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煉獄の斎場  作者: 長野 智
2/14

祝宴

 〈煉獄禽竜プルガトリオ・オルニソ〉を撃破し、溶岩竜たちが"砦"から中央の山脈地帯へと逃げ散ってから一夜。〈ルナティック〉は"砦"を守るために2分隊を残すと、ガーランドたち大地人部隊とともにトクシマへの帰途へ就いた。


 空が白み始めたばかりだというのに、奪還部隊がトクシマへやってきたときには通りは大勢の大地人が出征した者たちの帰りを待ち構えていた。そして誇らしげな顔で帰還した冒険者やガーランドたちを見るやトクシマの民は一斉に歓声をあげ、街の窮地を救って吉報をもたらした彼らを称えた。

 家の前を通るたびに、親や親戚と思わしき大人や老人たちが涙を流して兵士に抱き着き、生還を喜ぶ。おかげで行進の速度はひどくゆっくりしたものになった。ただ、そうした歓呼の声の裏で、行き先を見つけられずに右往左往している親たちも多くいた。


 「運がよかったな、俺たち」


 喜ぶ両親にもみくちゃにされた後、這う這うの体で隊列に戻ってきたザグレブが言った。嬉しそうな顔をしている。


 「ああ。でももう二度とごめんだね、あんな奴等と戦うなんて」


 ブレントがうなずきながら返した。ブレントは純粋な身体能力が物を言う兵士の仕事にうんざりしていた。


 二人は幸運にも生還できた兵士の中でさらに幸運をつかみとっていた。つまり、五体満足、無傷で帰ってきたということだ。二人は比較的安全な兵舎の屋根に据え付けた弩弓に配置されていたから、下で熔岩竜とつばぜり合いする羽目になった兵士たちよりは生き残ってある意味当然ともいえた。

 だが、それは他の兵士も同じように無事だったということを意味しない。現に、食糧庫の上で同じようにしていた連中は二人ほど幸運ではなかった。彼らは登ってきた地竜――溶岩竜に蹂躙されていた。焼かれ、食われ、爪で切り裂かれる様は鮮明に脳裏にこびりついている。ブレントは彼らの親の顔すら知っている。ブレントが見ていたのも、戦死した者の両親だった。


 当然、敵と直接やりあう大盾部隊では比べ物にならないほどの損害がでていた。打ち所が悪くて骨を折った者が大勢いたし、数匹がかりで突進され、盾と地面の間に挟まれて死んだ者も少なくなかった。唯一、溶岩竜たちと張り合える武士には犠牲者こそ出なかったが、しばらく絶対安静が必要な傷を負った者が多くいた。


 「そういえば、聞いたかザグレブ? 近衛の連中、何人か死んだらしい」


 「聞いたよ。正直、俺はよく生きてたもんだって思ってる。今まで奴等は城で寝てるのかと思ってた」


 「ザグレブ。まあ、気持ちはわかる。とにかく、生きて帰れてよかった」


 うかつな言動をたしなめたブレントは、一転して気の抜けたように伸びをした。疲労で感情の抜けた顔を空に向ける。砦に向かった大地人はおよそ100人。その4割以上が死ぬか、再起不能の傷を負っていた。冒険者がその場にいなければ、砦で命を落とした兵士がもっともっと増えたことだろう。


 「これからどうなるんだろうな」


 ザグレブが話した。ブレントは口に出そうとして、答えを探すように辺りをぼんやり見まわした。


 これからどうなるんだろう? そんなこと、ブレントは分からない。誰も――将軍でさえも、知っているかどうか。


 ブレントは無言のまま隊列の前を見やった。奇跡の立役者、冒険者の一団はいずこへ立ち去るでもなく、凱旋に加わっている。沿道には手を振り返し、駆け寄る人には言葉を掛けている。それは彼らの知る冒険者像とはかけ離れたものだった。


 ブレントがザグレブの疑問に答えを出せずにいる間にも隊列はトクシマの城下町を奥へ進む。誰もが笑顔だ。冒険者でさえも。




 トクシマのささやかな大通りでたっぷりと時間をかけて行われた凱旋も、主役である冒険者やガーランドたちが城や宿舎へと引っ込んでしまうとようやく終いとなった。〈ルナティック〉の冒険者たちは、ガーランドによってトクシマの小高い丘に作られた要塞のような"城"に招き入れられていた。他のメンバーたちが城内で歓待を受ける中、クレメンテたちはガーランド将軍に天守閣へと招待されていた。


 「此度の戦、冒険者殿らの助太刀がなければいささかの勝機も見いだせ得ぬものであった。トクシマの民に代わって礼を言う」


 そこまで言うとガーランドは拳を床につき、仰々しく上体を折った。それに遅れることなく部屋の両側にいた近衛たちも一斉に主の態度に見習った。クレメンテが頭を上げるように言ってしばらくしてから、ガーランドが体を戻した。それを合図にして近衛たちも三人を目の当たりにすることができた。


 冒険者たちの装いは砦で見たときとずいぶん異なっていた。皆一様に隙のないダークスーツを身にまとい、天守の床の上で正座していた。その異質な姿は彼らが超常の存在であることを近衛たちに思い出させ、視線がかち合わないよう反対の壁をじっと見据えさせた。


 冒険者たちにとっての印象はまた違っていた。〈ルナティック〉の元ギルドマスターとしてガーランドと正面から相対して座るクレメンテは年季を重ねたその威武をうけて半ば気圧されていたし、彼の左手に座っていた元サブマスターのリナリアは横目でうかがった近衛たちの彫像のような姿に感嘆していた。同じく元サブマスターのオスカーはわずかに顔を傾けて彼らを見ていた。どこか陰を感じさせる彼らの表情は、いくつか空けられた空白の席にいたであろう者を偲んでいるように思われた。


 「私たちの勝利は、ガーランド将軍とその戦士たちの助力があったからこそです。私たちだけではアレを仕留めきることは難しかったでしょう。礼を言わなければならないのはこちらの方です」


 けっして口だけではない調子でクレメンテが言った。その言葉に、両側にいた近衛たちが感極まったような短い息を漏らした。ガーランド将軍もしばし目を閉じると、やがて口を開いた。


 「その言葉を知れば、戦い散った者たちも浮かばれよう。我々も含め、民たちは冒険者のことをよく知らぬままだったが、此度の一件で貴君らの勇猛さは存分に知れた。ワシらも、目を見張るばかりだ」


 ガーランドは遠くを見るような目で語りだした。


 「ワシらの祖先がこの地に取り残されて幾星霜。古くには古来種の庇護を受け、冒険者に助られつつも、ワシらは領地を守る砦を維持し、民の生き場を作ってきた」


 顔を僅かにゆがめる。


 「じゃがもうそのような小賢しい試みすらできぬようになっておる。あの大噴火以来、ワシは民に信じられぬほどの重税をかけて財を搾り取り、あげくには親から息子をも取り上げてきた……わかるか、冒険者殿。たった数か月の間の話なのだ。まだ半年もたっておらん」 


 こんなことはトクシマの長い歴史でもワシが初めてだ、とガーランドは続けた。口をゆがめてクレメンテを見据える。その苦悩に満ち溢れた面持ちにはあらゆるものへの憤怒が立ち現れていた。


 「口にするだけで末代までの恥になるが、正直に言って我らにはもうこれまでのような営みはできぬ。冒険者殿らが引き上げれば、陣容痩せ衰えた我が武士団とひよっこどもの兵団ではたちまち砦は攻め落とされよう。ワシらや近衛が死ねば、このトクシマを治める者もなくなる」


 ガーランドは表情から感情の色を消した。その眼力で人を意のままにしてきたと思わせるほどの圧力があった。老将軍は苦渋の表情を浮かべてクレメンテに言った。


 「冒険者殿……救われた身の分際で不相応な願いをすること非常に心苦しく思う。だがそれでもワシは貴君らに請わねばならぬ。どうか、フォーランド山脈の奥地へ赴き、そこに巣食う溶岩竜どもの首魁を討ち取ってはくれまいか。その報いに我らがどれほどのことをなしえようかは、見当もつかんが」


 ガーランドはそこまでいうと押し黙り、クレメンテを待った。クレメンテはようやくのことで張りつめていたものが解け、息が吸えるようになったのを感じた。この世に並ぶもののない超常の戦士、冒険者の一人であるクレメンテも、セルデシア世界に迷い込むまではどこにでもいる普通の会社員でしかない。そんなクレメンテにとって、一国一城の主を体現するこの人物の相手は荷が重いと感じる部分があった。それでも、ここにいる冒険者のまとめ役であるという意地を頼りに言葉を放った。


 「もちろん、強敵がいるのなら討伐するのは私たちの役目です。どこにいようと、どれほど強かろうと、最後には必ず討ち滅ぼすでしょう」


 ですが、とクレメンテは続ける。


 「砦の敵以上の存在を相手取るにはまだまだ物資も仲間も、足りないのが現状ですわ。一度、本土へ戻って他の仲間や資材を送らせなければいけません」


 ガーランドが重々しくうなずいた。


 「それでは、討伐を引き受けてくれると言うのかね」


 ガーランド将軍の問いに、クレメンテはあらかじめ用意してあった答えを言った。


 「ええ。砦の奪還に際して本部は私たちに、トクシマ救援に全力を尽くすようにという指示を残しました。準備が整い次第、レイドへと赴きますわ」


 とはいえ今しばらくの猶予をいただきたくありますが、と付け加えてクレメンテはガーランドの返事を待ち構えた。


 もともと、〈ルナティック〉レイド部隊はナインテイル侵攻――ナカス制圧を目的に準備していた部隊だ。そのため持っている物資もサイキョウからナカスへ進撃するために必要十分な程度のアイテムしかない。それもPVPを強く意識したアイテムリストになっていてレイドバトルにはいかにも不適だ。二度に渡る"砦"での戦いを通じて、戦闘の役に立つアイテム類はほぼ使い切ってしまっていた。


 クレメンテの言葉へ鷹揚にうなずいたガーランドはゆっくりと顔を上げ、こう返した。


 「承知した。冒険者に待ち受ける戦いは、砦での争いなど比較にならんのだろう。十全に備えられるが良い。報酬の件については、後ほど詳しく取り決めよう」


 場の雰囲気が変わってきた。そろそろ切り上げる頃のようだ。


 「うむ! 溶岩竜の頭を討って帰還したばかりの冒険者殿らを縛り付けるような真似をしてすまんかった。詫びとはいかんが、今宵は宴じゃ! 貴君らも参加してくれれば、民もみな大いに喜ぼうぞ!」


 天守閣の空気が緩んだ。クレメンテがふっと笑みをこぼした。リナリアが息を吐く。オスカーは窓の外を見やった。彼らより一足早く、〈ルナティック〉の面々が城の者たちに連れられて城下町へと降りていくのが遠目に映った。






 日が沈み、街が暗闇に侵され始めたころ。普段なら街の喧騒が静まりだすのだが、今日だけは違った。太陽の代わりに多くのかがり火がともされ、提灯がいくつも家の軒先につるされた。どこからか太鼓が打ち鳴らされ、街が眠りに落ちるのを引き留めていた。


 トクシマの大通りには炊き出しの屋台や出店が並び、酒瓶を持った大人たちが家から持ち出してきた背の低いちゃぶ台を折り畳み式の腰掛けで囲いこみ、すっかり出来上がっていた。今までは戦に備えるためと、民衆の生活が傾くほどの規模で徴発されて貯め込まれてきた食糧が、城から戦勝祝いとして一気に解放されているのだった。これまで暗い知らせばかりが続いて不満を募らせていたトクシマの民たちも、ようやくの大盤振る舞いに沸き立っていた。ガーランドや近衛たちにとってみれば、いつ暴発するともしれない抑圧された生活に疲れ切っていた民衆の機嫌を取ることができて一息つくような気分だった。


 おかげでガーランドたちも堂々と宴会に加わることができる。彼らは城の近くにある兵士の修練所、その広場に特設の宴会場を作って食事を楽しんでいた。家臣たちに加え、奪還戦に参加した兵士たちまで招かれた盛大なものだ。当然、<ルナティック>の冒険者もそこへ呼ばれている。リナリアは彼の分隊員たちとともに広場の一角で料理に舌鼓を打っていた。


 そうこうしていると、近くの屋台から歓声が上がった。リナリアは食事の手を止めて顔だけでそちらを振り返る。人気の屋台があって、そこに大地人たちが詰めかけているようだ。はっ、とリナリアが笑みを漏らす。大地人が垂涎の眼差しで群がっている屋台の主は、〈ルナティック〉の炊事担当だった。兵士をやっていたと思しき大地人たちが店員として手伝いをしている。人垣をなんとか行列に変えようと奮闘しているのだった。


 そんな状況でも、だれもが冒険者の提供する食事にばかり目を向けていたわけではなかった。むしろ、リナリアたちは代わるがわる挨拶や礼を言いにやってくる兵士とその親類たちと話をしていきつく間もない、と感じるほどだ。そしてまた、リナリアは何組目とも知れない大地人たちを迎えた。


 「このたびの勝利、本当におめでとうございます。我々の今があるのもあなたがたのおかげです」


 杖を手についた老婆がゆっくりとした動作で腰を折った。つられるようにして家族も礼をしてリナリアたちへ感謝を示した。


 「うちの孫が無事に帰ってこれて……本当になんとお礼を申せばよいか」


 杖を持つ手と反対の指で目をぬぐう。いえいえと返しながら、リナリアは老婆の後ろを見た。話にでた孫とは、顔に青い入れ墨を持った線の細い兵士だった。名はザグレブというのだと、リナリアは知った。


 「ザグレブ君は法義族みてぇなんだが、これぁいったい……?」


 その声にああ、と老婆が答えた。


 「この子のおじいさんは島の外から来た法義族の人でねえ。ランデの騎士と一緒にきた学者だったのさ。一緒に来た連中は皆やられちまって、あの人は帰れなくなってここに居ついたんだけど」


 そのせいであたしの孫は法義族なんですよ、と老婆は言った。なるほど、と相槌を打ち、リナリアは同情を表してザグレブに声をかけた。


 「法義族なのに兵士ってな。大変だったろ」


 「い、いいえ、そうでもありません、冒険者殿。俺は皆の後ろを走ったり弩弓に矢を込めたりするばかりで……」


 武士団がどうにもできなかった溶岩竜たちをたやすく打ち破った冒険者と話してあからさまに緊張していたザグレブは、ろくな返事もできないまま恥じ入るように小さく礼をした。


 「そんな卑下すんなよ? 雑用も射撃も、立派な任務だぜ。全部ひっくるめてこそチームが動けんだ」


 あっけにとられたように、ザグレブがリナリアを見つめた。


 「は……はい! ありがとうございます!」


 ザグレブはそう言って、暫く悩んだようにした後で、意を決したように口を開いた。 


 「本当に……ありがとうございます」


 「あん?」


 「俺達と一緒に砦の敵と戦ってくださったことです! 冒険者様達がいたからこそ、俺達は城砦を取り戻せました」


 「はっ、耳にたこができるくれぇ聞いたぜ、そりゃあ。むしろ――」


 ――すぐに来れなくて悪かった、と詫びの言葉を言おうとした時だった。自分が喋ることで頭が一杯になっているザグレブはリナリアに気付かず言った。


 「それに、冒険者様のおかげで僕らの犠牲も少なく済みました!」


 ザグレブが放った一言にリナリアが固まる。頭の中で思考が渦巻いている。


 少ねぇ? 本気か? お前ぇら、半分近くやられちまったのに。


 「冒険者様が力を使ってくださらなければ、砦で息絶えた仲間がもっと大勢いたでしょう」


 違う、俺らはお前ぇらを……盾に……。


 「冒険者様たちと同じ戦場で戦えたことは、僕の誇りです。死んだみんなもきっとそうです」


 その気になりゃ、俺らは大地人を使わなくったってクリアできたハズなんだぞ!!


 リナリアは無意識に顔を伏せた。左腕が顔を隠すように持ち上がり、行き場のない手が髪をいじりだす。それから、口が場を乱さないようにと懸命に取り繕う言葉を編み出していた。


 「あぁ……はっ。いや、なんだ。照れるぜ、んなおだてられっとよ。おめぇのことはもうわかった。ほら、後があんだから、もう行った行った」


 そう言ってぴらぴらと左手を手首で振って追い払う動作をした。ザグレブたちは顔を見合わせて微笑むと、ありがとうございました、と言って立ち上がった。

 立ち去ろうとする気配が伝わって、リナリアは息をつく。表にでた憤怒の表情も、握り締めた拳も、見られなくて良かった。


 「ん……? あれ、ブレント?」


 「あ?」


 安心したのも束の間、ザグレブがあげた声にリナリアが顔を上げる。ザグレブは遠くに視線を向けたままじっと見つめている。なんだ、と怪訝な様子で振り向き――今度はリナリアも驚きに固まった。


 「――そうか、ありがとうブレント。色々案内してくれて」


 「そんな! これくらいお安い御用です、オスカーさん! 俺の方こそいろんな話を聞かせていただいて……」


 「うん。またよろしくね」


 そこでは、オスカーが兵士らしい大地人と談笑しながら広場へ歩いてくるところだった。あいつ、クレメンテと一緒にガーランド将軍と同じ席を囲ってるんじゃなかったのかと憤慨してから、そういえば街に散らばった〈ルナティック〉のメンバーたちを見て回ると言っていたか、と思い直した。

 やや遠くにいるオスカーたちはこちらに気づかず、そのまま手を振って別れようとしていた。その時、二人が離れたのを見てザグレブが大声で呼びかけた。


 「ブレント! 何やってるんだ!?」


 「ん? おお、ザグレブ!」


 ブレントが気づき、よほど興奮しているのか一直線にブレントの方まで駆け寄ってきた。


 「お、おおい。どうしたんだよ、いったい! 案内してたのか?」


 「そうなんだよ! 前の場所で別れてから、オスカーさんが歩いてるところで偶然会ってな。話をしながらトクシマの街を案内してたんだ」


 他の冒険者様にも大勢会ったぜ、と自慢するように言って胸を張った。ザグレブは若干気圧されそうになりながら友人を見ていたが、その時、二人の会話でリナリアたちに気が付いたオスカーが話しかけてきた。


 「やっ! 君がザグレブ君か?」


 「えっ!? なんで……」


 オスカーは笑顔でブレントを指差した。一方のブレントはにんまりとしている。


 「ブレント、お前なあ……」


 「まぁまぁ。僕が聞いたんだよ、ザグレブ君。魔導士を目指してたんだって?」


 思わぬ問いかけに、ザグレブが恥じらったように頭を掻いた。


 「い……いや、そんな。冒険者様のような立派なもんじゃないですけど……」


 「ん? 別にいいじゃないか、それでも。できることをやって、できないことは誰かに任せればいい。大事なのはどれだけ昔の自分と変わったかだよ」


 オスカーがそう言って、ザグレブを見た。ザグレブもその顔を見やる。少し背の高いオスカーの表情は、何かとっておきを隠しているかのようだった。ザグレブがぽかんとしていると、オスカーは話し出した。


 「実はね、これからガーランド将軍の所に行くんだけれど。武士団が壊滅してしまっただろう? それではやっぱり困るから、戦力を再建する必要があると思って」


 「その中心に魔導士を置くらしいんだ、ザグレブ!!」


 ブレントがとうとう堪えきれずにそう言った。ああ、とザグレブは合点がいった。つまりこれからはフィジカルで勝負せずに済み、得意な魔法の力を伸ばせると知って喜んでるわけか。


 「ま、そういうことだよ! 少し先にはなるだろうけどね。明日から僕らはみんな忙しくなる」


 「そうなんですか?」


 「ああ! 僕とクレメンテは準備を整えるためにヤマト本土へ戻る。それから、リナリアはフォーランドの奥地へ行く。偵察のためにね」


 えっ、と驚いた表情でブレントとザグレブがリナリアの方を振り向いた。ザグレブがあんぐりとした表情で尋ねる。


 「ほ……本当ですか?」


 「おう。マジだ」

 

 リナリアの返事にザグレブは本当に呆気にとられた。今日、砦を背圧したばかりで、もう次の戦いに取り掛かるなんて。そう思っていると、今まで黙って様子を見ていたザグレブの祖母がやあやあと声を上げて話に割って入った。


 「そんな大仕事を控えた冒険者様に甘えていつまでも話してちゃあいけないねぇ。では、冒険者様がた。本当にありがとうございました」


 そう言って深々と腰を折った。慌ててザグレブとブレントも倣って礼をする。オスカーもお辞儀を返し、リナリアは座ったまま頭をがっと下げて礼を示した。そうしてザグレブたちは名残惜し気にしつつも、やがて人混みの中へと去っていった。


 オスカーとリナリアはその背中を見送って、オスカーは小さく振っていた手をスッと下した。リナリアはオスカーの背中をちらりと見て言った。


 「おめぇ、なんのつもりだよ」


 「んん? ……いや。あぁ、ま、なんていうか」


 オスカーがリナリアのテーブルに浅く腰がけて両手をついた。体重をかけるたびにぎぎぎっ、と苦し気にテーブルの木がうなる。オスカーはそれを歯牙にもかけず夜空へ目を向けていた。


 「嘘じゃないし、案内。必要だったから」


 「別にギルメンはマップでどこにいんのかは分かるだろうが。どういう風の吹き回しなんだってんだよ」


 「んー? んん……」


 オスカーが苦しい様子で唸って返事をした。そのまま考えこむようにして夜空を見続ける。しばらくしてから溜息をつき、答えた。


 「僕だって、街のことは知りたいし、誰かに教えてもらえれば楽しい。それだけだよ」


 「はっ。大地人のことなんてどうでもいいと思ってんのにか?」


 「もちろん、どうでもいいけれど……〈ルナティックみんな〉に比べたら、さ」


 オスカーが勢いをつけてテーブルから降り、ひときわ大きな軋みを立ててテーブルが解放を喜びを表した。オスカーが歩み去ろうとしたところで、リナリアが声をかけた。


 「おめぇ、変わったよな」


 オスカーが振り向いた。無表情に、少し口をぽかんとさせて、二の句を考えているようだった。

 やがて、疲れたように顔をむき直すと、ぼそりといった。


 「別に……変わってない。見えてなかったんじゃないか?」


 そう言い残すと、オスカーはリナリアから離れていった。リナリアは一瞥しただけで立ち上がると、食事を貰いに屋台の方へと足を向けた。

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