第二十話 僕と幼馴染と先輩と修羅場
僕の引いたクジに当たりの印は……ない……だと?
「あ、わたし当たりです」
当たりを引いたのは奈留だった。
「なんでだよぉぉぉぉッ! 僕の宇宙の嘘つきぃぃぃぃッ!」
「言ってること意味不明だぞ、おまえ……引くニャー……」
先輩が白けた視線を送ってくる。
「じゃあ楠先輩を撫でる役は奈留ちゃんに決定ね。先輩は猫の気持ちになりきってくださいね」
「なりきれるか、バカ。……じゃあ、奈留、さっさと撫でろ……ニャー……」
「は、はい、では失礼します……」
奈留が恐る恐るといった様子で先輩の頭に手を乗せて、それからゆっくりと撫でた。
「どうですか楠先輩、宇宙を感じますか?」
玉石さんが興味津々といった様子で先輩に問いかける。
「おまえも大概意味不明だな……そんなもん感じるか、バカ」
「ダメですよ先輩、もっと猫の気持ちになりきってください」
玉石さんが微笑みながら言う。
今の僕には、そんな彼女たちをただ眺めていることしかできない。僕はなんて無力なんだ。
ああ、猫ちゃん先輩を撫でるのは僕の役目だったはずなのに、どうしてこうなってしまったんだ。
いや、あれは僕だ……僕は奈留なんだ……今先輩を撫でているのは僕なんだ……。
「僕は奈留なんだ……僕は奈留なんだ……」
今の僕にできることといったら、そんな自己暗示をかけることくらいだった。
「悠くん怖いんですけど!?」
僕と言葉と視線に、奈留が涙目になって身を竦めた。
「悠介、それは流石に闇が深すぎるからやめて」
茉莉にチョップをされて、僕は正気に戻った。
「はっ!? ぼ、僕は何を!?」
「そんなになるほどにあたしを撫でたかったのか、おまえ……そこまでいくと何か可哀想に思えてきたな……」
「え!? じゃあまた撫でさせてくれるんですか先輩!?」
「何でそうなる!? バカか!?」
「また……?」
茉莉が疑惑の眼差しを僕と先輩に向けてくる。
しまった、つい口が滑ってしまった。
「まるで以前に撫でたことがあるような言い方ね」
茉莉のその言葉に、先輩が目に見えてギクリとする。
……この人も多分、僕と同じで嘘が下手なんだろうなぁ。
「そ、そそ、そんなわけあるか! な、さ、坂井!?」
「そそそそうだよ、茉莉、ぼぼ、僕が先輩を撫でるわけないじゃないか」
しかし、二人揃って致命的に動揺していた!
「……別にどうでもいいけど。嘘が下手な者同士お似合いなんじゃない?」
茉莉は何故だか怒っているように見えた。
まさか、嫉妬しているのだろうか。いや、そんなまさか、茉莉は僕のことなんてどうとも思っていないはずだ。
「おい七瀬。言いたいことがあるならはっきり言え」
投げかけられた言葉に棘があるのを感じたのか、先輩が茉莉に突っかかる。
「もう言いました。二人はお似合いだと」
うわ、二人の目線の間に火花が見える。
「おまえな! こんなのとお似合いだって言われるあたしの気持ちも考えろ!」
先輩、それはちょっと、とても酷い。
そう思ったが、口を挟める雰囲気ではない。
「でも、こんなのに頭を撫でさせたんですよね?」
茉莉は見かけによらず気が強い。負けじと言い返す。
ていうか、みんなして僕をこんなの呼ばわりしないでほしい。泣くぞ。
「そ、それはだな! その、そういう流れだったんだよ! 別にイチャコラしてたわけじゃねーっつの!」
「イチャつく以外に、どういう流れになったら頭を撫でさせるなんてことになるんですか?」
……茉莉、言うなぁ。
って、そんなこと考えてる場合じゃない。僕が原因で二人が揉めてるんだから、どうにかしないと。
ほら、奈留だってオロオロしてるじゃないか。玉石さんは……何故か目を輝かせていた!
「これって、噂に聞く修羅場ってやつかしら!? わたし、初めて見たわ!」
ダメだこの人!
修羅場っていう現象自体に興味津々になってしまっている! ていうかこれ修羅場なの!? 僕を巡って争ってるの!?
もうこの二人を止められるのは僕しかいない!
「二人ともやめてよ! 僕のために争わないでよ!」
「おまえは黙ってろ」
「悠介は黙ってて」
二人に同時に睨まれるが、ここで引いたらダメな気がした。男じゃない。
「黙らないよ。茉莉、僕が先輩を撫でたことは事実だよ。でもそれは決してイチャイチャしてたわけじゃないんだ。僕を殴ってしまったお詫びに、僕のしたいことをさせてくれただけで、不器用な先輩なりの誠意だったんだよ」
「…………」
茉莉は納得しているのかしていないのか、黙って僕の言葉を聞いていた。
「二人ともごめん……誤解されるようなことを言った僕が悪かったんだ。別にやましいことをしたわけじゃないんだから、隠そうとしないで、最初からこう説明するべきだった」
僕は二人に頭を下げる。
事実、今言った通りだと思う。僕が余計なことを重ねてしなければ、二人が揉めることもなかったんだと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「……そう。わたしの方こそ、変に気にしすぎたのが悪かった。……すみませんでした、先輩」
「……ああ、あたしの方こそ。突っかかって悪かったな、七瀬」
僕の謝罪で二人は冷静になったようで、お互いに謝り合った。
「良かった。これで仲直りだね」
一件落着……と言っていいのだろうか。
結局、茉莉がなんで怒ったのかはわからなかったが、今は聞くだけ藪蛇だろう。
それからはみんなでゲームをして時間を過ごした。
先輩は茉莉ほどではないがゲームが得意なようで、茉莉に負けた腹いせなのか初心者の僕たちをボコボコにして鬱憤を晴らしているようだった。
しかし僕は忘れていた。こういった対戦モノにおいて、奈留が極度の負けず嫌いだということを。
負けず嫌いの奈留が先輩に挑み続けているうちに、下校時刻となる。結局奈留は先輩には勝てず終いだった。
「むぅぅぅ……先輩、また今度です! 次は勝ちますから!」
「あっはっは、いつでも相手になってやるよ」
そんな二人の様子を微笑ましく僕は見ていた。
「何ニヤけてるの」
そう言いつつも、茉莉の言葉には先ほどのような棘はない。
「だってさ、こうやってみんなで集まってワイワイやれるのって、なんか良くない? 奈留に居場所を作れたなら嬉しいなって思って」
「……そう」
「あと、茉莉にもだよ」
「わたし?」
茉莉が意外そうな顔をする。
「だって茉莉、今まで僕や隼人、高志以外と遊ぶことなんてなかったでしょ?」
「ふぅん。悠介はわたしが友達のいない可哀想な奴だって言いたいのね」
「いやそうじゃなくてね!? 何でそういう風に受け取っちゃうかな!? たしかに僕の言い方も悪かったかもしれないけど!?」
慌てふためく僕を見て、茉莉がくすりと笑った。
「……冗談よ。ありがとうね、心配してくれて」
「あはは……昔から茉莉の冗談はわかりにくいんだよ……」
「ふふ、ごめん」
そう言って、二人笑い合う。
茉莉がこんなにはっきりと笑うのを見たのは、随分と久しぶりだ。
僕はこの場所が、みんなにとって良き居場所になればいいと、心の底からそう願うのだった。
ストックが切れたので明日から頑張って書きます……!
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