三話目:心温もるおかいさん【前編】
「そう、ですか兄上は来ていませんか…
ありがとうございました、失礼します」
将軍補佐役、徳川哲は
城から抜け出した兄の行方を探していた。
若干粗野な言動と
城を抜け出す癖があるのが
たまに傷だが
哲の5つ上の兄は
【名将軍】の呼び名もたかい
第8代征夷大将軍、徳川雷である。
兄弟同じく、紺色の髪に
左目の下の泣き黒子を持ち
大きな見た目の違いをあげるなら
髪の長さと眼帯の有無程度だが
勉学・運動…あらゆる面で
哲は雷に勝てた事は1度もない。
天才タイプの雷に比べ、哲は凡人タイプである。
同じ両親から生まれたにも関わらず
何故こんなにも差があるのかと
哲なりに悩み、涙した日もあったが
お江戸の町の為、また日の本の為
自分なりにやれる事をやろうと歩んできた。
その甲斐あってか、将軍補佐役として
認めて貰えるようになったものの
仕事はと言えば、この様に専ら
兄の捜索で時間が潰れる事もしばしばだ。
哲は軽くため息をつきつつ
雷の行きそうな所の心当たりを
脳内で整理する。
(ここの団子屋にもいないという事は
後はあそこと…!もしかして)
ふと知り合いの兄妹の経営する
定食屋の存在を思い出した哲は
その定食屋へと足を進めるのだった。
ーーーーー
定食屋神楽屋の店内の時計が
14時を告げると同時に、2代目店主
毛利晴の腹の虫が鳴った。
お昼を過ぎると、夕方前まで
あまり来客はない神楽屋だが
今日は珍しく先程まで
客足が途切れなかったのだ。
ゆっくりとしたい所だが
まずは何か腹にいれなければ!
早速遅めの昼食作りに
取り掛かろうとしていた晴だったが
現在、厨には給仕を務める妹
瑚子の姿がある。
「あの、瑚子?」
「今日のお昼は私が作るから
お兄ちゃんは休んでてね」
「…はい」
口調は優しいにも関わらず
妹からビシビシと感じる無言の圧力…
ただ従う以外の選択肢など兄にはなかった。
ーーーーー
今日は来客が多かった所為だろう。
余った冷やご飯と梅干し
卵が1つ、そして調味料という
寂しすぎる冷蔵庫の中身を見て
瑚子はため息をつく。
どのみちこの冷蔵庫の有り様では
この後の来客に備えて
神楽屋の左隣、徒歩に換算して
数十歩の距離ある自宅に
食材を取りに行かなければならない。
自宅に食材を取りに向かえば
食料の準備も整う上に
昼ご飯も自由に作れるのだが
今はまず、少しでもいいから
何かしら食べたい気分だ。
そうなると今ある材料を
用いて何とか作るしかない。
余った冷やご飯で作れる料理は
何だろうかと悩む瑚子だったが
ここはまず一旦お茶でも飲んで
気を落ち着かせようと
茶筒に手を伸ばした矢先
茶筒に書かれているほうじ茶の名を
目にして動きを止める。
(!そうだ!お父さんとお母さんが
よく作ってくれてたあれなら…)
瑚子は水を入れた鍋を火にかけると
何やら小さな袋にほうじ茶の茶葉を詰め始めた。
三話目:心温もるおかいさん〜後編に続く〜