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ビヨンド・ソルジャー  作者: 弘鷹
第1章:サモンデイズ
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01:異世界召喚

20XX年11月。


朝起きて、母の作った朝食を家族と食べて学校に向かい、級友と共に授業を受けつつ抜き打ちテストや定期考査の結果に一喜一憂する。


それがこの日までの彼らの日常だった。


その日の授業が終わり、HRも何事もなく終了。そうして鞄を手に取ってクラスの各々が席を立った瞬間、教室は光に包まれ数秒後、光が収まった頃にはそこには誰もいなかった。


とある県立高校の2年生 40名、担任教師1名、副担任1名。総勢42名が忽然と姿を消したこの事件は当初様々なメディアで取り上げられ、警察や失踪した生徒や教師の親類縁者が必死で捜索するも手掛かり一つ得られず、現代の神隠しと騒がれる事になるが、一か月もした頃には世間は不自然なほどにあっさりと事件の話題を口にしなくなった。


まるで何かに無理矢理目を背けさせられているかのように。







荘厳という言葉はこの光景の為にあるのではないかと、葉山九狼(ハヤマクロウ)は暢気に思った。


丁寧に磨き上げられ、天井や壁、そして周りに整列する大人達をそのまま映し出す床。


そんな床に敷かれた幅の広いレッドカーペット。


壁や柱には精緻な装飾や彫刻。


そしてその先。長方形の広間の奥には数段高い位置に豪奢な椅子が設けられ、そこには中年の男性が座っていた。


おそらく40歳中盤頃か。精悍な顔立ちに歳相応に刻まれた皺。白髪混じりの銀髪は丁寧に櫛を通されている。口元には髪の色と同じ髭を湛え、深いブラウンの瞳は理知的な光を湛えつつ彼ら、総勢42名を見つめている。


そしてその右側には男性よりも若く美しい金髪の女性が。その反対側には女性とよく似た顔立ちで彼らと同世代と思われる銀髪の美少女と更に幼い美少年が立っている。

4名とも身に付けているのは当然のように豪華な装飾、刺繍が施されたものであり、そのどれもが背後に吊り下げられた、広間のどこからでもはっきりと見えるほど巨大に作られた獅子を刻んだ旗と同じ紅を基調としたもの。


「陛下、救世の勇者殿たちをお連れいたしました」


生徒達の先頭に立つ、屈強な体躯を鎧で包んだ老騎士は男性の前に跪くとそう述べた。

その言葉に周囲の貴族風の出で立ちの男達は「おお、彼らが……!」や「多いな……」「果たしてどのような力を……」等と囁き合っている。そして九狼の周囲の生徒達は「なんだ?」「勇者ってどういうこと……?」等と戸惑っているが、中には「やっぱりだ!」「マジかよこの展開!」「異世界キタ―――!!」と見るからにテンションの上がっている者が数人。


「うむ、わかった」


陛下と呼ばれた男性―――十中八九この国の王だろう―――が玉座から立ち上がり、一歩前に出るとおもむろに両手を合わせ、僅かに頭を下げ、両脇の三人も同じ仕草を見せた。


「まずはいきなりの召喚、真に失礼した。そしてここに来てくれたことへの感謝を。異世界の勇者達よ」


合掌ではなく、掌を合わせた上で指を組んだそれは祈りに似た仕草だが、この世界ではそれが相手に対して礼儀や謝罪に当たる仕草なのだろう。周りの貴族や衛兵達が国王の仕草に見せた反応がそういうものなのだと確信させる。


そして周りの人間が見せた反応とはつまり動揺だ。


要はありえないのだ。彼らの服装や建物の雰囲気からしてこの異世界が現代の地球でいう中世辺りというのは推測できる。そしてその時代、一国の王ともなれば神に等しいかそれに準ずる存在。そんな貴い存在が自らの都合で呼び出したとはいえ、見るからに一般人の彼らに向けてそんな事をするなど前代未聞。


そしてそんな状況を理解しているのは呼び出された側では僅か数人。

彼らの担任である猪塚六輔(イノヅカロクスケ)、副担任である遠山鹿奈多(トオヤマカナタ)、学校一の秀才と言われる常磐三徳(トキワミノリ)、そして最後尾で事の成り行きを周りよりも冷静に見ていた仙堂五樹(センドウイツキ)と葉山九狼、そのすぐ横でこういう事態への心得を持っている鳥井八雲(トリイヤクモ)の6名。


「我が名はフィルア王国現国王、オルド・フィルア・ヴェルトール。其方達をこの国、いや世界に呼んだ者達の王である」


そう言ってオルド王は再び先ほどの礼を彼らに向けた。

しかしそれに対してすぐに何か行動を起こす事が出来る者はいなかった。生徒達の大半がオルド王の放つ高貴な者独特のオーラと周囲の者達がこちらに向ける目に気後れしてしまい踏み出せずにいる。一部の者達は冷静に今の状況を頭の中で整理している最中。流石にいきなり異世界に呼び出されて王族の前に連れてこられてまともに受け答えなど出来ない……ただ一人を除いては。


「お初にお目にかかります、国王陛下」


周りから一歩前へ出て跪くのは淡い栗色の髪の少年だ。

彼らの目の前の王族は当然、周囲に並ぶ騎士や貴族達が揃って美形の中でも遜色なく整った顔立ち。穏やかに微笑みながら物怖じ一つ見せないその態度は、ともすれば不敬に見られかねない。しかしこの場の誰もが彼を咎める事はしない。


何故なら皆が今の一礼で認識したからだ。

周りが足踏みをする中、一人だけ一歩前に出た彼こそ自分達が呼んだ者達の筆頭にして中心、『勇者』であると。


「僕は陽川龍一(ヒカワリュウイチ)……名を先に名乗るならリュウイチ・ヒカワとなります」


「うむ。ならばこの場はリュウイチ殿と呼ばせていただこう」


「はい。それで、許されるのならお教えいただけませんか?勇者とはどういうことのなのか、どうして僕達はこの城に居たのですか?」


「それについてはまずはこの世界について語らねばならぬ」


そうして国王が語るこの世界の歴史。


それは人間や亜人と呼ばれる者達が手を取り合い暮らすこの世界で数年から数十年の周期で繰り返し行われてきた魔族との戦いの歴史。


魔族の中でも一際強い力を持つ『魔王』が現れ、魔族を率いて人類を滅ぼそうと戦いを仕掛ける。その度にこの世界にいくつかある国から『勇者』が現れ、戦うという歴史だった。


「10年前より魔族の活動が活発化しており、8年前に一度大きな戦もあった。そして、この度我が国が所有する代々の勇者召喚に使われてきた魔法陣が輝きを放ち始めた。これは魔法陣を所有する国にて召喚を行なえという女神の意思。故に、此度の召喚を行なった訳ではあるが……」


そこで一旦言葉を切る国王。その視線は召喚された42人全員への罪悪感で満ちていた。


「歴代の勇者はどの国でも一度に召喚されたのは4、5人程度。多くとも10人と聞く……しかしよもや、ここまでの人数が来るとは思わなんだな……」


「そう、ですか……」


「全ては己の力で魔族との戦いを終わらせる事の出来ぬ我らが不徳。しかし、どうかこの世界に住む者達を護る一助となってはくれぬだろうか」


祈りにも似た礼をする国王。すると、傍に控えた王族、壁際に並んだ貴族や騎士が同様に礼をする。


そんな彼らの姿に、陽川龍一の胸に湧き上がる熱。その熱の名前は義憤、義侠心、良心……即ち正義の心。自分に何が出来るのか、どれだけやれるのかはわからない。しかし、助けを求める人達がいて、自分は求められた。なら、この胸に燃える熱に従って行動する以外の選択肢など自分には存在しない。


だからこそ、彼は思いのままに口を開いた。


「お任せください!必ずや魔族との戦いに勝利し、この世界に平和をもたらしてみせます!」


「おお、なんと勇ましい!」「あれこそ正に勇者の風格よ!」「凛々しい顔立ちに恵まれた体躯、なるほど勇者になるべく生まれてきた御仁だ」等々、彼の返答に湧き上がる貴族達。


そして後ろで事のなりゆきを見守っていたクラスメイト達にも徐々に彼の熱が伝播していく。


「そ、そうだよな……」「お、おう。陽川があんなに自信満々に言ってんだし……」「陽川君、かっこいい……」「さすがうちらの学校一のイケメン……」「なんだっけ、最近こういう展開流行ってんだよな?」「ていうか、むしろ俺らもワンチャン勇者になれるんじゃね?」「てことはモテる!?」「マジかよ……なんかいける気がする!」等々。


しかし、そんな中で龍一に不安を覚える者、呆れる者、向ける視線が険しい者がいた。


不安を覚えたのは国王と老騎士の二人と、彼のすぐ後ろにいた黒髪の少女、風鳴双海カゼナリフタミとクラス副担任の遠山鹿奈多。

呆れているのは葉山九狼と鳥井八雲の二人。そして険しい視線を向けていたのは


「何を浮ついてんだ、お前は」


「いたっ!」


後ろから龍一の頭を叩いた三十路の男性。くたびれたワイシャツに緩めたネクタイ。ジャケット代わりに白衣を羽織った彼らの担任、猪塚六輔だった。


「い、猪塚先生?」


叩かれた龍一はどうして叩かれたのかもわからず困惑。そして龍一の言葉に盛り上がりを見せていた生徒達も冷や水をかけられたかのように動きを止めた。


「猪塚先生、どうしたんですか?いきなり頭を叩くなんてひどいじゃないですか」


龍一の言葉に乗るように女子の一部がブーイングを行なうが、猪塚はそんなことなど知らんとばかりに腕を組む。


「ド阿呆。頼み事を受ける前にやらなきゃいかんことがあるだろうが」


「えっと……なんですか?」


本気で分からないといった表情の龍一に猪塚は眉間を押さえながら溜め息一つ。そして国王に向けてこの国での一礼を行なう。


「お初にお目にかかります、陛下。私の名は猪塚六輔。先ほどの陽川に倣うならロクスケ・イノヅカでしょうか。職業は教師。ここにいる生徒40人を受け持つ者です」


「うむ、イノヅカ殿でよいか?」


「ご随意に……先ほどこの阿呆がノリと勢いで受けた魔族との戦いですが、それを受ける受けないに関わらず、お答えいただきたいことがあります」


「答えることの出来る問いにはすべて真摯に答えよう」


「ではまず一つ……この世界から我々は元いた世界への帰還方法についてはどうなっていますか?あの紋様で向こうに帰る事が出来ますか?」


「出来ると言えば出来るし、出来ぬと言えば出来ぬ」


「どういう意味ですか?」


訝し気な猪塚の視線に国王は首を横に振る。


「我々人類の力で歴代の勇者を帰還させた例は未だかつてないのだ」


「では、何かしらの方法があると?」


「うむ。伝承によれば、歴代の勇者達は皆魔王との決戦後に女神からの神託が下ると聞く。そして選択を迫られる。即ちこの世界に残るか、元いた世界に帰るか」


その言葉に最悪の予想をしていた者達の表情も僅かに晴れていく。


「ではもう一つ。この魔族との戦いについて不参加を選んだ場合はどうなりますか?」


その言葉に広間が囁き声で満たされる。主に貴族達が発するものではあるが、内容としてはありえない、そんなことが許されるのかといったものばかりだ。しかしこれも無理もない事だった。


何故なら彼ら42人は女神の魔法陣によって召喚された。つまりそれはこの世界で最も信仰されている女神の命を受けた使徒も同然。そんな使徒が女神から与えられた使命を断るなど言語道断。だからこそ貴族達の猪塚に向ける視線が徐々に懐疑的になっていく。


「【静まれ】」


だが、そんな喧騒を国王はたった一言で黙らせ、それを見た葉山九狼は首を傾げた。


(なんだ?)


妙に重く、主従や王族と庶民といった立場の差等を抜いても強制力を感じさせた一言だった。そうしなければいけないと思わせるだけではなく、身近で大きな音がした時のような肌が震える感覚。そもそも九狼と国王はそれなりに離れた位置にいるのにどうしてここまではっきりと聞こえたのかとクラスでただ一人、九狼は訝しむが、その間にも話は続く。


「我が家臣がすまぬな……先ほどの問いについては、こちらとしても無理矢理こちらの世界へと呼んだ手前、無理強いは出来ぬ。故に先に確約しておこう。我が名において其方ら一人一人がどのような選択をしたとしても、その生活の保障を行なうと」


国王の言葉に、猪塚は値踏みをするように相手の顔を見つめる。しかし国王の瞳は猪塚を捉えて決してブレない。その態度に猪塚も諦めたのか認めたのか、再度礼を行なう。


「感謝致します、陛下。ならば、少しお時間をいただけますか?生徒達と今度について話したいのですが」


「よい。よく考えた上で答えを聞かせてほしい」


その後、彼らは一度別室に通され話し合いの場を設ける事になったのだが、再び龍一の演説を聞かされた生徒の大半がその勢いのまま戦いへの参加を決意し、残る一部はそれに流されるように参加を表明することになる。


自分の意思で戦う事を決めた人数は、両手で数えきれる程度しかいなかった。

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