながら息を求め、ようやく目が開けられるようになる。せき込みながら周囲を見渡そうとしていると、首元からぐいぐいと引っ張られて思わず上を見上げた。
「おい、なに吹っ飛ばされてんだ。早く立って! まだ終わってないぞ!」
オスカーが厳しい表情をしてリナリアに怒鳴った。熱風を防ぐ障壁魔法を張るオスカーの周囲には、第三分隊のメンバーのほかに同じように吹き飛ばしを食らった第二分隊の仲間と、アドラの第四分隊が正面に立って爆風の矢面に立っていた。
オスカーは衝撃を受けてぼんやりとしているリナリアの肩をバンバンと叩いて大声で呼びかけた。
「今〈魂呼びの祈り〉で戦闘不能中の第二分隊を引っ張ってる。それが済んだらタイミングを見て行くよ!」
「な……なんだ、なにが」
「アマルゴがダウンしてるんだ! でもしくじったらこのまま全滅だぞ!」
リナリアは顔をレイドの先頭に立つアドラのさらに先、アマルゴの方へと向けた。急にどんよりとした暗雲に包まれて、はじけ飛んで無残な左脚を中心に下腹部から猛烈な勢いで煤と火山灰混じりの熱波を吐き出している。
だが、それだけだ。アマルゴは移動どころか攻撃の手もやめて、力を使い尽くしたかのように佇み天を仰ぐように顔を空に向けていた。
「んなっ――コイツ!!」
≪煉獄鎧竜≫の背負う小火山、その頂が赤熱し、噴煙を吐いていた。そして辺りには花火が打ち上がったような音が響いている。リナリアはがばっと顔を頭上に向け、灰が広がる空を仰ぎ見た。
「……!」
宙に幾つもの岩石が、火達磨になって空を駆け上がっていた。数刻後の破局を予感させる、無数の砲弾が発射されていたのだ。
「どうすんだこんなのよぉ! 逃げ切れねぇぞ」
「なら、迎え撃つしかないわね」
レイド中、間近で聞くことはないと思っていたその声に、リナリアが驚きながら名前を呼んだ。
「クレメンテ!? お前、後衛のくせになんでこんなとこまで……」
リナリアはそこで言葉を止めた。というか、言葉が続かなかった。なにせ、そこには第一分隊の遠距離攻撃担当が全員揃っていた。
「こうなったらどこに居ても変わらないわ――でも、まだ希望はある」
「あん? なんだそりゃ」
「貴方達が破壊した左脚。あれのおかげで火山弾に変な仰角が付いたかもしれない」
「つまり?」
「左に傾いたお陰で安置ができてるかもってこと!」
まさか、とリナリアは目を見張った。もちろんネガティブな意味で、だ。アマルゴの背部を一目見ても、露骨な角度がついているようには見えない。おまけに、撃ちあがった火山弾は空を埋め尽くすばかりで、とてもではないが無事な場所ができるようには見えない。
「お前ぇ、んなもんがホントにわかんのかぁ!?」
「はあ!? 分かるわけないでしょ! いいから、うまくいく可能性に噛り付くのよ!」
「第二分隊の蘇生終わった! さっそく始めよう!」
オスカーが声を上げ、リナリアもさすがに口を閉ざした。
「いい? 先頭はアドラ、殿はオスカーよ。陣形を組んで、アマルゴの右脚に向かって移動するわ」
クレメンテの指示の下、〈ルナティック〉の面々はさっと隊形を組みかえてたっぷりと炙られたレイドフィールドを駆けだしてゆく。アドラ率いる第四分隊を先頭に、リナリアとクレメンテたちがその後を追いかける。その間にも、オスカーの第三分隊は全体回復や移動速度強化の魔法を使って支援を続けている。
「角度の浅い奴が飛んでくるぞ! 気をつけろ!」
オスカーが叫んだ。とはいえ、できることはそう多くない。直撃しそうな噴石に攻撃して迎撃できないか試したり、着弾点にできる影から離れたり、といった程度だ。
「クソッ、アマルゴの側に寄れりゃあ簡単だったのによぉ!」
「あの熱風じゃ仮に近寄れても継続ダメージで倒れるわ。あきらめなさい」
会話はたいして続けられなかった。《煉獄門の扉》の攻撃がやってきたからだ。ほとんどはレイド部隊の頭上を飛び去り、でたらめな場所に次々と落下していく。とはいえ、なんの影響もなかったとは言えなかった。
風をつんざき響く衝撃波が通り抜ける音、岩が地面に激突して大地をえぐり取った時の地響き、着弾の衝撃で爆発四散する火山弾。
まるで戦争映画のように飛来した岩が轟音を立てて飛び交う情景、その真っただ中にいるというのは強烈なものがあった。だが、今はそれを感じている余裕もない。不確かな望みに賭けた全力疾走の最中、〈ルナティック〉の側にだけ落ちてこないわけにもいかなかった。飛んでくる破片や衝撃にあちこちで悲鳴が溢れる。
「止まらないで! 第一波なら耐えられるから!」
「無茶言うぜ……!」
レイドの前面に落ちてはじけた瓦礫が、熱風に乗って〈ルナティック〉に殺到していた。ほとんどが第四分隊に命中したので攻撃役に被害は出ていないが、直撃を受ければそうもいっていられない。
(いや……問題は、直撃をうけるかどうかじゃねぇ)
リナリアは声に出さず顔を歪めた。熱風による移動速度低下、粘性マグマによる移動妨害、火山弾の落下跡にできたクレーターなど。これまでの戦いで出来たフィールド・デメリットが〈ルナティック〉のプランを邪魔しにきている。
(仮に噴石で一発即死とならなくたって、爆風を浴び続けりゃ一緒だ)
何か、せめてそれだけでも躱すことのできる遮蔽物は――。
木。無理だ。近くのものは倒木になるか炭になってる。
岩。すべて粉々に砕けてる。一人分の遮蔽もない。
地面は? いや。クレーターなんて言ってみたが、あれは躓くぐらいの深さしかねぇ!
「畜生が! 地面に伏せるくらいしかねぇぞ!?」
「まずは着弾点から離れろ! 本降りが来る!」
リナリアの背後からオスカーが鬼気迫った勢いで叫んだ。空を見上げる。手を伸ばせば、掴めそうなところに火達磨の巨石が迫っていた。
走馬灯のように景色がゆっくりと見える。ボロボロになった地面にいくつもの影が広がる。その大小に違いはあれど、レイドフィールドを埋め尽くすという点では変わらない。
だが、影の濃淡にははっきりと違いがある。砕いた左脚前面に広がる暗がり、そこは無数の岩石が地面へ飛び込む直前だった。それを認識して、リナリアの気分が晴れるような感じがした。ああ、よかった、少なくともこっちへ走った甲斐はあったってこと――。
「うわぁぁぁぁああぁっ!!」
そして、引き伸ばされた一瞬は轟音とともに終わりを迎えた。レイド部隊の鼻先で炸裂した巨岩が生み出した攻撃力は大地に深い半円状の穴を穿ち、近くにあるものを暴力的に吹き飛ばした。その最も手近にいたものとは、常にレイドの先頭に立つ守護戦士のアドラだった。
「アドラぁっ!?」
リナリアがぎょっとしながら声の飛んでいった先を見た。広がった隊形で進んでいた〈ルナティック〉の先鋒と中央は数メートルは距離があったはずだが、アドラの声は尾を引きながらリナリアの横を通り過ぎて行ったのだ。
「だいじょう……グゥッ」
思わず背後を振り返ろうとしたリナリアの脇腹めがけて、重く硬い衝撃が襲い掛かった。そのおかげでリナリアはアドラとは逆方向に吹っ飛ばされてしまった。
――オスカー。あの野郎、本気で俺の横っ腹ぶっ飛ばしやがった……。
もちろん、リナリアはそれに感謝すべきだった。技後硬直で地面にくぎ付けとなったオスカーには、間近に迫った火山弾の一撃を回避する術は残されていなかったのだから。
「――てっ! 起きなさい、リナリア!」
「のわっ!?」
みぞおちを殴られた衝撃に体をくの字に曲げながらリナリアが飛び起きた。同時に、自分が足を上にして気絶していたことに気づいた。リナリアは転がるようにして置きあがりながら、目覚ましの一撃を加えたクレメンテをひとにらみする。
「おめぇ……加減ってもんをよぉ」
「ああっ、やっと起きた! もう準備はできてるわよ、急いで!」
興奮したクレメンテにぼやきを完全に無視されてリナリアは面食らっていたが、気を取り直すべく辺りを見回した。リナリアが居たのはあの火山弾で出来たクレーターらしかった。そのそこに集まった〈ルナティック〉のレイダーたちがエンハンスを受けながら回復アイテムでヒットポイントとマナポイントを補充している。
「おい……これが全員か?」
「ん? そうよ、割と多くのこったでしょ?」
「え、いやぁ。……おう」
数えれば2パーティと少し。フルレイドで臨みついさっきまでそれを維持していたとすれば、半分ほどにまで減らされている。しかも察するにそれらは全員、戦闘脱落している。第三分隊にいたっては全滅していた。
「ともかく、〈煉獄門の扉〉は乗り切った。攻撃役も運よく欠けてない!」
クレメンテが立ち上がった。他の〈ルナティック〉のメンバーたちもそれに倣う。彼らが見つめるのは一点に集まっていた。リナリアも立ちあがり、闘志をかき集めてそれを睨む。
ほとんど抜け殻のようになった≪煉獄鎧竜≫がようやくといった様子で自分を支えていた。文字通り身を削る一撃だったらしい。煌々と燃えるようだった身体からは赤みが消え、消えかかる直前の炭のようだった。弱々しい目つきで睨む瞳にも覇気がない。
「さあ、これで終わらせるわよ……あのクソ忌々しいデカブツを! 滅茶苦茶にぶっ壊せ!」
蛮声を上げて生き残った第二分隊がクレーターから飛び出した。かろうじて無事な様子の右脚に向かって一直線に駆けてゆく。アマルゴは近づいてくる冒険者を威嚇するように大音量の咆哮を上げ、徐々に体を震わせ始めた。自分の体をわざと崩落させて、土石流と噴石を引き起こすヤケクソのような攻撃が行われようとしていた。
「んなもんアリかよぉ!?」
前進をばねのようにして地面に沈み込み、次の瞬間には身長の何倍もの高さに跳び上がる。足元をアマルゴから剥がれ落ちた岩石が通り過ぎる傍ら、第一分隊から放たれた《アイシクルランス》や《フロストスピア》の魔法が脆くなったアマルゴの右脚に突き刺さる。岩雪崩をかき分けるようにしてやってきた第二分隊も今までの復讐とばかりに大技を選んで叩き込む。
「食らえ!」
高所から振り下ろした〈ニブルヘイム〉の一撃は、亀裂と崩落が進むアマルゴの右脚にとどめを刺した。轟音を立てて膝からへし折れ、右脚で地面をつこうとした瞬間だった。脆くなった我が身のせいか、左右の前脚が肩口から粉々に砕け散った。驚愕の悲鳴を上げて、アマルゴが前のめりに倒れ、地面に突っ伏す。
「くたばれ、この、デカブツがぁっ!!」
アマルゴの頭頂部に着地したリナリアが〈ニブルヘイム〉を振り上げてスキルを起動させる。《エクスターミネイション》が放つ断頭の一撃が、アマルゴの頭蓋に直撃した。
アマルゴが辺りに響く地鳴りのような悲鳴を上げる。周囲に殺到するクレメンテたちの魔法も無視し、リナリアは構わず斧に力をこめ続けた。頭上の邪魔者に、アマルゴが大口を開いて何か仕掛けようとしたとき――不意にその動きが止まった。みしっと濡れた割ける音がリナリアの足元で響く。
アマルゴの口には第一分隊の放った氷の槍が幾本も突き刺さり、口腔を埋め尽くしていた。リナリアはもう一度〈ニブルヘイム〉を高く掲げ、振り下ろした。終局はすぐにやってきた。ひび割れが瞬きの間に頭部全体へ及んだかと思うと、豪快な音を立てて単なる岩山へと変じた≪煉獄鎧竜≫が崩落していった。