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ビヨンド・ソルジャー  作者: 弘鷹
第1章:サモンデイズ
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16:今は遠い約束の ~過去を牙に変えて~

「次は……オマエだ」


向けられた灰色の視線に『歓喜』は知らず身体を震わせていた。


なんだ、今のは。何がどうなっている?クロウ・ハヤマの立っていた場所が小さく爆ぜたと思えば、奴は『愉悦』の傍にいて、『愉悦』の頭蓋が宙を舞っていた。そして自分も、恐らく『憐憫』も一連の動きを認識できていなかった。


理解できたのは地に落ちた『愉悦』の狂った笑い声が響いた時から。そしてあの男は躊躇い無くそれに向けて刃を振るい黙らせた。『愉悦』は我ら三人の中では最も位階の低い信徒だ。しかし、それでもあの男より経験を積んでいる以上こんなことはあり得ない。


だとすれば、あの男にいったい何があったというのだ。動きはもちろんのこと、先ほどまで真剣を振るう事に見せていた躊躇が一切なくなっている。


この短時間で何があの男を変えたのかは知らないが、と『歓喜』はジャマダハルを握り直し、ニヤリと口元を歪めた。


「これも、狩りの、醍醐味よ」


逃げ惑う獲物を追い詰め仕留めるのではなく、牙を向く手負いの獣を死闘の果てに討ち取る。それもまた己の望む狩りの一つであると唇を舐める。


次瞬、踏み込む『歓喜』と『憐憫』。『愉悦』を欠いた今、先のような三位一体の連携は出来ないがそれでも二人は九狼よりも格上。ならば先ほどの『愉悦』のように一方的に殺される事などありはしない。


そのはずなのに。


「ぬ、ぐぅ!?」


「―――!?」


二人の攻撃が一切当たらない。九狼目掛けて放った攻撃は最初から軌道を知っているかのように回避され、狙いすましたようにカウンターが襲い掛かる。その度に『歓喜』が『憐憫』を、『憐憫』が『歓喜』をフォローするがそれすら知っているとでも言うようにフォローへ入った相手への攻撃に切り替わる。


ギリギリで回避してはいるが、その速度と気迫が緒戦とは段違いである以上負傷は免れない。


「なんだ、これは……」


オマケに受けた傷がその見た目以上に疼く。何か特殊な、それこそ毒に類する魔法かとも考えたが両手の剣には欠片も魔力が宿ってはいない。ならばこれはなんだ?何がこの身を蝕もうとしている?


その思考が『歓喜』の動きを鈍らせた。そして今の九狼はそれをブラフかどうか見極めるつもりなどない。相手が動きを鈍らせた理由の推察?そんな暇があるなら殴る、蹴る、斬り殺す。


只管前へ前へと地面が爆ぜる。


背にした『憐憫』の存在を一切顧みない渾身の踏み込み。他のありとあらゆる全てを一切合切無視した突貫。その踏み込みに『憐憫』も最大出力での身体強化を敢行し追撃。


無防備な背に向けて容赦なく走る凶刃。しかし、


「聴こえてるし、視えてんだよ」


踏みとどまり、背に回した右手で持つ刃引きの剣で受け止める。そのまま身体を右回転、がら空きの脇腹に向けて蹴りを叩き込み、『憐憫』を吹き飛ばした。


それを見届けることもせず、振り返って再び『歓喜』へ突撃。両手を身体の左側で振り被り、灰の視線は僅かに『歓喜』の足元へ。


その挙動に『歓喜』は次の行動を決定。足元を重点的に強化。右手の刃引きの剣による初太刀は強化した足で受け止め、続く左の真剣は右の刃で受け止める。多少の負傷は免れないだろうが、残る刃でトドメを刺す。


どれだけ魔法で身体を強化し、殺意を滾らせようと所詮は素人。視線と構えで狙いは容易に読める。楽しめたが、それもこれで終わりだと『歓喜』の口元が再び歪む。


そうして放たれた右の一閃。それは『歓喜』の足へと食い込み、その肉と骨をもって受け止められる……はずだったのに


「は?」


刃が触れる。肉を断たれる。けれど骨で受け止める。しかし現実はそうならず、右足の肉と骨を断つだけでなく左の足すら断ち切ってしまった。


馬鹿な、何故?いくら強化しようと奴の魔力等級で強化できる膂力などたかが知れているはず。刃引きされている刃で強化した身体を何故こうも容易く断ち切れた?


支えを失い重力に引かれる僅かな間、『歓喜』の目に映るのは九狼が左手で持ち、弓を引き絞るように構えた刃引きの剣。何故そこにその剣が?ならば自分の両足を断ち切ったのは真剣の方だというのか?


『歓喜』は知らない。


先ほどの『憐憫』との僅かな攻防、その直後に『歓喜』の視線から両手の剣が隠れた僅かな瞬間に左右の剣を入れ替えたのだ。しかし『歓喜』が答えを知るよりも早く死刑宣告は訪れる。


「死ね……!」


刃引きであろうと鋼は鋼。超高速で叩きつければ人間など容易く貫ける。そう言わんばかりの渾身の力を込めた一突きが『歓喜』の心臓を穿つ。


「ご、は……!」


胸を貫かれながら覆面の奥、『歓喜』の両目が見開かれる。何故だ、『愉悦』を殺したとはいえ所詮は無能。まぐれのはずだ。そんな相手に負けるわけがない。なのにどうして俺がこんな目にあっている?こんなのは知らない、今までの獲物はみな最後には嘆きの中で死んでいった!だから今度もそのはずだった!俺はただ神の名の下に狩りを楽しんでいただけなのに、楽しみたいだけなのに……!


「いや、だ……しにたく、な」


「いいから死ね、塵屑……!」


そんな泣き言など知らぬとばかりに、九狼は赫怒と共に右に握る真剣を一閃。その首を刎ね飛ばした。


残った『歓喜』の身体を蹴り飛ばして剣を引き抜き、振り返る。


その先には腹を抑えた『憐憫』が歩み寄ってきていた。


「……あとはアンタだ。ユート・アチルリ」


その名を呼ばれ、溜め息を一つ。『憐憫』は覆面を剥ぎ取り、この二週間ほどで見慣れた金髪碧眼の青年が星明りの元に姿を曝した。


「いつ、お気づきになられたのですか?」


「ついさっきだよ。生憎、今はいろんなことが良く聴こえて、良く視える。それだけだ」


「それだけで私だと看破しますか……」


やれやれと首を振るユート。改めてこの少年には驚かされる。


己の正体を見破った理由については未だよくわからないが、灰色に輝く双眸と無関係ではないのだろう。そして同朋二人をほぼ一方的に殺戮せしめた手腕。脅威としか言いようがない。


元々この二週間で筆頭騎士から技を叩き込まれ体を鍛えられた結果、素人とは思えない実力を身に付けていたことは知っていた。だからこそ自分達とギリギリのところで渡り合うことが出来ていたがあと一歩が足りずに手傷を負い、ここまで逃げてきたのだ。


しかしこの土壇場で果たした覚醒。命を奪うという決心。それはつまり以前ウィリアムが王へと語った最後のピースが揃ったことを意味する。


そして今九狼の見せる、殺意のままに格上を次々と葬るその姿はウィリアムの呟いた王国最強の『剣』が誇る、心一つでどのような苦境も乗り越えてしまうというある種の狂気を思わせる。


「ごちゃごちゃ話すつもりはねえんだよ。アンタが敵である以上は、アイツらを狙う可能性がある以上は、絶対に逃がさん。ここでぶち殺す……!」


恩はある。自分が今こうして戦えているのは間違いなくユート・アチルリのお陰でもある。


だがもう遅い。それを理由に躊躇うような段階は既に通り過ぎているのだ。


天秤に乗せられたのは命を奪うことへの忌避感。逆の皿には自身と友人達の命。どちらが重いかは語るまでもない。


故に更に漲る殺意。不動明王も斯くやと言わんばかりに睨みつける九狼。その視線を受けてユートは切なそうに微笑む。ようやく己の道が定まった。ならば、と。


「ああ、そうですね……かの英雄には及ばずとも、彼を想起させる貴方に討たれるのならそれも悪くないのかもしれない……ですが」


ジャマダハルを握りしめ、震脚が地を揺らす。その構えに隙は一部もなく、全身に漲る魔力が彼の全力を示していた。


「大人しく死ぬつもりはありません……いずれ来る魔族との戦いに臨むというのなら、私程度超えていきなさい」


「邪神の手先の分際で偉そうに語るな」


双剣を構える九狼の両目から血が涙のように溢れ、流れ落ちる。過剰強化の代償がここで露呈するが、知らぬとばかりにユートから視線を外さない。


血涙が頬を伝い、顎へ。そして雫となって地に向かって落ちて、地面へと到達した瞬間、


「―――ッ!!」


「シッ!!」


同時に踏み込み、互いの命を喰らわんと両手の刃を振るう。一瞬で十を超える斬撃が互いに交わされた。超高速で迫る九狼に対し、急所目掛けて正確に繰り出されるユートの刃。


その軌道を見切り、九狼は改めて相手の実力を理解する。


『圧縮強化・最大駆動』による身体能力と五感の超強化によって食らいついているが、本来ならば敵わない相手なのだろう。それほどまでにユート・アチルリの真の実力は高い位置にある。


しかし今や殺意の塊と化している九狼には関係ない。相手は遥か格上?知ったことか。相手がどれだけ先を走っていても、今ここで追いつき追い越し、そして殺す。


殺意を更に燃やして身体を動かし捌き、強化された視覚を駆使して相手の技を刹那の内に観察。脳をフル回転させて理解し現在の自分に行使できるのか取捨選択、そしてフィードバック。


負荷の増大する脳が悲鳴を上げ始め、血涙の量が増加。鼻血まで出て来る始末。しかしそれでも止まらない。


互いの刃が肉を削ぎ、辺りに鮮血を撒き散らし、返り血で二人の身体が赤く染まっていく。


「どうしました?その程度ですか?速度が落ちてきていますよ」


「まだだ!」


互いに繰り出した斬撃が百を超え二百に届いた頃。


驚異的な勢いで技術を吸収、対抗する九狼だが、未だにそちらはユートが上。しかも『圧縮強化』の反動が遂に身体の強度、回復速度を上回り始めた。


動かす度に皮膚は内側から弾けて血を吹き、骨が軋みを上げて亀裂を走らせる。


訓練場に自身の血溜まりを作りながら、それでもと殺意を込めて刃を振るう。


対してユートも不可解な現象に襲われていた。


(これはいったい?)


肉を削がれる度に、骨を打たれる度にユート・アチルリの身体を侵食していく正体不明の何か。それは先程『歓喜』が感じていたものと同種であり、それ以上の効力を放っていた。


一秒前よりも僅かに、しかし確実に重くなる身体。削れていく魔力。


戦闘による消耗もあり得るが、彼は修練の過程で同じような死闘を同朋と繰り広げた事もある。その時には感じなかった感覚から、しかしとユートは目を背ける。


今の葉山九狼相手に余所見など命取りだ。例えそれが楽な道であろうとも、先程の九狼の言葉でユート・アチルリは己の最後の役目を全うしようと決めたのだ。ならば手を抜くなどあり得ない。


貴方の限界を更に引き出しましょうとばかりに己の技術を開帳。さあもっと、まだまだ行けるだろうとばかりに九狼を追い込む。


更に鋭さを増すユートの攻勢に、九狼の内心では焦りが見え出していた。殺意に陰りは欠片もない。しかし僅かに残った冷静な部分が戦況を分析、このままでは負けると判断する。


過剰強化の限界。全身余さずズタボロであり、脳に至っては情報量の多さに焼き切れる寸前。どれだけ殺意が絶大であろうと物理的な限界が近づいていた。


あるいはそれすら超えんと意志力を滾らせる中、互いの刃から不穏な音が響く。


視界に入る、刃毀れや傷が無数に刻まれた剣。


「―――ッ」


瞬間、猛烈な勢いで再生されるこの二週間の記憶。嵌まっていくピース。組み上げられていく勝利の法則。


最後の最後が賭けな辺り、やはり八雲や三徳のように頭良く生きられないと自嘲を一瞬。


「これで!」


狭まっていく視界の中、左で持つ刃引きの剣をユートの持つ右のジャマダハルにぶつける。割れた二つの刃。余波でユートの右腕の骨を砕いた。


そして振りかぶる右の真剣、頭部目掛けた唐竹一閃。一世一代の大博打。


「終わりだ!」


「ええ、終わりです」


繰り出された左のジャマダハル。その刃が九狼の剣の傷を正確に突き、そこを基点に甲高い音と共に折れて宙を舞う刀身。


これで大勢は決した。


哀しみを込めてガラ空きの腹に向かって突き出された刃が肉を貫き、内臓を削り取る。はずなのに。


「硬い―――」


しかし、刃が入らない。切っ先が僅かに食い込むだけでそれ以上進まない。何故と思うより早く目に映る、刃を阻み、肌を染める灰色の輝き。


「言ったぞ……これで終わりだってな!」


強化された五感の内、聴覚と触覚で刀身の現在位置と落下速度を把握。落ちてくる刀身は見えてはいないが、聴こえているから問題ないとばかりに左手で掴み取る。


これこそ『最大駆動』の真価。五感の超強化による周辺状況の把握力向上(3Dマップ化)


右手は残った柄を捨ててユートの腕を万力の如く握って離さない。


黒くなりつつある視界の中、ユートの首筋に狙いを定めて刃を振り下ろす。


視界が黒く塗り潰される直前、最後に見えたのはユート・アチルリが穏やかに微笑み目を閉じる姿だった。

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