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煉獄の斎場  作者: 長野 智
7/14

陽炎

 「殿、あまり風に当たられると体に毒ですぞ」


 天守閣の縁側で外を眺めていたガーランドは、いつの間にやらそばに付いていた臣下の言葉で我に返った。夏の盛りとはいえ空はまだ白み始めたばかりであり、フォーランド山の噴火でいまだに火山灰が舞って天気が悪いとくれば風にあたっていると多少は肌寒い。ガーランドはばつの悪そうな笑みを浮かべて振り返った。


 「あまり年寄り扱いしてくれるな、儂は」


 まだまだ五体満足じゃぞと、冗談めかして抗議した。冒険者殿らのことでしょうか、と彼の家臣は尋ねた。それを聞いて体を部屋に入れたガーランドは再び視線だけを城下へと戻し、うむ、と重く息を吐くように答える。


 「冒険者殿らが新たなお仲間と山のような物資を携え戻って数日……先刻、ここを発たれた」


 「なんと……!? 殿は知っておいでで?」


 「無論、聞かされてはおったがな」


 そう言ってガーランドは笑うと、彼の臣下へ顔を向けた。


 「なんぞあれ、冒険者殿らの征伐隊はいつまでも街には居れん。ワシらも、いつまでも守られてはおれん。今日はいよいよ、武士団のひよっこどもを外へ出すことであるしな」


 「某には見当もつきませぬが……しかし力をつけるためとはいえ、いささか荒っぽいかとは存じます」


 「儂が許したのだ、なんとしても武士団の戦力を取り戻してほしいと言ってな。見習い武士たちには一刻も早く戦力になってもらわねばならん」


 ガーランドは憂いを帯びた様子で外を見やった。城下町は眠りから覚め、朝を迎えた者たちの声でにぎわいつつあった。天守閣から遠くに見える外地へとつながる橋には、武具に身を固めた一団が見張りの武士とやり取りをしている。


 彼らトクシマの民はどうしても街の外に出なければならない――食料のためだ。街には家々を建てるだけで精いっぱい、あとは街の外にしか農地を得ることはできない。


 いくら安全のためとはいえ、食糧を得るための田畑や漁場まで捨ててトクシマに籠城することは不可能。そんなとき、危険な外地で働く彼らを守るのが武士団の役目なのだ。


 ガーランドは言った。


 「トクシマが飢えぬようにするには近いうちに農民を働かせねばな。そのような時に武士団が未熟であるなど、許されん」


 まったくにございます、と臣下が同意を返した。


 「しかし……殿。良いのでしょうか」


 ガーランドは鷹揚に顔を向け、なにがだ、と無言のうちに尋ね返した。


 「冒険者殿らと交わした契約にございます! 殿、あれではまた、我らは臣民どもの息子を……!」


 「滅多なことを言うでないぞ!」


 ガーランドがきっと睨み付けて叫んだ。冒険者との取り決め――トクシマそのものを〈Plant Hwyaden〉に差し出し、手始めに法儀族を連れて行くことに対しては、当然のように反発がある。


 だがガーランドはそれを抑えつけ、契約を結んだ。臣下は一喝をうけてもなお声を上げた。


 「ですが民は信じておるのですぞ、冒険者を! あのような取り決めを結んでは、殿が後の民草に恨まれてしまいましょうぞ」


 「望むところよ。我が悪行、恨む輩が生きてくれねば、やりがいがないではないか」


 ガーランドが泰然とした様子で言った。しかし彼の臣下は、うつむいた姿勢のまま絞り出すように口を開けた。


 「囲いの獣のような一生であっても、でございますか」


 ガーランドは反射的に何か言い返そうと口を開きかけ、すぐに閉口した。そして深い嘆息をつくと、答えた。


 「知れたことよ」





 火山灰の薄く積もった大地を踏み鳴らして、数匹の小さな影が荒野を闊歩している。吐いた息で陽炎をつくり、マグマの泡立ちで鳴き声をあげて、他のモンスターを――大噴火で生態が変わる前から存在する種を――狩り食らっていた。


 もし骨にへばりついた溶岩でできたそれを、さも生き物の様に語ればそうなる。風下に立つザグレブやブレントたち大地人にとって、空っぽな眼孔に灯した炎で周囲を窺うそれに命があるとは到底思えなかった。


 「お前たち、手筈は良いわね! アタシたちが調節して敵を流すから、自分たちで倒してみなさい!」


 馬に騎乗したユズリハが声を張り上げて整列する大地人たちへ発破をかける。睥睨するように馬上から見下ろすユズリハは、一人一人の表情を確かめるように新米たちを見回していく。


 大地人たちの表情は皆一様にこわばっている。しかしさすがに砦の戦いを生き抜いただけあって、溶岩竜たちの恐ろしさを知っていてもなお、立ち向かう意思を残していた。ユズリハの呼びかけにも大声で応え、闘志を奮い立たせる。


 「訓練でやった通りにやれば必ず倒せる! 教えた基本を守って戦うんだ」


 テオドールが武士団たちへ向かって声を上げた。テオドールの分隊は大地人たちの周囲で見守るように布陣している。


 この一戦は新米武士団にとって最初の実戦だ。これまでは冒険者に介護されるように経験値を得てレベルを上げていた彼らだったが、ついに真っ向勝負出来るだけの力がついたと認められたのだ。


 同時に、冒険者たちにとっては初めての実戦訓練となる。大地人たちのステータスではまだまだとても連戦はできない。万が一、大地人たちが危険に陥ったときに備えて、いつでも戦闘に割って入る準備は万全だった。


 とはいえ、大地人のレベル上げのためには、彼ら自身で大量のモンスターを討伐することが必要不可欠だ。そのためには、彼ら自身で敵を倒せるというイメージを持たせる必要がある。


 (結局のところ、ある程度レベルさえ上がってしまえば後はどうとでもなるのだしね)


 徐々に大地人たちと距離を開けながら、ユズリハは心の中で独り言ちた。


 新米武士団をパワーレベリングで強化しても、内面が追いつかなければ力の持ち腐れだ。大地人に戦術を教えるのも、技を鍛える目的も、レベルに相応しい強者であるというイメージを補強することにある。


 (それに、もはや"武士"なんて名ばかりだし)


 ユズリハは顔を僅かに後ろへ向け、目の端で睨むように大地人たちを見やった。三つに列をつくって警戒する大地人たちは、武士というより兵士といった方が良かった。


 最前列には、全身を隠すほど巨大なカイトシールドを携えた重装備の壁戦士。中列にはハルバードを持った軽装の兵士が、そして後列では杖を持った魔法職の大地人がそれぞれの持ち場についている。彼らは、赤銅色の甲冑に身を包んでいた武士団とは違う、無骨な黒装束の一団となっていた。


 (EXPポッド以外にも色々アイテムを使ってあげたんだから、ガッカリさせないでよね)


 ユズリハがそう思いながら大地人たちを一瞥した時、急に風向きが変わった。ユズリハたちを撫でていった風は、そのまま溶岩竜たちを吹き抜け――炎の眼光が、一斉に大地人たちを捉えた。次の瞬間には新しい獲物めがけて大地を蹴り飛ばしていた。


 「始まった! 行くわよ、貴方達!」


 ユズリハが分隊にそう言って馬とともに駆け出す。テオドールはなだれ込んでくる溶岩竜たちにうろたえる新米武士団へ声を張り上げた。


 「皆、冷静になって! 一人で闘おうとしなければ十分倒せるよ!」


 そういう間に、ユズリハたちが〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉の群れに激突した。爪や尾の一撃を弾きながら、一体、二体と、わざと見逃して大地人のもとへ向かわせる。


 数秒もたたない内に、新米武士団の盾が溶岩竜たちの顎を受け止めた。まるでレイドバトルのように、大地人たちがパーティ単位で溶岩竜たちへ武器と魔法を振るっている。


 その周囲では、テオドールの分隊員たちが戦いの邪魔をしないように立ち位置を変えながら、横やりが入ってこないか警戒していた。


 (ここまでは順調だ……良いペースでレベリングが進んでいる。なにより、大地人たちのモチベーションが高い)


 テオドールは西の空へと目を向けた。リナリアが発見したレイドダンジョンの方角だ。案じるような視線はレイド部隊へ向けられたものだ。


 (この世界はゲーム時代とは違う――なにもなければいいけど)



 大災害後、大きく変じてしまったセルデシア世界で最も面倒になったものがヤマト各地への移動だ。都市間ゲート、妖精の輪フェアリー・リングなど主だったショートカット手段が事実上封鎖され、手元にあるのは個人所有の移動手段のみ。


 騎馬、艦船、飛行と冒険者には一通りの選択肢が用意されているが、なんせセルデシアは広い。いかに縮尺二分の一とはいえ、もはやゲーム内時間で動く世界ではないのだ。


 〈ルナティック〉レイド本隊が払暁とともにフォーランド中央部へと出発したのはそのせいだ。もっとも速く長距離を動ける飛行手段は軒並み時間制限と再使用時間がシビアに設定されている。つまり使いどころを考えなければならない、ということだ。


 フォーランドの中央部、目的地のレイドダンジョンは山岳地帯のど真ん中にある。いかな冒険者とはいえ得体のしれないモンスターのはびこる中、徒歩や騎馬で山林を踏破するというのはかなりの重労働だ。


 だからこそ、最初は騎馬行軍で平地を進んで休息をとり、限界まで距離を稼いだ後でフォーランドの山を空から超えていく、という腹積もりだったのだ。予定では。


 「クソッ、どうなってんだこれはよぉ!!」


 リナリアが苛立ちをあらわに吠え、片手で竜の手綱を操りながら利き手で愛用の戦斧〈ニブルヘイム〉を振るう。


 重い斬撃がリナリアの方へ突撃してきた〈溶岩翼竜ラーヴァ・プテラ〉の首筋から横面を叩き斬り、濃密な冷気の帯が後を追って襲い掛かった。


 そのまま〈溶岩翼竜ラーヴァ・プテラ〉はバランスを崩して高度を落としていく――が、さすがに一撃食らっただけでは墜落させるまでには至らないようだ。


 だがリナリアには追撃することはできない。辺りには多数の〈溶岩翼竜ラーヴァ・プテラ〉がひしめき、〈ルナティック〉が騎乗してきた〈ワイバーン〉や〈リンドブルム〉を取り囲んでいる。


 間違いなく絶体絶命の危機的状況だ。目的地はまだ先にあるために飛行高度はかなり高いまま。運悪く愛竜の背中から落とされでもしたら即死確定だ。切羽詰まった表情で戦斧を振るうリナリアの背後で、鬼気迫る声音でクレメンテがレイドへ指示を叫んでいる。


 「着陸、着陸!! オスカーは第三分隊ヒーラー第四分隊タンクを連れて下の奴等を蹴散らして! 第一分隊わたしたち第二分隊リナリアたちは〈溶岩翼竜ラーヴァ・プテラ〉の相手よ!」


 『すぐに場所を確保する! 五分でやる!』


 レイド・チャットにそう言い残して、〈リンドブルム〉に乗ったオスカーが着陸攻撃をかけながら〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉が集まった地上へと猛スピードで降下する。まるで魚を狙って海に突っ込む海鳥のように、冒険者を乗せた〈ワイバーン〉が続けて地面へ向かう。


 もうすでに第三サード第四フォース用のサブチャンネルに切り替えているのか、大声で命令を発しているであろうオスカーの声は全体のレイド・チャットには聞こえてこない。代わりにクレメンテの呼びかけが耳に入ってくる。


 『リナリア!? これはっ、何が起こってるの!?』


 「分かんねぇよ! 俺が来たときはこんなのなかったってぇの!」


 ぞくりとリナリアの背筋を寒気が走る。それは予感でもなんでもなく、リナリアの真後ろにクレメンテが放った〈フリージング・ライナー〉が通り過ぎたせいだった。おかげで、がら空きの背後を狙っていた〈溶岩翼竜ラーヴァ・プテラ〉は溶岩の翼が石化して地面に真っ逆さまだ。


 『油断しないで!』


 「わりぃ、助かった!」


 礼を言いながら、リナリアは〈リンドブルム〉を真上に飛ばせて、乱れる呼吸を整えた。同じようにしてクレメンテも近くへ飛んでくる。


 『翼竜種の溶岩竜……こんなのがいれば、リナリアたちが事前偵察したときに襲いかかってきたはず……』


 「俺も見てねぇ。こんなぎゃーすか騒いでりゃイヤでも気付くだろ! 湧きが変わったってのか!?」


 リナリアは訳も分からずに叫んだ。確かにおかしいことだらけだ。この場にいる十数匹の〈溶岩翼竜ラーヴァ・プテラ〉に加え、地上には――何体だ? 数十体、あるいはもっとか。とにかく数えられないような大群で〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉がいる。


 『ということは……待ち伏せされていた? モンスターが?』


 「有り得るかもな、クレメンテ。こいつらは突然出てきて、今もわらわらと〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉を呼び寄せてんだぜ」


 リナリアが確信めいて言った。クレメンテが何か返そうとしたとき、地上から空に向かって伸びる一条の光線によって話は遮られた。白色の輝きを放つ聖なる光は、冒険者や騎乗生物を無視して〈溶岩翼竜ラーヴァ・プテラ〉を焼き苦しめる。その特徴はまさしく施療神官クレリックの特技〈ジャッジメントレイ〉のものだ。ということは。


 『場所を開けた、クレメンテ、リナリア!! 早く降りてこい!!』


 レイドチャットを通じてクレメンテの第一分隊とリナリアの第二分隊にオスカーの声が届いた。下を見やればおあつらえ向きに円状の空き地ができている。


 「第二分隊セカンド、俺と一緒に来い!! さっさと加勢すっぞ!」


 そういってリナリアは渦を描くような軌道で自分の〈リンドブルム〉に地面へ急降下をかけさせた。


 安全な高度まで下がると――それでもまだビルの屋上くらいの高さがあったが――〈リンドブルム〉の背を蹴って暗殺者アサシンの特技、〈フェイタルアンブッシュ〉の溜めモーションを空中で完了させる。着地の勢いを殺すように〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉の頭上へと斬撃を叩き込んだ。


 強烈な一撃で〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉が幾匹か倒れ、衝撃波が後続の敵を吹き飛ばした。リナリアは技の反動と武器の遠心力を使い、宙で体を回しながら陣形の内側へと着地した。


 「おい! 来てやったはいいが、これからどうすんだ!?」


 「僕が知るか! こいつらを倒しきるか、それとも逃げるか、どっちかだろ!」


 やってくる敵を〈衝角突撃ラムアタック〉で打ち返すように迎撃しながらオスカーが叫び返す。ゴドフリーの後任、アドラ率いる第四分隊はまだしも、サポート専門のオスカーたち第三分隊はかなり苦しそうだ。


 「ハルト、ミィーネ、僕の後ろまで下がって! 第二分隊セカンドと交代しろ!」


 オスカーの号令で、オスカーと一緒に攻撃に加わっていた〈召喚術師サモナー〉と〈森呪使いドルイド〉が第二分隊のアタッカーたちと入れ替わりで離脱する。二人とも、無理矢理に前衛を努めていたせいでかなり消耗している。


 だが、そうでもしなければ大量の〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉たちに囲まれて揉み潰されるままだったのだ。今もなお、アドラの守りを突破できずに横へ流れた溶岩竜たちが、容赦なくなだれ込もうとしてきている。


 「くそっ、後から後から! どっから湧いてんだ!?」


 リナリアが舌打ちした。いつまでたってもキリがない。リナリアは憂さを晴らすように、手近にいた〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉の首元へ斧を横殴りに打ち付け、脳天をかち割るようにその頭上へ〈ニブルヘイム〉を振り下ろす。重く濡れた衝撃が柄を通して手に伝わる。活力を無くして倒れる〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉を見ながら、リナリアは不審に感じていた。


 (なんだ……? コイツらやけに硬くねぇか? トクシマ周りよりは強くて当然なんだが、それにしたって)


 「リナリア、気づいたかしら?」


 「あぁ?」


 背後に降り立つ気配を感じてチラリと振り返る。そこには装備に傷や焦げ目をつけながら、〈ミカエルの元帥杖アルハンゲリ・ジェーズル〉の先を敵に向けるクレメンテの姿があった。


 「この溶岩竜たち、普通の野良エネミーみたいな風だけど、ステータスが高いわ。それにこれだけ群れるだなんて普通じゃない」


 「〈スザクモンの鬼祭り〉みてぇにイベントが進行してんのか」


 「そうかもしれない。だとしたら運が良いのかも――面倒になる前にぜんぶ始末できるのだから!」


 そう言い放つとクレメンテは〈ミカエルの元帥杖アルハンゲリ・ジェーズル〉の切っ先を空に向け、杖に閉じ込めていた魔法を放った。


 灰まみれの雲に撃ち込まれた極低温の冷気が汚らわしい水蒸気を雹に変え、さらに鏃のように鋭利に変じ始める。〈ヘイル・スコール〉の魔法が作り出した鋭い弾丸のような雹が、弾幕を作って〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉の頭上へ降り注いだ。


 凶器に変じた大量の雹が溶岩の体を穿ち、四肢を弾け飛ばし、熱を奪っていく。弱点属性の攻撃を全身に浴びてところどころ石化しつつある〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉たちは、クレメンテの分隊が次々ととどめを刺していく。


 第一分隊ファーストの登場でレイド本隊を囲もうと徐々に回り込んでいた溶岩竜たちは大半が駆逐され、行き足を鈍らせていた。


 そのおかげでようやく前衛戦闘から解放されたオスカーたちが荒い息をついている。クレメンテはそれを目の端にとらえながら、相対する者をどこか圧倒させるような響きで宣言した。


 「この〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉たちはここで撃滅するわ! 第三分隊オスカーたちはポジションに着いて!」


 クレメンテの号令とともに、すでに隊形を整えていた第三分隊オスカーたちは第四分隊ーーメインタンクの後ろへ陣取った。そして突撃を繰り返す〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉を尻目に、次々と支援魔法が展開されていく。

 半ば埋もれ欠けていた〈ルナティック〉は前線を作り出し、じわじわと押し上げ始めていた。


 「良いわよ、貴方達! 攻撃を途切れさせないで、回り込んでくる奴から狙うのよ!」


 クレメンテが自分の分隊に檄を飛ばす。氷属性の魔法や弓矢が吹雪のように吹き荒れる。クレメンテは自信を持っていた。もはやレイド本隊は完全に立ち直り、戦力でも大群を上回っている! 防衛線もオスカーたちが加わったことで安定している。


 (このままいけば倒せる……!)


 そう意気込み、クレメンテが再使用制限の終わった大技を放とうとした時だった。

 ピタリと〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉の攻撃が止んだかと思うと、溶岩竜たちは寸分の狂いもなく大声で叫び始めた。まるで一体の生物であるかのように鳴き声を上げ続ける〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉に全員が度肝を抜かされて呆然としている。


 クレメンテも驚きに手を止めていたが、杖を握る手に力を込め、発動を保留にしていた〈タイダル・フロスト〉を解き放ちながら叫んだ。


 「ひるまないで! 兎に角ここで倒すの! こいつらの足止めをーー」


 クレメンテの攻撃と号令でレイドが再び動き出す。だが、もう時間切れだった。


 「な……んだ? コイツら、ルーチンが変わった!? 逃げられる……うぉあ!!」


 前衛のそばで戦闘の様子を見ていたオスカーが警告の声を上げた。と同時に、雪崩を打って前衛を乗り越えてきた〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉が一度に数体も飛びかかられて、半ば弾かれるように両腕の盾を構えた。盾に乗ってきた〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉はレイドの外へ払い飛ばしたものの、何体かが内側に入り込む。


 「抜かれた! 4体だ!」


 オスカーが叫んだ。慌てて集まった第二分隊の近接担当が入り込んだ異分子どもを幾度か爪と刃を交えて素早く地面に沈める。

 だがその時には既に〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉たちは周囲へ散り散りに逃げ出していた。クレメンテは珍しく怒気を露わに命令を叫んだ。


 「クソッ、逃がさないわ! 全隊、バランス型に再編成よ! 分隊ごとに手分けして追撃する!」


 クレメンテの指示によって〈ルナティック〉のメンバーたちは、レイド戦用に機能特化した編成から、パーティ単位で壁戦士タンク攻撃役アタッカー回復役ヒーラーを均等に振り分けた編成に移ろうとした。


 その時だった。


 突然〈ルナティック〉の周囲が地響きとともに揺れ出し、彼らの思考を中断させる。あらゆるものを振るわせる重低音の咆哮があたりに轟き、溶岩で荒れ果てた地平線から山影が迫ってくる。


 無骨な鎧のように幾重にも固まった硬質の溶岩で体を覆い、煌々としたマグマが血流のようにその下を巡っている。


 相当な熱量がその身に宿っているためか、鱗のように連なり重なっている火山岩の隙間からは絶えず熱風が噴出していた。そのせいで山のような巨躯は輪郭が常に歪むほどの陽炎を孕んでいた。


 「おいおいおいぃ……! なんでコイツがこんなとこにいんだよ!」


 リナリアが思わずそう漏らした。事前調査した時こいつは完全な"門番"型のフィールドボスで、自由にうろうろとするタイプのエネミーではなかった。そのあまりに巨大な体躯もそれを支持しているように見えた。


 (おまけにコイツは……ダンジョンの入口を封鎖してたんじゃなかったのかぁ? マジで何してんだ!?)


 口から煙を吐きながら地上を見据えるそれと目が合ったような気がして、じりっと後退る。オスカーが自嘲するように言った。


 「ははっ、これで〈溶岩敏竜ラーヴァ・ラプトル〉たちを追うわけにはいかなくなったね」


 ぎりぃっと忌々しげにクレメンテが歯を食いしばる。ついで自らを落ち着かせるように眼を閉じて息を吸うと、感情を外へ抜き出すようにゆっくりと吐いた。そして、静かな怒りを感じさせる声音で言った。


 「全隊、レイド戦用意……一発で殺るわよ」


 〈ルナティック〉のレイダーたちが覚悟を決めて敵を見上げる。冒険者たちの闘志を受けて、火山はようやく歩みを止めた。


 そして、絶えず鳴動する生きた活火山、≪煉獄鎧竜プルガトリオ・アマルゴ≫は完全にルナティックのレイド部隊を眼下に捉えると、マグマ溜まりのような眼孔から紅炎をほとばしらせ開戦の雄叫びを上げた。

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