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第十話 僕と先輩と黒いパンツ

 僕は廊下を全力で駆け抜け、降りの階段を一段飛ばしで駆け下りた。


「とぉぉぉりゃぁぁぁッッッ!」


 背後からの声に振り返ると、僕は我が目を疑った。


「嘘でしょ!?」


 なんと先輩は階段を下りずに、直接僕目掛けて飛び降りてきたのだった。もちろん黒のパンツは丸見えだった。


 先輩は変身した仮○ライダーのようにそのまま僕の背中を蹴り飛ばした。


「いぎぃ!?」


 僕は情けない悲鳴を上げその場に倒れ込み、先輩に背中を踏みつけられていた。

 鬼ごっこが始まって間もなく、僕は捕まってしまったのだった。

 うつ伏せの状態で頭だけ動かして上を見ると、怒った顔の先輩と目が合う。慌てて目を下に逸らすと、また黒のパンツが目に入ってきた。


「あんた、たしか坂井だっけか。去年文化祭の実行委員で一緒だったよな」


 先輩が僕を踏みつけたまま言う。

 怖くて目を合わせられないので、僕は先輩のパンツを見たまま頷いた。


 どうやら名前を覚えられていたらしく、逃げたのは完全に無駄な行動だったようだ。それどころか心証を悪くする悪手だったかもしれない。


「い、いやぁ、先輩に名前を覚えてもらえていただなんて光栄だなぁ」


 できるだけ刺激しないように言葉を選ぶ。


「あたしのパンツの色をバラすとか何とか言ってたな? あれは何なんだ?」


「うぐっ……なかなか痛いところを突いてきますね、先輩……」


「バカか! 突いて然るべきところを突いてんだよ! さてはおまえバカか!? それか変態だろ!?」


「ぼ、僕は変態じゃありませんよ! 信じてください!」


「変態じゃない奴がいきなりパンツの色バラすとか言うか! おまえは間違いなく変態だっつーの!」


 そのあまりにも断定的な態度に僕は少しだけカチンときた。


 何だい何だい、最近みんなして僕のことを変質者とか変態とか言ってくれちゃって!


 ここは一つ言い返してやろう!


「先輩が無防備なだけですよ! 今だってパンツ丸見えだし!」


 先輩は僕に言われるまでそのことに気がついていなかったようで、慌ててスカートを手で押さえた。それから顔が耳まで真っ赤になった。


「か、勝手に見るなぁ!」


「先輩が勝手に見せたんですよ! 僕はそこにパンツがあるから見ただけです! それは一人の人間として、ごく自然な行動だった! 違いますか!?」


「え、えっ……そ、そう言われると……あたしも悪かったかもしれないけどさ……」


 自分でも力押しの無茶苦茶な論理だったと思うが、どうやら先輩は押しに弱い性格のようで、オロオロとし始めた。


 これは、このまま押し通せるんじゃないか……?


「わかればいいんです。さあ、足をどけてください。いつまで善良な一般人である僕を踏んでいるつもりですか?」


「あ、ああ……わか――――ったって言うわけないだろ!? 善良な一般人がいきなりパンツとか言うかこの変態! 危うく流されるところだったじゃねーのよ!」


 くっ、ダメだったか……。

 こうなればもう、事情を素直に話すしかない。というか、最初からそうすればよかったんだ。


「先輩、落ち着いて聞いてください。僕がパンツがどうの言ったのは誤解なんです」


「誤解ぃ?」


 先輩が怪訝そうな顔をする。


「あれはその、何と言いますか……考えてたことがうっかり口から出てしまっただけで、先輩を本当に脅すつもりなんかなかったんです。信じてください」


「……いや、そんなこと考えてるだけでもやべぇ奴だし、うっかりでも口から出すのもやべぇ奴だし、結論あんたやっぱ、やべぇ奴じゃねーのよ」


 一息に三回もやべぇ奴呼ばわりされてしまった。

 僕はそんなにやべぇ奴なのか……? 最近そんな風に言われることが多いから、自分が本当に常識人なのか不安になってきた。


「……で? あたしに何か用だったのか? 聞くだけ聞いてやるよ」


「その前に足をどけてもらえると助かるんですが」


「……わかったよ」


 渋々といった様子だが、先輩が足をどけてくれた。

 僕は制服の汚れを払いながら立ち上がり、先輩と面と向かう。身長差があるため見下ろしてしまう形になり、これは何だか失礼な気がしたので膝を折って目線を合わせる。


「……それ、ガキ扱いされてるみたいでムカつくからやめろ」


 先輩が僕を睨みつける。

 どうも先輩に対してはあらゆる行動が裏目に出てしまう。相性があまり良くないのかもしれない。


「すみません、先輩を見下ろすのも失礼かなって思いまして」


「こっちはもうそんなの慣れてんだよ。いいから用件を言え」


「実は僕、新しい部活を作ろうとしているんです。それで、先輩を誘ってみようかなぁって」


「断る。じゃあな」


 先輩はそそくさと踵を返して立ち去ろうとする。僕は慌ててその肩を掴んで引き止めた。


「ま、待ってくださいよ!」


「何だよ? まだ何かあるのか?」


「だって、まだ部活の内容も聞いてませんよね!?」


「あたしはバイトが忙しいから部活なんかやってる暇はないんだよ」


「バイトがないときだけでもいいですから!」


「第一、なんであたしなんだよ。他にいくらでもいるだろ」


「そ、それはですね……」


 ここでなんて答えるかは重要だぞ。

 先輩の気を引けるような、必殺の一言を放つことができればきっと勧誘に成功するはずだ。


「部の活動っていうのが、気持ちいいことや面白いことを探すっていう、ちょっと変わった部活なんですけど。先輩興味ありそうだなぁって」


「何を根拠に言ってるんだよ」


 先輩が呆れた顔をする。

 もちろん根拠なんかなかった。

 しかし先輩は押しに弱いはず。ここは押せるとこまで押すしかない……!


「でも先輩……気持ちいいこと好きですよね?」


 僕は攻勢を作るために言葉だけではなく、ずいっと一歩体を先輩に寄せる。すると先輩が一歩後ずさった。


「だ、だから何を根拠に言ってんだよ!」


「わかるんですよ、僕にはね」


 僕がまた一歩前進すると、先輩が一歩後退する。


「だ、だからぁ! 根拠を言え! 根拠を!」


 先輩が顔を赤くする。それが羞恥によるものなのか憤怒によるものなのかはわからない。


「根拠はですね、先輩のパンツですよ……」


 僕が一歩進む。先輩が一歩下がる。先輩の体は廊下の壁にぶつかり、それ以上の後退はできなくなってしまった。


「パ、パ、パンツがなんだってんだよ!」


「黒いパンツを履いている女子は快感に飢えている……これは最近の研究で明らかになった統計的事実です」


「え!? そ、そ、そーなのか?」


 先輩の目が泳ぐ。


 自分でも何を言ってるのかよくわからないが、やはり先輩は押しに弱かったようで、話の中身よりも雰囲気に流されてしまっているようだ。


 ……この人いつか悪い男に騙されるんじゃないかな。


 ちょっとした罪悪感にさいなまれながらも、これも部員勧誘ミッションを成功させるためだ。僕は心を鬼にして、トドメの一言を投げかけた。


「そうなのかどうかは……自分の胸に聞いてみればいいんじゃないですか?」


 どんな心当たりがあったのかは知る由もないが、先輩は赤い顔をさらに真っ赤にし、うつむいて黙り込んでしまった。


「僕の部活に入れば、きっと今よりも充実した日々が手に入りますよ。だから入りましょう?」


「バ、バカか! そんないかがわしい部活が許されるわけないだろ!」


「いかがわしくなんかないですよ。ただ気持ちいいことや面白いことを探求するだけの部活です。僕は先輩と一緒に青春がしたい」


 よくもまあ、すらすらと言葉が出てくるものだと僕は自分でも少し驚いていた。


 先輩は少しの間、黙り込んでいたが、やがてその小さな口を動かして、絞り出すように言葉を紡いだ。


「……わかった、少し興味は出てきたから、仮入部ってことでなら、入ってやってもいい」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


「か、勘違いするな! あくまで仮入部だからな! 気に食わなかったらすぐ抜けるからな!」


「わかりました。じゃあ、明日の放課後、天文部の部室に来れますか? そこで改めて活動内容の説明をしますから」


「ああ、明日は……」


 先輩がスマホでスケジュールを確認し、頷いた。


「……一時間くらいならいいぞ。それ以上はバイトがあるから無理だ」


「やった! 全然大丈夫です!」


 嬉しさのあまり先輩を抱きしめたくなるが、流石にそれをするとここまでの苦労が水の泡になるのは目に見えているため自制する。


 こうして四人目のメンバーが加わることになり、僕は明日の顔合わせを楽しみにしていた。

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