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第十六話 僕と従姉妹と生まれた意味

 奈留が来てからほどなくして、タイミングを見計らったかのように荷物が届いた。

 大きめの段ボールが三つ、それらを僕と奈留とで空き部屋へと運んだ。


「何が入ってるの?」


「ほとんどは衣類です。あとは学校で使う教科書やノートとかですね」


「そっか。じゃあ僕が手伝えるのはここまでかな」


「はい、ありがとうございました」


 奈留が笑顔でお礼を言う。

 とても可愛らしいと思うが、それと同時に僕は奈留の言葉遣いに先程から違和感を覚えていた。


「どうして敬語なの? 従姉妹なんだから、そんな気を遣わなくてもいいのに」


「え、ええと……従姉妹とはいえ、歳上ですから……目上の方には敬意を払うべきかなって……」


 なんていい子に育ったんだ、この子は。

 奈留は立派だ。立派に成長している。心も体も。そう、体も。って、僕はなんてことを考えているんだ!


「ああ、僕のバカーッ!」


 邪悪な心を払うために、僕は自分の顔を全力でビンタした。部屋にバチーンと大きな音が響き渡る。


「ええっ!?」


 当然のことながら、奈留はそんな僕を見て驚いていた。それから心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる。


「ゆ、悠くん、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」


「う、うん、大丈夫、気にしないで。僕は自分にビンタをするのが好きなんだ」


 ほんの一瞬とはいえ、奈留に下心を抱いたなんて言うわけにもいかず、僕は咄嗟に適当な言い訳をした。


「えぇぇ……」


 しかし言い訳の仕方を間違えたようで、流石の奈留も引いているようだった。


 当たり前だ、これじゃまるで僕が自分をいたぶるのが大好きな変態みたいじゃないか。


 これから一緒に暮らしていくというのに、こんな誤解をされたままなのは非常によろしくない。


「な、奈留、あのね、えーと、今のは違くてね? 僕、ちょっと言葉を間違えちゃったんだ」


「そ、そう……なんですか? じゃあ、どうして自分にビンタを……?」


 うーん、ここはなんて答えるのがいいんだろう。

 まともな理由で自分にビンタをする人間など僕は知らないので、この場での正解がわからなかった。


 ……どうにかして誤魔化してみよう。


「……奈留、いいかい。世の中には知らない方がいいこともあるんだ」


 僕は真剣な顔で、それがとても大事なことのように語りかけた。


「え、ええっと……?」


「この件はこれ以上追求してはいけない。いいね?」


「は、はあ……よくわからないけど、わかりました……?」


 奈留の頭の上にクエスチョンマークが見えるが、どうにか急場はしのげたようだ。危うく同居初日から変態のお兄さんだと思われるところだった。


「……あ、あの、悠くん、すみません、お手洗いを貸していただきたいのですが」


 トイレに行くことを知られるのが恥ずかしいからか、奈留が少しだけ赤面しながら言う。


「そんな貸してとか言わなくてもいいのに。今日からここは奈留の家でもあるんだから。トイレは一階の突き当たりだよ」


「ありがとうございます」


 部屋から出て行く奈留を見送って、僕は安堵のため息をつく。


「危なかった……」


 本当に色々と危ない。


 これは姉さんのせいだ。姉さんがあんなことを言うから、僕は奈留の体を意識してしまったんだ。そうに違いない。断じて僕がスケベだからというわけではない。


「にしても、奈留……」


 可愛くなったなぁ。従姉妹とはいえ、これからあんな子と一緒に住めるだなんて僕はラッキーだ。


 これからきっとお約束がたくさん待っているんだろう。


 奈留がお風呂に入っているときにうっかり僕が入っちゃったりとか、トイレを開けたら鍵を閉め忘れた奈留がいたりとか……。


「むふふ……オラ、ワクワクすっぞ!」


 溢れるテンションを抑えきれずに、思わず強敵に出会った主人公のようなことを言ってしまった。


「あ、まずい」


 洗濯物をしなくてはいけない。

 我が家は両親が仕事で不在のため、家事は僕か姉さんが、その日休みの方がすることになっている。


 一階に降り、浴室へと向かう。我が家の洗濯機は浴室前にある。浴室のすぐ近くにはトイレがあり、そこに奈留がいると思うと何故か少しだけテンションが上がった。


 脱衣カゴの中の衣服を洗濯機の中に放り込んでいく。


「しかし、なんでかなぁ」


 姉さんの赤いパンツを手に、僕は思考にふける。


 女の子のパンツを見たら普通はドキドキするのに、身内のパンツを見ても何も感じないのは何故なのだろうか。脳内フォルダに保存する気すら起きない。


 パンツというもの自体は同じであるはずなのに、不思議なものだった。


「いや、待てよ……もしかして……」


 パンツとは、それ自体は大したものではないのかもしれない。誰が穿いているパンツなのか。真に重要なのは、そこなのではないか……?


「なんてことだ……」


 僕はどうやらパンツへの愛から、一つの真理にたどり着いてしまったようだ。

 この真理を一体どれだけの人間が知っているのだろうか。もしかすると、僕が第一号なのではないか……?


「そうか、僕はきっと、パンツを愛するために生まれてきたんだな……」


 ……なんてね。


 もちろんそんなことはこれっぽちも思っていない。

 何バカなことをやっているんだろうと赤いパンツを洗濯機に放り込もうとしたとき、不意に視線を感じた。


 そこにはいつからいたのか、奈留が立っていた。

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