第十五話 僕と可愛い来訪者
それは日曜日の出来事だった。
昼過ぎまで惰眠を貪っていた僕は、来客を告げるチャイムの音で目を覚ました。
姉さんはもう仕事で家を出ている時間なので、僕が出ざるを得ない。
面倒くさいし無視してしまおうかと思ったが、これがもし姉さんがネット通販で頼んでいたものが届いたのだとしたらそうもいかない。
以前そんなことがあり荷物を受け取らなかった僕は、三十分間電気あんまをされ続けるという地獄を味わったのだ。
「はぁ……」
僕はため息をつきながらベッドを抜け出し、二階の自室からパジャマ姿のままで一階に降りていき、玄関のドアを開けた。
そこにいたのは配達員ではなく、女の子だった。歳は僕と同じくらいのように見える。
「……えーと、どちら様ですか?」
僕はその子に見覚えがなかったし、女の子がわざわざうちを訪ねてくる理由にも心当たりがない。
「ええっ!?」
しかし、僕の言葉に女の子はショックを受けたのか、その顔がみるみる青ざめていった。
「わ、わたし場所間違えたのかな……いや、そんなはずは……」
女の子が独り言を言いながらキョロキョロと辺りを見回す。
「……ううん、やっぱり間違いない……昔来たことあるし……」
ここに来たことがある?
どういうことだろう?
「ええっ……だとすると、悠くんは私のこと忘れてるんだ……それはそれでショックッ……」
頭を抱えながら独り言を続ける女の子。
「え? 僕、君と会ったことある?」
全然覚えがないぞ。こんなに可愛い子を、この坂井悠介が忘れているというのか……? そんなはずは……。
「あの……坂井悠介さん……ですよね? 遥お姉さんから聞いていませんか……?」
女の子が恐る恐るといった様子で問いかけてくる。
何故ここで姉さんの名前が出るんだろうか。
「姉さんから……? ま、まさか……」
そうか、わかったぞ。
これは姉さんの悪戯に違いない。
可愛い女の子を送りつけて僕がどういう反応するかを見ようとしているんだ。きっとどこかに隠しカメラを仕掛けて、この状況を撮っているに違いないっ!
「あ、あの、どうかしたんですか?」
隠しカメラを探そうと辺りを捜索し始めた僕を、女の子が怪訝そうな顔で見ていた。
「ぼ、僕は騙されないぞ! 姉さんと結託して僕を笑い者にする気だな!?」
「そんなことしませんってば!? ええぇ……もしかして本当に何も聞いてないの……? ていうか、完全に忘れられてるの確定……」
女の子はがっくりとうなだれた。
その時、僕のスマホが振動して着信を知らせてきた。画面には、大好きなお姉ちゃんと表示されている。姉さんに強制的にこれで登録させられたのだ、忌々しい。
「もしもし?」
忌々しいと思いながらも、三コール以内に出ないと酷い目に遭わされるので、僕は姉さんからの電話は脊髄反射で取ってしまう悲しい習性を持っていた。
『あー、もし? ごめん、あんたに言い忘れてたことがあったよ。今日から奈留が一緒に住むことになってるから』
何でもないことのように、とんでもないことを言ってくれる。同居人が増えるって相当に大事な話だと思うんだけど。
「奈留って? んん……? 聞き覚えがあるような……?」
状況的に考えれば、目の前のこの子がそうなのだろう。僕の言葉に、うんうんと頷いてるところを見ても間違いない。
『薄情な奴ね。従姉妹の奈留、忘れたの? 昔はうちにもよく遊びに来てたでしょ』
「ああ! あの奈留? 言われてみれば面影があるかも……」
奈留は僕の一つ歳下の従姉妹で、最後に会ったのはたしか十年近くも前だ。
叔父さん、つまり奈留のお父さんの転勤がきっかけでこの街を離れ、それからはぱったりと会うことがなくなっていた。
『何だ、もう来てたのね。そんじゃ、そういうことであとよろしくー』
「よろしくって、何をどうすればいいのさ!?」
『あんたの隣の部屋、空いてるでしょ? そこが奈留の部屋になるから。荷物もおいおい届くはずだから、それを部屋まで運ぶのを手伝ってやって』
「ああ、そう、それくらいなら、まあ……」
『ねぇ悠介』
「なに?」
『奈留はどう? 可愛く育ってる?』
姉さんの言葉に、思わず目の前の女の子――奈留の顔を見てしまう。そんな僕を見て、奈留はキョトンと首を傾げた。
そんな仕草も含めて、可愛いか可愛くないかで言えば、間違いなく可愛い部類に入るだろうと思う。
「……まあ、うん」
しかし、素直に可愛いと答えると茶化されるのが目に見えているため、僕はあえて言葉を濁した。
『そう。それじゃあ、可愛い弟にいいことを教えてあげるわ』
嫌な予感しかしない。
「……なに?」
『従姉妹とは結婚できるのよ』
「なっ!?」
僕が言葉を返す前に、電話を切られてしまった。
……姉さんはやっぱり悪魔だ。そんなことを言われると否が応でも意識してしまうじゃないか。そして、そんな僕を見て楽しむのだ、あの人は。
「あのぉ、今の電話……もしかして遥お姉さんですか……?」
僕が電話をしている間、じっと待っていた奈留が恐る恐るといった様子で問いかけてくる。
「ああ、うん。ごめんね、奈留が来るってこと、僕に言い忘れてたみたいで。ひどい人だよね、まったく」
「あはは……」
「いや、ひどいのは僕の方か……ごめんね、奈留のことすぐに気づけなくって……」
「むー、そうですよ。わたし傷つきました」
「ご、ごめんって。だって奈留がこんなに可愛くなってるなんて思わなかったから」
可愛いと言われた奈留の顔がみるみる赤くなっていく。
ていうか、僕もよく女の子に向かって可愛いだなんて言えたな。自分でも不思議だ。最近、女子と触れ合う機会が増えたからだろうか。
「そ、そんなっ……お世辞言っても……許しませんからっ……」
奈留がもじもじとする。
やだこの子、可愛い。本当に僕の従姉妹なの?
「ま、まあ、いつまでもこんなところで立ち話も何だし、とりあえず上がってよ。僕も着替えてくるからさ」
「あ、はい。……あ、あの、悠くん……」
「なに?」
「今日から、よろしくお願いしますね」
玄関の手前で、奈留がぺこりと頭を下げる。
あのやんちゃだった子が、随分と礼儀正しくなったものだ。
「うん、こちらこそ。よろしくお願いします」
昔、僕たち本当の兄妹のように仲が良かった。
またそんな風になれればいいなと思いながら、僕も奈留と同じように頭を下げた。