08:拳と刃、決着
趣味7割くらいの戦闘シーン。そしてお口の悪い主人公。
実際のところ九狼が笑ったのは七瀬が罠にかかったからではないし、九狼自身に七瀬を罠に嵌めたつもりはなく、そんな意図もない。単純に好機が訪れた事と、煽る際に参考にしている悪役の振る舞い方が後を引いていた事が重なっただけだ。
そして七瀬が唱えた最初の魔法、その効力が切れた時点で九狼の戦術はある程度固まっていた。
その戦術は『相手の攻撃を凌ぎつつ、魔力切れを待って倒す。隙を見せれば斬り込んで削って倒す』というもの。
この時点で『勇者の仲間』としてはだいぶアレだという自覚は九狼にも当然ある。しかし、自身より多く魔力を使っておきながら効力は同程度、持続時間はかなり短いという七瀬の強化魔法を見てしまえば後は時間を稼ぎながら互いの戦闘技術にどれほどの差があるのか、『武道の有段者』相手に自分がどれだけ立ち回れるのか確かめるのみ。
なにせスキルという不可思議な力を授かり、ここ一週間ほど訓練を受けたとはいえ元々九狼は素人。体育の授業以外だと八雲に付き合ってチャンバラごっこに興じた経験程度しかないのだから。
更に自身の担当騎士であるユート・アチルリは本来短剣術を得意としている反面、通常の剣術はそこまで得意ではないのだという。そして九狼や龍一へ主に指導を行っているウィリアムはレベルが違いすぎて現在の力量でどこまで出来るのか測るには向いていない。
だから星井七瀬という相手は丁度良かった。
自身より立ち合いの経験が豊富であること。
しかしウィリアムのような隔絶した技量を持つ相手ではないこと。
頭に血が上りやすく、自身へと怒りを燃やしていること。
彼女の空手の試合をクラス全員での応援という形で見た経験があること。
これらの要素に先の魔法の技量という最後のピースが嵌ったからこそ、九狼は『格上相手に舐めプとかバカじゃねえの?』と自嘲しながらも嫌味を飛ばしつつ試合を行なっていた。
そして現状の自身の技量に徒手空拳相手の捌き方。爆発的ともいえる魔力の増大と、それが短時間しか持続しないという収穫まで得た。ならば後はこの試合に勝つにしろ負けるにしろ終わらせるだけだと構える。
「そもそも実戦を想定しろって言われた以上、そろそろ怒られそうだし」
心なしかウィリアムのいる辺りから注がれる視線が痛い。それから何故か上の観客席、もっと言えば貴賓席からの視線も同様だったりするが、それらは一旦頭の中から閉めだし、木刀は肩口へ。同時に過剰なほどに前傾姿勢。
いつだったか八雲と見たアクション映画のヴィランにこんなの居たなと思いながら肩で息をする七瀬へ向かって突っ込んでいく。対する七瀬も、何故自分がこうまで疲労しているのかわからないまま九狼へと向かって踏み込む。
踏み込みは同時。しかし魔力増大の影響でまだ七瀬の方が早い。そしてそれを七瀬は素早く認識、凶暴な笑みを浮かべつつ九狼の顔に向けて拳を繰り出す。
ここに来てお手本のような正拳突き。威力、速度ともに十分。真正面から食らえば鼻血を出す程度では済まないだろう。
「くらえええええええええええ!!」
「嫌だね、オマエがくたばれ!」
走る勢いのまま身体を地面ギリギリまで沈める。同時に木刀から左手を離して地面を弾き、直前で進路変更。地面スレスレを錐揉み回転しながら直進するというアクション映画染みた動きをしながら七瀬の横を斜めに抜けつつ、彼女が踏み出していた右足、その膝目掛けて木刀を振るい強打。低めの打撲音と、確かな手応え。
「~~~っ!?」
「あづぁ!?」
不安定な姿勢のまま勢いよく地面を転がる。肩、側頭部、背中を打ちつつも即座に立ち上がり振り返ると、打撃によってバランスを崩され尻餅をついたまま痛みに呻く七瀬の元へと再度疾走。木刀を両手で振りかぶり、背後から彼女の首筋目掛けて振り下ろした。
「そこまで!!」
首筋を打つ寸前でウィリアムからの制止が入り、木刀を停止。ウィリアムが二人の元へと歩いてくるのに合わせて木刀を引きつつ七瀬から離れる。
「勝者はクロウ。講評はまた後で行なうことにするのでナナセは先に足を治してもらってこい。騎士の中には回復魔法を得意としている者もいるからな」
「~~~っ!……はい」
ウィリアムの言葉に何かしら言い返そうとして、しかし今の自分が何を言っても止められると理解したのか引き下がる。
立ち上がって片足を引きずりつつ取り巻き含む龍一を囲む女子達の元へと歩いていく七瀬。一度だけこちらを睨みつけてくるが、それに対しては肩をすくめるだけで挑発はしない。流石にそこまで空気が読めないわけではないのだ。
それよりも問題はウィリアムの方である。今はまだ七瀬が歩いていく姿を見ているので、少しずつすり足で距離を離そうとするが
「逃げるなクロウ」
「逃げているわけでは……」
距離を取っているだけです、とまでは言えない。軽口を吐いた瞬間拳骨が飛んできそうだ。
「……何故あそこまで挑発した?」
やっぱり怒られるのだろうかと思いつつ、しかしそのような雰囲気が感じられないウィリアムの様子に首を傾げる。
「……やっぱりマズかったですかね」
少々ばつの悪そうな顔で問い返す九狼にウィリアムは眉間を抑えつつ溜め息を吐いた。
「お前とナナセはここに来た初日に揉めているだろう。この場で更に溝を深めるほど馬鹿ではないと思っていたのだが?」
「……揉めたんじゃなくて一方的に絡んで喧嘩売ってきたから煽っただけですよ?少なくとも訓練にあの時の因縁を持ち込んだのは向こうです」
「つまり、自分は何も悪くないと?」
ウィリアムの真っ直ぐな視線、それによく似た眼光を知る九狼は思わず顔を逸らした。
「……騎士団長はああいう戦い方はお気に召しませんか」
「別にそれは構わん」
「え」
意外な言葉に、九狼はウィリアムに再度向き合う。腕を組み、上から見下ろしてくる視線は、先ほどのものとは違い戦闘者としてのものだ。
「私は言ったぞ。実戦を想定し自由に戦えと。つまり利用できるものはすべて利用しろということだ。当然、必要ならば相手への挑発もして当たり前だ。相手のペースを崩し、本来の実力を発揮させないという目的があるからな。それを踏まえて、わざわざ溝を深める手段を取る必要はあったのか?言ってはなんだが、ナナセは単純な持久戦に持ち込めば勝てる相手だとわかっていたのだろう?」
細かい理論は別として、この世界の魔法の根底には魔力で自身のイメージを具現するという法則が存在する。各人の精神の働きによって魔力は励起され、それらを操ることで魔法は発動するのだ。
精神の働きが関係する以上、心が昂れば試合直前や試合中の七瀬のように無意識に強化が行なわれるがその分出力、ひいては消費も増大する。当然、心が落ち着いていれば魔力は穏やかに、勝手に強化が行なわれ出力が上がるということもない。
これらの法則と元々の熱くなりやすい性格、試合中に何度も魔法をかけ直していた様子からわかる魔力制御能力の低さを鑑みれば、最初から防御に専念していればやがて七瀬は魔力が枯渇。強化された九狼の動きについていけず敗北していたというわけだ。
「まあ……でもそれはそれで反感買ったと思いますよ?臆病者だのなんだのと」
現に七瀬からの攻撃を防いでいるだけで彼女は腹を立てていた。なんか随分嫌われたなと思いつつ、何が彼女の機嫌をあそこまで損ねたのだろうか、地球にいた頃はそうでもなかったはずなのだが……初日のアレやスキルや魔力の件だけであそこまで嫌われるだろうか?
「何しても嫌われる。嫌われない方法はサンドバックになるしかないってならこっちからぶん殴るしかないですよ。殴られて喜ぶ趣味なんて無いし」
元来葉山九狼は誰彼構わず暴力を振るう人間ではないが、かといって何もかもを甘んじて受け入れるような人間ではないのだ。
「いいのか?ナナセは仲間だろう?」
「どうでしょうね?少なくとも向こうはそう考えてないと思いますよ?陽川と他の女子何人かは仲間と思ってるんでしょうけど、男子の大半は陽川の引き立て役か壁程度にしか考えてないでしょ」
溜め息を吐きながら断言する九狼だが、溜め息を吐きたいのはウィリアムの方だ。
彼には王命はもちろん、個人的にも召喚者達を死なせたくないという想いがある。しかし当の本人達がこれではいつか致命的な間違いが起きてしまう。そんな危惧がウィリアムの胸中に込み上げてくる。
「まあ、うちの連中、特に男子はなんだかんだ根性あるし、死なないように団長達が鍛えてくれるんですよね?」
先ほどのうんざりとした顔から一転、今度は信頼を込めた眼差しを向ける九狼。その様子を見てウィリアムは小さく呟いた。
「……まだ見えんか」
「は?」
「いや。では次の試合へと進むぞ!」
説教を受けているのだろうかとこちらを見る生徒達へウィリアムは声を張る。
「あ、じゃあ俺は戻りま―――ぐぇ」
それを受けて八雲達のいる場所へと戻ろうとした九狼の襟を、ウィリアムは掴んで逃がさない。
嫌な予感がしつつも九狼は恐る恐るウィリアムを見上げる。
「あの、団長?」
「喜べクロウ。お前がさっき言ったように、死なないよう鍛えてやろう。それが我が王より下された命でもあるからな」
にやりと浮かべたその笑みが放つ圧力は、歴戦の騎士故に九狼のような若造が逆らえるものではなかった。
「……それとこの状況になんの関係が」
「わからんか」
「……わかります」
「では、お前は続投だ。サトル!前へ!クロウと立ち会え!」
襟を放され、首の調子を確認する九狼。その間にチャラ山が出てきた。
「え、葉山連戦?」
チャラ山が練習用の槍を抱えつつ、お前何したの?という視線を送ってくる。
「知らねえよ……」
「ていうか、ひっどい試合だったな。傍から見たらお前、星井を怒らせた挙句途中までボコられて最終的に怪我させたんだぜ?しかもトドメまで刺そうとしてたろ」
あれみんな引いてたぞ、と告げるチャラ山だが正確にはその対象に、九狼の試合を爆笑しながら見ていた八雲と何故か九狼が煽ったりトドメ刺そうとすると「流石です」と微笑む三徳も入っていたりするのだが。
「うるせえよ。俺にとってはオマエら全員格上なんだからやれることは全部やるんだよ」
木刀を正眼に構える九狼に対して、チャラ山は下段に構えた。互いに身体強化の魔法を唱え、対峙する。
「葉山らしいけど、そんなだから周りからドン引きされるんだぞ?」
「……まずはオマエの黒歴史から暴露してやる」
「降参していい?」
「ダメ」
直後、ウィリアムによる開始の合図。九狼への徹底したシゴキが始まった。
「はあ、はあ……きっつ……」
肩で息をする九狼。既に連戦数は10を超えている。前衛、もしくは近接戦闘のスキルを持つ者達と立て続けに試合を行なった結果、体力も魔力も限界が近い。
せめて息を整える時間くらいはとも思うが、ウィリアムは試合が終わるとすぐに次の試合を始める為、九狼がまともに息をつく暇などほとんどない。
周囲の生徒達も流石にこれは九狼への体罰か何かなのではと思うほどだが、ウィリアムはただ腕組みをして眺めるのみ。副担任の遠山鹿奈多が休憩をと訴えるが、静かにしかし有無を言わさない口調で諫めてくる。その結果が今の九狼の現状だ。
連戦によって、誰よりもボロボロになっている体は熱を帯び、あと数日もすれば12月だというのに一向に汗が止まらない。
なによりさっきからフル回転させている頭が痛い。
「次、リュウイチ!」
「はい!」
「マジかよ……」
そうして当然の如く齎される次の試練。しかも勇者はなにやらご立腹の様子だ。
「葉山」
「なんですか、勇者様」
わずかに怒りを帯びた視線に、九狼は常と変わらず軽く応じる。
褒められた対応ではないと九狼自身分かっているが、これくらい余裕だと龍一に見せる事の方が重要だと判断。なにより、自分自身にまだできると言い聞かせないと、ここまで築いた―――築いてしまった―――連勝記録が容易く終わってしまいそうなのだ。
(別にこだわるつもりもなかったけど)
ここまで勝ち続けた以上、手を抜くなどありえない。そもそもここまで来て負ければ八雲からどんな笑われ方をするか容易に想像がつく。
更には、自身を見下す連中の鼻を明かしてやるのも面白いと悪戯心にも似た思いが九狼の中にはあった。その最たる方法が連中の期待の星である陽川龍一に勝利することならば。最悪引き分けか負けるにしてもとことん粘れば、それだけで周囲の予想を打ち破る事が出来る。その時の連中の顔はさぞ見ものだろう。
こんな思考回路が八雲からダークヒーロー向きだのヴィラン向きだのと言われる理由だと気づいていない九狼はやはりというか、龍一が話しかけてきたことをこれ幸いと息を整える時間に当てている。
対して龍一は僅かに怒っていた。
「葉山。キミはすごい奴だ」
「は?」
急に何を言ってんだこいつ、と九狼も周囲も同じ視線を向ける。
「だからこそ僕は言いたい。どうして七瀬にあんなことをしたんだ」
「……あんなってのは?」
いったいどれのことだろうかと九狼は本気で首を傾げた。勇者殿からお小言をいただくような真似をしただろうかと。そしてそんな内心を見透かしたのか、龍一は更に怒りを募らせていく。
「どうして七瀬を傷つけたのかって聞いているんだ!」
「……あ、それ。いや、訓練だし木刀でぶっ叩けばそりゃあ怪我もするだろ。元々武道やってる人間なんだから怪我くらい覚悟の上じゃね?」
「相手は女の子だぞ!」
開いた口が塞がらないとはこういうことをいうのだと九狼は身を持って体験した。
更には思考が一つの文章で埋まる。
『この期に及んで、このバカいきなりなにを言い出してんだ?』
異世界に呼ばれて、やる気満々で王族や貴族の前で戦うだのなんだの言って、その後のクラス全員で相談した時にも大層な宣言をしていたオマエが、今更訓練如きで怪我をしただのさせただのと、それはいったい何の冗談なのかと。
視線を龍一の後方にいる七瀬へと向ければ、なにやら感極まったかのように口元を押さえている。しかし一時間と少し前にその『女の子』に顔面を砕かれそうになっていた身としては知った事ではないと言う以外にない。
周囲の面々を見れば男子と一部の騎士も呆れたように龍一を見ている。そして二海は頭を抱えている。
「七瀬に言うことがあるんじゃないのか?」
「……ねえよ、そんなもん」
ああ、これは確かに風鳴がナチュラルに保護者になるわけだと九狼は今更に納得した。したからこそ、最早この場での会話は無意味と判断。『強化』の魔法を唱え、全身に魔力を纏う。
「―――ッ!滾り、漲り、燃え上がれ!強靭なるは我が手足!敵手を砕く鉄槌をこの手に!『身体強化』!」
反省の色など一切見せずに会話を打ち切る九狼に龍一も怒りを露わにして魔法を唱えた。身体から噴き出す白い魔力。眩い光を放つ龍一に対して、九狼が纏う魔力はあまりにも弱々しく見える。しかし九狼は表情一つ変えない。
互いに正眼に構える姿を見てウィリアムが号令を掛けた。
「双方、実戦を想定して立ち会うように……始め!!」
「ふっ!!」
木刀を振り上げ九狼へと真っ直ぐ踏み込む龍一。疾風の速度で眼前へと迫った唐竹割りを九狼は木刀を掲げて受け止めた。
「よっし!よくやった八雲とチャラ山!オマエらの犠牲は忘れない!」
「「いや言い方ぁ!!」」
「くっ、またそんな言い方を!!」
受け止めることに成功したとはいえ、龍一と九狼では出力に差があり過ぎる。
木刀が軋みを上げる。想像以上に力を込めていることに背筋が冷たくなりながら、受け太刀は不可能と判断。掲げた木刀は縦に、龍一の木剣を流して体勢を崩させ、空いた隙へと一撃を入れようと踏み込むが
「はあっ!!」
崩れた体勢から片手で木剣を振るう龍一。腹を狙った一閃はギリギリ踏みとどまり回避。その硬直を狙った返しの一撃は再び脳天目掛けた唐竹割り。今度は先ほどのような身体を真っ二つにするかのような一振りではなく、打擲の一閃。
「うおっ、ちょ!」
最初の一撃と比べれば軽い一撃。しかし、それでも強化された勇者の膂力で打ち込まれる以上、決して見た目通りではない。おまけに今九狼に対して打ち込まれてくるのは一撃だけではない。
速度に重きを置いた攻撃。それは地球の剣道でもよく見られる打ち込み稽古の様相を呈しているが、その速度は地球で見られるものを遥かに超えている。一瞬で二、三発ならまだ易しい方だ。龍一自身のリズムと噛みあった瞬間なのか四発五発六発と回数が増える。
「くっそ……!」
幸いと言えばいいのか。剣道で言う面狙いなのか、全て木刀で防げてはいる。しかしそれは一方的に木刀目掛けて打ち込まれているという状況だ。どんどんと後ろへ押し込まれ、先ほどまであった生徒達の集団は彼ら二人を避けるように道を開け、そんな彼らを通り過ぎて訓練場の端へと追い込まれていく。
「戦略的、撤退!」
打ち込みと打ち込みの僅かな間断に自身の行動をねじ込む。敢えて龍一へと向かって跳び込み、そのすぐ横へと自身の身体を放り込む。
受け身を取りつつ立ち上がり龍一に背を向けて走り出す。目指すは訓練場の中心。しかし
「逃げるな、葉山!」
果たして、振り返り九狼を追い越して立ち塞がることを可能とするその速度は一体なんなのか。
「バックスタブ取らないとか舐められたもんだよ!」
しかしだからどうしたと九狼は突っ込む。追いつき追い越し、説教でもしようというのかご丁寧に構えまで解いた大馬鹿者に向かって九狼は木刀を片手で振りかぶり、そして投げつけた。
「なっ!?」
この局面で得物を放り投げるという理解の外にある行動に、龍一は反射的に回避を選択。
「左失礼!」
宣言通り龍一の左、木剣を握っていない側を走り抜け、地面に落ちた木刀へ一目散に駆け寄る。
拾うと同時に龍一へと向き直る為に反転。地面を滑る身体は左手を地面についてブレーキ。素早く龍一へと向かって駆けだした。
呆気に取られていた龍一も振り返り、向かってくる九狼の姿に再び正眼の構えを見せる。
それを想定内だと心中で笑う九狼は、握り込んでいた左手を開帳。龍一の目線の高さへ、握っていた小石を緩く、放物線を描くように投げる。
「え……」
凡人とはいえ、九狼もまた身体強化魔法によって速度は常態から劇的に向上している。そして勇者である龍一ならば言わずもがな。
そんな二人の立ち合いの中、ただ放り投げただけの小石が意味を成すのか?
答えはイエス。一瞬でも小石に気を取られた龍一の視界から、九狼が落ちる。
龍一の視線が小石へと向いた瞬間、突撃の勢いそのままにスライディング。相手の機動力を奪うのは基本とばかりに膝を狙って木刀を振るうがしかし、
「陽川!下!」
訓練場に響いた声。それによって意識を戻した龍一は跳び上がり、九狼の一撃を回避。
「―――ッ」
吐き出した舌打ちの十倍ほど罵倒を脳内に浮かべながら九狼は立ち上がる。
あのクソ女いい加減くたばらねえかな。むしろくたばれ。死ね。
普段はそこまで思わない九狼も、流石に今のは頭に来た。しかしこれも実戦を想定するならありかと無理矢理自身を納得させつつ構え直す。
こちらを見る勇者の視線は姑息な手段に対して怒りに燃えるのと同時に、彼女への感謝を湛えている。
「ありがとう、七瀬!助かったよ!」
龍一の言葉に顔を赤くさせる七瀬を視界に入れて、改めて死ねよオマエと胸中で呪詛を吐きながら、さてどうしたものかと九狼は頭を回す。
正直体力も魔力も限界が近い。そして手に握る木刀も限界が近い。今日の訓練での試合中、木刀も魔力で強化はしていたが格上相手の連戦と龍一からの攻撃を受け続けていたせいか先ほどから防御の為に軋む音がする。
「……折れてもそれはそれで使えるか」
恐らくその光景は陽川の動きを止めるのに十分に役立つだろうと判断。同時にクラスの半分を敵に回すだろうが今更だ。どうせさっきの小石を使った視線誘導モドキで心象は悪い。
「勝ちを狙って何が悪いんだって話だよな」
疲労を隠すために、余裕であると嘯くために不敵に笑う。さあ、お披露目の時間だ。
当初はもっとマシな性格の予定だった主人公。口と性格の悪さが生徒達の中でトップクラスになってしまった