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24話目 見える伝言 後編

 カナカナカナカナ。


 耳に届いた鳴き声に、胡坐をかいた光が顔をあげる。


「もう、夏も終わりって感じがするな」 


 丁度太陽が目に入ったのか、光がまぶしそうに目を細めた。


「そうですね。もうこんな時期ですね」


 同じように座り込んだ静流も光の視線の先に顔を向けて、青い色に少しだけ色を混じらせ始めた空を見上げた。


「この時間になると、風が気持ちいいな」

「そうですね。でも僕としては、クーラーの効いた部屋の方が好きですけどね」


 光の言葉を肯定しつつも発せられた静流の嫌味に、光はポリポリと頬をかく。


「外回りするなら、クーラーとか言ってられねえよ?」

「僕まだ学生なんで外回りとか関係ないですからね」

「静流、お前意外と根に持つタイプか」


 光のからかうような声に、静流はムッとした顔で光を見た。


「根に持つも何も、光さんが上手くやってくれないから、僕らこうやって家の外に追いやられてるんですよ!」


 静流と光が座っているのは、玄関のガラス戸の前。言わずと知れた外だ。


「あー。きららが案外強情でな」


 何てことないようにハハハと光は笑っているが、静流としては笑い事ではないと思っている。


「荷物も入れさせてもらえなかったじゃないですか! どうするんです、この荷物!」


 静流が指さす先には、段ボール箱の山をはじめとする、光が前の部屋から持ってきた荷物が地面にそのまま積まれている。

 理由は、あの後、光が使った引っ越し業者が家に到着し、どうやらその引っ越しパックの性質からほぼ一人でやるらしいその荷物運びを手伝おうと静流と光が家を出た瞬間、従姉妹によって家の鍵がかけられたからだ。

 完全に従姉妹は怒っている。

 今日が夏の盛りの一番暑い時間帯ではなかったというところと、晴れているというところだけが救いだ。


「せめて勝手口が開いてればよかったんですけどね」 


 以前だったら開けっぱなしだった勝手口も、今はしっかりと閉められている。光の指導のたまものではあるが、こうなっては、その指導も悔やまれるところだ。


「ま、そのうち入れてくれるだろ」


 あっけらかんとそう言い放つ光に、静流は理解する。

 こんな風に気にしない人だから、あの変わった従姉妹を受け入れられたのだと。まあ、そうでなければ、あの従姉妹との付き合いが続くとも、恋愛感情が生まれるとも思えない。

 破れ鍋に綴じ蓋

 そのことわざが静流の頭をかすめた。どちらが破れ鍋かと問われれば、静流は迷わず従姉妹だと答える。それには迷いはない。

 ふと、静流は気になっていたことを思い出す。


「光さんは、きら姉が見えるって知って、気持ち悪いとか思わなかったんですか?」

「何が?」


 光が眉を寄せる。その表情は本気で「何が気持ち悪いのかわからない」と言いたげな表情だ。


「ほら、幽霊が見えるとか、話すことができるとかって……普通じゃないじゃないですか。だから」

「まあ、そう思う人間がいることは否定しないけどな。全員がそう思うわけじゃないし、俺は確か『スゲー』って言った気がするわ」


 なるほど、光らしいかもしれない、と静流も納得する。


「そう言えば、どうしてきら姉が幽霊が見えるってわかったんですか? きら姉が説明した、ってわけないですよね?」

「え? いつだっけな。確か高校の初めの頃に、放課後二人でいるときに『私見えるんだよね』ってさらっと言われたんだよ」

「え? きら姉がそんなこと言ったんですか?」

「それ以外に、わかる方法あるのか?」


 光が不思議そうに首を傾げている。


「いや、まあ、そうですけど……きら姉って、他の人にも教えてたりするんですか?」

「え? ……いや……どうなんだろうな? 他の奴と話したことはないけど……してなかったのかもしれない」


 光のその言葉に、やっぱり従姉妹は相手を選んで話していたんだと静流は思った。それが光だけにだとすれば、その当時からすでに、従姉妹は光を想っていたのかもしれない。


「何でそんなこと聞くんだ?」


 光のその質問に、静流はその質問をした理由を思い出した。


「僕も、幽霊が見えるってことを教えたい相手がいて」

「あー。彼女か?」


 光も静流に彼女がいることは知っている。

 静流がまれに、アドバイスを求めて質問するからだ。

 光は一回り年上であることと、交際経験があることもあって、静流にはない視点でのアドバイスをくれる。


「彼女はもう知ってるんで。高校の時からの友達に、言おうかどうか、ずっと迷ってて」


 結局、半年前に沸いた青山に伝えたい気持ちは、燻ぶったまま、でも、言うタイミングがつかめないまま、それから半年が経ってしまっていた。

 

「無理に言わなくてもいいとは思うけどな」


 光が静流の頭をくしゃりとおさえる。


「そうなんですけど……」

「隠したくない、か?」

「……隠しておいた方がいいんですかね?」


 何が正解なのか、静流にはわからなかった。


「どうかな。静流が思う通りでいいんじゃないか」

「僕が思う通り……」

「幽霊が見えることで誰かに迷惑かけるわけじゃない」

「でも」


 間違いなく、静流を奇異の目で見る人たちはいる。


「それで縁が切れるなら、それまでの縁しかなかった、ってことじゃないのか」


 光の言葉に、静流は目を伏せる。

 

「それまでの縁って……哀しくないですか? 折角、仲良くなったのに」

「そうか? 俺は別に構わないけどな。自分のことを本当にわかってくれる相手が、一人傍にいてくれれば、それでいいだろ。万人に好かれるなんて、あり得ない」


 きっぱりと断言する光に、静流は顔を上げる。


「だとしても」

「浅く広く人付き合いしたいだけなら、それでいいと思うけど。静流はどうしたいんだ?」


 光の強い視線に、静流はこくりと唾を飲んだ。


「誰かに迷惑をかけないんだから、静流のやりたいようにやればいいんだよ。それとも何か? 言おうとしてる相手は、静流の告白を誰かに言いふらすような、よほど信頼できない相手なのか?」

「それはない!」


 静流の強い否定に、光の表情が緩む。


「だったら、静流がしたいようにすればいい。本当は、答えは出てるんだろ?」


 もう一度光に髪をくしゃくしゃされて、静流は頷く。


「ま、色々悩め少年」


 ニコリと光が笑う。

 静流は照れ臭くなって、目を泳がす。

 あ、と思う。


「光さんにとって、自分のことをわかってくれる相手って、きら姉のことなんですか?」

 

 先ほどの光の言葉を思い出して口にすれば、光が小さく頷く。


「だと、思ってるけどな。きららと話してると、救われることがあるんだよ」

「きら姉と、ですか?」

「自分の従姉妹だろ。……信じろよ」

「いや……まあ、確かに小さいころには救われたんだと思いますけど……」


 そこまで言って、静流は長年の疑問が頭によぎる。


「あの、光さん。きら姉はどうして言語聴覚士になろうと思ったんですか?」


 従姉妹は12才上なので、静流が小学校を卒業する頃には、言語聴覚士の道を決めていたはずだが、その理由を静流は聞いたことがなかった。

 何度か本人に尋ねたことはあるが、まともな返事を貰えた試しはなかった。


「また唐突だな」


 静流の思考の流れを知らない光が、クスリと笑う。


「いや、あのコミュニケーションもきちんと取れそうにないきら姉が、よりにもよってコミュニケーション取らないとできそうにもない仕事選ぶって、とずっと思ってて」

「自分の従姉妹なのに、ひどい言い草だな。まあ、普段のコミュニケーションはひどいとしか言いようがないけどな、できないわけじゃないし。単に無駄に言葉を使いたくないんだろ」

「無駄に言葉を、ですか。光さんこそきら姉を美化しすぎじゃないですか?」


 これについては、静流は以前健紀が言っていた「言葉を惜しんでいる」という表現に軍配をあげたくなる。

 どちらもほぼ同じ意味ではあるが、健紀の言い方だと「出し惜しみ」という感じが強く、従姉妹が単にしゃべりたくないだけというニュアンスが強いように感じるが、光の言い方だと「言葉を丁寧に使っている」というニュアンスが垣間見えて、静流にはちょっと違うように思えたのだ。


「美化してるつもりはないけどな。そういう風に俺は見えてるってだけ。それにきららが言語聴覚士になったのは、言葉を大事にしてるからだろ」


 その説明に、静流は首を傾げた。


「言葉を大事に、ですか?」


 単に言葉を惜しんでるだけじゃなくて? というのが静流の疑問だ。


「死ぬ前にたった一言でも相手に伝えることができたら、人は後悔なく人生を終えられるんだろうか、って言ってたことがあって」


 光の言葉に、静流はハッとする。


「それって!」


 静流の言いたいことがわかったんだろう、光がこくりと頷く。


「聞いたことはないけど、たぶん、きららはそれまでにもずっと幽霊からそういう言葉を受け取り続けてたのかもしれない」

「だから、言語聴覚士になって最後の言葉を言えるようにリハビリしようと思ったって……ことですか?」

「たぶん、な。死ぬの前提でリハビリやりますって流石に言えるわけないだろうから、そこを追求したことはないけど。そうなんだろうなー、ってずっと思ってた」

「……確かに、リハビリって聞くと、元気になるためにやるっていうイメージですもんね。というか、普通そうですよね」


 何だか従姉妹らしいと言える理由だと思いながら、静流は従姉妹が言語聴覚士を選んだ理由にも納得していた。


「だから、『ことのは屋』って幽霊相手にボランティアをやってるって知った時も、その延長線上にあるんだろうなって思って聞いてた」

「じゃあ、何でその言葉を直接残された人には伝えないんですかね?」


 結局、今でも従姉妹は、あの儀式を続けているだけで、伝言を相手に伝えに行くことはない。


「自然の摂理に逆らってるからじゃないか」

「自然の摂理、ですか?」


 光の説明がピンと来ない静流は首を傾げた。


「本来ならもう伝わるはずのない言葉だからな。単にきららはたまたま見えただけだ」

「じゃあ、『ことのは屋』なんてやらなきゃいいのに」

「だからと言って、幽霊たちが残したい言葉を無碍にもできない。それがきららのいいところだろ」


 従姉妹を褒める光の言葉は、やっぱり静流には納得はいかなかった。


「いいところ、ですかね?」


 静流の疑問を混じらす声に、光は肩をすくめて、あ、と声を漏らす。


「まさか勝手口ずっと開けてるとか不用心なことしてると思わなかったけどな」


 あの時のことを思い出したんだろう光が、呆れたような声を出す。


「まあ、そうですね。でも、僕が言っても聞いてくれなかったんで。さすが光さん」

「さすが、とかじゃないから……でも、きらら昔から、案外素直だぞ」


 きっと静流にはわらかない従姉妹の顔を光は沢山知っているのだろうとも思う。静流は従姉妹のことを理解しているつもりでいたが、理解しきれてはいなかったのかもしれない。いや、光だから引き出せる顔なのかもしれなかった。


「きら姉が素直……ですか。素直であれ、ですか?」

「きららを説得する方法があるなら、教えてくれ」

「……知らないですけどね」


 だから光と静流はこうやって同居を強行突破しようとしたわけで、その他にもやりようがあるのなら既にその方法は取っていただろう。

 はー、とどちらともなくため息をつけば、カランカラン、という高い音が小さいながらも耳に入ってきた。


「え? 今日二人目?」


 数日に一人という割合でしか幽霊には会わないため、本日二度目というべき来客を知らせる音に、静流は目を丸くする。


「めずらしいのか?」

「そうですね。僕がやってるうちで一日に二人とかなかったですよ」


 そう静流が言い終わる前に、あ、と光が声を上げる。


「え? どうかしました?」


 静流がそう言うのと、玄関の鍵がガチャガチャと音を立てたのは同時だった。

 どうやら玄関に近づいてきた従姉妹の気配に光はいち早く気づいたらしい。

 ガラガラと玄関の扉が開かれると、無表情の従姉妹が静流を見る。


「来たから出て」


 どうやら静流は許されたらしい。ホッとした瞬間、静流はまだ従姉妹に言わなければならないことを言い忘れていたのに気づく。


「あ、僕一人暮らしすることにしたから」


 え、と従姉妹が目を見開く。完全に想定外のことだったらしい。


「で、バイトも始めることにした。だから、『ことのは屋』、あんまり手伝えなくなるから」


 静流は小さなころいじめられてからこの町に移り住んできてずっと、従姉妹たちに守られてきた。母親が従姉妹と同居するように勧めたのも、きっと同じ理由なんだろうと静流は思っている。

 だけど光との同居の話をすすめながら、静流も、そろそろ独り立ちしなければ、と思ったのだ。静流だって守られるばかりじゃない。今は守りたいものができた。光が従姉妹を守りたいと思っているように。


「だから、」

「手紙」


 静流が言おうとしたことを、従姉妹に言われて、静流は目を見開いた。伝言を受け取れる時間が減る。だから、『ことのは屋』に来た人たちに、手紙を書いてもらったらどうだろう、と思っていた。


「わかったから」


 その言葉には、一人暮らしに対して賛成の気持ちと、手紙を書いてもらうことについての納得があるように感じられた。


「それって」

「受け取るだけ」


 期待を込めた静流の声に、ふい、と従姉妹が顔を背けた。

 従姉妹は手紙を受け取っても渡すつもりはない、ということだ。

 静流は苦笑する。


「行って」

  

 静流が口を開く前に、従姉妹が話を戻した。

 慌てて静流が立ち上がると、光も同時に立ち上がった。


「荷物、入れていいのか?」


 さてどんな会話が交わされるんだろうな、と思いながら、静流は従姉妹の横をすり抜けた。

 

 静流は勝手口につながるドアノブを握って、自慢の笑顔を浮かべた。

 カチャリ、とドアを開ける。


「『ことのは屋』へようこそ」


 部屋の中は、煌めきが溢れていた。


最後までお付き合いいただきありがとうございました!


2年ほど前に公開していた作品ですが、修正して、ようやく静流のことが描けたかな、と思って、作者もホッとしています。

楽しんでいただければ幸いです。

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