02:魔力の自覚
「まずは改めて名乗らせていただきたく。私の名前はウィリアム・アーレンス。フィルア王国近衛騎士団総団長を拝命しています」
玉座の間での顛末、その後改めてこの異世界で魔族との戦いに臨む事を王族や貴族の目の前で明言した彼らは場所を移し、王城の一角にある部屋へ集められた。
彼ら42人の前には、彼らが最初に顔を合わせた老騎士ウィリアムを先頭に、その背後には彼と同じ意匠の鎧を身に付けた若者が整列している。
「後ろに控えているのは私の部下の近衛騎士団、その中でも比較的貴方方に近しい年齢の者達です」
その言葉と同時に、一斉に右手を胸の中心に据える若い騎士達。一様に容姿に優れる為、召喚された少女達は見惚れるばかり。
「これより、ここにいる騎士が一人一人あなた達の手を取り、魔力を流し込みます」
ウィリアムはそう言うと自身の右手を見せる。
「魔力とはこの世界の生物が例外なく持つエネルギーのことです」
ほんやりとした黄土色の光がウィリアムの手を包む。それを見てどよめく生徒達に頷き、進める。
「普段は見えることはありませんが、個々人の意思でこのエネルギーは制御され、このように可視化することが可能となります。そしてこのエネルギーを利用する技術こそが」
右手の人差指を上に向け、魔力を制御。
「女神よ、導の火をここに。『灯火』」
ウィリアムの言葉と同時に、彼の指先に火が灯る。生徒達がどよめく姿を見てウィリアムは頷くと更に段階を進める。
「更にここから。灼熱よ、空を舞い打ち砕け。『流星火』」
指先に灯っていた小さな火はバスケットボール大にまで肥大。
「これが魔法。己の魔力を用いて、想像を現実に具現する技術です」
火の玉を消しながら、改めて召喚者42人に向き直る。
「先にも言いましたが、魔力はこの世界に生きるものが例外なく持つ力。しかし皆さんはこの世界に来たばかりで魔力の扱い方をご存知ではない。故に、これから行なう方法で自身の魔力を自覚、制御していただきます」
その方法を説明する前に、ウィリアムは部下の騎士達を生徒達と教師二人に一人ずつ担当するよう命令。それを受けて騎士達も足早に各自生徒達の前に歩いていき、各々担当する相手に一礼する。
「まず、騎士達が右手側から魔力を皆さんへと流し、身体を包みます。身体を包んだ魔力は左手側に抜けて騎士の身体に戻ります。これを続けていく中で、皆さんの中にも同じ力があることを感じ取っていただきたい。感じ取ることが出来れば、次第に魔力が流れ出すことでしょう。自身の魔力の流れを騎士の魔力の流れに乗せることをイメージする。そのイメージの通りに力が動き出せば、力の流れのコントロールを今度は各々自分で行ってみていただく」
それを続けていくことで魔力の扱いを修得するのだとウィリアムは説く。
「それでは騎士団各員、始めるのだ」
『はっ!!』
「ユート・アチルリと申します。よろしくお願いいたします」
「葉山九狼……葉山が苗字で名前は九狼です。よろしくお願いします」
九狼の前に立つのはユート・アチルリと名乗る青年。金髪に碧眼という絵に描いたような美青年だが、他の騎士に比べるといささか線が細いというか、気弱な印象を受けるな……と九狼は内心で呟く。
とはいえ、他のクラスメイトたちが既にそれぞれの担当騎士と手を繋ぎ、既に魔力を流し込まれている中で自分一人何もしないというのもいただけない。現に隣の八雲は魔力を流し込まれて「ウヒョー!」とか「キタキタキター!」と非常にうるさい。魔力の覚醒とかいいから先にちょっと一発ぶん殴ろうかなと思っていると
「あの、ハヤマ殿?」
「あ、はい。すいませんお願いします」
困惑に眉を寄せるユート・アチルリの手を取るとホッとしたような表情を見せる。この人本当に騎士とか務まるんだろうかと失礼なことを考える九狼だが、ユート・アチルリが一言「行きます」と呟くと同時、紺色の魔力が彼の身体から発生。身体を包むと同時に繋いだ手を通って九狼の身体を包んでいく。
「お、おお?」
隣で依然として騒ぎ続けるバカの気持ちもよくわかる。付き合いの長さに比例して巻き込まれるように、自分もそれなりの量触れてきたファンタジーな作品で出てきた魔力というものを今現実に体験しているのだから。しかしこれはなんといか、
(お湯というか熱気というか……なんだ?蒸気?熱そのもの?)
質量を持っているような、そうでないような。奇妙な感覚が身体を包み、それが左手を通ってユート・アチルリの元へと還っていく。
「このまま魔力を循環させていきます」
「お願いします」
ゆっくりと、しかし確実に魔力が己の身体を通過していくのがわかる。
(こうやっている内に自分の中の魔力を自覚する、だっけ)
ユート・アチルリが魔力を流動させていく中、九狼は目を閉じて意識を自身の内へと向ける。
自分という容れ物の中に、ユート・アチルリが発する魔力が注がれ、それがまた彼の元へと還る。その流れに意識を向ければ、次第に流れに逆らう、否、緩やかでありながら確かにある流れの中、不動を貫くモノを見つける。
誰に言われずともわかる。先ほどの話の流れを加味してもこれがそうだと確信できる。しかし、
(これが魔力……てっきりなんか不定形の、それこそ水みたいなものかと思っていたけど)
思っていたのとは違う、と内心ごちる。ゲームやテレビで表現されるような魔力とはそれを発するものから噴き出すオーラのように表現されるし、騎士団長はわざわざ『流れ出る』という表現を使っていたのだ。すなわちそれは空気や炎、水のような不定形なものではないのかと思っていた。しかし自身の内にあるそれは、あまりに強固に、頑なにその形を保持し続けている。
一旦目を開けて周りを見れば、紫色の光を纏う八雲。八雲があの強固な固形物を『流れ出させた』というなら、自分にもできないことではないのだろう。何故なら魔力という未知の力に触れるのは全員初めてなのだから。
もう一度目を閉じ、自己の内面にあるあの不動の固形物へと意識を向ける。依然、ユート・アチルリによる魔力循環の中でその形を保ち続けることに、昔読んだ何かの作品ではその魔力は本人の性質や本質を映すものという設定があることを思い出す。もしや自分という人間の本質はこの謎の固形物のような堅物ということなのかと疑問に思いつつ、そろそろ魔力が使えるようにならなければ隣ではしゃいでいる八雲がどんな煽りを向けてくるかわかったものではない。
(ていうか、そもそも流れ出すのを待たなきゃいけないルールなんてないよな?)
思い立ったが早いか、九狼は意識の内にあるあの固形物を凝視する。これが魔力であり、流れ出すことで魔力として制御できるというなら、まずはこれを崩すことからだろうと。
(アチルリさんの魔力に俺の魔力が流れ出す?だったらそれは……浸食?うん、じゃあそんな感じで)
騎士団長は魔力というエネルギーを個々の意思で制御し、想像を現実に具現する技術を魔法と呼んだ。それはかなりざっくりと言ってしまえばイメージが重要だということだ。
(浸食を受けた岩が……いやそれだと何年かかるんだって話か。どっちかっていうと鉄がアチルリさんの魔力って熱を受けて溶けていく感じで……あ、いい感じ?)
徐々に形を崩し、固体から流体へ。それが己の内を満たしていく。そして溶けだしたそれは自身の左手からユート・アチルリの右手を通り、身体、左手を介して再び自身の元へと戻ってくる。そんな感覚を覚えて目を開くと、そこには自分の身体を包む、淡い灰色の光。
そして周りに目を向ければ、現状魔力を目覚めさせたのは八雲の他には陽川龍一、風鳴二海、
常磐三徳、それから五樹と未だ少人数。とりあえず最後じゃなくてよかったと小さく息を吐く。
「おめでとうございます、ハヤマ殿。淀みのない、穏やかな魔力。お見事です」
「あ、はい。ありがとうございます」
微笑んでくるユート・アチルリに頭を下げつつ、この後の展開はアレだよなぁ……と八雲に薦められて読んだ数々の作品が教えてくれた、ほぼ不可避の行事を考えるのだった。