奪還
山道に軍靴と車輪がせわしなく大地を踏みつける音が鳴り響いていく。斜面を全速力で駆け上がる彼らの息は上がり、身の丈ほどもある背嚢を背負う姿は今にも潰れてしまいそうなほど弱々しい。おまけに周囲には倒しても続々と顔を出すモンスターたち。
しかしその目は熱狂に燃えており、行進を止めるそぶりはない。視線はただまっすぐに頂上へとむけられ、手は固く武器を握りしめている。
彼らフォーランド棄民の末裔たち、その細々とした生き残りであるトクシマ大地人は、故郷を守る砦を奪回するため決死の戦いに赴いているのだった。
「うああああああぁぁあぁっ!」
「やかましいぞ小僧! 貴様のへまで将軍の人畜が死んだらどうする!?」
自分を殺そうとするモンスターたちのすぐそばを走り抜ける重圧に耐え切れず、叫びだした兵士へ鬼のような形相をした上官が叱責する。泣きそうな表情で必死に隊列に食らいつこうとするその兵士、ザグレブは今日だけで何度目かの後悔をしていた。
不揃いに伸びた短髪から覗く顔には大きな青い入れ墨のような紋様が走っている。そう、ザグレブは大地人の中では珍しい法義族なのだった。つまり人より体力がなく、本来は兵士になど向いていない。
もちろん、そんなことは本人も百も承知で、元は文官や魔法使いを目指している普通の青年だった。
だが街の守りを担っていたトクシマ武士団の壊滅と砦の陥落によって、ザグレブの生活はすべて変化してしまった。トクシマの街では、戦える者は根こそぎかき集められ、簡単な訓練と粗雑な武具を渡されて"外"へと送り込まれている。そうでもしなければザグレブが文官や魔導士として活躍すべき場所がトクシマの街とともに消え去ってしまうからだった。
「大丈夫か、ザグレブ!? もうすこしで頂上に着くぞ!」
隣で一緒に駆けている兵士のブレントが激励を飛ばす。ザグレブは声も出せずにがくがくと頭を振ってこたえた。同じような青い線を理知的な顔につけたブレントはザグレブに同情しつつ、厳しい目であたりを見た。
彼ら二人のいる部隊は荷馬車をモンスターから守る護衛隊で、奪還部隊の最後のほうにいた。後ろにはトクシマ武士団最後の生き残りが、そして前にはトクシマに君臨する将軍ガーランドとその近衛たちが荷馬車隊を守るように進んでいる。トクシマに残った戦力をほとんどすべてかき集めてきた格好だ。
「それに見ろ、ザグレブ! 俺たちには冒険者様が着いてる! とにかく言いつけ通り走るんだ!」
「ああ……分かって、る……!」
喘ぎながらなんとかそう返したザグレブの視界の隅に、突然小さな稲妻が迸るのが見えた。一瞬そちらへ顔を向けると、槍使いの冒険者が稲光の跡を残して横合いからモンスターを串刺しにしているのが見えた。それが倒れるのも見届けぬまま、すぐに次の敵へ突撃していく。
(この戦いでトクシマの命運が分かれるんだ……。しくじればあとはない)
暗い気持ちになりながらザグレブは思った。この近くだけでも十数人、隊の先頭には二十人以上の冒険者がいる。ザグレブは思い出していた。確かそう、何か呪いか結界のようなものがあって、山道の頂上に築かれた砦に冒険者全員は入れないという。それがザグレブには不安だった。
つまり、これだけの数がいるモンスター相手にするのに、冒険者だけでは手が足りない。
この砦は島の中央からやってくるモンスターの流れを堰き止める役割を持っている。砦が奪われたままでは、次に襲来にあうのは故郷トクシマそのものだ。
「だからって、武士団も手に負えないモンスター相手になにができるんだよ……!」
「ザグレブ……!」
「だって……」
「ここまで来たんだ、やるしかない! あれだけ苦労して呼んだ冒険者様だ、きっと何とかしてくれる!」
ブレントはもう聞きたくないという風に大声でまくしたてるようにして二の句を遮った。ザグレブはその横顔を唇を噛むようにしながら見ている。
幾月か前、フォーランド山脈が起こした大噴火。その溶岩の中から現れた燃える地竜のモンスターたち。精鋭たる武士団が瞬く間に打ち倒すほどの敵、立ち向かうはずの冒険者は一向に現れない。
武士団壊滅によって反撃の策もなく、とうとう運に任せて何隻もの船を救援を呼びに送り出し続ける以外になくなった。その内の誰かがフォーランドの魔の海を乗り切れると信じて。
そうした苦労の末に、冒険者が駆る飛竜の背に乗って使者が帰ってきたのがほんの半月前のこと。続けて冒険者たちが大船に乗ってやってきた。そして、砦を強襲したその冒険者の騎士団が攻めきれずに戻ってきたのが数日前。
この戦いはみんなの希望を背負った一戦なのだ。
だけど、とブレントは考えた。
もしこの戦いで負けたらーーいや、その時は滅ぶだけか。うん。もし勝ったとしても。その後は、どうなるのだろう? 大地人だけではもうやっていけないことは分かり切っている。だが冒険者はひとところに留まってくれるような存在ではない。それに、故郷は冒険者にどんなものを礼として差し出すのだろう?
ブレントには分からなかった。やがて隊列が頂上に近づいたことを告げる声があがると、そんな思考の余裕もなくなっていった。
山頂に築かれた砦は控えめに言ってもひどいものだった。兵舎はところどころ崩れ落ち、食糧庫は地竜によって食い荒らされている。砦の門は門扉が引きちぎられたかのように消し飛び、壁が砕けていた。
最後の被害に関しては冒険者がやったのだ、と半ば憤慨するような気持ちを抱いたガーランドだったが、すぐに思い直した。ここまで大地人部隊が無傷で来れたのは、冒険者たちが先頭を行ってその暴力的なまでに凄まじい力でもって燃える地竜どもを蹴散らし続けていたからだ。
だが今からは我々も奴等と対峙しなければならない。
ガーランドは駆ける足をそのままに、肩越しに背後を振り返った。彼の周りを守る近衛、それからわずかに残る生き残りの武士団。そして怯えた顔つきをしている急ごしらえの兵士たちが荷馬車とともに荒い息を吐いている。
門の外側では結界に阻まれた冒険者がモンスターたちと激しい戦闘を続けている。悍ましい嘶きがそこら中から聞こえてくるが、そのおかげでガーランドたちがいる周辺は台風の目のように平静を保っている。ガーランドは正面へ顔を戻し、大きく息を吸うと、老人とは思えないほどの声量で叫んだ。
「皆の者、聞けい!」
兵士や武士たちがガーランドに注目するのが、振り返らずとも分かった。ガーランドは続けて声を発する。
「冒険者殿らはこれより砦の奥へと進まれる! 彼らが燃える地竜どもの親玉とまみえる間、おぬしらはここで雑魚を足止めせい! ワシと近衛は――」
そこでガーランドは区切り、背負った野太刀を抜き放った。その肉厚で長大な刀を片手で持ち、切っ先で奥を指し示す。そこには落城した砦の姿と勢いを増す燃えた地竜――溶岩竜たち。それに、危険を無視するように吶喊していく冒険者たちがいる。
「冒険者殿らに追随し、彼らの闘いに水を差す不逞の輩を始末する!」
背後は任せたぞ、と言葉を残して、ガーランドは兵士たちと別れた。そして、武士たちを筆頭に号令が下され、大急ぎで兵士たちが荷馬車に群がる。ザグレブやブレントたち兵士と生き残りの武士たちは寂れた兵営で陣形を組み、いずれ冒険者の圧倒的暴力を潜り抜けてやってくるだろう溶岩竜たちに備え始めた。
兵士たちが荷馬車から重厚な扉のような分厚い大盾を数人がかりで卸している。何人かは兵舎や食糧庫の屋根に上って弩弓を吊り上げる作業を始めている。実力的に見ると、武士たちはともかく、兵士たちのほとんどは力量が圧倒的に足りない。そのため二、三人がかりで扱う大盾や据え置き式の弩弓を使わせて、少しでも戦いの役に立つよう訓練されていた。
ガーランドは振り返らなかった。彼と、彼の側を固める近衛たちはトクシマでも最精鋭だが、これからはまさに死地へ飛び込む。半端なことをしていては命が保たない。溶岩竜の親玉に付き従うモンスターたちは野良でうろつく雑魚と一線を画すということらしいが、引くわけにはいかない。ガーランドは野太刀を握る拳に力を入れ直し、彼を待つ戦場に向けておおよそその老体に似つかわしくない凶暴な声で叫んだ。
「さあ、行くぞお前たち! 冒険者どもに我らの武威を見せつけるのだ!」
一方、冒険者の一団はすでに陣形を整え、炎と獣が支配する城砦の新たな支配者と対峙していた。焼け落ちた天守の残骸を巣のようにして辺りを睥睨していたそれは、冒険者たちを認めるとゆっくりと立ち上がる。冒険者たちの武器を握る手に力が入った。鎧のかち合う金属音や衣擦れの音がさざ波のように広がっていく。
レイドランクを持つボスモンスター、〈煉獄禽竜〉は草食恐竜を思わせるずんぐりとしたシルエットに長い尾を翻し、唸り声をあげた。砦の残骸が耐えかねたように大きな音を出して爆ぜ、炎と大量の火花を噴き上げる。それは馬のように面長の頭部を赤熱した頭蓋骨でむき出しにさせ、小さなマグマ溜まりになった眼孔から噴き出た炎が憎々しげに冒険者たちを捉える。
彼らの睨み合いは数瞬続いた後——〈煉獄禽竜〉が火炎放射のような咆哮を響かせ、地面の敷石が砕けるほどの膂力で跳び上がった。
開戦を告げる咆哮と同時に、レイドチームの先鋒を占めていた一隊が動き出した。レイドの要、守護戦士が盾を掲げて初撃の衝撃に備える。〈煉獄禽竜〉はその姿を認めると、突進してきた小さな人影に向かって白熱化した空気を巻き込みつつ前脚を振り下ろした。
インパクトの衝撃は一瞬だった。破砕音と鈍く重たい金属音が周囲に響き――〈煉獄禽竜〉の巨躯が大きく飛び退った。守護戦士は平然とした表情で前を見据えている。破砕音は神祇官の障壁回復が許容量を超えて砕け散った音、金属音は盾が前脚の一撃を受け止めたときのものだ。あらかじめ掛けてあった脈動回復と反応起動回復が効果を発揮し始めるときには、レイドの各所から飛んでくる回復魔法が、効力を失った魔法の保護を蘇らせていく。
同時に、メインタンク・チームの後ろに張り付いたパーティの先頭から鎧姿の冒険者が走り出す。二枚の大盾を構えた重装の施療神官であるオスカーは、〈煉獄禽竜〉の横合いに入ると、一揃いの大盾〈ヘヴンズ・ドア〉を構えた両腕を背中へ引き絞る。
「食らえ、よっ!!」
僅かに輝きを帯び始めた盾を前に突き出すと同時に、盾に体重をかけるようにして滑るように突進する。大盾系の戦闘スキル<衝角突撃>の一撃が〈煉獄禽竜〉の脇腹へ列車事故のような衝撃とともに炸裂する。
〈煉獄禽竜〉が苦悶の嘶きを上げ、口から炎をこぼす。ヒットポイント自体への被害は笑ってしまうほど微々たるものだが、ノックバック効果で作り出した隙は大きなものだ。態勢を崩しかけた〈煉獄禽竜〉が左の脚に込める力を増やし、顚倒を回避する。
「うおおおおぉぉらぁっ!」
オスカーの作った隙を逃すことなく、雄叫びとともに戦斧が〈煉獄禽竜〉の横合いから振り下ろされた。ステルス状態からの不意打ちで、左の後ろ脚に強烈な斬撃を食らわせる。レイドの近接部隊を取りまとめる暗殺者リナリアが持つ戦斧<ニブルヘイム>が、〈煉獄禽竜〉の溶岩でできた皮膚を薄氷のように砕き、鮮血替わりに溢れたマグマが氷柱のように凍った。
目深に被った外套のフードから覗くリナリアの黒い短髪を灼熱の双眸が捉える。リナリアへ標的を変えた〈煉獄禽竜〉が繰り出す前脚を軽くいなすと、そのまま入れ替わりで突撃してきた守護戦士と入れ替わり、自身は暗殺者のスキルで溶けるように掻き消えた。
「全員! 短期決戦よ、氷属性で一気に片付ける!」
怜悧な印象を与える女声が声を上げると同時に、〈煉獄禽竜〉の上空から大量の氷塊が幾本も飛来する。急速に熱せられあるいは激突したためか、巨大な氷柱が大きな音を立て、割れ裂けた。魔力でできた氷は〈煉獄禽竜〉の体躯に冷気と衝撃をぶちまけ、身体を構成する燃え滾った溶岩を冷たく固める。マグマに感覚が宿っているのか、皮膚の溶岩が冷えて岩肌に亀裂が通るたびに苦痛の悲鳴を上げている。
その間も魔法の主、妖術師のクレメンテは〈ミカエルの元帥杖〉の切っ先を天に掲げ、途切れることなく呪文のローテーションを回している。〈煉獄禽竜〉が体を燃え上がらせて循環させた溶岩で硬くなった皮膚を体温で戻してどしてしまう前に、氷で出来た槍や氷柱の群れを脆くなった岩肌に向けてありったけ撃ち放った。
当然、それほどの攻撃を浴びせられては敵意の矛先も彼女らに向かうが、顔を向けた瞬間に全身鎧に大盾を正面に構えたオスカーが<衝角突撃>によって物理的に妨害し、レイドの守護戦士がその間にヘイトを稼ぎ直している。
その隙を逃すことなく、リナリアが再び戦斧の一撃を振るう。煌々と赤熱する肉体を引き裂く一撃の重さによろめくが、〈煉獄禽竜〉はリナリアの胴めがけて間髪入れずに蹴りを放った。しかしリナリアが攻撃を受けそうになるとオスカーが割り込むように<衝角突撃>を繰り出し、〈煉獄禽竜〉の自由を奪い取っている。
その後も大きな破綻を出すことなく、メインタンクとノックバック役のオスカーで挟み撃ちにすることで〈煉獄禽竜〉を一点に拘束できている。これは前回の"攻略"で得た教訓だ。前回はただでさえイベント・エネミーが大量に出てくるというのにレイドボスが好き放題に動き回ろうとするのでレイド・チームの陣形が乱されたことが撤退の要因になっている。
ノックバックが有効だと気づいたのも、オスカーが自分の率いる回復部隊へ矛先が向いたため、破れかぶれに繰り出した一撃がたまたま効いただけだ。
とはいえ。
今はなんとか戦線を維持できている、とクレメンテは思った。周囲で魔法や弓を放っている自分の分隊を見据えた。状況が絶望的につかみづらいことが悩みだが、仲間たちはゲーム時代とほぼ変わらないパフォーマンスを発揮していると思う。それはレイド専門ギルド<ルナティック>の元ギルドマスターとして喜ばしいことだった。
しかし嬉しさに浸ってもいられない。今だにレイドは綱渡りの状態で歩いていると言っても過言ではないからだった。
今のところ、戦況に大きな狂いはない。相手はレイドランクのボスだが、レベル的に言えば格下だ。ノックバック戦術も機能しており、快調に相手のヒットポイントを削れている。このままハイペースで攻撃を続けられるなら、戦いが終わるのも時間の問題だ。〈煉獄禽竜〉の相手だけなら、なんとかなる。
クレメンテはその厳しい眼差しに憂慮の色を混ぜて、視線を〈煉獄禽竜〉から大地人たちへと移した。少なくともイベント中は無限湧きに近い数の溶岩竜が出現するこの戦いで、ガーランドたちは十分に善戦している。彼らに雑魚敵が集中している限り、レイド・チームは安心してボスに注力できる。
砦の天守閣にガーランドの一隊、門広場に兵士たちの一隊が配置された大地人部隊はレイドの生命線だ。<ルナティック>は大量のイベント・エネミーたちの対処を彼らにほぼ丸投げしている。門広場の戦いこそ、進入制限で門前払いされたアムンゼンやプラムの分隊が迫ってくる溶岩竜と戦い、少しでも大地人部隊にかかる圧力を減らすよう努めているが、どこまで奏功するかわからない。クレメンテの目下の不安はこの一点だった。もし彼らがモンスターの流入を止められなくなれば、作戦はご破算になる。
なぜなら今の〈ルナティック〉レイド部隊には〈煉獄禽竜〉に猛攻をかけ、なおかつ露払いに力を割くだけの余裕がないからだ。この"砦"にかけられた冒険者の入場制限は24。フルレイド相当の戦力だが、この"砦"に存在するすべての敵を相手取るにはまったく足りない。
それゆえの短期決戦。オスカーと守護戦士で〈煉獄禽竜〉を挟み込み、袋叩きにする。
だが、何事にも限界はある。
『まじぃな、クレメンテ』
リナリアがレイドチャットでそう話しかけてきた。
『門広場の方、苦戦してるらしいぜ。あんま、よろしくなさそうだ』
クレメンテはそちらへ顔を向けた。遠巻きに見える兵士たちの防御線は、まだ形を維持しているようには見える。だが、少し危険なほど溶岩竜と対峙しているようだ――それとも、攻撃が上手くいってないのだろうか?
『でも、こっちは順調だ。削りはあと2割程度、こいつ自体はそこまで強くない』
話を聞いていたオスカーが口をはさんだ。クレメンテを肩越しに見ていた。攻めるか、助けるのか。どうするんだ? と、言外に尋ねていた。
『助けねぇのか!? 一人だけでもあいつらの方へ人を送るとかでも良いんだぜ』
リナリアが案を示した。クレメンテがどう返すか少し悩んでいると、オスカーが代わりに厳しい表情で言った。
『もしやるなら攻撃役を送らなきゃいけないが……ダメージレースで有利になるかは微妙だ。それに、門広場の防御線が瓦解するにはまだ時間がある。仮に突破されても、水際で食い止める間にレイドボスを撃破すればいい』
『生贄ってか』
恨むような、非難するような響きだった。リナリアは大地人をレイドに連れ込むことに反対していたのだ。別に、戦力的に当てにならないから、ではない。リナリアは、普通の人間のようにしている大地人をかつてのNPCのように使うことに耐えられないのだ。
オスカーはそのリナリアの声に気圧されたようにしばらく押し黙っていた。ややあって、ああ、と短く返した。
『もとからそのつもりだったじゃないか。時間稼ぎのために――』
『おまえ……!』
「決めたわ」
クレメンテが言った。二人とも、黙って決断を待った。
「このまま攻める。短期決戦。それがこのレイド戦の方針よ」
オスカーが了承の返事をした。リナリアは無駄を悟りながらも言葉を漏らした。
『大地人はどうすんだ?』
「彼らが倒れるより私たちが倒すほうが早い」
『……そうかい』
話はそれで打ち切られた。
話している間にも〈煉獄禽竜〉の攻略は順調に進んでいた。
いまや全身が燃え盛る紅蓮の血潮で真っ赤になっており、骨にかろうじてマグマがまとわりついていた。戦闘直後こそ、多少生物的な面影を残していたものの、骨と生きたマグマだけになったそれは本物の化け物だった。
しかしそれを喜んでいるばかりもいられなかった。オスカーはますます凶暴に、そして攻撃が苛烈になっていく〈煉獄禽竜〉の動きについていくためにより一層無茶な戦闘機動を強いられている。流血し続けるマグマに体当たりするため、触れた個所から余計なダメージを食らってしまう。
オスカーが前衛に貼り付いてレイドボスと白兵戦を繰り広げているせいで、回復支援を担うオスカーの分隊はその穴埋めもしなければならなかった。すこしでも長期戦になればすぐに回復がついていけなくなり、オスカーのヒットポイントが消し飛ぶだろう。
だが確実に〈煉獄禽竜〉が自由に動き回ることを防いでいる。〈煉獄禽竜〉が苛立ったように咆哮がわりの炎を噴き上げ、オスカーを押しのけて体勢を立て直そうとしている。
しかし後のない〈ルナティック〉がその隙を見逃すはずがなかった。
クレメンテとリナリアが、氷の濁流と吹雪の暴力をほぼ同時に首元へと左右から叩き込む。マジックポイントの経済性よりも総合火力を重視した刹那的なマナワーク、命中の確実性よりも最大火力を優先したコンボ攻撃。魔法職と近接職の違いはあれど、早期決着を求めて二人は同じ戦術を選んでいた。
瀕死の化け物が暴れまわる戦場。冒険者の集中力を貪り尽くしてしまう地獄のような十数分を経たのち、ようやく終わりが訪れた。
尋常では芯まで凍てるような大寒波の中でもなお、発狂状態にある〈煉獄禽竜〉に眼光は紅く睨みを利かせていた。
そこにオスカーがもう一度、真正面から叩き付ける様にした〈衝角突撃〉の一撃で〈煉獄禽竜〉は炎を弱め、体勢を崩した。
敗北の雄叫びが山頂に轟いたのは、それからまもなくのことだった。