電源
ゴドフリーとの折衝から数日、クレメンテの分隊に守られながらようやくシクシエーレに戻ってきた精霊帆船〈シルフィード〉は、夜通しの作業で荷物と冒険者を飲み込んでいた。
もとが交易船として建造された大型帆船だけあって、外から見るより随分と広い空間が〈シルフィード〉には残されている。冒険者に多少ほど改造を加えられた程度でほぼ原型のまま使われている〈シルフィード〉は、生まれて初めて海面にどっぷり沈み込むほどの荷物を飲み込んでいた。
(こんなに蒸し暑くなければなぁ……)
クレメンテがじっとりと濡れる額を片手で拭いながら、どさりとベットに背中から倒れ込んだ。早朝明け方から始まった作業は一段落して、今は食事休憩となっている。
だがクレメンテは食堂にはいかずにまっすぐ自分用の船室へやってきたのだ。この頃はやけに疲労感を感じることが多くなった、と思っている。それに、疲れるとすぐに眠くなる。あまり本気で寝入ってしまうわけには……と頭の片隅で考えながらも、ベッドから起き上がることはできなかった。
とはいえ、荷物の積み込みや搬入確認までやってさすがに空腹を感じている。クレメンテはエナジーバーのような携帯食を取り出すと、ベッドに身を預けたままだらしなく食べ始めた。
そのまま指を振ってウィンドウを呼び出し、自分宛のメッセージを読みながらぼんやりとしていた。
メッセージの内容はこのところ変わり映えのしないラインナップが続いている。担当メンバーから送られる訓練の進捗や予算の使用報告に、クエストの消化率など。やや定型文となりつつある返信を入力しながら、クレメンテはいつもと違うメッセージに気づいた。
ゴドフリーから来たそれは、そっけない文章が二、三行並んでいるだけだった。
(業務を引き継いだ、次回からこっちで処理する――か)
あまり愉快な気分でないことがありありと伝わってくる。それにしても、代わりにやってくれるのは助かるが、いったい誰を連れていくんだろう――そこまで考えてから、クレメンテは頭を振った。
クレメンテは溜め息をついた。エナジーバーの最後の一口を口に入れて飲み込むと、メッセージへの返信を終わらせて本格的にベッドへ身を預けた。考えても仕方ない――そうは思っていても、本当に止めてしまうことは出来なかった。
それから、懺悔するような、言い訳するような気分で、クレメンテは船室の扉へ目を向けた。それはこの頃ずっと頭の中でリバイバルしている光景だった。
扉がギルドホームのものに変わり、ノック音が響く。あれは、官吏どもを追い出して空けさせたシクシエーレ市庁舎をルナティックが買い取り、引越作業があらかた済んだところだった。
最初は誰もよく分かっていなかった。
執務室の扉が開くと、本部から通達を持って戻ってきたオスカーが困り顔で相談を持ちかけてくる。
その通達は、ウェストランデの労役で連れて行かれる法儀族の護送に協力するよう指示していた。つまり徴税の手助けをしてやれということだった。
なぜ冒険者が大地人の徴税などに付き合わねばならないのか?
わざわざ本部が命令してまでやらせて何のメリットがあるのか?
疑問は尽きなかったが、オスカーはこう言った。本部はランデの機嫌取りのために彼らの税収を増やしてやるつもりらしい、と。連中が潤えばこっちの実入りも良くなるし、とにかくやって来い、というのが本部の弁だった。
あまり気分の良い仕事ではないし自分の分隊でやろうと思っている、とオスカーは言いかけた。
それをクレメンテは片手で話を止めさせると、そういうことなら尚更、全員でやるべきだと言った。
止めておけば良かった。
オスカーに任せて、少数の中だけに留めておくべきだった。でもあの時は、そんないやな仕事をメンバーの一部に押し付けるなんてダメだと思って、オスカーに仕事を預けきりにすることはしなかった。
本当に、止めておけば良かった。
午後、夏の日差しが照りつける山道の中、冒険者の一団が馬で駆け上がっていく。彼らは荷馬車を守るように前後を走り、ときたま現れるモンスターは有無を言わせず集中砲火を浴びせて道を空けさせるのが仕事だった。
クレメンテは集団の先頭付近で馬に揺られながら山道を進んでいる。少し前にはリナリアとオスカーが同じく馬を駆けさせていた。
ああ、これは夢なんだ、と唐突に思い当たった。陽射しと蒸し暑さのせいばかりではない、どこかぼんやりとする思考の中でクレメンテは視線を動かした。後ろへ肩越しに振り向いて、そのとき自分たちが運んでいたものを思い出す。
サブ職"御者"を備えた〈ルナティック〉の冒険者が操る荷馬車には、日除けの幌の隙間から疲れた表情の一団が座っている。みすぼらしい外套から覗く横顔に刻まれた、青い紋様。彼らは全員、ナインテイルがヤマト本土に有していた領土から集められた法儀族だった。
「〈スザクモンの鬼祭り〉が終わり切ってねぇってのに、ずいぶん余裕だよな……」
憤りを感じさせる声音でリナリアがつぶやいた。クレメンテが顔を前に戻す。まあね、と取りなすように隣を駆けるオスカーが口を開いた。
「相手は雑魚の大群だから、頭数を揃えれば普通の冒険者でなんとかなるし、実際余裕なんだろう。それに、サイキョウ攻略は大地人が主力。冒険者は支援するだけだから」
そう言って気楽に辺りを眺めるオスカーに、リナリアが不満げな目を向けた。
「お前なぁ……」
「ん? なにさ」
気の抜けた様子でオスカーが振り返る。リナリアはこれ見よがしに大きな溜息を吐いて、逃げるように空を見上げた。クレメンテもちらっと視線を上に向けた。
灰色。
曇天が広がる、青空のない雲で覆われた天気だった。雨が降りそうな気配はないが、せっかく空を見上げたのに気が晴れることはなかった。
「それにしても、首都で騒ぎが起きたのにランデが兵を引く素振りも見せなかったなんて。前から約束でもしてたのかしら」
どこからかクレメンテの声でセリフが再生される。誰ともなく問いかけるような調子だった。クレメンテは半ば当然のようにそれを受け入れつつ、上手く働かない頭で記憶をたどった。
あの時。サイキョウを陥落させたウェストランデの大地人たちにしてみれば、突然首都にモンスターが溢れかえったわけで。
そうなっては侵略どころではないハズだが、ランデ兵団に動揺はなかった。それどころか本部は〈ルナティック〉や〈リリエンタール〉に招集を掛けて、初動の封じ込めをさせたのだ。
基本的に〈ルナティック〉の運営に専念していてミナミや大地人の事情に疎いクレメンテの疑問に、ああ、とオスカーが声を上げて口を開いた。
「なんて言うか、ちょっと前からリナリア達が貴族たちに話をしていたらしいけど、ねぇ?」
オスカーがリナリアを向きながらそう話した。リナリアがにやっとして口を開く。
「でもミナミでぐずってる連中を首尾よく動員できんのか、って思ってたら、黒渦の奴がすでに体勢を整えてスザクモンへ向かってた。都合が良いことだよなぁ?」
リナリアはオスカーのほうへ顔を向けた。オスカーは肩をすくめて答えた。
「僕も知らん。後で大部隊を送ってやるから、時間稼ぎをしておけと放り出されたんだ。そっちは?」
「ぜーんぜんだ。大地人つってもシクシエーレに居る連中ばっかだしな。そーいう裏事情みたいなことは知らねぇ」
リナリアが意味のない鳴き声を出して呻いた。
「裏事情、ね。この人たちも、何かあるのかしら?」
クレメンテがつぶやいた。リナリアが訝し気な声で唸った。
「税金のかわりに法義族へ労役を命ずる、ってねぇ……言っちゃあなんだが、こんなひょろい奴らをイコマにかき集めてなにしようってんだか」
リナリアが悪態を付くようにして言った。クレメンテが少し笑って顔を前に戻した。オスカーは何も言わず、懐から持ってきた軽食を取り出して頬張り始めている。
リナリアにしても、単なる愚痴以上に意味があるわけではなかった。辺りが再び馬と車輪の作る騒音で満たされると、彼らはまだ少し距離があるイコマへの旅路に気を向けなおした。
<ルナティック>と法儀族の一行がイコマへたどり着いたのは、間もなく日も暮れるかといった頃だった。
セルデシア世界のイコマは現実世界とは違って、山そのものに覆いかぶさるように街が広がっている。〈イコマ山岳神殿〉を中心に東西へ伸びる大通りに門前街が広がり、大地人の政治都市らしく大小様々な貴族たちの屋敷がそこかしこに居を構えていた。それに比例して、街のインフラもよく整備されている。
しかしもちろん、何事にも限界はある。街の外れ、山の奥へと押し込められるようにしてできた貧民街がそうだった。各地から労役を課されてイコマへやってきた民衆が、寄り集まるようにしてできた住処。
〈ルナティック〉の一行が進んでいくのも、この貧民街だった。
しかし、幌を掛けられた荷車から降りてきた法義族たちは自分が見た景色に目を見張ることになった。
けっして豪華なつくりではないが、最近になって建てられたばかりだと分かる広い木造の施設。いくつもの重層長屋に加えて大きな食堂があり、敷地の中央には広場が設けられている。
広場に仮住まいの小屋が群れを成しているところをみると、ほとんどは大地人たちによって建設されたらしい。異質な点を挙げるとするなら、敷地にポツンと立っている、それだけは冒険者が造ったらしい小さなビルと、敷地を隙間なく囲む高い塀だった。
戸惑うように辺りを見回している法義族たちに、クレメンテは言った。
「みなさん、長旅ご苦労様でした」
法義族が一斉にクレメンテの方へと振り返った。じりじりとした注目の視線が殺到する。クレメンテはさも落ち着き払ったように話し始めた。
「こちらがランデ政府と〈Plant Hwyaden〉――冒険者が用意した施設です。皆さんにはこちらで、我々とアイテムの開発に協力していただきますわ」
法義族の者たちは皆一様に混乱した様子だった。彼らは皆、故郷から兵士たちに強制され、労役のために連れてこられたとばかり思っていたのだ。
「詳しい話は、中に入ってからにいたしましょう。食堂では食事が用意してあります。皆さんお疲れですからね! 後のことは施設の冒険者が話をしますわ」
最初は固まったように動かない法義族たちも、一緒にやってきた〈ルナティック〉のメンバーが案内を始めるにつれ、希望に満ちた表情で食堂へと進んでいった。背中を見送るクレメンテの後ろから、リナリアが冗談ぽく声をかけた。
「はっ、ずいぶん慣れたもんだなクレメンテ! 最初はあんなにどぎまぎしてたのになぁ?」
「馬鹿言わないで下さい? さ、私たちも用事を終わらせて帰るわよ!」
そういって三人は管理棟へ――敷地の奥に建てられたミニビルの方へと向かっていった。ここに駐留している執行部附きの冒険者へいくらか報告をする必要があったのだ。それが終われば、帰還呪文や飛竜を駆使して最短でシクシエーレへと戻る。これまでと同様、今回もそうなるはずだった。
だがクレメンテが管理棟のドアに手をかけようとした瞬間、近くで怒号が響き渡った。つられて別の人間からの怒号が返る。聞き覚えのある声だった。オスカーが焦ったように走り出した。
「僕が様子を――二人は報告を済ませてくれないか!?」
クレメンテがさっとリナリアの方を向き、お互いにうなずきを返した。クレメンテがオスカーの方へ走り出し、リナリアも後を追うように駆けだした。
「何言ってるのよオスカー! 私たちもいくわ、報告なんかその後よ!」
オスカーはしばらく追いすがる二人を見つめたが、やがて向き直って声の場所へと急いだ。
管理棟のそば、研究棟の外見はまるで古めかしい時代の校舎のようだった。中身にしても、実際の教室のように机と椅子が並べられた部屋や備品が詰め込まれた用具室もある。
ただなんというか、どれも取り繕うようにして置かれた感じがあった。どれもこれも使用した様子がなく、校舎も実験に用いるには手狭すぎるように見える。
(何度かここへ法義族を送り込んでるのに、誰もいないなんて変じゃないかしら?)
クレメンテは屋内を見渡しながらそう思った。それとも、たまたま人がいないだけ? でも熱心に研究しているから沢山の法儀族を送っているんじゃ……。
リナリアも困惑した顔で廊下を走っている。唯一の例外はオスカーだ。オスカーは周囲の状況に目もくれず、怒号の続く職員室へと一直線に向かっていた。
「オスカー、お前ぇこの建物はいったい……」
リナリアがたまらず声を上げた時、オスカーは会話を断ち切るように職員室の扉を勢いよく開いた。
「――ここにいるハズの法義族はどうした! お前の実験に協力しているはずだろう!」
「彼らは皆、今日は休養だと何度も言っただろう! 休み時に何をしてるか調べるほど私は暇ではない!」
職員室の中に居たのは二人の男だった。どちらも当然のように冒険者。あまりに興奮しているのか、オスカーが入ってきたことにも気づいていないらしい。遅れて職員室に入った時、リナリアが驚きの声で怒鳴りあう一人の名を呼んだ。
「カズ彦さん!? なんだってこんなとこに!?」
「――っ!? リナリアか……!?」
「なんだ!? どうしてお前たちがこんなところにいる!? 何の用があってやってきたんだ!?」
カズ彦と怒鳴りあっていた冒険者が、突然の乱入者に我を失ったように問いただした。オスカーが前にでる。ステータスウィンドウで確認してもクレメンテは知らないそのプレイヤーのことを、オスカーは知っているようだ。
「サー・ゼルデュス。どうして、は、我々が知りたいことです。なぜこんなことに……?」
癇癪の波はひとまず収めたものの、ゼルデュスはオスカーの問い掛けを無視した。代わりにカズ彦が口を開いた。
「お前たちは、そうか。法儀族の護送をしてきたところか。ちょうどいい。実を言えば、俺はお前たちを待っていたんだ」
「俺たちを、って、そいつぁどういう……?」
リナリアが合点がいかないという風に答えた。カズ彦たちは場所を移しながら怒鳴りあいを続けてきた。どう好意的にみても人を待っているようではない。
そんな考えを察したのか、カズ彦が顎でゼルデュスを示しながら憤慨する。
「こいつが――ゼルデュスが出てきたからな。それで予定が変わってしまった。が、今はどうでもいい」
「なっ――おい、お前、待て! 何をする気だ!」
突然部屋の奥へと歩き出したカズ彦を、ゼルデュスが慌てて止めようとする。だが遅かった。カズ彦はかぎが掛かっているロッカーの扉を力ずくで破り開けると中のハンガーパイプを掴み、手前へぐいっと引いた。
変化は一瞬だった――ロッカーが上に落ちたかと思うと、床がせりあがり、地下へと続いていく階段が出現したのだった。ゼルデュスは怒りも忘れ、驚愕の眼差しで声を絞り出した。
「馬鹿な、どこでこれを知った……!?」
「さあな、ゼルデュス。お前たちも来い。お前たちが知っておくべきことだ」
そういうとカズ彦は階段を降りて行った。いち早く気を取り直したオスカーがその後に続き、クレメンテとリナリアもそれに倣った。ゼルデュスはしばらく唖然としていたが、頭を振ると静止の言葉を口々に叫びながら階段を走り降りて行った。
カズ彦たちは幅が狭い階段を、ぼんやりとしたマジックライトの照明に頼って降りていく。らせん階段が終わりを迎えると、次はパスワードロックのような装置のある扉が待っていた。カズ彦が前に進み出てコードを入れた。かちりと錠が外れる音が鳴ると、カズ彦は無言で扉を開けた。後ろでゼルデュスが嫌そうに顔を歪めた。
「こいつは……!?」
扉を開けて出た瞬間、リナリアが声を上げた。無理もなかった。そこは工場見学で使う廊下のように壁面がガラス張りになっていた。リナリアはガラスに手をつき、下を見下ろした。
「あれが今、私たちが取り組んでいる電源計画だ」
ゼルデュスがさらりとそう言った。
そこは十数人の科学者風にした冒険者たちと、中枢装置にいくつかの等身大カプセルが接続されたシステムが配置されていた。それらはさらに計器類と思わしきモニターといった設備につながれ、何人か科学者風の冒険者がかじりついていた。
「バッテリー、だってぇ……?」
「そうだ。私たちが試みているのは都市間ゲートの復旧」
ゼルデュスが廊下のガラス面に手をつき、装置を見下ろした。調子を取り戻してきたのか、口元に薄く笑みを湛えている。
「そのためには大量のマナが供給され続ける必要があると分かった。今のところ、本来のマナ供給機構の復旧は、機能停止の原因解明すらできていない。だから代替品を用意する必要があるのだ」
「あれが……代替品だとでも言うのか!?」
カズ彦が吠えた。ゼルデュスは笑みを浮かべた。傲岸な笑みだった。
「そうだ! あれが今、私たちが利用できる最も強力で安定した電源なのだ!」
「あれは……あの中に入ってるのは、人間じゃねぇか……」
リナリアが顔を青ざめさせてガラスからよろよろと後退った。その言葉を聞いてゼルデュスはつまらなそうな顔をした。何度も聞いたといわんばかりだった。
「あれは人間ではない。大地人だ。もとはNPCだった連中だ」
「そんなわけねぇだろ! あいつらはこの世界で確かに生きてんだ! なんで……!」
「ああぁ、そうだな。大地人を——法義族を使うのは賢い手段でないのは確かだ」
ゼルデュスは目をつぶり、とりなすように言った。
「使う必要がないのなら、私も積極的に用いたくはない。考えてもみろ、アレを運用するだけで余計なコストがかさんでいる。この地下実験所も、機密の維持にもな」
「コストだのなんだのって……! だったら――」
「だが現状、大量のマナを安定的に生産できる力はない。できることは、あの実験で得たノウハウを速やかに応用することだ。ほかの無害で実用的なものへとな」
しかしそれは今はまだできない、とゼルデュスは締めくくった。反射的に噛みつこうとしたリナリアを片手で遮り、クレメンテがゼルデュスに質問を投げかけた。
「アレは、どういう仕組みで動いているの? 大地人の法義族がどれだけ束になったところで、都市間ゲートを動かすマナを絞り出すなんて……」
「ああ、もっともな疑問だな。まあ、重要なのはマナは奴等自身から引き出しているのではない、ということだ」
「……? つまり――」
「マナはもっと大きな、大気や地脈に宿っている。マナはそこからくみ上げねばならないが、我々はまだ大気からマナをかき集めたり、地脈のマナにアクセスする技術がない」
ゼルデュスはどこか自慢げな様子で説明し始めた。まるで、難しい話を聞かされてぽかんとしている子供を見て悦に浸るかのように。ゼルデュスは続けた。
「だからこそ、法義族を使う必要があるのだ。彼らはマナとの親和性が高い。法義族の紋を改良し、肉体と紋を通じてマナをかき集める。そしてそれをゲートに供給する」
「あの装置を経由して……」
「そういうことだ! 彼らは触媒となり、マナを集める。彼らはその身をもって現実世界帰還への礎となるのだ!」
「馬鹿な……そんな非道が、許されるハズないだろう!」
カズ彦が装置を指さして声を荒げた。
「案ずるな、彼らのバイタルは常にチェックしている――生命の危険がないことは実証済みだ」
「ふざけんじゃねぇ! 人を電池替わりにしておいて、危険がないから安心しろだとぉ!? そんなことで俺らも法義族も納得できっかよ!」
そこまで聞いたゼルデュスは面白くなさげな顔をして黙った。苛立たし気に顔を傾け、眉間のあたりを右手で強く揉んだ。次の言葉を思案しているかのようにも見えた。
「なるほど……これは困ったな。ふん、仮に非道だとしても、それを咎められる者はこの世界に無い。それに、ゲートが開通すればウェストランデの利便性は大幅に向上する! ナインテイルのプレイヤーや資源を体制に組み込むことができる。そうなればより多くの知性を現実帰還のために結集させられる! それが冒険者にとって最も重要視すべきことだ!」
「お前だって見ただろうが! 彼らの日常を! 言葉を! 大地人はみんな生きていて、現実の人間なんだよ! あいつらと一緒になって現実への道を探す方が何倍もいい! 今すぐ解放しろ!」
「なにを馬鹿なことを……。そんなこと、できるわけがないだろう!」
「いいや、してもらうぞゼルデュス。これが公になればどうなるか、お前にもわかるはずだ」
ゼルデュスは眉間にしわを寄せてリナリアとカズ彦を睨んだ。ぎりぎりと歯ぎしりして、どうこたえるのが最善か言葉を探しているらしい。その間にもリナリアとカズ彦は、ゼルデュスへとにじり寄っていく。
「リナリア……これが〈Plant Hwyaden〉の実情だ。こんなところにお前たちを巻き込んで、すまないと思っている。だが、もはやそうもいっていられなくなった」
「お前たちには実態を目の当たりにして、決めてほしい。こいつらのために"仕事"を続けるのか、俺や壬生狼と一緒にミナミを正すのか」
カズ彦がそう言ってゼルデュスの方を強く睨みつけた。すかさずリナリアが大きな声で言った。
「んなもん、当然! 俺たちはカズ彦さんにつくに決まってるじゃねぇっすか!」
リナリアがカズ彦の隣についてゼルデュスへプレッシャーをかける。クレメンテはその様子を、口を開けてただ見ているしかできなかった。その時、階下の実験室の様子をぼんやりと眺めているだけだったオスカーが、カズ彦のもとへと歩み寄った。
「カズ彦さん」
オスカーがカズ彦の肩を叩いた。その場違いなほど平静な声に、カズ彦が苛立ちながら振り返ったところで――冷や水を浴びせるように肩に置いた手に力を入れた。
「そんなことは、今すぐ。やめてくださいカズ彦さん。ここから出ていくのは貴方ですよ」
「なにを……」
顔をしかめながらカズ彦がオスカーの手を払った。リナリアがカズ彦の側に駆けよる。
「オスカー、お前ぇ、どういうつもりだよ!? 」
「どうも、こうも……。このプロジェクトは、止めない――必要がなくなるまで」
カズ彦が怒りを込めてオスカーを睨みつける。
「お前は、知っていたのか! これを知っていてなお、あの"仕事"をしていたというのか……!」
「知った知らないなんて、もう何の意味もありません……まあ、何がきっかけで現実帰還の手立てが見つかるとも分かりませんから」
「お前、ぬけぬけとよくも……! そのために大地人がどれほど犠牲を――」
「これはインティクスの口添えで始まったんです、カズ彦さん。貴方が止められるんですか? よしんばここを解放したとて――」
厳しい表情のまま、オスカーが口を閉ざした。カズ彦に向けた疑念の眼差しには怒りが混じっている。その表情を見て、カズ彦が驚いたように口ごもった。リナリアも呆気に取られて二人を見守っていることしかできなかった。
オスカーが頭を振った。鼻から大きく息を吐く。それで怒気を体から追い出したようだ。次にカズ彦へ目を向けたとき、そこにはもう何の感慨もなかった。
「それより、カズ彦さんはサイキョウへ行くはずでは? あそこにいる〈ハウリング〉どもの監督をするんでしょう?」
放っておくと大地人(ランダ―)相手に好き勝手しますからね、とオスカーがつぶやくように言った。インティクスを彷彿とさせるような言い方だと、ふとカズ彦の頭によぎった。ギリッと拳を強く握り締める。
(くっ……まさかこれを見てもまだインティクスに着くのか)
リナリア、それにゲーム時代に交流を持った〈ルナティック〉のメンバーたち。彼らなら非道を目の当たりにすれば必ず味方になるハズだと信じていた。〈ルナティック〉と協同して非道な研究を止めさせ、シクシエーレを拠点に勢力を伸ばす。
カズ彦はそれが甘い見通しだったと後悔していた。主だった連中がナインテイルやスザクモンに出払っているタイミングを狙う所は良かったが、こんな状況では法儀族解放どころではない。
「この場は退く……だが、あきらめんぞ」
「すきにするがいいさ」
ゼルデュスが余裕な態度で返した。
カズ彦はゆらりと立ち上がりながら、リナリアへと目配せした。リナリアは驚愕した様子で立ち尽くしていたが、カズ彦の視線に気づくと、信じられないといった風でオスカーを見つめていた。
やがて、カズ彦が帰途に就くために道を引き返し始めると、〈ルナティック〉が足取り重く後を追った。ゼルデュスの勝ち誇るような嘲笑だけが廊下に響き渡っていた。
終わらない嘲笑がやがて、耳朶を打つコール音へと変じる。無理やり覚醒させられたせいでわずかに痛む頭を押さえて、クレメンテは念話の着信をとった。
「はい……もしもし? オスカー」
『クレメンテ? 寝てたの?』
「横になったら眠っちゃったわ。どうしたの?」
通話先で呆れたような沈黙が流れる。クレメンテは何も言わず、体を回して軽くストレッチをしていた。体が緊張していたのか、関節からパキパキと小枝を折ったような音がいくつも響いた。オスカーは嘆息をつくと、気を取り直したようにしゃべり始めた。
『今さっきテオドールとユズリハ達が到着した――つまり、もうすぐ出港だってこと。それなのに貴女いないから!』
オスカーが憤慨して言った。よく耳をすませると、扉のすぐ向こうからも同じ声が聞こえた気がする。クレメンテはのそっとベッドから起き上がると、そのままドアノブに手をかけた。だらっと首を伸ばして外を見ると、壁にもたれて念話していたオスカーがぎょっとした様子でクレメンテを見つめ返した。
「悪かったわ、オスカー。……準備は終わってるのね?」
オスカーが引き気味でああ、と返事をしながらテレフォンのジェスチャーをやめて念話を切った。
「貨物も積載済み、チェックも完了してる――あと、レイド戦用の資材も。そっちは僕とうちの副長で持ち運んでる」
これで良いか、とオスカーが見返してくる。クレメンテはうなずいて言った。
「もちろん、大丈夫よ。では出港しましょう。トクシマへ」