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ビヨンド・ソルジャー  作者: 弘鷹
第2章:憤怒にて穿つ
31/67

30:初任務の前に

「……」


「……」


格の違いを思い知ら(ズタボロに)された訓練から一時間後、王国軍本部内にある『獅子の流星』に宛がわれた待機室。そこは現在、尋常ならざる緊張感に満ちていた。


その中心にいるのは、応接スペースに設置されたソファーに腰掛けている二人。


一人は小柄だが、服の上からでも分かるほど筋肉質の男。腕も足も腰回りも、全体的に太いが決して肥満体ではなく、鍛えられた末の太さということがわかる。総評すると巨大な岩石のような男だ。


そして、そんな男は伸ばした髭の中心にある口をへの字に曲げて手に取った刀を穴が開く程見つめていた。


そんな男の対面に座るのは葉山九狼。こちらは常と変わらず平常心……というには怪しく、内心ではいつでも動きだせるように目の前の男の行動を俯瞰している。


むしろ当人である九狼よりも、同じガルム班や居合わせた他の『獅子の流星』の面々の方が固唾を飲んで見守っていた。アルティナに至っては緊張で吐きそうなのか顔色が悪くなっている。


「……なるほどな」


検分を終え、手に持った九狼の刀を鞘へと納め、テーブルの上へと置いた男は腕を組み、天井を見上げて一息。


周囲のほとんどがようやく一息つけると揃って肩を撫で下ろしたその瞬間だった。


「このクソガキがぁ!!」


「あっぶねえ!!」


抜き打ちで金槌を顔面目がけてブン投げる男と、ソファーへと身体を投げ出し避けた九狼。目標から外れた金槌はそのまま部屋の壁をブチ破り、隣の部屋が一気に騒がしくなったがそちらも『獅子の流星』の待機室なので問題は無い。


なお、一瞬緩んだところにこれなのでアルティナは腰が抜けてしまっている。


「危な……当たったらどうするんですか、工房長」


「死ね」


「ひでえ直球だ」


「当たりめぇだ大馬鹿野郎。儂の作品(ガキ)を粗雑に扱いやがって」


腕を組み直し溜め息をつく工房長に、異議ありと九狼は手を挙げる。


「俺なりに毎日ちゃんと整備してますが」


「そういうことを言ってんじゃねぇんだよ。おめぇ、こいつを振るだけじゃなくぶん投げるわ木だの岩だのに刺して足場代わりにだの……滅茶苦茶しやがって」


「……なんでわかるんですか?」


気持ち悪……とまでは流石に言わないが、修行先での行動まで把握されて少し引き気味の九狼。そんな彼の疑問に答えたのは工房長自身ではなく、


「当然ですわ。この方は当代随一と謳われる鍛治師、『鋼を識る者』カンヂ・オサフネ様。その程度造作もありません」


何故かサラが得意げに胸を張る。


「なんで脳筋ゴリラ(サラ少尉)が得意げなんですか?」


「悪意を感じますわ」


「気のせいじゃないかと」


いけしゃあしゃあと抜かす九狼をサラが睨みつけるがどこ吹く風。そしてそんな事はどうでもいいと言わんばかりにカンヂが話を進める。


「まったく、わざわざタカハラくんだりまで出向いて打ってやった刀だってのによぉ」


「でもその辺りは最初に話したと思うんですけど」


「はっ、儂に向かってとにかく折れない、曲がらない刀。多少雑に扱っても平気なものを、なんてほざいたガキはおめぇが最初で最後だろ」


「師匠から工房長ならどんな刀も打てると聞いていたんでつい」


「それで選んだ素材がアダマンタイトってのがイカれてるよな。重いだろ、これ」


笑うガルムが刀を手に取り抜刀。周りにも見えるように刃を掲げる。


一般的な刀よりもやや太めかつ分厚い刃。


この世界でも刀剣のみならず優れた武具は美術品としての価値も認められているが、そんなものは知った事ではないと割り切った故に装飾はほぼ無し。むしろ邪魔だと徹底的に排してある。


そして選んだ素材故に一般的な刀の数本分はするという重さ。今もガルムの手にずしりと確かな重さを伝えている。


この重さも装飾を削りに削った理由の一つなのだが。


「最初は大変でしたよ?練習用に師匠から貰った刀から切り替えた直後は、ものを斬るどころかまともに振ることさえ満足に出来なかったんで」


素振りは身体がふらつく、試し切りをした際など狙った場所から外れるなど散々だった記憶が甦る。


戦闘中は身体強化魔法の使用が当然の世界とはいえ、素の状態で満足に振れないもので戦えるわけがないとは最初に剣術を教えてくれたウィリアムの談。故に九狼の日課にはこの重い凶器を自在に操れるようになる為の筋トレが加わっていた。


「素直にミスリル製にしときゃあいいものを」


硬度ではアダマンタイトに劣るミスリルだが、軽量化に関しては軍配が上がる。


事実、リューズのハルバードはミスリル製。大型武器である為に重量はあるが、実のところ見た目ほどは重くない。なにより、


「ミスリルだと魔力の通りがいいですからね」


リューズの言葉通り、魔法発動の触媒としてミスリルは上位に位置しており高位の魔法使いはミスリル製の装備を持っているのが半ば常識と化している。反面、アダマンタイトは魔法触媒としての性能はミスリルに圧倒的に劣る。故に大型の盾や、砦の門扉といった頑強さの求められるものに使用されるのが主流となっていた。


だからこそ、九狼自身もミスリルを使うことを視野に入れていたのだが、


「そこはクソババア(魔法の師匠)からの課題でして……」


『きみがミスリル?現状身体強化ばっかりで武器強化すら使わないきみが?いやいやいや、百年早いでしょう。せめて補助無しで空間魔法を満足に使えるようになってからにしたまえよ』


カンヂを連れてきて、刀造りに際しても立ち会っていたヨシノからの嘲笑を思い出し、殺意が湧いてくる。


「にしても俺の『奏天』よりも重いぞ、これ」


ガルムが自身の背負う太刀を抜き、両手に一振りずつ握る。体感2倍近くか?と首を傾げるガルムは隣にいた隊員に手渡した。


途端に『獅子の流星』内で二人の刀の重さ比べが始まり、そんな様子にカンヂは溜め息をつく。


「それで、工房長?今日は少尉の刀を見に来ただけではないのですよね?」


「当たりめえよ……ほれ」


「おっと」


リューズの言葉にカンヂは足元に置いていた袋から取り出したものを九狼へと放り投げた。


受け取ったそれらはブーツとグローブ。現状王国軍で使われているものとは違っているが、どちらも九狼には見覚えのあるデザインだ。


「これは?」


「喜べ、特務部隊(おめぇら)存在意義(しごと)だ」


九狼とガルムの刀を見ていた隊員達もカンヂの言葉に耳を傾ける。


「ま、正式な辞令は後々公爵が持ってくるだろうが先に言っちまえば今坊主に渡したブーツとグローブ、これを今度の巡回任務で使ってもらう。で、使用感についてのレポートの提出をしてもらう……ガルム、レポートはちゃんと書けよ。リューズ、全員分の内容はおめぇがちゃんと精査してから出せ」


「うへぇ」


「わかりました……」


「……前科持ちですか?」


嫌そうな顔のガルムと来たる面倒事に頭痛がするリューズ。そんな二人を見た九狼は首を回して近くにいたアイザックへと訊ねる。下から覗き込んでいるというのに口元以外が見えないフードとはどういう仕組みなのかと思いつつ答えを待つこと5秒。


「はあ……」


「何故溜め息」


ルームメイトとなって一週間経つが未だによくわからん。そもそも会話がなかなか続かない。九狼自身、初対面の相手と打ち解けるのが得意なわけではないが、この中尉殿はそれ以上だ。


「……以前、似たような任務の後にレポートを提出したが、その大半が突き返された。擬音が多い、内容が具体的ではないと」


「なるほど……」


「随分と余裕そうですわね」


頭を抱えだした先輩達を見ていると今度はサラが声を掛けてくる。その横にいるアルティナもレポートを意識してなのか表情は優れない。


「わたくしは実家の仕事を手伝うこともありましたからその辺りは心得がありますけど、貴方はどうですの?ハヤマ少尉?」


なんか引っかかる言い方だな、というのが正直な感想だがこの手の人種は下手に突き返せば面倒な事も知っている。どこかの空手部女子がいい例である。


「こういうのが得意な友人がいたし、少しは教えてもらったこともありますんで。もしもの時はご教授お願いします」


「む……ま、まあ?貴方がどうしてもと言うのなら助言をして差し上げないこともないですわ」


あ、じゃあいいです。とは流石に言わない。


「それにしても、書類仕事が得意な友人……貴方の故郷の開拓村にはそんな人材がいましたのね」


「え、あー……そいつ商人の息子なんですよ。あとは教会がやってる学校にもちゃんと通ってたんで」


八雲の父は商社マンで、幼稚園から高校までちゃんと通っていたのだから全てが嘘ではないと内心で言い訳を並べていると、なおも怪訝な顔のサラ。


「ああ、なるほど……なのに不作法と怒られましたの?」


「正直仕来りとか作法とか覚えるのが苦手なので……アルティナ少尉、目を輝かせるのはちょっと」


「あ、ごめんなさい……」


「いや、謝るほどのことじゃないですから。で、王族直属の特務部隊って割にはなぜか工房長からの打診ですけど、その辺りどういうことなんですか?」


九狼の疑問にリューズが頷く。


「そうですね、その説明も含めてミーティングにしましょうか……中佐、指令のところに行きますよ」


「おう。じゃあお前ら、顔合わせした会議室に移動な」


ガルムの言葉にそれぞれ返答し、移動。




そして会議室に到着して待つこと20分ほどして二人が会議室へと入ってきた。


「よし、じゃあ今度の任務の説明だ。リューズ」


「はい。それじゃあ皆さん、こちらを」


リューズから渡された資料には開拓村及び競合地帯への巡回任務について書かれていた。


「明後日から王国最東端にある城塞都市ビルストへ移動後、周辺の開拓村を二週間かけて巡回します」


リューズが会議室の壁に地図を張り出し、書きこんでいく。


現在九狼達のいる王都アースガルから東に6日ほど移動した先にある都市が現在の王国最東端、城塞都市ビルストとなる。そこから国境線を越えた先、競合地帯にある王国所属の開拓村三ヵ所にも丸をつけた。


「とはいえ、ビルスト周辺の開拓村はまだ三つしかないけどな」


「私達ガルム班6名は王国軍正規部隊1個小隊と共に計46名での任務となります。任務内容は現地住民の抱える問題の処理及び周辺に出没する魔獣の駆除、環境調査となります。なにか質問は?」


リューズの問いかけに九狼が手を挙げる。


「どうぞ、少尉」


「はい。すごい初歩的な話だと思うんですけど」


「構いませんよ?」


「じゃあ、その……住民の問題解決って、それは冒険者の領分なんじゃ……」


九狼の質問にやっぱり来たかと苦笑するリューズ。周囲の面々も当然の疑問だと頷く。


「もちろん、冒険者ギルドにも同じように依頼は出されています。けれど、通常冒険者というのはあまり多人数での仕事は好みません。何故かはわかりますか?」


質問に対して問いかけで返された九狼はふむ、と腕を組む。


王城で世話になっていた頃、八雲が冒険者について調べていた時に聞いた話を思い出す。


冒険者ギルドにはスポンサーも存在している。しかし当事者へ払われる報酬というのは基本的に依頼人が支払うものだという内容。


となれば答えは簡単だ。


「多人数だとそれだけ報酬を分配した時に取り分が少なくなるからですか」


「ええ、そうです。開拓村周辺の魔獣討伐などは素材目当てで引き受ける方も多いと聞きますが、各村々の抱える問題や細々とした依頼にはなかなか手を付けることがないそうです」


「そんな雑用は自分達の仕事じゃない、などという意見も耳にしたことがありますわ……まったく、力を持つ身でありながらなんという言い草でしょう」


憤慨するサラだが、それに対してはガルムが宥める。


「ま、連中も食い扶持を稼ぐのに必死ってこった。となりゃあ、追加報酬(魔獣の素材)を期待できない依頼は無視するって気持ちも分からんこともないけどな」


「国境線の内側でならそういった依頼にも対応していただけるんですけど、競合地帯まで足を伸ばせる冒険者はそもそも魔獣討伐を主にしていますし」


「そういう連中は実力と同じようにプライドもあってなかなか雑用を受けない、と。反対に雑用でもなんでも受けざるを得ない冒険者は実力とか経済的に競合地帯まで足を伸ばせないってことですか?」


「そうですね。ギルド側でも人材を育てるという意味では雑務を行なわせたいそうですが、育てている最中の人材を下手に競合地帯、それも魔獣の多く出没する地域へと向かわせるのは躊躇われるそうです」


「その理屈だとそんな場所を開拓するように言われた国民側はどうなるって話ですけど」


冒険者なのに冒険させないとはこれ如何に、と思わないでもないのだが。


「ま、その辺りのフォローをしつつ、民衆の心を掴む為に各国同士で協議した結果が巡回任務だ。基本、どの国も一部を除いて軍内部の部隊が持ち回りで開拓村を回る、そんで現地の問題を解決して民衆の支持を得る」


「要は軍隊を動かしてのご機嫌伺いと」


「身も蓋もない言い方するとそうなるわな。つっても、それもバカにしたもんじゃねえぞ?おかげで人魔開戦以降、各国統治者への支持は年々高まってるしな」


人間とは現金なもので、思惑が透けて見えていても親切にされれば気を許してしまうということだろう。


「二人とも、それだけじゃありませんよ?競合地帯内に出没する魔獣は多種多様、その相手をすることで部隊員の練度向上も目的としているんですから」


苦笑するリューズが手を叩き、更にと続ける。


「今回は特務として工房長から渡された装備の試験運用も兼ねています。ハヤマ少尉、この意味がわかりますか?」


「試験運用……特務ってテスターって意味ですか?」


「てすたあ?」


聞きなれない単語にアルティナが首を傾げ、サラは怪訝な顔を向けてくる。それに対して冷や汗をかきつつ、九狼は説明する。


「えっと、うちの方言?的なものでそういう新しいものを試す人というかそういう意味です」


なるほど、と頷くアルティナとサラ。そしてアイザックはどういった感情なのかいまいちわからない。


「ええ、そうなります。新技術や新開発の装備を実地で試し、報告。それによって改良を繰り返した果てに量産化されたものが軍の制式装備となります。特務は他にも種類がありますけど、ガルム班は当面そういった方向での任務が主になりますね」


「新技術、新装備……」


なにやら脳裏に浮かぶ人物がいるのだが、実名を出すわけにはいかない。事情を知らない三人から逃げる手間もめんどくさい。


「明日は午前中に訓練、午後からは準備になる。お前らちゃんと準備して忘れ物すんなよー」


「りょうか、え、なんで全員溜め息?」


自分以外が溜め息を吐いたのを見て周囲を見る九狼。




後々、過去の巡回任務で集合一時間前に慌てて準備を始めた班長がいたと聞いた時の九狼は関係者全員に同情する羽目になるのだった。

なお、新開発の装備が九狼のいる班に真っ先に渡されたのは過保護な先生たっての希望。

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