勇者パーティの付与師、パワハラを受けた挙句、ゴミとしてパーティを追放される。するとパーティが弱体化し、戻ってきてと土下座をされたが、『もう遅い』俺が魔王だ勇者よ、この時を待っていたぞ!
「おらバフ遅いぞ!」
今日も勇者ガロンの罵声が飛ぶ。
魔王を屠れる光の聖剣に選ばれ、スキル【英雄】を獲得した彼は、魔王討伐の任務を受け、今日もモンスターを叩きのめしていた。
「すみません【エンチャントウェポン オプスクーリタース】【パワーアップボディ ビスティア】」
勇者の言葉に呼応し、付与師ユーアムは勇者の武器と体を強化する。
彼の付与は決まった効果分、武器や身体能力を向上させるものだ。
「全く、こんな雑魚相手に」
二人の後ろでイライラしているのは聖女エリア。
光の加護を得た彼女は光魔法から回復までそっなくこなし、グウタラしている見た目とは裏腹にパーティの戦線維持に貢献している。
「これで終わりだぁ!」
勇者ガロンの一撃は最後の一匹の魔物を屠り、戦闘は終了した。
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「おまえクビな」
「え、クビですか」
近くの街に立ち寄り、宿屋を手配したところで、ユーアムはガロンに告げられた。
宿屋の一室にはクスクスと笑う聖女エリアと、ユーアムの知らない美少女が同じ顔で二人いた。
「新しい付与師と魔法使いを仲間にした。特に付与師のクリアラは倍率付与を使いこなす、天才だ。妹のステアラも四大元素魔法を全て最上位まで習得している。それになーー」
そういうやいなや、ガロンはユーアムの胸ぐらをつかんだ。
持ち上げられ、ユーアムは地に足がつくか、つかないかのくらいで浮かされる
「てめぇ、エリアに色目使ってんだろ。あれは俺の女だ」
「そ、そんな勘違いです。それにあの二人、実戦経験は大丈夫なんですか!? せめて立ち回りの引き継ぎをーー」
ユーアムの言葉はガロンには届かなかった。
ガロンはユーアムを窓から放り投げたのだ。
「もうおまえの居場所はここじゃねぇんだよ、ゴミが!」
地面に落ちたユーアムを見下ろしながらガロンは下劣な言葉を投げつけた。
そしてピシャリと窓を閉め、ユーアムはパーティを追い出されたことを実感した。
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「酷い目にあった」
いつまでも地面に寝ているわけにも行かずユーアムは地面から置き上がった。
ガロンのパワハラは日に日に過激になっている。
(一緒に旅だってときは品行方正、正義感があり、まさに勇者だったのに)
思い返すと、最近はちょっとしたことで殴られ、いびられ、聖剣のサビにしてやろうかと命を脅かされた。
時々見栄えのためにエリアが顔の傷を治してくれたが、それがガロンの怒りをさらに買ってしまったようだ。
あの女もそれがわかってやっている節があるからたちが悪い。
「まあ、仕方ないか、しばらくバフ屋でもやって路銀を稼ぐか」
そう呟き、ユーアムはまずは宿を探し街を歩くことにした。
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一方、勇者ガロン一向はというと
「おい、バカ! 前に出すぎだ! エリアルスラッシュに巻き込まれたいのか!」
「すみませーーきゃぁぁぁ!」
新人の扱いに苦労していた。
長い月日を共に戦ったユーアムと違い、双子の付与師と魔術師は彼のスキルの射程をまだ完全に把握していなかった。
しかもスキル【英雄】の逆境強化の効果で射程にばらつきが生まれ、長い射程の状態だと付与魔法が届かず、ガロンは苦戦を強いられていた
「くそっ、こんなはずじゃ!」
闇雲に剣を振りそれが弾かれる。
「クソぉ!」
ガロンは渾身の一撃を繰り出し、なんとか魔物を怯ませる。
そこを突破口に勇者のパーティは魔物の群れから逃げ出した。
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ユーアムがパーティら追い出されて一週間が経った。
彼が滞在する街ではガロンの話をよく聞くようになってた。
どうやら次の街に行こうとしても、魔物をうまく倒せないでいて、立ち往生しているらしい。
あの勇者の看板を背負ったパワハラ男は良くも悪くも目立つ。悪い噂は簡単に千里を駆けるのだ。
「ちょっと聞いたかい、ここの隣の魚屋が、勇者に商品を取り上げられたらしいわよ。金も払わずですって怖いわねー」
ユーアムが酒場で食事をとっているときにもそのような会話が耳に入ってきた。
元パーティメンバーの話は気にはなったが、それよりも目の前をどうすればいいのか彼は頭を働かせた。
「それで、俺になにか?」
「……」「……」
ユーアムの目の前の席に腰掛けているのは、例の付与師と魔法使いの美少女二人だった。
ユーアムが食事をしている最中に、水の入ったコップを持ち現れたのだ。
(ガロンは食事もろくに取らせていないのか)
見ればかなりやつれている。
見かねたユーアムは食事を追加し、彼女たちに振る舞うことにした。
「あの……こんなことを言うのは、大変失礼だと思うのですが、助けてください」
「……ください」
食事が並んだが彼女たちは手をつけず、おずおずとユーアムに震えた声で言った。
ユーアムは怒りはしなかった。
思い詰めた彼女たちの表情を見ればどんな状況かはよくわかったからだ。
「俺が助けたとわかればガロンは君たちに強く当たるだろう……正直もう遅いよ。俺が君たちにできることは、冒険者の先輩として食事を奢って話を聞き、これを分けてあげることだけだ」
そういい、ユーアムは赤い液体が入った小さな小瓶を彼女たちに渡した。
「これは」「なんです?」
「愛用の胃薬」
その後二人は食事をとり、宿へと帰っていった。
ユーアムは空になった胃薬の瓶をみてやっぱり、ストレス溜まっていたんだなと他人事のように呟いた。
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一ヶ月が経っても勇者ガロンが街を出ていく様子はなかった。
時折ユーアムが双子に食事を奢り話を聴くと、どうやら次の街に向かうために沼地の主『邪神王』を倒さなければいけないらしく、そいつは物理攻撃はおろか、魔法もほとんどが効かないらしい。
三度挑戦し、三度失敗、遠征費もバカにできず、さらには王国から進捗が進まないのなら勇者の称号剥奪まで通達が来ているらしい。
(これはガロンが荒れるわけだ)
彼女たちを見れば鎖骨あたりに打撲痕が見え隠れしている。
ユーアムは困ったように頭を掻いた。
こんな状況の時に自分の手助けがバレたら彼女たちはさらに暴力を振るわれるかもしれない。
「とりあえず、胃薬飲んでいきなよ」
せめてもと、ユーアムは赤い液体が入った小瓶をさしたす。そうして渡された薬を双子は飲み干し、再び勇者の元へ戻っていった。
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それから三日後。
「てめぇ! ユーアム! 仲間に戻らないってどう言うことだ!」
ユーアムはガロンに胸ぐらを掴まれていた。
発端はガロンが沼の主『邪神王』の攻略に、しぶしぶユーアムを誘い、ユーアムがそれを断ったことに始まる。
「言葉通りだ。どうしてもと言うならここで土下座でもして誠意を見せるんだな」
「んだよ! このゴミが! できるかそんなもん!」
ガロンは怒りのままにユーアムを投げ捨て、自分の宿へと戻ろうとした。
「まって、ユーアムがいないと私たち先に進むことはおろか、王国にも戻れないのよ」
しかし、聖女エリアがそれを止め、ガロンに耳打ちをした。
ガロンは唾を吐き、地団駄を踏んだが、最終的に膝を折った後、両手を地に置いた。
「謝罪とセットだからな。俺がこれまで受けたパワハラへの謝罪と誠意を見せてもらおうじゃないか」
「く……」
聖女エリアもガロンの隣で自主的に膝をついた。
「ユーアム、どうか許して、……私からも謝るわ」
「エリア……。俺が悪かった、ユーアム……」
二人してユーアムの前で頭を垂れる。
ユーアムはそんな二人を見下ろしていた。
冷たい瞳で。
「もう遅い……くくく。くはははは! 折れたな勇者よ! ついに魂を堕としたな!」
「な……ユーアム! てめ……ぇ、お、おい、なんだそれは…!」
がばりとガロンは怒りで顔を上げた。しかしその勢いは姿を変えたユーアムを見た途端すぐに削がれ、ガロンは恐怖で、硬直した。
紫の肌、赤い瞳、背に浮かび上がるは羽のように広がる八つの腕。
それは人ならざる異形の姿――。
「もう遅い。俺が魔王だ。勇者よこの時を待っていたぞ!」
魔王ユーアムは高々と宣言した。
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全ての仕込みは終わった。
あとはこれをどう料理するかだ。
(煮ても焼いても、不味いだろうが、まあせいぜい楽しもうか)
「てめぇ!」
勇者ガロンは己を奮い立たせ恐怖を振り切った。
光の聖剣を引き抜き、躊躇わずに魔王ユーアムに切りかかる。
魔王ユーアムは背に浮かべた八本の腕を使い、彼の斬撃を弾き返す。
「どうしてだ! 魔王を屠る光の聖剣が効かない!」
「……ハンデをやろう【パワーアップボディ ビスティア】」
光が勇者ガロンを包みこみ、彼の身体能力が強化される。
「な、お前なんのつもりだ!?」
「実力差がありすぎてつまらない。それだけだ」
「ふざけるなッ!」
身体強化された勇者ガロンは暴風のごとく必殺の斬撃を連発する。
魔王ユーアムの八本の腕はそのことごとくをいなすが、勇者ガロンのスキル【英雄】の強敵との補正と身体能力向上で跳ね上がった威力の前に耐えきれず、次々と切り伏せられ、消滅した。
「残すはお前のみだ! 魔王! よくも俺に恥をかかせやがって! 死ね!」
「【エンチャントウェポン オプスクーリタース】」
勇者ガロンのとどめの斬撃に呼応するように、魔王ユーアムはガロンの武器を強化する。
「バカな奴め! どこの魔王が勇者の剣を強化するんだよ! 喰らえ!! レイジングスラッシュ!」
光の聖剣が煌めき、魔王ユーアムが気がついた時には眼前に剣が迫っていた。
勇者ガロンが魔王を屠るために編み出した不可避の最速、最強の技だ。
剣が魔王ユーアムと接触し轟音が上がる。
そして剣は砕けた。
「なっ……ば、バカな……光の聖剣が、砕けた。だと……」
「バカはお前だ。俺が何の考えもなくお前を強化するものか」
「な、なんだと……」
魔王を屠る手段を失った勇者ガロンは膝が震え始めている。
それを見た魔王ユーアムはため息を吐いた。
「【オプスクーリタース】とは古の言葉で闇という意味だ。それを俺は何年お前の聖剣に掛け続けた?」
ハッと目を見開く勇者ガロン。
光の相反する闇の魔術を掛けられ続け、光の聖剣はついにその負荷に耐えられなくなってしまったのだ。
魔王ユーアムは言葉を続けた。
「【ビスティア】とは獣という意味だ。ここ数年、お前は暴力的になっていったな。獣のごとく自制の心を溶かし、体を強化する。これがお前にかけ続けた呪文の正体だ」
「そ、そんな」
「人間は恐怖を前にしたとき、発狂する自分を自制し、その後理性を持って恐怖を打破する。お前との旅で学ばされたことだ。勇者ガロンよ」
一歩、魔王ユーアムは勇者ガロンに近づく。
そして、無造作に彼の顔をぶん殴った。
「ぐあああ」
ゴロゴロと数メートル転がるほどの威力だが、強化魔法のおかげで体と顔はつながっていた。
自制を失い、恐怖を抑え込めない勇者ガロンは「ああ、ああ」とうめきながら抵抗する力を失った。
「ひぃ」
勇者ガロンが負けたと判断するや否や、聖女エリアは逃げ出した。
魔王を攻略する手段が消え、自分の盾になる人物もいない状況なのだ。それは生き延びるという一点においてはは正しい判断であった。
「……お前たち『捕らえろ』」
「はい」「はい」
しかし、魔王からは逃れられなかった。
うつろな目をした双子の術師の全力のデバフと拘束呪文の前になすすべもなく、聖女エリアは捕らえられた。
「あなたたちグルだったの!?」
「お前たち人間は仲間との連携をこなし個の強さを圧倒するではないか。ならば個を壊し、仲間を得る、そういう工夫をさせてもらった」
「そ、そんな」
愕然とする聖女エリアは双子の術師に任せ、魔王ユーアムは勇者ガロンに小瓶を割れるように投げつけた。
パリンという音と共に小瓶の中身の粉があふれ出し、勇者ガロンに降りかかる。
「な、なにを……」
「魔界のカビだ。人の細胞の隙間に入り込み、繁殖し、喰らい殺す」
「そ、そんな、ああ、うああぁぁぁぁぁ!?」
勇者ガロンは、最初抵抗しようと振り払おうとするが、手を振るたび、腕にカビが付着し、また呼吸をするたびにカビが体内に侵入してくる。
「痛い、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ! うああああああ」
そして絶叫を上げ瞬く間に絶命をした。
「あ、あぁぁぁ……い、いやぁぁぁ。イヤーーーー!」
その光景を見た聖女エリアは圧倒的な絶望に飲まれた。
自分のあのように死ぬのだと、震え、涙し、汗が止まらないようだった。
「ななな、なんでも、何でもするわ! 私は死にたくない!」
「……そうか、ならこの薬を飲み干したのならお前は見逃してやろう」
そういい魔王ユーアムは、聖女エリアのそばに赤い液体の入った小瓶を置く。
そして双子の術師に指示を出し、聖女エリアの拘束を解いた。
「ほ、本当。本当なのね!」
「本当だ。神に誓おう」
魔王ユーアムの言葉に聖女エリアはすがるように小瓶のふたを開け、薬を飲み干した。
聖女エリアはほぼすべての解毒の回復魔法を取得していた。
勝算は十分あると踏んだのだろう。
「え……あ、れ……な、んで……」
「意識が混濁しなにもできぬだろう。それは眠り薬だ。解毒剤を飲むまで永遠に眠り続ける『夢魔の猛毒』だ。お前には操り人形として、勇者の死亡を王国に伝えてもらう。お前が目覚めるときはすでにお前の王国も魔界の一部になっているだろう」
「そ、そんな……そん、な……」
聖女エリアは解毒魔法を唱える間もなく、深い眠りについた。
(さて、これからか)
「お前たちは一緒についてこい。一緒にもう少しマシな世の中を作ろうではないか」
「はい」「はい」
そうして双子の術師と魔王ユーアムの世界侵略は始まったのだった。
世界は時々勇者を排出するが、勇者が育つ前に旅立たせるなど無能な采配を行い、かくして数年後世界は闇に満ちたのであった。
おしまい
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