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23話目 見える伝言 前編

「きら姉、いつまで一人で抱えてるつもりなんだろう」


 はー、と静流は大きなため息をつく。

 何かヒントになるものがないか静流が家探しできる範囲で家探ししてみるものの、祖母が亡くなった後にリフォームされたとあって、もう既に静流の見れる範囲で祖母の遺品も従姉妹の両親の遺品も、この家の中には見当たらなかった。

 あるとすれば従姉妹の部屋だが、流石にそこに押し入るのは静流もできなくて、静流にはもう打つ手がなさそうに思えた。


 勝手口のあるこの部屋だって、もう従姉妹の両親や祖母が生きていた頃とは全く違うつくりになっていて、三人が生きていた頃の痕跡など、勝手口のすりガラスのはまった扉と、静流がいつもいるカウンター、くらいしかない。

 あとは祖母が亡くなったあとに置かれたものばかりだ。静流が伝言を預かっているこのノートだって、祖母が亡くなった三年前くらいからのもので、昔の痕跡など残っているわけもない。

 パラパラとノートをめくりながら、痕跡があるわけもないが痕跡がないものかとじっと見てしまう。だが、最初のページに痕跡がないノートが、新しい痕跡を残しているわけもない。


 ガチャ、ガチャ。


 いつもなら聞こえない乱暴な音がドアからして、静流はドキリとする。

 いつもは気にしたこともなかったが、ドアの向こうに人影があるのがすりガラスで見てわかる。

 あの勝手口を開けて入ろうとするのは鍵を閉め始めたころの健紀くらいのもので、今では普通に玄関からやって来るから、健紀のはずはない。じゃあ、誰が?


 その静流の疑問が、一瞬で吹っ飛ぶ。


 ガン! とすりガラスが何か固いもので叩かれたからだ。


 あり得ないことに、静流の動きがフリーズする。ガン! ともう一度窓が叩かれて、ハッ、と静流は我に返る。

 あのガラスは光に言われて、防犯ガラスに変更されている。だから、叩かれても簡単に砕けるものではない。だが、明らかに壊そうとするその行動に、どうやら相手がのんびりと構えていていい相手はないと理解する。

 光から言わせると、あの勝手口のドアの懸念材料はもう一つ。あんなドアじゃ、簡単にけ破れる、と言うことだった。


 何かドアを押さえられるもの、と静流は思ったが、カウンターに椅子くらいしか置いていないこの勝手口のある部屋には、ドアを押さえられるような家具などあいにくなかった。カウンターも備え付けられているもので、移動できるようなものではない。

 またガン!という音がして、でもガラスは砕けることもなくて、相手は諦めたのかその音が止んだ。

 ホッとしたのもつかの間、今度はドア自体が強い力でどん! と押される。足で蹴ろうとしているのかもしれない。

 静流は咄嗟にドアに走りこむと、そのドアを自分の体で抑えるように座り込む。どん! という強い振動に恐怖を感じながら、震える手でスマホを操作する。


「もしもし! 警察ですか?!」


 電話口に出た相手に、静流はあらん限りの声を振り絞って叫ぶ。


「助けてください! 泥棒が! ドアをけ破ろうとしてます!」


 恐怖にすくむ静流にしては精一杯の訴えだった。その声が外にいる誰かに届いたのか、急にどん! という衝撃が止まる。 


『大丈夫か?!』


 そう叫ぶ相手の声と、静かになった部屋に、静流はホッとする。


「たぶん……」


 それでも、そう答えるのが精いっぱいだった。


『何で俺に電話してくるんだよ。一一〇番しろよ!』


 叱責するその声にも、静流は苦笑が出るくらいで、ようやく解放された安堵感に声は出てくれそうにない。


『静流?! 静流聞いてるか? 大丈夫なのか?!』


 焦る光の声に、静流は電話口でコクリと頷く。それが光に届くわけがないとわかっていても、それ以外にはできそうもなかった。

 ようやく出て来たため息を光が拾って、電話の向こう側でも安堵の声が聞こえる。

 通報しておくけど、後で顔出すから、という光の声が切れて、静流は座り込んだままスマホを足元に置く。


 静流がぼんやりと見た部屋の中は、いつもと同じ勝手口のある小部屋で、違っているとすれば慌てた静流が直前まで見ていたノートが床に落ちてると言うことくらいだろうか。

 こんな風にこの部屋の土間に座って部屋の中を眺めたこともなかったから、静流はぼんやりとしたまま部屋の中を見回した。


 比較的新しい神棚に目を止めて、そう言えば、と静流は思い出す。神棚は祖母が亡くなる前に作っていたはずで、祖母の痕跡が残っている可能性があるものだったと。

 でも、従姉妹も神棚に手をあわしているところをほとんど見たことはないが、護符を張り替えるときには見ているはずで、今更見た静流が見つけるようなことがあるとも思えなかった。

 ふい、と視線を移動させようとして、静流は違和感に気付く。


 神棚に祀られている建物は三つ扉がある。真ん中の扉は開けられているが、脇の二つの扉は閉められたままだ。

 いや、確かにずっとそのままで、違和感も何も感じていなかったのだが、静流は急になぜか違和感を感じた。

 その二つの扉が閉じてあるのが正式なものなのか、それとも違うのかは静流にはわからないが、従姉妹は護符ではない神社からもらってきた神様が書いてある札をその真ん中に飾る。だから、その脇の扉を開けているのは見たことがない。いつも閉じているものを掃除する時にも開けるようなことはなかった。

もしかしたらあの扉は単なる飾りなのかもしれなくて、静流が急に違和感を感じただけの話なのかもしれないが、静流はどうしてもその脇の扉を開けて見たくなった。


 静流はのろのろと立ち上がると、カウンターの下に置いてあった椅子を踏み台に、神棚に近づく。

 脇の扉に手を掛けると、その扉は簡単に開いた。だがその中は空っぽで、静流はがっかりする。もう一つの扉を開くと、それもやっぱり空っぽで、静流はがっかりするしかなかった。だが、閉めようとした瞬間、はらり、と紙が落ちて来た。どうやら扉にくっついていたらしい。

 静流は慌ててその紙をつかむ。静流が今見える方には、全く何も書いていない。では、裏側には?


 椅子から降りて、どこか期待に満ちた気分で静流はその紙を裏返す。が、その紙は神棚の作法を手書きで書いた紙で、どうやらあまり作法に詳しくない従姉妹があえてそのままにしていたんだろうと言うことが分かる。それか、祖母の優しさでそのままにされていたのかもしれない。どうもこれは祖母の字のような気がするからだ。

 がっかりしつつも最後まで目を通した静流は、最後の一文に目を止める。


 見つけた! 高揚した気持ちと、でも……と思う気持ち。そんな複雑な気持ちが混ざり合う。

 きっと、これじゃ従姉妹の気持ちを変えられることはないだろう。だが、静流はこの紙を従姉妹に見せることにする。

 これが、亡くなった祖母の伝言だと思うからだ。


 *


 従姉妹にあの紙を見せるのは、光がいるところで、と静流は決めていた。

 あの後、やってきた警察に対応していたら、光が顔を出したので、その旨は伝えてあって、光がそれならば次の非番の日がいいというので、その日を待った。


「何?」


 平日の午前中から揃った光と静流の姿に、従姉妹は訝しそうな表情だ。今日は従姉妹には休みを取ってもらっていた。それは、勝手口のドアをリフォームの相談のためという名目だったが、それはまあ二の次の案件だ。


「これ、見てもらいたいんだけど」


 静流が差し出した紙を、従姉妹は、ああ、と頷いた。どうやら見たことはあるらしい。もしかしたら、最後の一文も既に知っているのかもしれないが、とりあえず静流はそのまま見てもらうことにした。


「これが?」

「最後に書いてあるの、見て?」


 首をかしげて従姉妹はその紙を取ると、一番最後の所に視線を向ける。その視線がそこで止まったまま、従姉妹は動きも止めた。


「それ、おばあちゃんが書いたと思うんだけど、見覚えある?」


 ぎこちなく従姉妹の首が横に動く。


「そっか。きら姉気づいてなかったんだ?」


 コクリ、と頷く従姉妹に、静流はとりあえずその伝言を見つけられて良かったと思う。


「……おばあちゃん、何が言いたかったんだろうね?」


 静流は従姉妹の手にあるその紙の一番最後に書いてあった“季来へ”というたった一言の伝言を思う。ただ従姉妹の名前が記されているだけのその伝言では、祖母が何を言いたかったのかは静流にはわからない。

 だが、従姉妹は静かに涙を流し始める。もしかしたら従姉妹にはその伝言の意味が伝わったのかもしれないと、静流はその涙が止まるのを待つことにする。

 スン、と鼻をすすった従姉妹に、光がティッシュを差し出して、従姉妹はぐじぐじと鼻を鳴らすと、流れ出ていた涙をぬぐう。それを見る光の顔は心配そうで、静流は従姉妹に酷なことをしてしまっているんだろうかと、少しだけ後悔する。


 光にあの伝言の話をすると、きららにとってはつらいんじゃないか、という言葉が最初に出てきたことだった。伝言らしからぬ伝言でもあるし、祖母の意図もわからない。でもきっと、祖母からの言葉が欲しくて『ことのは屋』を始めただろう従姉妹に、そんな中途半端な伝言は、返ってつらいんじゃないか、というのが光の見解だった。

 だが、この後従姉妹にする提案を前に、そこを解決しなければ、きっとずっと平行線だと静流が主張して、しぶしぶ光はその提案を受け入れたのだ。


「気にしなくていいって」


 口を開いた従姉妹に、静流も光もその言葉が誰に向けられたものかわからなくて戸惑う。


「お父さんとお母さんが亡くなったのは、私のせいじゃないって」


 その続けられた言葉で、静流も光も、最初の言葉が祖母が従姉妹にかけた言葉なのだと理解する。


「酔っぱらって護符をはがしたのと亡くなったのは関係ないって」


 それを聞いて、静流はようやく従姉妹がお酒を飲まなくなった理由を知った。そして、悪霊を自分が呼びこんだと言った理由も。


「無関係って言うなら、もう幽霊が見えなくなったら護符なんて関係ないって証明したいって、そう思ったの!」


 従姉妹が顔を覆うと、光がそれをなだめるように従姉妹の背中をさする。

 ああそう言うことか、と静流は従姉妹が自分が悪霊を呼びよせたんだという思い込みをした理由がようやくわかる。

 きっと酔って護符をはがしてしまった後両親が亡くなり後悔していた従姉妹に、祖母は関係ないと言い続けていたんだろう。


 それでもまだ不安があった従姉妹だったが、また光に恋をしたことで見えなくなったのを機会に、護符がなくても大丈夫なんだと証明したかった。だが、そのタイミングで祖母が亡くなってしまったのだ。ある意味、最悪のタイミングだったと言っていいだろう。

 だからこそ、従姉妹は自分が悪霊を呼びよせたんだと思い込んだし、自分の恋心を殺すことに決めたのだ。


「でも、おばあちゃんは違うって、きっと言いたかったんだよ。だから、伝言を残そうとした。でもきっと、最後まで書けなかったんだ」


 多分あの場所に置かれたままになっていたことからして、あの伝言が残されたのは祖母が亡くなった後だろう。なぜ最後まで書けなかったのか、静流には知る由もないが、おかげで従姉妹の気持ちを動かすことができたのには、感謝している。


「そんなこと!」


 否定しようとする従姉妹だが、従姉妹にもそれを断言できる材料があるわけではない。


「そうだよ。誰にも分らない。だけど、僕らの知ってるおばあちゃんなら、きら姉を責める内容を残すわけがないよ」

「だから!」


 だから宛名しか書いていないのだと主張する従姉妹に、静流は首を横に振った。


「もし、本当にきら姉を責める内容を思ってたんだったら、おばあちゃんは最初から宛名すら残さない。おばあちゃんって、そう言う人だったって、僕は思ってるけど。きら姉は違う?」


 静流たちの祖母は、とても優しい人だった。それに、内孫である従姉妹を殊の外かわいがっていて、その祖母から、従姉妹を責める言葉が出てくるとは、静流には到底思えなかった。


「だって!」

「単なる偶然だって、自分でもわかってるんだろ? ……でも、責める相手がいないから自分を責めた。違うか?」


 従姉妹を諭すように、光が口を開いた。光もずっと従姉妹を見続けていたのだ。その気持ちは痛いほどわかっているのかもしれない。


「だって!」

「そろそろそんな思い込み辞めて、幸せになりなさいって、おばあちゃん天国で言ってると思うよ? だから僕がこれに気付いたんだと思うし」

「そんなこと……」


 力なく首を横に振る従姉妹には、前みたいな頑なな気持ちは見て取れなかった。どちらかと言えば、迷っている。そう言う風に静流は感じた。


「それにね、きら姉。僕が『ことのは屋』の手伝い始めてから、伝言を受け取ったヒトたちは、誰も残された人に不幸になってほしいって言ってないよ? 皆、残された人に幸せになってほしいってそう思ってたよ? きら姉は感じなかった?」


 誰よりも幽霊からの伝言を受け取っているだろう従姉妹が、ボロボロと泣き始める。それは、今まで解けなかった従姉妹の頑なな心が解けて行っているために生まれている水なんだと思い込みたい気分で、静流は従姉妹を願いを込めて見つめる。そして光は、従姉妹の背中をさすりながら、少し涙ぐんでいる。


「許される?」


 泣き止んで顔を上げた従姉妹が口にした言葉に、静流はホッとする。


「許すも許さないも、おばあちゃんは最初から恨んでないし、おじさんたちもむしろ呆れてると思うよ。何たって、婚期を娘が逃し続けてるわけだからね」


 神妙に聞いていた従姉妹が、最後の一言にムッとする。


「関係ない」

「関係なくはないと思うんだけど?」


 従姉妹の背中をさすっていた光が口を開くと、従姉妹は気まずそうに目を逸らした。光は静流を見て、静流が頷くと、また口を開いた。


「と言うことで、今日から同居することにしたから」

「は?」


 光が投下した爆弾発言に、従姉妹があっけに取られる。


「あ、きら姉に相談しなくて悪いなと思ったんだけど、おじさんたちが使ってた部屋、ほとんどものも残ってなかったし、きちんと掃除しておいたから、今日から光さんが住んでも大丈夫だから」

「はあ?!」


 しれっと言い放った静流に、従姉妹が目を怒らす。


「ついこの間泥棒に押し入られそうになるし、この家物騒だしな」

「解決した!」


 この間のあれは空き巣の常連で、既に捕まっている。日本の警察って優秀だな、と静流は感動すらした。


「いやいや、この家無防備だし、誰かさんも無防備だし。俺は心配なわけ。大丈夫静流の許可は得てる」

「大丈夫じゃない!」


 光と従姉妹のやり取りに、静流はクスクスと笑う。従姉妹がぎろりと静流を睨んできたが、静流には全然怖くない。


 カランカラン。


 聞こえて来たベルの音に、静流は立ち上がる。後の話は光と従姉妹ですればいいだけの話だ。もう静流の存在などお邪魔虫なだけで、ある意味ちょうどいいタイミングでベルが鳴ったと言える。

 勝手口の小部屋に続くドアを開けると、静流は口を開いた。


「『ことのは屋』へようこそ」


 静流の目には、困ったように立ち尽くす男性の姿が見えた。

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