第十九話 僕と彼女たちと運命のくじ引き
玉石さんが四本の割り箸クジを作り、当たりの印が見えないように握って僕らへと向けてくる。
「四本……? 部員は僕と玉石さんと茉莉とで三人のはず……あ、もしかして僕二回引いてもいいの?」
「あのね坂井くん、何がもしかしてなのか全然わからないけれど、これは奈留ちゃんの分よ」
玉石さんが呆れた顔をする。
「わ、わたしもですか?」
「もちろん。ただ見てるだけなんてつまらないでしょ?」
どうやら奈留を気遣ってくれているようだ。
「ありがとうございます、玉石先輩。お言葉に甘えて参加させていただきますね」
奈留が笑顔でお礼を言う。
なんてことだ、ライバルが増えてしまった。
僕はこの戦いに負けるわけにはいかないのに。
――――そうだ、いいことを思いついたぞ。
「ねぇ、奈留は猫ちゃん先輩を撫でたいの?」
「誰が猫ちゃん先輩だボケ! ニャー!」
先輩が律儀にニャーと言いながら抗議する。一度決められたことはきちんと守ろうとするあたり、根が真面目なのだろうと思う。
「え、ええと……撫でたいかと聞かれると、取り立てては……」
「そうだよね。じゃあ、奈留が当たりを引いたら僕に撫でる権利をくれないか?」
そう、これなら勝率を四分の一から二分の一まで上げられるのだ!」
「え、えぇ……?」
奈留が困った顔をして、僕と玉石さんと先輩とをそれぞれ順番に見ていく。
「不正はダメよ、坂井くん」
玉石さんにぴしゃりと言われてしまうが、その程度で諦める僕ではない。なんと言っても猫ちゃん先輩を撫でる権利が懸かっているのだ。
「なんでさ!? 同意があるなら不正じゃないでしょ!? これは言わば僕と奈留の協力プレーだよ! ねぇ奈留!?」
「え、ええぇ……」
奈留がますます困惑していく。
「こら、奈留ちゃんが困ってるでしょ。ダメなものはダメ、フェアにやりましょう」
「なんで!? なんでダメなのさ!? 協力プレーがダメな理由を明確に教えてよ!」
「きょ、今日はいやに粘るわね、坂井くん……」
玉石さんが引き気味に言う。
「僕は絶対に猫ちゃん先輩を撫でたいんだ! そりゃ粘るさ!」
「キモ。引くわー」
茉莉が冷たい視線を送ってくるが、構うものか。
「そこまでしてあたしを撫でたいのかよ……正直キモいぞ、坂井…………ニャー」
「うん……悠くん……正直ちょっと気持ち悪いです……」
茉莉だけならまだしも、先輩や奈留からまでキモコールを浴びせられ、ちょっとだけ傷ついた。
「はぁ……わかったわよ。同意の上でなら協力プレーを認めてあげる」
しかし傷ついた甲斐あり、渋々といった様子ながら玉石さんが了承してくれた。
「やった! 奈留、もちろんいいよね!?」
「……普通に嫌なんですけど」
てっきり快諾してくれるものだとばかり思っていた僕にとって、それは予想外の返答だった。
「な、なんでさ!?」
「…………だって、今の悠くん、気持ち悪いから」
――――それは汚物を見るような目だった。
従姉妹にそんな目で見られて、僕はようやく自分の過ちに気がついた。
僕は何をバカなことをしようとしていたんだ。
「……ごめん、僕が間違ってたよ。奈留のおかげで気がつけたよ、ありがとう……」
「悠くん……! ようやく正気に――――」
「そうだよね! 猫ちゃんを撫でる権利は、自分の力で掴んでこそだよね! 人に頼るなんて僕はどうかしていたよ!」
奈留がギャクマンガのようにずっこけた。
「そういうことじゃないです!」
「僕は正々堂々と勝負するよ……この坂井フィンガーで勝利を掴んでみせる!」
「悠くん……昔はこんなじゃなかったのに……」
奈留が遠い目をしていた。
「……元から多少おかしいところはあったけど、最近誰の影響を受けたのか拍車がかかってるのよね」
茉莉が玉石さんをジト目で見ながら言う。
「え!? わ、わたしのせいなの!? 坂井くんって元からこんな調子だったんじゃないの!?」
「そうだよ。僕は玉石さんの宇宙に触れて生まれ変わったのさ……ニュー・スペース坂井にね……」
「超絶ダサい名前に生まれ変わったニャ、おまえ」
先輩が何か言っているが、これからこのスペース坂井に撫でられる子猫が鳴いていると思えば痛くもかゆくもなかった。
「さあ、クジを出せ、玉石さん! 僕は今なら誰にも負ける気がしない!」
「……わ、わたしの宇宙がこんなのを生み出してしまったの……?」
玉石さんは戸惑いながらも割り箸クジを握り、改めて僕らの前に差し出す。
「……こんなのって言わないでよ」
ニュー・スペース坂井の生みの親にそう言われると、流石の僕も結構傷つくよ。
いや、今はそれよりもクジに集中だ。
感じろ坂井……クジの中に眠る宇宙の波動を……!
僕は四本の中から、最もビビッときた一本を掴んだ。
僕の中の宇宙が選んだ一本だ、間違いないだろう。僕は早くも勝利を確信していた。
僕の後に続いて、茉莉と奈留もそれぞれ一本を選ぶ。
「よし、行くよ……せーの!」
僕の掛け声で、玉石さんの手の中から全員で一斉にクジを引き抜いた。