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ビヨンド・ソルジャー  作者: 弘鷹
第1章:サモンデイズ
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07:男子生徒達は賭け事で繋がっている

訓練場の中心にウィリアムが選んだ二人が向かい合い、他の生徒達は思い思いに集まっていた。


九狼は八雲、チャラ山、合流した五樹含む他の生徒数人と地面に腰を下ろして観戦、もとい観察していた。視線の先、組み合わせは三徳と二海。二海は1メートルより少し長めの棒を、そして三徳は両手に扇を持って互いに打ち合っていた。


「なあ八雲」


「おうよ」


「風鳴の棒術はわかる。実家の神社で薙刀かなにか教わっているって聞いたことあるし。けど、なんでお嬢様は扇子?ていうかあれもしかしなくても鉄扇か?」


「あれ?お嬢なら九狼にはとっくに言ってあると思ったけど。お嬢、鉄扇術のスキル持ってるんだってさ。あと、元々日本舞踊とか護身術やってるみたいなことも言ってたじゃん」


「ああ、そういや言ってたな」


なるほど、それであの動きかと感心する。


二海の動きは鋭く、円と線の動きを組み合わせ、突きと払いを巧みに使い分けて攻め続けているのに対して三徳は鉄壁の守りを見せている。身体に舞踊や護身術の型が染みこんでいるのだろう、二海のどの攻撃に対しても的確に防御し、そして時折見せる隙にカウンターのように一撃を挟み込んでいく。そして二海もそれをギリギリで回避、または防御している為に二人の試合は千日手の様相を呈していた。


「二人ともつよ……」


「……なあ、九狼。あの二人に勝てる自信あるか?」


「あー……どうだろな。なんでもあり(・・・・・・)なら勝つ可能性もあるだろうけど、それやったら社会的に死にそうな気がする」


視線を試合中の二人から外さずに答える九狼。その答えに若干慄くのは五樹だ。


「えっと、九狼?社会的に死ぬってどういう……」


「五樹は知らなくていいことだぞ?」


菩薩のような表情で宣う九狼。いや、そういう問題じゃねえよという周囲の視線を他所に九狼は試合の方へと目を向ける。


試合は佳境、二海の棒術が三徳の防御を跳ね除ける。仕切り直しとばかりに三徳はバックステップで後ろへと逃げる。それもこれまで二海が見せていた、強化魔法で上昇した身体能力を加味した踏み込みと突きの範囲を逃れるほど大きく後ろへ。


「ふっ!!」


「!?」


しかし、その目論見は打ち破られた。踏み込み終わったはずの二海の身体、その到達点が更に前へとずれる(・・・)。突きの届く範囲が広がったことで、穂先は三徳の胸元へと伸びていき、


「そこまで!!」


ウィリアムの声が響き、三徳の胸の寸前で棒がぴたりと止まる。


「勝者はフタミ。素晴らしい槍捌き、もとい棒捌きだった。そして、それをあそこまで完璧に防いだミノリも見事。二人とも元々武術を嗜んでいたから基礎基本は出来ているな。それらを元に、更に修練を積んでくれ。ただ、時折強化魔法が崩れているように見受けられた。これからはそういった点にも留意してくれ。お前達二人は魔力制御に長けているのですぐにクリアできるだろう」


「「はい。ありがとうございます」」


ウィリアムからの総評を受けて、二人は同時にお辞儀。そんな姿に頷いたウィリアムは次の組み合わせのメンバーの名前を呼ぶ。


呼ばれた二人が前へ出るのと入れ替わりに、三徳と二海は九狼達の元へと歩いてきた。


「お疲れ。二人ともスゲーな。風鳴もそうだけどお嬢の防御性能がヤバい」


八雲の軽口に、二海も三徳も笑う。


「これでも実家では厳しく鍛えられましたから」


「私も、お婆ちゃんが厳しくて……」


いつも通りにこやかな三徳に対して、二海はしごきを思い出したのか顔色が悪い。


「なあ、風鳴。最後の突き、あれって何かの技なのか?」


「葉山君、わかったの?」


九狼の言葉に二海は目を見開く。先ほどのアレを、というよりも二海が技を振るう姿を見たことがあるのはクラスの中でも従弟であり、同じように道場で祖父や父から剣術を学んでいる龍一くらいなものだ。


九狼が彼女の技を見るのは真実、異世界に来てからが初だし、日々の修練の中で見かけてはいてもこれまで行ってきたのは型稽古と騎士相手の簡単な打ち合い程度だ。その打ち合いも互いに足を止めて打ち合い、防御するというもの。先ほどのように歩法の類は一切使っていない。


「いや、なんかやたらと伸びる突きだなと思って」


「ああ、それで……うん。基本の足捌きを使ってるだけなんだけどね」


「ちなみにどんな風にやったのか聞いても?」


「うん、いいよ。えっと……」


説明を交えながら実演する二海と、それを一言一句、所作の一つも取り溢さないとばかりに聞き入り見入る九狼。


「葉山君は勉強熱心ですねえ」


「……九狼の悪い癖が出なきゃいいけど」


九狼の姿を微笑ましそうに眺める三徳と、この後に起こり得る未来を想像して少々不穏なものを感じる八雲。




八雲の予想が現実のものになるのはこの数十分後だった。




「次!リュウイチとヤクモ!前へ」


「はい!」


ウィリアムの言葉に気合十分といった様子で訓練場の中心へと赴く龍一。そんな彼はいつものように女子の囲みから抜け出してきた。右手には騎士達が使う両手剣を模した木刀を携えている。


身に付けているのはこちらで支給された訓練着。その上に六輔が素材を作り、遠山鹿奈多が形にした防具という簡素なものだが龍一が身に付ければそれすら荘厳な鎧姿にでも見えるのか、堂々とした歩みに彼を囲んでいた女子達が色めき立つ。


そんな状況に男子のほとんどが苦虫を噛み潰したような表情を見せる。必然、合法的に龍一に一泡吹かせるチャンスとばかりに八雲への期待が高まる……はずなのだが。


「鳥井、頼んだぞ!」「お前の勝ちに今日の晩飯のおかず全部賭けてんだぞ!」「「「せめて5分は粘って負けろ!」」」「こっちは15分耐久なんでそれまでは!」「3分耐えて負ける方に晩飯半分」「一発当てて負ける方に賭けてるからな!」「瞬殺(される方)よろしく」


「お前ら最低だよ!九狼、五樹!二人は俺の勝利を信じてるよな!?」


「あ、僕ギャンブルはしない主義だから……」


「ハハハ、バーカ。オマエが対象の賭けなんだから俺が胴元に決まってんだろ?」


つまり八雲が勝とうが負けようが九狼は何一つ痛くない。


「騎士団長!陽川の前にこのバカ共とやらせてください!!」


「却下だ、大馬鹿者共」


流石のウィリアムもこめかみをひくつかせながら八雲に前へ出るよう促す。


戻ってきたら雷魔法の実験台にしてやるという確固たる意志を込めて男子達を睨みつけながら練習用の木槌を手に中央へと向かう。


そんな八雲から視線を外し、九狼は二海へと今更ながら問う。


「今更だけどお母さんはあっち側じゃなくてよかったのか?」


「その呼び方やめてね?……最近、りゅうくんの周りはあそこにいるみんなで固められてて……」


「陽川くんから二海さんへお話する際にもついて来ていますからねぇ……」


九狼の問いに二海も戸惑っていると溢す。むしろ従姉弟同士の会話だけでなく用を足しにいく時までついていっているらしい連中へと、流石の三徳も困惑を隠し切れないのかいつもの微笑みも鳴りを潜めている。


「……やっぱり初日のアレが原因か?なんか風鳴には悪いことしたな。ごめん」


視線を八雲と龍一との打ち合いへと移しながら九狼は二海へと謝罪を行なう。もうちょっと誠意ある謝罪が欲しいなぁと思いつつ、二海も二人の立ち合いへ目を向ける。


互いに高い魔力量を誇り、それを惜しげもなく使った身体強化と武器強化によって先ほどまで行われていた試合とは一線を画すものとなっていた。


武器をぶつけ合う度に余波で足元の砂や小石が吹き飛んでいき、疾風の如き速度は移動する度に周囲へと旋風を撒き散らす。


属性付与(エンチャント)が行なわれておらず、まだ全開でないからこそこの程度だが、王国内でも出力だけなら既に上位に位置している二人がぶつかり合えばこうなる。


人間大の自然災害を見ているような気分で九狼は二人の立ち合いを見ているが、次第にその視線が帯びる色は変わっていく。


そんな九狼へと話しかけるのはチャラ山だ。


「葉山、初日のアレってなによ」


「あん?あー……八雲と五樹と駄弁った帰りに俺の部屋の近くで常磐と風鳴と会って少し話したんだよ」


「ふむふむ」


「そもそも陽川の部屋が近くて向こうにいる女子が陽川を囲って話してて」


「ほうほう」


「そうしたら陽川がこっちに気付いて夜だし出歩くのは感心しないと忠告されて」


「う~ん、ダブスタ」


「適当に相槌打ってすり抜けようとしたら星井と仙堂に絡まれた」


「うん?」


若干雲行きが怪しくね?と周りの男子も視線を交わしあう。


「曰く無能が勇者様に対等な口きくんじゃねーよクズとのことで」


「おおう……」


ちなみにこの話を聞かされた五樹は姉の醜態に顔を真っ赤にして恥じていた。


「そこんとこどうなん?と勇者様に話振ったら僕はそんなこと思っていないぞ、とありがたい言葉を賜りまして」


「嫌な予感」


「勇者様はそんなこと言ってないらしいけど?って振り返ったら連中がぐぬぬってたんで、小声でそんなに言うこと聞かせたいならやってみれば?と軽く煽ってみた次第」


「「「結局お前が悪いよそれ!」」」


男子からの総ツッコミ。心外だとばかりに反論。


「いやいやいや。責任の所在は百歩譲って全員悪いって事でも俺、星井、仙堂と星井の取り巻き二人で五等分だろ?それでこっちは一人にあっちは四人。つまりあっちが八割悪いだろ。まったくオマエら、こんな小学生でも出来る計算もわからないとか……嘆かわしい」


「超理論でこっちまで貶めるのやめろや」


やれやれと首を振る九狼に、しかし突き刺さるのは二海の視線だ。


「葉山君、この間は責任の所在は半々って言っていたよね?」


「あの後考えたんだよ。一方的に絡まれた以上多少煽ったところで俺は悪くねえ!って。むしろ向こうが圧倒的に悪いんだからこれ以上は殴り返しても問題ないのでは?」


ええ……と周りがドン引きする中、五樹は九狼が内心イラついていることを感じていた。


(それもしょうがないよね……)


魔力にスキル、それらの保有数とランク。ただそれだけで九狼を見る貴族や騎士達の目は冷たいものになっている。普段は冷静で落ち着いた対応が出来るが、別段九狼自身は聖人というわけではない。理不尽な扱いを受ければ腹を立てて当然なのだ。


(でも、四葉もどうしてそんなことを?)


姉が陽川龍一に懸想していることについては惚れたその日の内に気付いていた。伊達に十数年双子をやっているわけではないのだ。気づいていないのは懸想されている本人のみだが……そして、姉と星井七瀬は決して相性のいい関係ではない。恋敵という点を含めてむしろ悪い方だろう。


だからこそ、五樹には分からない。いくら龍一に関することだろうと、それだけで相性の悪い人間と、他者を見下す人間と同調するだろうか?


(異世界召喚という状況へのストレス?それにしては早すぎるし、むしろ四葉はそういうのは溜めこむ方向だし……)


そうしてどこかでヒステリーを起こしてしまうのがセットだ。更に言うと、溜めこみだした際に五樹が下手なことを言っては余計に火が付いてしまうことを経験として知っている。


姉が自身へと向ける鬱屈した感情も、その理由も知っている為に五樹は何も言えない。


出来ることと言えば、姉の爆発を自身へと向けることだけ。


(でも気を付けておかないと……今の四葉は力を持っているし)


魔法という非現実的な力を、ここでは現実のものとして振るえてしまう。


しかも、メンタルの強さと不釣り合いなほどに大きな力をいきなり手に入れてしまっている。そんな力を理不尽に向けた先が親友だった場合を考えると、五樹は背中に冷たい汗が流れる。


九狼の心配はしていない。いや、心配なのは確かだが九狼ならば大抵のことは大丈夫だと信じているからこそ、五樹の不安の先は姉の四葉だ。


何故なら九狼は―――


「ああああああああ!!鳥井の野郎!!」


急に男子の一人が叫び、五樹の思考は中断された。訓練場の中心を見れば、八雲の首筋に龍一の木刀が、八雲のハンマーは龍一の腹部にそれぞれ添えられていた。


「そこまで!今回の試合は引き分けとする!」


女子と男子、それぞれから落胆の声が上がる。


女子は龍一が勝てなかったことに対してだが、男子は八雲が誰も賭けていなかった引き分けという結果に対してだ。なんとも酷い温度差である。


「やっぱり勇者様は強かったわ。なかなか押し込めねえの」


ウィリアムからの講評を受けて戻ってきた八雲はどかりと九狼の隣に座り込む。余裕そうに見えて大量の汗をかいているし、息も上がっている。


「やっぱり強いか?」


「そりゃ元々剣道やってた人間に、更に最高レベルの補正だろ?魔力も多いからその分強化度合いも凄いし……それに流石にこのサイズのハンマーの練習はしなかったじゃん?」


柄は長く、ヘッド部分も相応に大きなハンマーをちらと見せる。それを見て、九狼も確かにと頷く。幼い頃からヒーローに憧れ、その真似をする八雲とそれに付き合わされていた九狼だが、今使っているハンマーは流石に初めて触る。


「で、どうよ」


「なにがだよ」


話題は一変、今度は八雲から九狼へと問いかける。


「盗めたか?」


「……付け焼刃のオンパレードになりそう」


「そりゃ結構。最低でも引き分けには持っていって下馬評覆してくれよ、ダークヒーロー」


「……談合するヒーローとか見たくなかったよ」


拳を向けてくる八雲に、九狼も拳を向けてぶつけ合う。


視線の先では、チャラ山が龍一に瞬殺されていた。


「うわ、使えねえ」


「チャラ山さあ……もうちょっと勇者様の体力とか魔力削ってくれよ。その内俺も当たるのに」


「やっぱお前ら二人クソ外道だな……」


ちなみに龍一は魔力回復速度向上のスキルを持っている為、九狼と試合するまでの間に全回復するのは二人も理解している。


「いや、でもほんと陽川強いな。最初の一発防げたのは奇跡だと思う」


それもビビって槍を掲げたら偶然防げただけなんだけどと笑うチャラ山。


「次!クロウ、ナナセ!前へ!」


「あ、呼ばれた。行ってくるわ」


「チャラ山、どっちに賭ける?」


「んー、応援株的な意味で勝ちに」


「「「あ、じゃあ俺も」」」


周りにいた男子のほとんどが九狼の勝ちに賭けていく中、訓練場の中心へと歩いていく。


片手には龍一のように騎士剣を模した物ではない、シンプルな木刀。それをくるくると手で弄びながら七瀬の前に立つ。対する七瀬は不敵に笑うと、籠手に包まれた拳を打ち合わせた。


「やっとこの手であんたを殴れる」


「うわこわ……いいのかよ、あんまり暴れると勇者様に幻滅されるんじゃね?」


たった一言で笑みから怒りへと表情を変える七瀬と、当然のように煽る九狼。ウィリアムは溜め息を吐きながら、しかしそれを咎めるようなことはしない。


「この二人の試合から、身体強化魔法だけではなく属性付与(エンチャント)の使用も解禁する!双方、実戦を想定し(・・・・・・)自由に戦え(・・・・・)!」


その言葉にざわついたのは生徒達だけでなく、周囲の騎士達。更にはその言葉が届いた貴族に王族もまた程度の違いはあれど驚いていた。


そのざわめきを無視するウィリアムと、急にそんなことを言い出した彼に首を傾げる九狼。


ただ一人、七瀬だけは胸に湧き上がる愉悦を抑えることが出来なかった。


「降参するなら今じゃないの?こっちは属性魔法のスキルがあるけど、あんたが持ってるのは空間魔法とかいう物を出し入れできるだけのしょうもないスキルじゃん。しかも低ランクの」


嘲る七瀬に、しかし九狼は顔色一つ変えない。


「それの重要性が理解できないとかどうなってんだ……あとそこまでこっちを見下した以上、ここで負けたらオマエ一生ものの恥だぞ?」


ぴくりと七瀬の身体が震える。


「……誰が負けるって?」


「言われなきゃ分からないって?」


鼻で笑う九狼に、とうとう七瀬の側が限界に達した。


詠唱を行なっておらずとも彼女の身体から魔力が漏れ出てくる。つまりはそれだけ九狼へと向ける攻撃の意思が強いということだ。無意識の内に身体の強化が行なわれていく。


その様子を見たウィリアムは、一歩下がると号令を掛けた。


「始め!!」


当然、先手は七瀬。しかし彼女は踏み込まず、高らかに宣誓する。


「滾り、漲り、燃え上がれ!強靭なるは我が手足!敵手を砕く鉄槌をこの手に!『身体強化(ブーストアップ)』!」


軍や騎士団でも基本となる身体強化魔法を唱える七瀬。彼女の身体を包む赤い魔力が量と勢いを増し、


「それでここから……吹き荒べ大地を走る速き風!疾風よこの身に集え!『風塵拳』!」


更に両手足に風を纏う。速度と攻撃力を上昇させる魔法を唱え、九狼を睨みつける。対して九狼は『強化(ブースト)』と短く呟いて魔力を身に纏う。その姿に舌打ちしながら、七瀬は踏み込む。


右正拳。回避されればそれを追って左拳。更に続けて前蹴り。踏み込みからの回し蹴り。


回し蹴りは九狼を捉えるが、木刀で防御。むしろ防御と同時に後ろに跳ぶことで衝撃を受け流し、蹴りの威力は距離を取る為に利用する。


距離が開き、今度は九狼から踏み込むのかと思いきや、その場でくるくると木刀を弄ぶ。


防がれたことの悔しさで九狼を睨みつけつつ、七瀬は『身体強化(ブーストアップ)』と『風塵拳』を唱え直す。魔法を覚えて日が浅いせいか、魔法の発動時間が短い。いちいちめんどくさいと内心でイラつくが、こればかりはしょうがない。それよりもあのクソ無能野郎を殴ってこの溜飲を下げてやろうと踏み込む。


今度は拳のラッシュ。怒涛の攻めが九狼へと襲い掛かるが、木刀で、腕で防ぎ、時には顔を掠めることも厭わずただただ七瀬の攻撃を観る。


何度目かの正拳突きを木刀の腹で受け止める。同時に、七瀬の身体を包む魔力が消失。絶好の機会のはずが、九狼は後ろに跳んで距離を離した。その行動に騎士団や龍一達は相手に身体強化魔法を使わせるフェアな精神だと感じたのか、感心の視線を向ける。


舐められていると感じつつ、七瀬は再び魔法を唱える。


七瀬の四肢を風が纏った瞬間、今度は九狼が踏み込む。正眼の構えで突貫。唐竹の一閃。下がって避けた七瀬へ木刀を引き戻して、横薙ぎ。袈裟懸け、逆袈裟。そのままの勢いで下段の足払いへと移行。跳んで避けた七瀬へと中段蹴りで追撃。


先ほどの意趣返しか、九狼同様受けた衝撃を利用して距離を取る七瀬へ追撃の為に疾走。連撃で七瀬を攻めたてる。七瀬は自身が攻め込まれている状況に苛立ちながら両手の籠手で防御。


「この……無能のくせに……!!」


「その無能相手にてこずってんのはどこの誰ですかね」


至近距離で放たれる嫌味に、更に怒りが燃え上がる。


黙れ無能のくせに。風鳴や(・・・)常磐なら(・・・・)まだしも(・・・・)お前程度が私に偉そうな言葉を吐くな。


ドロリと奥底で煮え立つ、自身でも気づいていない感情が引き鉄を引き、爆発を起こす。


「うおっ!?」


吹き荒れる風。全身から噴き出す魔力。それによって弾き飛ばされ、距離を離れた九狼は地面を転がりながらも素早く体勢を立て直し、立ち上がった瞬間、


「―――っぶねえ!!」


背筋に感じた悪寒に従って仰け反った直後、通過する七瀬の蹴り。それも足に纏った風の余波で強制的に後退させられる。追撃の後ろ回し蹴りは木刀で受け止めるが、それも先ほどまでとは段違いの威力に再び後退を余儀なくされる。


「キレて出力アップとか本当にするんだな」


構え直し、ここから先は油断すると本当に大怪我しそうだと気を引き締める。


魔力等級は感情次第で一時的に跳ね上がることがあるのだと担当騎士のユート・アチルリから聞いてはいたが、こんなに早くそれを拝むことになろうとは思いもしなかった。


迫る拳を防ぎ、その重さに圧されそうになりつつしかし決定的な一撃を受けないように立ち回る。傍から見れば一方的な展開に、それでもウィリアムが止めようとしないのはどういうことなのかと訝しむが、それも拳と蹴りの嵐の前に消えていく。


必殺の意思を込められた拳を防ぎ、必壊の決意を込めた蹴りを避ける中、九狼の身体には防御や回避しつつも、衝撃や纏う風によって少しずつダメージが蓄積されいく。誰もがこれは九狼が善戦した上で敗北するという未来を確信していた。


だが、ここに来て両者の間には決定的な差が生まれつつあった。


九狼の防御と回避には次第に余裕が生まれ始め、七瀬の攻めは単調なものとなり、更にはその重さも速さも最初の頃よりも弱まり始めていたのだ。


そうして、数えてもう3桁に届くのではないかと思われた蹴りを木刀で受け止めつつ、焼き増しのように距離を取った九狼はそれを視界に捉えた。


七瀬の身体を纏う魔力も風も、急速に衰え始めたことを。


次の瞬間、九狼が浮かべた笑みをなんと評したものか。


後に語る者達は、表現は違えども、要約すれば皆同じ内容を騙った。




曰く、獲物が罠にかかったことを嘲笑う悪魔であると。

クラス内男子ほぼ全員がクラスメイト対象で平然と賭け事するけど彼らはみんな仲良しです。

なお、賭け金はその日の昼食や夕食。

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