来寇
〈ルナティック〉レイド部隊が≪煉獄鎧竜(プルガトリオ・アマルゴ)≫を撃破してから十数日。照りつける夏の日差しが頭上で輝いているのを前進で感じつつ、テオドールとユズリハたちはトクシマ郊外の海岸にやってきていた。
とは言っても、楽しい用事のためではない。二人の分隊の冒険者に加え、武士団所属の大地人たちも荷馬車を引き連れて待機している。
そこで、水平線の方へ目を向けていたテオドールが何かを見つけて叫んだ。
「船が来た! 〈シルフィード〉だ、あっちの海に」
「時間通り、ね。何事もなかったか」
ユズリハがテオドールの指先を追って息を吐いた。今日はトクシマ向け支援物資の定期便がやってくる日なのだった。初回こそフルレイド規模の冒険者が乗り込んでいたが、通常運行では護衛に乗り込むのは一個分隊だけ。戦力的に言えばそれでも問題は無いが、こまごまとしたトラブルは起きるものだ。
ふっとユズリハが思わず笑いを漏らした。そのこまごましたトラブルの最たるものが、そのレイド部隊が原因だったのを思い出したのだ。
(フォーランド奥地に行ったはずの冒険者が、海からまたひょっこり戻ってきたんじゃ、そりゃあね)
〈シルフィード〉の来航にどよめく大地人の声を背中に聞きながら、ユズリハはそのときの情景を思い出していた。
その日の訓練を終わらせ、トクシマに戻ったユズリハに連絡が入ったのが日暮れ頃。予定にないトクシマへの寄港を聞かされて泊地に停泊した〈シルフィード〉へと出てみれば、〈ルナティック〉レイド部隊の面々がやけにぐったりとして船室に寝かされていたのだ。
「前にオスカーたちが運ばれてきたときは、何事かと思ったけどね」
「うん? ああ、僕もぎょっとしたよ。てっきり返り討ちにあったのかと思った」
テオドールが一拍遅れで首肯する。よほど手酷くやられたのか、こういうときに部隊を仕切っているハズのオスカーまで寝室でずっと横になっていたのだ。いつも柔和な表情をしているレイドの盾、守護戦士のアドラすら体調が思わしくないのか、気分が悪そうに顔をしかめていた。
結局、到着した次の日も彼らは〈シルフィード〉の船内で休養を取っていた。もちろん、大神殿から復活を果たした彼らの肉体は健康そのものだ。不調の原因は多分に精神的なものだったから、さらにその翌日には起きて動き回れる程度には立ち直っていた。
そして、その時になってようやく彼らとトクシマの民は≪煉獄鎧竜(プルガトリオ・アマルゴ)≫撃破の事実を知ったのであった。
「まったく、ね。最初リナリアたちがレイドを突破したって言われても信じなかったけど」
ユズリハが言った。テオドールがひきつったように笑う。あの時、念話から聞こえるリナリアの声に、言葉も出ずに口を開けたまま聞いていたユズリハの表情には不信がありありと浮き出ていたのだ。
「今はダンジョン攻略も順調そうでなにより。フォーランドの仕事も、折り返しを過ぎてきたんじゃない?」
「ああ……そうだね。次のボスを見つけるのも、時間の問題だと思う」
テオドールが緊張したように身を固くしながらユズリハに同意した。フォーランドのレイド攻略達成は、そのままテオドールにとってのタイムリミットを意味する。
(決行の日がいよいよ近付いてきたんだ……彼らを、連れ出す)
テオドールにとって嫌なところは、それが何時になるかはっきりと分からないことだ。おおよそ2週間後だろうと目算は立てているが、日付が分からないのは心許ない。いつでも実行できるよう万全の態勢で待っていなければいけない。
(それなのに、法儀族の説得だって芳しくない)
テオドールは顔を曇らせ、後少しで溜め息を吐きそうになった。驚き、戸惑いつつも疑うような顔つきの法儀族が脳裏に蘇る。考えてみれば当然だった。
ヤマト本土、いやウェストランデ領内の法儀族ならともかく、このトクシマで法儀族が冒険者を疑うなんて有り得ない。なんといっても彼らは救国の英雄たち、表向き、彼らの行動はすべて善性のものだ。
だが、水面下では暗い思惑が手を伸ばしている。行きの〈シルフィード〉で見せられたとおりだった。救済と引き換えの生贄。クレメンテははっきり言った。ガーランドと話は付けてある、と。
(トクシマで唯一、確実に冒険者の闇を知っている人だ。そんな人が証言してくれたなら、法儀族の人達も考えを変えてくれるかもしれない……)
だがテオドールはガーランドに言い出せずにいる。清濁併せ呑んだ末に〈Plant Hwyaden〉の要求を受け入れた老練な武人に向かって、なんと言葉を投げ掛ければその慈悲を引き出すことができるというのだろう!
苦し紛れに口触りのよい綺麗事を叫んでいたのでは、ユズリハ達に告げ口されるのがオチだ。
ガーランドはこれまで戦いの大地たるフォーランドで民を生きながらえさせてきた。時には町の男たちを、ある時は自らを最前線に立たせることによって、それは果たされてきた。
今更、法儀族が数人それに加わったぐらいで躊躇うだろうか?
「早いところ終わらせて、シクシエーレでゆっくりしたいわ……あ、来たね」
ぼやきを漏らすユズリハが何かに気づいた。つられてテオドールも顔を上げる。一隻の舟が、見ようによっては溺れそうなほどの荷物を積んで海を漕いでいる。
「おぉーい、ユズ! 麗しの配達人が海を越えてやってきたッスよ!」
舳先に足をかけてぶんぶんと手を振る赤毛の冒険者に呼ばれて、やれやれといった様子で小さく手を振った。〈シルフィード〉から降ろされた艦載艇に乗って、朱鳥がニコニコと岸辺に向かっていた。
「まったく……ひっくり返らないでよね」
呆れた風にユズリハが誰にともなく呟いた。テオドールがチラッと横目でユズリハを見た。そんなポーズとは裏腹に、ユズリハの目元は心配そうな色がでている。
無理もない、とテオドールは思った。アマルゴ戦で神殿送りになったオスカーたちを見て以来、朱鳥は人が変わったようにクエストをこなしている。今回の〈シルフィード〉護衛もその一つだ。
その心境の変化をどうとらえるべきか、〈ルナティック〉の誰もが決めあぐねている。だが、朱鳥の申し出を断ったりはしなかった。
「なにせ人手不足だからね、って?」
テオドールがからかうようにユズリハへささやいた。ユズリハは少し驚くと、鼻でふっと笑ってテオドールの足を蹴った。
「ちょっと、なに遊んでるんスか? 早く船の引き揚げを手伝えッス!」
いつの間にか浜まで来ていた朱鳥が、舳先を引っ張りながら背中で抗議の声を上げる。冗談交じりに不平を漏らしながら、ユズリハとテオドールは舟の左右へと歩み寄った。
一方その様子を見守る大地人たちは、気後れしているのか、それとも邪魔になると思っているのか、互いに顔を見合わせたまま動かなかった。
或いは、朱鳥の背負うその巨大な得物に気圧されていたのかもしれない。
〈ルナティック〉最強の攻撃型守護戦士たる朱鳥が持つ大剣〈暴食竜の顎〉は、朱鳥の溌剌とした笑顔に似合わぬ凶悪さを持っている。剣の素材にされたモンスターの牙が剣の背から奇形のように生え出し、斬り裂かれた獲物を味わう時を待っているという触れ込みの魔剣だった。
大地人たちはもちろんそんなこと知る由もないが、彼らは〈暴食竜の顎〉の放つプレッシャーに竦んでいたのだった。もっとも、彼らがそれを自覚する必要は無かった。浜に艦載艇を引っ張り上げた朱鳥がお前たちも見てないで働けッス、と矛先を向けてきたからだ。
「さあきりきり運べッス! アイテム化できなかった荷物がまだたくさんあるんスからね!」
「くっ……人使いが荒いよ、朱鳥ってば」
「活躍してると思った方が精神衛生的に良いわよ……はぁ」
冒険者たちが舟艇に積まれた樽や荷箱を次々と荷車に移し替え、武士団員たちが馬を走らせてトクシマへと疾走していく。どれくらいあるんだ、とテオドールが海上へ目を移した。先ほど海を押し返した艦載艇とすれ違うように、新たな舟が荷物をあっぷあっぷに積んでのろのろと近づいている。その奥にも、〈シルフィード〉から降ろした荷物を海上で受け取る新たな舟の姿が見えた。
よそ見はするなッス、と朱鳥の一喝が耳朶を打った。テオドールは逃避するように顔をそらした。今日中に砦へ補給しに行かなければならないことを思い出していた。できれば早く終わりますようにと願って、考えるのをやめた。
「クソ暑いな、ああ! 茹だる!」
コートを右手でバタバタとさせながらリナリアが叫んだ。ただ、そうやって衣服の中の熱気を追い出しても、入れ替わりでやってくる空気が溶岩洞でたっぷり熱せられた暑気となれば報われることはなかったが。気分的には着衣でサウナに突っ込んでいるみたいだった。
「うるさいぞ、リナリア。全身鎧の僕の前で大声出すな、扇ぐな、涼むな。フラストレーション溜まる」
オスカーがしかめっ面で苦言を呈した。完全装備のオスカーは暑さへ抗うことを諦め、汗が流れるままに放置している。加えて、重装備のオスカーは肩に仲間の冒険者を一人担いでいる。
「ああ? 勝手に溜めとけよ、んなもん……ていうか、鎧脱いどけば済むだろ」
「無茶言うな……なら、こいつを担ぐの代わってくれ。鎧が熱くて、ハルトマンが焼肉になる」
ん、とオスカーが右肩で担いだ召喚術師を半身で前に出してリナリアの方へ差し出す。ハルトマンと呼ばれた彼は目を閉じて完全に脱力し、オスカーたちのやり取りも無視したように眠っている。
げんなりとした表情をしたリナリアは、ちょっとした時間稼ぎのつもりで口を開いた。
「お前の分隊だろ、偵察してるメンバーをちゃんと労わってやれよ」
「現在進行形で労わってるよ、もちろん。〈幻獣憑依〉で迷路の先を偵察して、火の中を泳ぎ、時にはハイド中のモンスターに襲われるコイツを鎧で炙りながら運んでるじゃないか」
「こき使ってんな」
「活躍してると言った方が健康的だぞ」
オスカーの反論を聞き流しながら、仕方なくリナリアが腕を伸ばしたその時だった。ぷはっ、と言って顔と足を跳ねさせて、召喚術師が目を覚ました。突然の覚醒にも慣れた様子のオスカーは、右肩に担がれたハルトマンに向けて尋ねた。
「おっ……どうした? また殺られて戻されたのか?」
「違います! 後、またってやめてください! 妙なのを見たので戻ってきたんですぅ!」
「怒んないでよ、しょうがないじゃん。今まで9割がた敵モンスターにぶっ倒されて戻るそっちが悪いよ」
「リーダーがボクでハイディング暴きをさせるからでしょぉ!?」
ハルトマンが肩の上で騒ぎたてて抗議した。ハイディング暴きとは、壁面や地面に化石のフリをして潜んでいる溶岩竜がいるかどうか通路を歩いて確かめることだ。このダンジョンではポピュラーな出現方法なので、何度もレイドの真ん中で不意打ちを食らうよりはハルトマンが何度も犠牲になってくれた方がマシなのだった。
「なあ、それよりなに見つけたってんだ?」
「それ……より?」
オスカーへの抗議の声を無視して、リナリアが割り込んで言った。愕然としたハルトマンは渋々といった感じで頭を切り替え、リナリアの問いに答えた。
「はぁ……。この先に、ボス部屋があったんです。行き止まりの広い空間で、間違いないです」
「おお、やったね。これでようやくレイド攻略本番だ」
「これまで散々っぱら手間かけさせられたからなぁ、この洞窟にはよ! 解放の兆しが見えたぜ」
二人が揃って安堵の息をつくなか、ハルトマンがどこか言いにくそうに顔を曇らせていた。
「どうした、ハルト?」
「その、ボス部屋なんですけど……何か、妙なんです」
ハルトマンの言葉と同時に、二人の足が止まった。傍らにはハルトマンが置いてきた幻獣が岩の上に立ち、奥の方に視線を据えていた。オスカーたちの存在に気付いたのかちらっとレイド部隊の方を見やるが、また視線を奥へと戻した。怪訝になり思いながら、リナリアとオスカーもその視線を追って顔を動かす。
最初は違和感の正体に気づかなかった。
そこは巨大な空洞だった。《煉獄の斎場》の奥深く、巨大なマグマだまりを抜けていった先にある、天井から壁、底にいたるまで流動する溶岩に包まれた球状の大きな空間。中央にはコロシアムの役割を果たすらしい広い足場が用意されている。
〈ルナティック〉レイド部隊は警戒しつつ、中央のコロシアムへ入場した。同時に分隊ごとに駆けだして位置につき、フルレイド隊形を展開する。
「な、なんだ……!? どうなってんだ!?」
位置についてから辺りの様子を窺っていたリナリアが驚愕の叫びをあげた。徐々に状況が伝わるにつれてレイド全体に動揺が広がった。
レイド部隊がコロシアムに突入して、隊形に広がった。辺りを警戒し、見回す。それなりに時間が経っている。それでも、なにも起こらなかった。それは十分に異常なことだった。
中央には意味深な、噴き上げる炎を纏った巨大な卵のような外見をした溶岩のオブジェが鎮座している。人間とは比較にならないほど大きい。道と足場があることからしても、ここがボス部屋で間違いなかった。そのハズなのだが——。
「なにも、いない?」
オスカーがオブジェを見て愕然としていた。オスカーだけでなく、他のレイダーたちもそうだった。この部屋に侵入した直後こそ、ボスの出現を警戒してマグマだまりの底や壁や天井に這った溶岩流を注視していたものの、中央のフィールドに展開してもなお姿を見せないことで疑念は混乱へと変わっていた。
陣形を乱し、うかつとしか言えないほど狼狽した様子で調べられる場所をすべて——それこそ、召喚獣に《幻獣憑依》してマグマプールの中まで――調べ上げたにも関わらず、イベントのトリガーを引いた様子はない。このボス部屋は侵入者に対して何の反応も示さないどころか、すでに"無人"であるようだった。
「このオブジェ……本来は、ここに"なにか"居たのね。今はもう、器しか残ってないみたいだけど」
クレメンテが苦々しく言った。その理由は“オブジェ”が今どうなっているかを見れば明らかだった。
その彫刻は砕け散っていた。辺りに散乱している、曲面を持ったなめらかな岩の破片からして、それが元は卵の殻であったらしい。
破片の飛び方から見て、殻が内側から破られたことは間違いないようだ。卵を守る腕のように伸びていたらしい炎を象ったアーチは、卵から出てきた存在のせいで半ばから折れ、地面に溶けるようにして突き刺さっている。それらは役目を終えたためか、力を失ったように冷え込み、火山岩の塊として無意味にたたずんでいる。
クレメンテが悩むそばで、地面にしゃがんでいたオスカーが思案するようにつぶやいた。
「これは……誰かが倒したのか? 僕たちよりも、前に」
「ありえないわよ……私たち以外の誰がそんなことできるっていうの? ミナミのレイド部隊は軒並みナカス攻めに送られてるし、ナカスのレイドギルドには監視がついてる。どっちも、ビッグブリッジで遊んでるって話じゃない」
「それにここの入口はアマルゴが塞いでた……少なくとも、俺が偵察に来たときは。タイミングよく入ったかもしんねぇが、いうて2、3日だろ。さすがに他の連中がいりゃあ分かる」
だよな、とオスカーがつぶやいた。オスカーが二人の方を振り返り、口を開いた
「なら、逃げたのか? ……脱出した?」
「どこかへ行ったみたいね……まだこのダンジョンにいるのか、それとも外にうろついているのか」
「そんなバカな……! レイドボスがうろちょろとしてるわけがねぇ! それにこのダンジョンは全部探索済みのハズだ。この――」
リナリアは憎々しげに卵のオブジェを蹴り込んだ。ぱらぱらと、細かく砕けた岩が床へ落ちる。
「卵の大きさからして、アマルゴ程じゃないにせよ相当な巨体だ。動いていたら気づくだろうし、そもそも溶岩洞を進むにはダンジョンギミックがある。ありえねえ」
リナリアはきっと二人の方を睨むように見た。オスカーが顎の先に軽く握った右手を当てて、難しい顔で思案を続けている。クレメンテが把握している事実を振り返ろうとと口を開いた。
「ここのレイドボスについて特徴を聞いたりはした?」
「聞いてねぇ。トクシマで聞けんのは大噴火以降のことばっかりだ。古いことは誰もろくに知らん」
「同じく。以前、ジェレド・ガンへ問い合わせたことがあるけど……フォーランドの歴史を話してくるぐらいだった。リアルにいたとき設定集で知れた以上の事は、どうにも」
沈黙。事前情報ではこんな事態は予期できなかったということだ。クレメンテが再び口を開く。
「じゃあここから脱出するとして、どんなことが考えられる?」
「あぁ? あー、抜け道があるのかもしんねぇな。初見じゃ絶対に見つけらんねぇみたいな」
「分裂して目立たずに外へ出たか……。あ、最初っからここにはいなかったのかもしれない。オルニソみたいに、あらかじめ外にいたかも」
沈黙が訪れた。推測を立ててもどれが正しいのか確かめるすべがないと気づいたのだ。オスカーが立ち上がりながら、なにか引いてないトリガーがあるのかもしれない、とつぶやいた。あまり信じていなさそうな声色だった。
「とにかく、ここにいてもしょうがない。ここは一旦退いて、調べ直すしか――」
ないんじゃないのかな、と言いかけて手を耳にあてた。右手を念話の仕草に変えて返事をする。
「どうした、ユズリハ? そっちから掛けてくるのは珍し、いっ……!?」
オスカーが絶句して念話の声に耳を澄ませている。クレメンテがどうしたのか尋ねようとしたとき、レイド部隊から驚愕の叫びが上がった。
「な、なんだぁ!?」
「出入り口にっ……!」
クレメンテが叫びながら振り返った。〈ルナティック〉の全員が注目する。
それは、先ほど通ってきたばかりの通路だった。レイドダンジョンに生息している強力なモンスターと戦えるような場所なので、通路とはいえ案外広いつくりをしている。
そんな場所を埋め尽くすほどの〈溶岩敏竜〉が、炎に染まった眼孔を煌めかせてレイド部隊の方を見つめていた。いったいどれほどいるのか想像もつかないほど大量の溶岩竜が互いにひしめき合い、声もなく様子を窺っている。
「いつの間に居やがった、あんな奴等!」
「くっ……第四分隊、転進して! オスカー! その間、貴方が前に出て! ……オスカー!?」
クレメンテの指示にも関わらず、オスカーの反応がない。しびれを切らして振り返ると、オスカーが深刻そうな顔をして念話の仕草にした右手を顔から放すところだった。
「どうしたの!? 早く位置に」
「砦の方で、レイドボスが現れたらしい」
妙に落ち着いたオスカーの声が、やけにはっきりと辺りに響いた。なおも入口付近に陣取って睨み合いの姿勢を保つ溶岩竜の群れを見据えながら、クレメンテの隣までやってきたオスカーが言った。
「アムンゼンたちが戦ってる。砦に補給で向かってたユズリハたちも合流しているらしい」
「なんてこと……! 戦況は!?」
「とりあえずトクシマまで退くつもりらしい。だけど、戦いはもう砦だけに収まってない。トクシマも戦いになる」
「そうなったら法義族が……」
「クソが。早いとこ戻んねぇと」
「ああ、だけど……」
オスカーが溶岩竜たちを睨む。
「普通に倒していたら小一時間はかかる。それにダンジョンを抜けて、トクシマまで戻るとなると」
「何時間かかるんだ! 死に戻りで戻れねぇのか!?」
「どうかな。脱出アイテムは効かないし、ミナミの神殿から飛んでも時間はかかる。それに……」
「仮に死んでも、またここに戻される可能性が高い、わね。試してもいいけど」
クレメンテがチラリと出入口の方へと視線を投げつける。熔岩竜たちは、じりじりと隊列を――何十横隊もあるそれを維持したまま進んでくる。リナリアがわざとらしい大きな溜息を吐いた。背負っていた〈ニブルヘイム〉を手に構える。
「前途多難ね。ダンジョンの通路も、トクシマへの帰り道も、こんな調子なら……」
「ともかく俺達は正面の奴からぶっ倒して、どうにかこっから抜け出すしかねぇよ! 行くぞ!」




