第十七話 僕と従姉妹とトンファー
え? うそ? いつから? まさかさっきの聞かれてた? いや、そのドン引きしてる顔からして聞かれてたんだね?
「…………」
「…………」
目が合ったまま、お互いに何も言えずに時間が流れて行く。僕の右手には姉さんの赤いパンツが握られたままだった。
「ゆ、悠くん……」
先に口を開いたのは奈留の方だった。
「な、なにかな?」
「そ、そんなにパンツ……好きなんだ……?」
奈留は動揺からか、敬語を忘れていた。
「ち、違うんだ! 僕が愛してるのはパンツであってパンツじゃなくて! いやパンツは愛してるけど、それは一つの側面でしかなくって!」
僕はもう混乱しすぎていて自分でも何を言っているのかわからなかったし、何故か姉さんのパンツを破り捨てるという暴挙に出てしまった。あとで殺されることが確定したが、今はそれどころではない。
「そ、そう……。じゃあ、お姉さんのパンツ以外は好きなんだ……」
奈留よ、当たり前のことを聞かないでおくれ。
しかしここで素直に肯定してまっては、僕はまた変態のお兄さんに逆戻りだ。ここはどうにかしなくてはならない。
「……奈留、ごめん、僕は嘘をついた。僕、本当はパンツのことなんかどうとも思っていないんだ。むしろ嫌いなんだ。だけど、そんな一方的に嫌ったら、パンツに申し訳ないだろ? だから愛してるって言ってみたりしたんだよ……でもダメだった……! 僕はパンツのこと、本当には愛してなんかいなかったんだ……!」
僕はシリアスな口調で奈留に語りかけた。
パンツに申し訳ないって何だろうと自分でも思ったが、ここはこのシリアスモードで乗り切ってみせる……!
「え、ええぇ……も、もう、悠くんが何を言ってるかわかんないよ……。え、ええと、つまり……悠くんはパンツのことを好きになりたいの……?」
「それは僕にもわからない」
「そ、そうなんだ……。じゃ、じゃあ……も、もしもだよ? ……わ、わたしの、パ、パンツ見ても……ど、どうとも思わないってこと……?」
奈留もこの状況に混乱しているのか、顔を赤らめながら何かとんでもないことを言い出した。
「そ、それは……」
どうとも思うに決まってるじゃないかッ!
でもそんなこと言えるわけないじゃないかッ!
「あ、当たり前だろ。奈留の子供っぽいパンツなんか見ても、僕はどうとも思わないさ」
そう言って虚勢を張るのが精一杯だった。
「こ、子供っぽくなんかないもん! 見たこともないくせに! 奈留はもう大人だもん!」
しかし、奈留は僕の言葉に予想外の反論してきた。
パンツをバカにされて思わず素が出てしまったのか、子供っぽいと言われたことが癇に障ったのか。
子供っぽくないと言いながらも、口調が子供のころに戻ってしまっている。
自分のことを名前で呼ぶのと、語尾にもんをつけるのは、奈留の昔からの癖だったことを思い出した。
「へぇ……僕にはまだまだ子供に見えるけどな」
釣られて、僕も子供のときのように奈留をからかってしまう。昔、よくこうして意地悪を言って奈留を泣かせては母さんに怒られていた。
「むぅぅぅっ……じゃ、じゃあ、悠くんにはもう一生、奈留のパンツ見せてあげないから!」
「残念だったね奈留。これから一緒に暮らしていくからには僕は奈留のパンツを洗濯したりするし、干されているパンツを見ることだってあるだろうさ!」
「悠くんのスケベ! 遥お姉さんに言いつけてやるから!」
「それはやめて!? ていうか奈留、何かあると昔から姉さんに言いつけてたよね!? その度に僕がどんな地獄を見たか知ってる!?」
封印していた数々の苦い記憶が蘇る。
「姉さんやめてよぉぉッ! お尻にヌンチャクは入らないよぉぉぉッ!」
トラウマを思い出し、思わず発狂してしまう。
「そ、そんなことされてたんだ……う、うん、なんか……それはごめんね……」
「はぁ、はぁ…………ああ、わかってくれればいいんだよ…………ごめん、本当ごめん、謝るから姉さんには言わないで……ほんと、マジで……」
この歳になってまでお尻に異物を挿入されたくはないので、僕は必死で奈留に謝った。
「う、うん……。……わ、わたしの方こそ、すみませんでした。取り乱してしまって……」
奈留は発狂した僕を見て冷静になったのか、敬語に戻っていた。
僕は何故だか、それを少し寂しく感じてしまう。
「で、でも、悠くん、わたしが遥お姉さんに何も言わなくても、それ……」
奈留が床に落ちている赤い布切れを指差す。それはかつて、姉さんのパンツだったものだ。
「……あ」
――――その日の夜、僕はお尻にトンファーをねじ込まれたのだった。