60:寝起きドッキリ(物理)
「で、なんでお前はそんな荒れてんだ?」
「ちょっとぶん殴りたいクソババアが王都にいるんだよ……!」
龍一グループによる10階層攻略が終わり、地上へと戻った九狼は溜め息と共に座り込んだ。そんな九狼に近づいた八雲と五樹だが、纏う空気と返ってきた言葉は剣呑極まるものだった。
「え、なにそれ怖……」
「九狼、本当にどうしたの?」
「灯台下暗しというか、チュートリアル見てなかったというか、序盤の必須イベント用キーアイテムは持ってるのに知らずにずっとスルーしていたというか……」
「「つまり?」」
「アーティファクトの同調ってやつ、今日初めて知った」
「「はあ!?」」
「なー、びっくりだよなー」
声を揃えて驚く二人に、九狼は乾いた笑いで返したが、八雲も五樹もそれどころではないと九狼に詰め寄る。
「いや、おい待てって。俺らがそれ教えてもらったのって今年入ってすぐだぞ?お前その頃何やってたんだよ」
「一日中雪山で師匠か魔獣相手に剣術修行。もしくは地道に魔力操作の精度向上訓練」
「マジ死ぬかと思ったわー」と遠い目の九狼。傍から聞く限りでは単純に修行が厳しかったとしか聞こえないが、その内容を知る兄弟子ガルムは「アレは確かにキツい」と腕を組みながら首を縦に振っていた。
更に霊山エリヴァガルの特徴を知っている者達も察して九狼に同情の目を向けた。
なにしろエリヴァガルは大気中のマナ濃度が絶えず変わるという異常地帯。身体と精神への悪影響は計り知れない。そしてそんな場所で修行など、あまり考えたくもない。
少なくとも近くで話を聞いていたアイザックは絶対に嫌だと思っている。何が悲しくて、あんないるだけで不快感を覚える場所で修行せねばならんのかと。
とはいえ、そんな場所に慣れた当人はと言えば、
「アーティファクトの同調が使えれば継戦能力が上がる。つまり常時無消費で『第三出力』使い放題。上がったベースに更に俺の魔力を加えて出力アップ」
狸の皮算用に忙しかった。その呟きの中で気になった言葉を五樹が拾う。
「サードってなに?」
「俺の奥の手」
「奥の手使い放題とか無双系のゲームかよ……てか九狼、奥の手って嘘だろ」
八雲の声は後半にかけて小さくなる。
「お前がこんな大勢の前で奥の手がどうの言うわけないしな」
「よくわかってらっしゃる。マジの切り札は構築&練習中。しかも思いついたのは一か月前。なのに未だに完成度半分も行ってないとか自分の才能の無さに嫌気がさす」
「マジか。どんなのか教えろよ」
「後でな。今は……」
左手に取り付けた黒い円盾を指さした。
「こいつ叩き起こすの手伝ってくれ」
「そろそろ戻って来られる時間ですよね、リューズさん」
宿舎からダンジョン、そしてその手前にある訓練場へと続く道を歩きながら、籐製のバスケットを提げた三徳が、隣を歩くリューズへと問いかける。
「ええ。順調に行けばもうダンジョンから出ている頃かと」
問われたリューズは三徳へ答えながらも、彼女を挟んだ反対側を歩くアルティナへと目を向けた。
「アル、ちゃんと胸を張って」
「うぅ……」
三徳と同じくバスケットを抱えるアルティナは顔を俯かせている。彼女の頭の中ではこの後どんな顔で出迎えればいいのだろうという疑問が渦巻いていた。
昨夜三徳から自覚していなかった自身の気持ちを暴露され、意識するあまり会議ではマトモに九狼の顔を見ることが出来なかった。そして今日も気まずいままダンジョンに送り出してしまう始末。
「クロウ、変に思っていないかな……」
「思っているんじゃないかしら」
困り顔で呟いたアルティナを、後ろを歩くジーナがばっさりと切り捨てた。
「うぅ……」
「ちょ、ジーにゃん!アルティナさん、大丈夫ですよ、葉山君なら……ごめんなさい、思ってるかも」
「ええ!?」
「よっしーさあ、ほんとそういうとこ……」
フォローしようとして結局アルティナへダメージを与える好子に、周りの女子から非難の視線が向けられる。
「え、私が悪いの!?だってあの葉山君だよ!?普段から鳥井君と好き放題言い合ってる上に女子に対しても容赦ないこと言うあの葉山君だよ!?」
「言われてるのは好子だし、すぐ調子に乗るからじゃん」や「言動が親父のあんたが悪いよ」という視線を好子は敢えて無視。そうしないと泣きそうなのは秘密だ。
「大丈夫ですよ、アル。多少変に思っても、クロウが貴女を嫌う要素にはなりませんから。
「そうですね。私が見た限りアルティナさんとリューズさんには紗那おば様や木葉さんと同じように、サラさんには鳥井君と同じように接しています。それは今朝も変わっていませんでした」
「えっと、つまり……?」
「心配する必要はない、ということです」
微笑む三徳と、そんな彼女の言葉を受けて胸に抱いたバスケットを先ほどよりも強く抱きしめるアルティナ。そしてそんな光景に涙を流しながら手を合わせる好子。
「はあ~……本来恋敵の二人が意中の相手の話題でこんな穏やかな顔を!!やっぱり女の子同士って無限の可能性持ってる!!最高!!尊い!!……待って距離置かないでみんな、そういうのほんとうに心に来るから」
今の二人のやり取りにそうなる要素がどこにあるのかと冷めた目を向けるクラスメイトに涙目の好子をスルーし、リューズは話題を変える。
「先ほど話に出ていたトリイ様……というよりも男性陣の皆様なのですが」
「リューズさんも感じましたか?」
「ええ。ヒカワ様とイノヅカ様以外の皆様は午前中どことなく動きが硬い印象を受けました」
思い出すのは朝に行なわれた全体訓練。ウォーミングアップから始まり型稽古、軽い打ち合いと移行する中で徐々に消えていったが、男子達の動きに躊躇いが見受けられた。
それに関してはウィリアムやガルムも気づいているがその上であえて口出しはしないことにしているのだが、
「何かあったのでしょうか……」
見過ごしてはいけないものがある気がしてならない。そんな予感がリューズにはあった。
「何かって……なに?」
アルティナがリューズへその碧翠の瞳を向ける。
「それはまだわかりませんが……今回はウィリアム師を始めとした近衛の皆さんもいます。きっと大丈夫ですよ」
「そ、そうだよね。大丈夫、だよね……」
二人のそんなやり取りに三徳が首を傾げる中、一行は訓練場へと足を踏み入れた。そんな彼女達の耳に届いたのは、強烈な打撃音だった。
「よっしゃ、行くぞオラァ!」
「来い」
訓練場の一角で九狼は『エクリプス』を構え、八雲は『建御雷』を振りかぶる。八雲の全身からは紫色の魔力が立ち上っているが、これは『建御雷』との同調で発生したものだ。そこへ更に上乗せされるのは八雲の魔力。
「奔り、轟き、震わせろ」
地面を蹴り、九狼へと一直線に踏み込む。
「『迅雷風烈』!!」
「いや早えよ!!」
二歩目には既に九狼の目の前で鉄槌を振り下ろそうとする八雲に向けて『エクリプス』を掲げる。金属音が響き、九狼の足が僅かに地面へめり込んだ。掲げた左手と、それを支える全身が軋む音が内に響く。
『迅雷風烈』は八雲が作り上げた、動作速度を上げる魔法だ。
重量のある武器は一撃が重い反面、どうしてもその重さ故に遅れが生じる。それをカバーし、更に一撃の威力を上げることを可能とした魔法を親友相手に躊躇なく放つ八雲に周囲がドン引きする中、
「―――ッ」
一歩下がり、打撃をいなす九狼。しかし『迅雷風烈』の効果は継続している。それは即ち、いなされ、地面に叩き付けられた『建御雷』が瞬時に再来することを意味していた。
「おぉ、らあっ!!」
八雲が身体を回転させ、『建御雷』から紫電が迸る。地面を削り、螺旋を描きながら打ち上げるような一撃が生まれた。
「『雷迅衝破』!!」
『エクリプス』への衝突と同時に炸裂する雷撃。威力は調節してあるが、それでも九狼の身体は打撃と雷撃で宙へと浮いた。八雲は更に『建御雷』から左手を離し、九狼へ向ける。
「『飛雷針』」
指先に魔法陣、数は三。それらの中心にリューズが多用する『衝撃光』に似た光球が出現し、射出される。魔法陣から離れた魔力弾は形を球体から針状に変え、一瞬で最高速に到達、『エクリプス』へと衝突した。
空中で撃たれ、更に八雲から距離を離された九狼は着地と同時に『エクリプス』を指先から肩まで覆うほどの大きさへと変える。そしてそのまま地面に突き立て、自身はしゃがみ込んでその陰に隠れた。
「『飛雷百連針』」
次の瞬間、八雲の周囲に展開された無数の魔法陣。それらは針の射出と同時に消えていくが、百連の名の通り、次々に現れては九狼に向かって放たれていく。
「へいへいへい!どうしたどうしたぁ!?亀みたいに引きこもってるだけじゃそのアーティファクトも起きねえぞ!?」
角度の調整を行ない、ほぼすべての飛雷針が九狼の『エクリプス』へと向かうように調整し、更に大声で煽り始める八雲。
「お前が泣いて頼み込んでくるから仕方なく付き合ってやってんだぜ?だったら早いとこ見せてくれよノロマの泣き虫チビぃ!」
いや葉山は泣いてないだろ……とドン引く男子達。そして八雲の言葉の何が面白いのか、くすくすと笑う一部の女子達。
だが、当の本人はしゃがみこんだまま、拳を握った。
「誰が……」
ギアが変わる。アルティナとリューズの二人がそう確信した瞬間、
「ノロマで泣き虫のチビだ、糞馬鹿が!可変駆動:第二出力から第三出力!」
しゃがみこんだまま、腰と肩の回転によって右拳でのアッパー。裏面を殴られた『エクリプス』は飛雷針に打たれながらもその流れに逆らい宙を飛ぶ。
「うお!?」
突如飛来した盾に驚き、左に飛び退く八雲。そんな幼馴染に向かって、地を這うように駆け寄った九狼は左拳を突き出した。狙うは顎先、砕けろボケナス。そんな意志の込められた鉄拳を八雲は仰け反ることでギリギリ回避。
同時に仰け反った勢いのまま足を跳ね上げ、九狼の腰から背中を狙う。だが、九狼は左拳を突き出した勢いで後ろに下がる右腕を利用、肘打ちで迎撃。
蹴りを弾き返され、崩れる八雲へと追撃しようと視線を動かせば八雲の左手には既に魔法陣とその中心には魔力で構成された光球。それを認識した瞬間、九狼は全力でその場を離脱。
次瞬、九狼の立っていた空間を十字に切り裂く二つの飛雷針。右手を『建御雷』から離し、代わりに魔法陣を構築。間髪入れずに発射したそれらを躱された八雲はしかし、呵々と笑う。
「おいおいマジかよ、今の避けるか?」
今のは普通入るだろと、少々の悔しさと共に心底楽しそうに笑う。元々動けることは知っていたし、昨日の戦闘も見た。だが実際に対峙するとなかなかどうして、想像以上に速い。
「リューズ大尉なら今の一瞬で10発は撃ってくるぞ」
それに比べればオマエは遅すぎると告げながら、しかし九狼は内心では舌打ちしていた。
元々全方位に高い適性を持っていた八雲だ。異世界、魔法という状況にのめり込むことは分かっていたし、通信教育で手を出した様々な武術に磨きをかけていてもおかしくはない。そう考えてはいたが、ここまで平然と詠唱破棄の魔法を連発するのかと相棒の万能さに辟易する。
「マジか、とんでもねえな」
右手を地面に手を翳すと『建御雷』はひとりでに浮き上がり、八雲の手に収まる。再び構え直す八雲に、九狼も腰に提げた刀を納刀したまま剣帯から外し、構えた。
「第二ラウンドと行こうぜ、九狼」
「負かしてやるよ、八雲」
最早当初の目的も忘れ、完全に殴り合いを始めようとする大馬鹿二人。片や全身と手にした戦鎚に迸る紫電を纏い、片や無彩の魔力を己と得物に薄く纏うその姿に、男子達が賭け事を始めた。
胴元であるチャラ山に誰かが小銭を渡そうとして地面に落とした瞬間、二人は同時に踏み出し、
「やめんか、大馬鹿者ども」
その中間地点に放り込まれた騎士剣が一振り。二人が足を止めてその剣に集中した瞬間、剣に込められた黄土色の魔力が爆ぜ、地面に勢いよく突き刺さった。
小さなクレーターと、更にその周辺の地面に亀裂を生んだ騎士剣から目を離し、その持ち主へと視線を移せば、王国近衛騎士筆頭が二人を睥睨していた。
「馬鹿どもが、当初の目的を忘れるな」
「「あ」」
ウィリアムの言葉に、事の発端を思い出す二人。そして同時に互いを指さし
「「悪いのはあの馬鹿です」」
少しのズレもなく言い放つ。そんな二人にウィリアムは口元をひくつかせながら、王から賜った騎士剣に近づき、引き抜いた。
「なるほど……片やダンジョン攻略に同道、片や朝から訓練続き。しかし、まだまだ余裕と見える。ガルム!」
「うっす」
「弟弟子も、その相方も暴れ足りないようだ。少々厳しい稽古をつけても問題ないと判断する」
ウィリアムの言葉に、あの馬鹿二人余計なことしやがって……と呟きながらもガルムは背中の太刀を抜刀、ウィリアムの横へと並び立つ。
「悪ぃな、ヤクモ。弟弟子相手には稽古だろうと抜き身で相手するって決めてるからよ、多少の怪我は覚悟してくれや」
ウィリアムは正眼に、そしてガルムは肩に担ぐようにそれぞれの得物を構える。
「おい、どうしてくれんだよコレ……流石に抜き身の剣相手に立ち回るのは初めてなんですけど?」
「死ぬ気でやれよ?じゃないと腕の一本や二本、簡単に落とされる」
それくらいこの二人は強いぞと語る九狼の言葉に、八雲は溜め息を吐きながら、しかし口元の笑みを隠さない。
「そんじゃあ、マジでやらないとな!」
王国筆頭騎士と叢雲の剣狼という相手にするには最悪の部類のコンビに、戦鎚の雷神と最新の叢雲は臆することなく挑みかかるのだった。
設定開示
『エクス~』
剣に込められた魔力を炸裂させるアーレンス流の技法でありウィリアムの得意技。
別段炸裂させるだけなら誰でも出来るがそれを剣戟に合わせて適切に出来るかどうかまた別。
簡単に言うとガ○ブレード。
ちなみに現時点の登場人物でアーレンス流の使い手はウィリアム、オルド、レオンハルト、ルキウス、ガルザ、テイワズ、ケビン。召喚者全員とリューズはアーレンス流の手解きは受けているが本格的に学んでいるのは龍一のみ。