05:誰が一番悪いのか
「なんだ?」
五樹の部屋を辞し、自身へ割り当てられた部屋へと戻る直前。
担当のメイドは彼女達の休憩所兼待機場所となる部屋へと戻り、割合近い位置に部屋がある八雲とは違い、少し離れた位置に部屋がある九狼は、自室の直前に人だかりが出来ていることに気付いた。
よくよく見れば、人だかりは女子ばかり。そしてそれよりも手前には女子が二人、並んでその光景を眺めている。
一人は常磐三徳。そしてもう一人は風鳴二海。長い黒髪の一部をリボンで結び、すらりと背筋の伸びた、大和撫子然とした少女だ。
「常磐に風鳴?」
「あら、葉山君」
「葉山君?どうしたの?」
「俺の部屋この先なんだよ。さっきまで五樹の部屋で八雲も一緒に駄弁ってて、今帰り」
実際には駄弁るどころか、明日から始まるという訓練に先立って魔法を使えるか試していたのだが、そんなことまで言う必要はないだろうと省略。そしてそんなことはどうでもいいと九狼は二人に疑問を投げかける。
「で、二人はなんでここに?ていうかなんだ、あの女子集団」
「ああ、うん。ええっとね……」
二海はこめかみに手を当て、頭痛に耐えるような表情をする。そんな二海から目を離し、三徳へと目を向けるとにこりと微笑むだけ。相変わらずいつもにこにこしていてよくわからんお嬢様だな、と思いつつ女子集団の方を見てみると、彼女達がいるのは自身の部屋の一つ手前の部屋の入口付近。
そして女子たちに囲まれ、一人一人と言葉を交わしているのは陽川龍一。流石に九狼もその光景を見てすべてを察した。
「なるほど。陽川とフォロワーか」
「……なんというか、ごめんなさい」
「風鳴が謝る必要なんて欠片もないだろうに……陽川が人気者だと大変ですね」
「だ、だだだ、旦那!?私とりゅうくんはまだそんな関係じゃ―――」
九狼の軽口に慌てふためく二海だが、そんな彼女の言葉を耳聡く聞きつけた三徳はうれしそうに手を叩く。
「まあ!うふふ、聞きましたか、葉山君。『まだ』だそうですよ?」
「もちろん聞きましたともお嬢様……ちなみにご祝儀っていくらくらい包めばいいですかね?」
「一般的にお友達相手なら三万円ほどだそうですよ?」
アンタのどこが一般的なんだと思いつつ、九狼は更に悪ノリを続ける。
「バイト代は貯めてあるし……よし、いけるな」
「二海さんならご実家の神社で神前式でしょうか。ああ、でもウエディングドレスもきっとお似合いかと……白無垢からお色直しでドレス、素敵ですね」
うっとりと妄想を膨らませる三徳に対して、顔を真っ赤にしつつ二海は詰め寄る。
「もう!三徳!それに葉山君も!」
「ふふ、ごめんなさい」
「正直悪いとは思ってる」
でもこの手のネタで風鳴いじるのが一部除くうちのクラスの鉄板だしなあ……と反省の色など欠片も見えないことを考えながら、九狼は龍一達の方へと目を向ける。
「あの後ろを通るのは……いや、別にいいか」
「どうせ連中こっちなんか見ねえだろ」という言葉に三徳は変わらず何故かにこにこと微笑んでおり、二海も否定しきれないかな、と視線を逸らす。同時に、龍一が九狼の存在に気付いたのか女子たちの包囲を抜けて近づいてきた。
「葉山、こんな時間までどこに行っていたんだ?」
「五樹の部屋。八雲も一緒にいたけど、それがどうかしたか?」
「もう夜も遅いんだ。こんな時間まで部屋から出ているのは感心しないぞ」
その言葉に二海が頭を抱え、三徳は先ほどまでの微笑みが消えて困ったように首を傾げた。
九狼はだったらオマエの周りにいる連中はなんだよ、という言葉を呑み込んだ。彼の味方ばかりの状況で言い返すのは面倒事しか起きないと理解している。
「悪かったって。けど、異世界に来てテンション上がりまくりの八雲の相手を五樹だけに任せるわけにはいかねえよ」
「む。それは確かにそうだけど……けど、それでもあまり褒められたことじゃないだろう?」
「はいはい、それじゃあこれ以上勇者殿に怒られない内に俺は部屋に戻るわ。常磐、風鳴。また明日な」
「ええ、おやすみなさい。葉山君」
「うん、なんというか、ごめんね?」
二海の言葉には軽く手を振るだけで応え、捕まらない内にさっさと部屋に引っ込もうと歩を進める。しかし、事はそう上手くはいかなかった。女子が一人、否、四人。九狼の行く手を阻むように立ち塞がったのだ。
げ、という声も表情も表に出さないだけ自分はよくやったと九狼は思った。そんな様を見せれば龍一は咎めてくるだろうし、何より先頭の女はそれを口実にこちらへと更に絡んでくるだろう。それも龍一相手とは違う、明確な攻撃対象として。
「ちょっと葉山、あんた程度が陽川にそんな態度とっていいと思ってんの?」
うわもうめんどくせえ。そんな言葉が口から出そうになるのを必死で堪えながら、九狼は目の前の女子生徒を改めて見る。
背は九狼とほぼ同程度。黒髪をポニーテールにしており、不敵や勝気という表現のよく似合う少女。
「なんか用か、星井」
それが星井七瀬。九狼のクラスにおいては体育会系女子のリーダー的な存在だ。
「本当ならあんた程度に用なんてあるわけないじゃん。けどね、あんたみたいな無能が勇者の陽川に対してえらそうな口きくなって言ってんの」
「……まあ、そりゃあ魔力等級もスキルの数もランクもぶっちぎりで最下位なのは自覚してるけど、それだけで無能ってどうなんだよ。俺くらいがこの世界じゃ一般的な水準らしいけど?」
オマエの理屈で言えばこの世界の人間はほぼほぼ無能かよという言葉を言外に含みつつ九狼は七瀬と視線をぶつけ合う。
事実、九狼の魔力は4等級。これは戦闘を生業とする者としては標準的なものであり、この世界の人間からすれば決して低いわけではない。しかし
「うちらみたいに召喚された人間ってのは水準以上の能力を持ってくるって話だったじゃん。だったら、この世界の水準程度しかないあんたはうちらの中じゃ充分無能ってこと。わかる?」
顔を嘲笑に歪ませ、見下すように九狼を見る七瀬。そんな彼女に追従するようにくすくすと笑うのは七瀬と同じ女子空手部、彼女の腰巾着達。
「で、仙堂も同意見なのか?」
視線を取り巻き達から移した先には中性的な顔立ちの五樹をそのまま女性にした、神経質そうな表情の少女。仙堂五樹の双子の姉、仙堂四葉。
「概ねその通りだけど、私は理屈の話をするわ」
かけた眼鏡のズレを直すような仕草を見せながら、四葉は九狼に向ける視線を厳しいものへとしていく。
「陽川くんはさっきのアーティファクト、だったわね。アレに『勇者』と表示されたわ。そもそも私達がこの世界に呼ばれたのも、その『勇者』を求めたからよ。なら、陽川くんは必然的に私達のリーダーということになるわ」
それ自体に異論はないと九狼も頷く。
元々日本にいた頃から勉強でもスポーツでも結果を残し、優れた容姿と『正義の味方』な性格の為、クラスの中心人物だった龍一。そしてこの世界においては、貴族達には国王との謁見の際に見せた龍一の振る舞いで、騎士達にはアーティファクトによる情報でそれぞれ龍一が勇者と認識されている。
それをわざわざ否定する理由も材料もない。
「そして、葉山くん。さっききみ自身が言っていたことよ。クラスの中で魔力も、スキル数も、ランクも、もっとも下。現状、きみはもっとも期待されていないし、その存在を重く考えられてもいないわ」
「常磐」
「二海さん、ステイですよ~?」
「むぐ~!」
その言い方はどうなのかと物申しかける二海の口を塞ぎつつ、羽交い絞めにして抑える三徳。うまくこちらの意図を汲んでくれてありがとうお嬢様と思いつつ、四葉に話の続きを促す。
「それで?」
「……ここまで言ってもわからないの?葉山くんはもっと察しがいい人だと思っていたのだけど」
「何が言いたのか予想はついてるけど、せっかくなら学級委員長のありがたいお話は聞いとこうと思っただけだよ」
結局言いたいことは一つか二つだろうが、と。そんな真意は欠片も見せず。
「ちゃんと聞くさ。なにせ委員長は五樹の姉ちゃんだしな」
「……そう」
九狼の言い回しに更に視線を厳しいものへと変えつつ、四葉は結論を口にする。
「なら言ってあげる。ここから先、リーダーとして扱われる陽川くんに対して、さっきみたいなおざなりな対応は許さないわ。結果的に陽川くんが低く見られるのだから」
「らしいけど。へりくだった方がいいのか?」
四葉へと返答するのではなく、背後の龍一へと顔を向ける。
「別に僕はそんな……リーダー役を求められるならそうするけど、だからって別にへりくだる必要はないさ。それに魔力やスキルがどうあれ、葉山もクラスの一員だし僕は無能だなんて思っていないぞ?葉山はやる時にはやる奴だ」
「だとよ」
「おまえ……!」
意外と高い評価に驚きつつ、七瀬達を見やる。
龍一を引き込み、龍一にこれまで自分達が語った言葉を否定させた九狼に、怒りに顔を歪める七瀬や取り巻き女子と四葉だが、そんな彼女達を九狼は更に鼻で笑う。
「自分達が順番待ちしてようやくお話できる陽川が、自分達そっちのけで男に声掛けたからってキレんなよ。男の嫉妬は見苦しいって言うけど、男に嫉妬する女は滑稽だわ」
煽る九狼の言葉は、ある意味で正しかった。
そもそも彼女達も龍一が九狼に声を掛けなければ九狼の存在に気づきすらしなかっただろう。そしてこの場でのやり取りも起きてはいなかった。しかし、龍一は九狼に気付き、ましてや彼女達との会話を切り上げて九狼の元へと向かっていった。
当然、彼女達の中では九狼>自分達という図式が出来上がってしまう。
そんな、自分達より優先された九狼は事もあろうに龍一への対応は適当に済ませ、早々に部屋に戻ろうとするという、彼女達からすれば暴挙とも言える行動に出た。当然彼女達からすれば面白くない上に許しがたい。
更には先のスキル判定でのクラス最下位という事実が、彼女達の怒りに油を注ぐ。
元来、神経質で気難しいながらも他人へと噛みつかない四葉すら嫉妬をぶつけてくるのだ。気性が激しく、沸点の低い七瀬に至ってはどうなるか。火を見るよりも明らかで、それが今の状況に繋がる。
「まあ、仙堂の言ったことはちゃんと頭に留めとくって。『勇者』が低く見られたら大ごとだし……それでも気に入らないなら今ここで、力ずくで言うこと聞かせてみれば?」
後半は四葉と七瀬にだけ聞こえる程度の声量だったがしかし。
ぶちん、と。星井七瀬の中で何かが切れる音がした。
要するに格上である自分を、目の前の無能野郎はオマエじゃ無理だろうけど、と見下している故の言葉。
そう理解した七瀬は拳を硬く握りしめ、一歩踏み出す。とにかく目の前の無能を殴り伏せてこの溜飲を下げたい。そうしなければこのクソ野郎は陽川すら扱き下ろし、自分を挑発した上でなにより言われたくない言葉を口にするに違いない。
何故なら星井七瀬から見た葉山九狼とはそういう男だから。だから、おまえはもう黙れと、足を進めるのだが。
「いいのか?ここで殴ったら大好きな陽川くんの前で野蛮なとこ見せることになるけど」
振り上げようとした拳が、踏み込もうとした足が止まる。九狼を殴りたいという激情と、龍一に、怒りに任せてクラスメイトを殴るところを見られたくないという乙女心が鬩ぎ合う。
そしてその逡巡を見逃す九狼ではない。
「陽川。そろそろ部屋で寝たいし、女子達は陽川が部屋に送ってやってくれよ」
「え……あ、ああ。そうだな。けど、葉山が送りはしないのか?」
「俺より勇者様に送ってもらう方が安心だろ?」
龍一に話しかけながらも、視線は二海へ。
あえて七瀬に背中を向けて無防備を曝し、しかし今殴れば一方的に七瀬を糾弾する材料が手に入る。そこまで計算しているかは定かではないが、一連のやり取りをハラハラしながら見守っていた二海は、九狼のそんな様子にドン引きしながらも、この場を収める好機とばかりに話に乗る。
「う、うん!そうだよね!もう休んだ方がいいよ!明日からは早速訓練も始まるって話だし!ね、三徳!」
「そうですね~。今日はいろいろあって皆さん疲れているでしょうし、夜更かしはお肌の天敵ですから」
う、と七瀬やその取り巻き以外の龍一を囲んでいた女子達が呻く。
県下一のお嬢様であり、二海と並んで学校でも一、二を争う美人の三徳。そんな彼女の美容に関する言葉である。無視するにはあまりに大きい。
「まあ、そういうことなら……うん、女子はみんな僕が送っていくよ。ほら、七瀬と四葉達も行こう」
「……ええ、わかったわ」
「……わかった」
九狼の横を通り過ぎながら、睨みつけてくる四葉と取り巻きの女子達。そして、
「覚えとけよ……!」
小声で捨て台詞を吐く七瀬に対して、負け犬の遠吠えお疲れ様です!とは流石に言わない。
「あれ?二海と三徳は戻らないのか?」
女子達を先導しようとする中、二海と三徳の二人は動かない。そんな二人に首を傾げる龍一の言葉に、二海は首を振る。
「私は三徳と部屋が隣同士だし、ここからそれなりに近いから大丈夫。りゅうくんはそっちのみんなをお願い」
「そうか。わかった」
従姉弟同士で幼馴染という間柄故に二人の話は早々に終わる。そして龍一一行が歩き出して廊下の角を曲がり、見えなくなった頃に。
「……葉山君?」
「責任は半々だろ」
ジト目で見てくる二海に対し、煽った自分にも非があるが、先に絡んできた向こうも悪いと視線を返す。
「そもそも相手にしないっていう選択肢はなかったの?」
「シカトしてもよかったけど、その時は陽川が敵に回って必然あの時いた女子全員が敵に回るだろ?で、事態を聞きつけたメイドさん達が騎士殿達に連絡して、騎士団が駆け付ける」
その場合、どちらの味方になるかは明らかだろう。
「めでたく葉山九狼包囲網の完成。無駄に敵作りまくって、俺の味方は五樹くらいなもんだ」
「え、鳥井くんは?」
「は?アイツは道連れに決まってるだろ。死なば諸共」
ナチュラルに八雲は自身の味方であると断じたことと、そんな相手を平然と巻き込む九狼にええ……と、本日二回目のドン引き。
「葉山君と鳥井君の間には確かな絆がありますからね、素晴らしいです。あ、ちなみに私も葉山君の味方ですよ?」
「よし、お嬢様は味方に引き込んだ」
「いえーい、ですね」
手を上げ、それに応えた九狼と嬉しそうにハイタッチする三徳と、二人を恨めし気に見つめる二海。そしてそんな視線を向けてくる彼女を、わざとらしく顔を寄せ合って心配する二人。
「どうしましょう、お母様の元気がありません。なにかあったんでしょうか」
「どうも旦那が無自覚にフラグ立てて女に気を持たせるらしいからな。母さんも気が気じゃないんだろう」
「でも、その割には女の子と一緒に行くのを見送っていますが……」
「なんだかんだ正妻は自分だっていう自負があるんだろ。その辺の小娘には負けないっていう気概を感じる」
つまり。
「「お母さん、がんばって!!」」
「二人とも、本気で怒るよ?」
怒りを通り越した故の笑顔に、同時に頭を下げて謝罪。こんな大きな子供いりません、と溜め息をつき、二海は改めて九狼に問う。
「けど、大丈夫?星井さんと仙堂さん達の様子だと、絶対に根に持ってるよ?」
「しばらく距離を置いて、それでも絡んでくるなら全力で逃げる。それでダメなら……訓練で模擬戦でもあれば気持ち良く殴らせてやればいいんじゃね?」
「……星井さん、中学の時から全国大会常連だよね?しかも今は魔力とかスキルっていう不思議な力もあるし」
「仙堂さんは魔法使いだそうですよ。魔力等級も7ほど。純粋な魔法使いタイプとしてはクラスでもトップだったと思います」
「……都合よく新たな力とか覚醒とかしねえかな。しねえか」
煽り過ぎたのはマズかったかな?と今更になって反省する九狼だった。
そしてそんな九狼達の予想が現実となるのはこの一週間後だった。
ちなみに星井さんの魔力等級は5。クラス内ブービー賞。