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18話目 伝言はない 後編

「どうして、二人は付き合ってないんですか」


 またしても静流は単刀直入に切り込んだ。


「タイミングが悪かった、としか言いようがないな」


 あっさりと光が答えて、静流は逆に拍子抜けする。この間もったいぶった感じだと、もっと事実を言うのに粘られるかと思っていたのだ。


「……タイミング、ですか?」

「そ。俺たちが付き合おうとしてた時は二回あって、そのタイミングで丁度、きららの家族が亡くなったんだよ」

「……え?」


 タイミングが悪い、という表現はよく聞く表現で、静流も何の気なく聞いていたが、そのタイミングがまさか従姉妹の両親と祖母の死と関係しているとは思わず、口に入れようとしていた箸が止まった。


「きららは付き合うとかそれどころじゃなくなって、連絡が絶えて、それで、連絡が再開した時には、もう付き合うとかそんなこと言い出すような雰囲気じゃなくなってた」

「……えーっと、そんなタイミングが二回も?」

「ああ。俺は……きららを支えたかったよ。でも、この仕事はさ、きららの休みと同じタイミングで休みが取れるわけでもないし、非番で休みだって思ってても、呼び出されることだってある。だから、きららに避けられてる感じもしてたけど、それでも俺は関わろうとしてたけど、きららのことを十分に支えることができなくて、それで付き合う雰囲気なんてなるわけなくて」


 はぁ、と光がため息をつく。


「何でなんだろうな。本当にタイミングが悪いんだよ。……ああ、そう言えば高校の時も、付き合うかもしれないって思った時があったから、あの時もタイミング逃してるから三回か。俺、本当にタイミング悪いよな」

「三回。……あの、高校の時は何で?」


 光は静流から目を逸らす。


「俺が馬鹿だった。きららといい感じにはなってたけど、ほら、きららはあんな感じだろ。だから、付き合いがまだ浅いこともあって本心がまだ読めなくて、それで、告白して来た女子にあっさりと流された」

「……それは、自業自得って言うやつですね」


 静流の言葉に、光は肩をすくめる。


「きついな静流君」

「如何せん、きら姉は身内なんで」

「……あの時、俺が流されてなければ、良かったんだよな。って、いまだに思う。あの時なら、たぶんそんな一番のタイミングの悪さには引っかからなかっただろうから」


 苦笑する光は、本当に後悔しているのがわかる。


「男ってバカですよね」


 少しくらい慰めにはなるだろうと、静流は一般論を告げてみる。


「そうだな」


 光が勢いよくうどんをすする。光がうどんを咀嚼するのを見ながら静流は口を開く。


「それで、それ時ら姉が誰とも付き合うつもりがないって、どうして言えるんですか?」


 んー、と光が考え込む。


「……何て言えばいいんだろうな。少なくともきららの両親が亡くなったあとは、たぶんそれどころじゃなくて、それで誰かと付き合うとか考えきれてないんだろうって思ってたけど、きららのおばあさんが亡くなった後に普通に連絡とれるようになった時には、もうそのつもりがないんだって、決意してるみたいだった。……悪いな、そう言う感じがしたって話で、確実なものじゃない。でも、もう俺と付き合おうって思うことはないんだろうなって、そう感じてる」

「……いえ、それはあながち間違ってないと思います。……この前、きら姉、結婚するつもりはないからって、言ってました」

「……そうか。多分そうかな、って思ってはいたけど、本人の口から出た言葉だと、本気なんだろうな」


 光の視線が哀しそうに下に落ちる。


「でも、きら姉、光さんのこと好きですよね」

「……まあ、己惚れてるつもりはないけど……そんな雰囲気は感じるけど……」


 光が照れくさそうにしているのは、本当にそう感じているからだろう。


「押して押して押しまくれば、何とかならないですかね?」


 は、と光が息を吐く。


「お前、さっき大事な身内だって言ってなかったか?」

「言いましたよ。でも健紀さんなら反対しますが、光さんなら反対はしません。だから、両想いなのに何で付き合わないんだろうなって、思うわけです」


 静流の言い分に、光が苦笑する。


「認めてくれてありがとな……でも、本人が付き合う気がないからな」

「……光さんは、何できら姉がそんな結論に至ったか、わかりますか?」


 静流の問いかけに、光は、おずおずと口を開く。


「きららは、もしかしたら家族の死が自分のせいだと思ってるんじゃないかって思うことがある。だから、近しい人を作りたくないって思ってるのかなって」


 その光の答えは、前に健紀が言っていたこととほぼ同じで、静流はその意見は正しいのかもしれないと思い始める。


「……さっき来てた健紀さんも言ってたんです。健紀さんの言葉だけだと信ぴょう性が疑わしいと思ってたんですけど、光さんが言うなら本当にそうなのかもしれません」


 静流の言葉に、光は首を激しく振る。


「……でもさ、それは、ないだろ! だって、両親が亡くなったのは、きららと無関係な事故だし、おばあさんだって心臓発作だったって聞いてる。どこにきららと関係することがあるんだよ!」


 憤る光は、本当にきららのことが好きなのだと、静流は改めて思う。


「そう僕も思います。でも、きら姉は、そう思い込んでいる。だから、光さんのことを好きなのに付き合うのが怖い」

「……俺、どうしたらいいんだ?」


 光は途方に暮れたように静流を見る。


「僕に分かるわけ在りません!」


 きっぱりと宣言する静流に、光はぷっ、と吹き出す。


「そうだな。きららの気持ちは、きららにしか分かんないよな」

「少なくとも、二人ははたから見たらイチャイチャしてるようにしか見えませんから、大丈夫ですよ」

「……付き合ってはないけどな」


 箸を置いてガシガシと髪をかきむしった光が、はぁ、と大きなため息をつく。


「きららが付き合うつもりがなさそうだからって、会うのもきららが会いたいって言ってくるときに合せてたんだけど、俺の都合で会いに来てもいいか?」

「僕に質問されても困りますけど、僕的にはOKです」


 静流が出したOKの言葉に、光が笑い出す。


「何で俺、きららの従兄弟に許可得てるんだろうな」

「何で僕、きら姉の彼氏候補に許可求められたんでしょうね」


 笑いあう二人は、笑いが収まると、はぁ、とお互いにため息をついた。


「何が原因なんだろうな」

「その時のきら姉のことで、覚えてることとかありませんか? 残念ながら僕は特筆するようなことを何も覚えてないんですけど」


 光は首を横に振る。


「俺は頼ってもらえなかった。亡くなった直後だったら、違ったのかもしれないけど、その時丁度仕事が立て込んでて、ちょっとしかきららには会いに行けなかったし、それがダメだったのかなって思わないでもない」

「……きら姉が頼る人って……他に思いつきます?」


 半分ほどうどんを食べてもう食べる気が失せていた静流は箸を置いて光を見た。


「両親が亡くなった時なら、思いつくとしたら、お前たちのおばあさん、だろうな。きららは友達に弱みを見せようとしないから。……でも、おばあさんが亡くなった時には……誰にも頼れなかったのかもしれない……」


 頭を抱えた光が、あ、と何かを思い出した声を漏らした。


「何か思い出しましたか?」

「……関係あるかは分かんないけど、きらら、人を好きになるのが怖いって、両親が亡くなって随分後にぼそりと言ったことがあって」

「好きになるのが怖い?」

「聞き返したら、何でもないって誤魔化されたけど、あれは……何か関係するのか?」

「……関係するのかもしれません。でも、関係ないかもですけど。人を好きになったら、何かあるんですかね?」

「普通は、ないだろ」

「そうですよね。普通は、ないですよね」


 ただ一つ、従姉妹に明らかに普通じゃないところがあるとすれば、それは幽霊が見えると言うことだろうか。


「人を好きになったら、幽霊が暴れ出すとか……そんなんだったら、人を好きになろうとは思わないよな?」

「あの、それ怖いんで、俺でも嫌ですよ。でも、幽霊が暴れたって、事故死と心臓麻痺に関係します?」

「……心臓麻痺はありそうだけど、事故はどうだろう。きららは遠く離れたところにいたわけだしな」


 従姉妹の両親の事故死は、旅行先でのことだったと、光も知っているらしい。


「でもそれって、荒唐無稽な話ですよね?」

「まあな。だから、違うと思うぞ」


 ふう、と息を吐いた光が、残りのお弁当を食べ始める。


「……ところで、きら姉が“人を好きになるのが怖い”ってそんな文章しゃべったんですか?」


 静流は気になっていたことを光に尋ねる。


「……ああ、時々長い文章しゃべるぞ」

「僕、生まれてこの方、きら姉が長くしゃべったの聞いたことないんですけど」


 静流の言葉に、光がクククと笑う。


「しゃべれるんだよ。仕事の時もしゃべってるみたいだしな。学校でも先生相手には普通に答えてたぞ。でもプライベートになると、極端に言葉数が少なくなるよな」

「でも、光さん、ものすごくきら姉の行間読めますよね。僕、きら姉があんなにコミュニケーション成立してるなって思ったの、生まれて初めてですよ」


 静流が身を乗り出して力説すると、光が柔らかく笑う。


「生まれて初めてか。そりゃ、光栄だな」

「だから、二人にはくっついてほしいんです」

「……期待にこたえられるように頑張るわ」


 ニカリ、と笑う光は、静流にも決意を新たにしたように見えた。


「……ところで、幽霊は来ないな」


 光はベルの音がしないのを気にしていたらしい。


「毎日来るってわけでもないですからね。伝言を預かるの、週に、一、二回ってところですよ」

「……あのノート見たけど、きららが幽霊から伝言預かりだしたの、二年前からなんだな」


 光が隣の席をじっと見ている。


「たぶん、そうみたいですね」

「あれさ、おばあさんに会いたいと思って始めたのかな、って思って」

「……どうなんですかね。僕は聞いてはないです」


 光が視線を上げて静流を見る。


「きらら、おばあさんがいなくなるのを、恐れてたんだよな。多分、家族が居なくなるのが嫌だって思ってたんだろうけど」

「そう、だったんですね。それは知らなかったです」

「でも、どう考えても、年齢からして、おばあさんは先に亡くなるだろ。だから……俺がきららの家族になりたいって、思ってたんだけどな」

「光さん、それは過去形にしないで、是非現在進行形でお願いします」


 静流の言葉に、光が笑みを滲ませる。

 急に大きな着信音がして、静流がびくりとすると、光が悪いな、とスマホを取り出した。


「仕事先だから、呼び出しだな」


 そう言いながら、光が画面をタップする。


「はい、間島まじまです」


 今更ながら、光の名字が間島だったのか、と静流はそう思いながら、もう食べる気は失せたうどんを片付け始める。それでも今の静流からすれば、食べた方だと思う。だが、うどんとお弁当をほぼ完食している光からすれば、食が細すぎることになるだろう。

 いくつか会話を交わした光が電話を切る。


「悪い。呼び出されたから、行くわ」


 慌てて立ち上がる光を、静流は玄関のカギを開けるために追いかけていく。 


「じゃ、お邪魔しました」

「いえ。こちらこそお昼ご飯ありがとうございました。それと、きら姉に、何か伝言ありますか?」


 静流の言葉に、光は首を振って笑う。


「いや、会いに来るから、伝言はいい」


 静流は何だか嬉しくなって、大きく頷いた。

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