表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ビヨンド・ソルジャー  作者: 弘鷹
第1章:サモンデイズ
11/67

10:手探るものと、太陽に至るもの

波乱に満ちた(自業自得とも言う)訓練も終わり、体を清めた後の食事までの空き時間。

宛がわれた部屋のベッドの上で足を投げ出し、九狼は天井を見つめていた。


「暇だな」


暇である。超暇なのである。身体を起こせば首から提げた三角巾と、包帯と添え木で固定された左腕。しかも包帯と三角巾には『本日絶対安静』の文字。やたらと達筆なその文字を書いたのは風鳴二海。


『外したり安静にしてなかったら……わかってるよね?』


首を傾げながらいい笑顔を見せる二海はやはり校内一、二を争う美人なのだなと思いはしたが「これは逆らったら死ぬやつだ」と、龍一の最後の一撃を受ける時よりも明確に死を感じた九狼はひたすら首を縦に振るしかなかった。


「軽口叩いても死んでたよな」


そんなわけで絶賛部屋で謹慎中の九狼。


部屋付きのメイドにも話が通っているらしく、食事も普段集まって食べている部屋ではなく、自室に運ぶ手筈を整えてあるという徹底ぶり。想い人以外にもそうやって世話を焼くから母親呼ばわりされているというのに。


「本人がそれに気づいていないなら継続だな」


ここで親切心をもって教えようと考えない辺りが八雲達から外道だの畜生だのと言われる所以なのだが、かく言う男子達も自分達で教えるつもりがないのだからどいつもこいつも外道畜生ばかりである。


「まあ、それはそれとして」


時間があるなら反省会だと九狼は部屋に備え付けられた机へと向かい、椅子に座る。机の上には地球で高校に通っていた頃から使っていた鞄。その中に入れてあるノートと筆記用具を片手で引っ張り出し、書いていく。


その内容は今日の訓練での反省点。折れた骨を繋げる間にウィリアムから告げられた課題の数々。立ち回りや剣の振るい方。挑発行動の数々に関しては無視。むしろこちらが有利になるならと推奨されたのだから、反省点ではなく有効な武器となる。


「この辺りは世界が違っても変わりないってことだよな。騎士団長の言葉にも実感あったし……え、筆頭騎士様が挑発行動かましてたの?マジで?」


あの人にもそういうヤンチャな時期があったのだろうかとノートを纏めながら九狼は考える。


「前の魔族との戦いで発生した瘴気で人類側と魔族側の領域が分かれて、ざっくり30年前にそれが晴れたんだっけか。まあ、それまでに他国と戦争あっても不思議じゃないし、メイドさんもそんなこと言ってたし」


その戦争は隣国である帝国の先代皇帝が周囲の反対意見を封殺して行なったことなのだが、それは九狼の知るところではない。


「で、8年前に……人魔開戦だっけ?魔族と本格的にかち合った、と」


気づけばノートに簡易的な年表を書いて整理していたが、今はそれどころではない。


課題には剣術に体術。加えて今日見せた即興での他の武器術や舞踊を応用した防御術を本格的に磨くこと。なによりそれらを十全に扱う為に体力と魔力の向上に努めることと。要点を纏めればやる事が多い。


「体力は……走り込みだよな。これは訓練でもやってるけど、朝のランニング再開するか」


地球にいた頃の日課も、この世界に来てからは行っていなかった。いや、出来ていなかったというべきか。これはもちろん、現在行われている戦闘訓練が相応にハードであるということなのだが、そうも言っていられないだろう。素人同士とはいえ10戦程度でへばるようでは話にならないとはウィリアムの言葉だ。


持久走(スタミナ)だけならそれなりに自信あったんだけど……で、そっちはわかりやすく時間かける以外の答えはないから一番の問題はこっちだよな」


ノートに書かれている魔力の向上という部分に丸を描く。


「……ゲームじゃないんだからそう簡単に増えてたまるかって話だよ」


ペン先でノートをつつきながら天井を見上げた。聞けば繰り返し魔法を使うことで魔力の容量は増えていくが、もちろん限界値もその上昇速度も個人差がある。


そして九狼自身は自分の成長限界と速度というものに期待していない。


なぜなら魔力量の成長は身体の成長期と同じで10代前半から後半までがもっとも大きいと聞いている。そしてその理屈からいうと九狼は17歳で魔力等級4。成長の終わりは近く、この先八雲や龍一のような莫大な魔力量に自力で到達するなど見込めないだろう。


むしろ前提として今の平凡な魔力で戦うことになると考えておくべきだ。龍一や七瀬の見せた精神的な高揚をトリガーとした一時的な上昇も、それを宛にしておくべきではない。ならば


「徹底的な効率化……これが最適解か?」


魔法の発動に必要な魔力が10ならそれを7や8。もっと言えば更に少なく5や4、理想を言えば1に。少ない魔力で最大の効果を追い求めるべきだ。とりあえずはそう結論づけてはみるが。


「つってもそんなのどうすりゃいいんだよ……」


目を閉じて頭を捻る。昨日今日異世界に来た人間にそんなものどうしろと言うのだろうか。


「……魔法の得意そうな人に聞いてみるか?」


手っ取り早いところだとプライマリーさんだろうかと、八雲の部屋付きメイドの顔を思い浮かべる。しかし


「でも出歩いてることがバレたら風鳴になんて言われるか……殺される?」


それは無いだろうが説教くらう未来しか見えない。流石の九狼でもそんな未来はごめんだと首を振る。


「あとは……ていうかさっきからうるせえな」


扉の外から聞こえる話し声。いつも通り隣の部屋の龍一の元へとファンクラブが押しかけているのだろう。今日の九狼との試合の後、龍一が行なった試合は全戦全勝。それに色めき立った連中がいつも通りに押しかけてきていても不思議ではない。


「よそでやってくんねえかな。談話室とかあっただろ」


とはいえ如何せんうるさい。王城、しかも賓客扱いの彼らが使っている部屋もそれなりに防音が効いている。それでもうるさいと感じる辺りどれだけ大声で喋っているのやら。おかげでゆっくり考えるのに少々邪魔だ。無視できないことも無いが、それでも耳をつく辺りが絶妙にこちらの集中力を削る。


「いっそのこと俺が談話室とかに……いや、こないだのことを考えると近くまで風鳴が来てそうだし見つかったら説教されるか」


ゆっくり考え事をしたいのに周りがうるさい。トラブル防止の為にも注意するのはやめておいた方がいい。しかし部屋から離れたことを知られると説教される可能性が高い。


「理不尽じゃね?とはいえ陽川に言っても聞き耳持たなそうだし。紳士=レディファーストとしか考えてなさそうだしな。男は女の為になんでも我慢するべきって?なんだそのクソ理論。元はオマエが原因だっつーの」


アイツどうにも男子より女子を優先する気があるからなあ、と呟く。


「けど陽川……陽川か」


骨が繋がり、潰れた肉も元通りになっている左腕を見る。試合中、最後の一撃を受け止めた時の魔力は本当にごくわずかだった。それだけで受け止める事が出来たからこそ、緩んだ龍一へとカウンターを繰り出すことが出来たのだが。


「増えた陽川の魔力が込められた一撃に耐えられたのはなんでだ?」


あの時自分が何をしたのか。それを思い出し一つ仮説を打ち立てる。


そしてそれを実証すべく予備のシャーペン芯を出して右手で摘まみ、わずかに回復してきている魔力を流し込むとそれで机を叩いてみた。普通なら一度で折れてしまうそれも、何度目かでようやく折れた。


それを確認して、もう一本芯を取り出して同じように魔力を流し込む。しかし今度は先ほどとは違い、同じ量の魔力を芯と同じ細さにまで、倍以上の時間をかけて集中させる。一本目は黒い芯の周囲を灰色の魔力が覆っているだけだったが、今度は芯そのものが灰色に染まったかのように見える。


その芯で机を何度か叩いてみるが折れる気配はない。ならばと席を立ち、机に向かって振りかぶると


「せえ、のっ!!」


勢いよく投げつける。一直線に放られた芯は机に触れ、砕けることなく直立。近くで見てみれば浅くだが机に突き刺さっている。


「……おお、マジか」


半ば予想していたとはいえ、本当にこうなるとは。


「いや、でも当たり前か。密度が高い方が当たり前に硬い……うん。だから耐えることが出来た、と」


中身の詰まった鉄棒と中身のないただの鉄パイプ。ぶつけ合えば潰れるのはどちらかという話だ。


あの瞬間、九狼自身は残った魔力を集中しただけに過ぎなかったが結果としてその密度が龍一の木剣を纏う魔力よりも高かったからこそ、九狼の腕は木剣が纏う魔力を食い破り、強化された身体能力で殴られただけという結果で済んだ。


これはまだ九狼達が知る由もないが、魔力の取り扱いに対するそれぞれの得意不得意が関係している。例を挙げれば九狼は圧縮・集束に長けており龍一の場合は放出・拡散に優れているといった具合だ。


「てことはこれを使いこなした上で全身に適用できれば少ない魔力でも防御力は上がるし攻撃力も上がる。あとは燃費とスピードがどうなるかって話で……いいね、八雲じゃないけど面白くなってきた」


一つ、この理屈を用いた悪だくみも思いついた。しかしいろいろと検証したいこともあるが魔力が回復しきっていない現状外に出て跳びはねる訳にもいかない。あと二海に見つかるのが地味に一番怖い。


「まずは魔力を集中させる練習か」


先ほどのように時間がかかり過ぎるのはよろしくない。試合中は一瞬で終わらせていたが、それもテンション任せの荒技だ。そんなものは技術技能とは言わない。


「八雲曰く、真に信頼できる技術技能とは積み重ねであり、如何にそれを身体に覚えさせるかである」


格ゲーでこちらに圧勝した際にほざいた言葉を思い返しつつ、九狼は新しく芯へと魔力を集中させ、先ほどと同じ程度になればまた机目掛けて投げることを繰り返していく。


「でもその格ゲーこっちがオマエの家でバイトしてる間にテメエがゲーセンでやり込んでたやつじゃねえかそんなもんでマウント取ってんじゃねえクソがぁ!」


そんな怒りも込めつつ。なお、王城の備品を傷つけていることに気づくのはこの15分後である。








翌日。包帯を外していても二海が何も言わないことに(内心めちゃくちゃビビりつつ)安堵し、午前中の基礎体力増強の為の(ウィリアムによって周りの倍近いメニューに増えた)訓練を終えて昼食を食べた後、案内されるままに九狼は他の面々と共に城の中を歩いていた。


「なんだと思う?」


「んー、スキルとか魔力に関してはやったし模擬戦もやったから……国に伝わる由緒ある武器をそれぞれに貸し与えるとかそういう展開じゃねえかな」


横の八雲に問えばそんな解答が返ってくる。周りの男子もそれを聞いて程度の違いはあれど分かりやすくそわそわしだした。古今東西、男子というのは『伝説』や『由緒ある』、『選ばれた者だけが』という枕詞が大好物なのだ。


「鋭いな、ヤクモ。その通りだ」


先導していたウィリアムが歩みを止めて振り返る。その背には謁見の間と同じとは言わないまでも豪奢な扉と、その脇を固める武装した騎士が数人立っていた。


「マジですか!!」


「うむ。これから諸君には王家によって管理されている装備が下賜される……詳しくはこの奥に入ってからだ」


騎士達が扉を開けると、そこは机と椅子の置かれた部屋。その中には更に騎士が5人。ウィリアムが声をかけると、彼らは各人が持っている鍵で奥に扉の施錠を開けていく。


「すごい厳重だね」


「王家の管理って話なら当然だろ」


五樹の言葉に返しながら、扉が開かれるのを眺める。そして、その先に広がる部屋を見て誰かが感嘆の声を漏らした。


「すげえ……」


そこは一言で言ってしまえば美術館だった。


数々の煌びやかな武器防具。それらが一つ一つガラスのケースの中に安置されている。ケースそれぞれには名札と解説の書かれている札が貼り付けられているせいで余計に美術館という趣が強い。


「……これも歴代の召喚者の影響か?」


「ここはかつて魔王討伐の功績をもって当時の王国の姫君と結ばれることとなった『勇者王』タツミ様が御造りになられた場所。そして保管されているものすべてが歴代の召喚者達が使用もしくは作成したアーティファクトの数々だ」


九狼の呟きにウィリアムが首肯し説明。そしてアーティファクトという言葉に八雲が目を輝かせた。


「これから全員、各アーティファクトに触れてもらう。そして選ばれるかどうかを確認してもらう」


「選ばれる、ですか?選ぶのではなく?」


二海の言葉にウィリアムは再び首肯。


「そうだ。ここにあるアーティファクトはすべて元々の使い手の為に作成されたもの。そして作成者の意向か、はたまたそういうスキルなのかは不明だが、最初の使い手以降アーティファクト自身が己の使い手を選ぶようになっている。例えば……」


ウィリアムは近くに安置されているガラスケースに足を向けた。中に置かれているのは錫杖。核となる杖の部分自体は年期の入った木材が使われているが、それと反比例するかのように施された装飾は豪奢な黄金細工。特に頭部の輪形の中心、そして左右に取り付けられた計8つの遊環それぞれに宝石が取り付けられているのが印象的な一品だ。


名札に書かれた銘は『世界樹の枝杖(ユグドラシル)』。


解説には勇者王タツミの伴侶となった当時の姫君が使用したものと書かれている。


「本来ならこの杖に私程度が触れようとするなど言語道断だが」


ガラスケースを開き、中にある錫杖に触れようとする。するとあと数センチといったところで錫杖とウィリアムの手との間にスパークが発生。驚く召喚者達の目には、錫杖を守るように展開されている魔法陣が映った。


ウィリアムが再び魔法陣に向かって手を伸ばせば同じように魔力によるスパークが生まれ弾かれる。


「このように、武具自身がそうと認めない以上は触れる事すら敵わない」


「はい!」


「どうした、ヤクモ」


勢いよく手を挙げた八雲に続けるように促した。


「整備とかどうするんですか!?戦闘中に手離した場合誰かに拾ってもらったりとか出来ないんですか!?」


「ふむ、当然の疑問だな。一部例外を除いて一度使い手を選べば余程相性が悪くない限り他者でも触れる事は可能だ。ただ、その場合武具の持つ特殊な能力は使用できない」


時にはそれすら捩じ伏せてしまう例外もいるが、と呟いた言葉を聞き届けた者は果たしてどれだけいただろうか。とはいえそんな例外が何人も出て来るわけがないと話を続ける。


「陛下からはこれらの武具に選ばれた場合、諸君がこの世界を去るその時まで個人所有を認めるとの御言葉も賜っている。各自、奮って試しの儀を行なってくれ」


ウィリアムの言葉に主に男子が沸き立った。その姿に若い頃の自分や部下の姿を重ねる。


王家への剣術指南を拝命するアーレンス流の宗家に生まれ、順当に剣技を修めつつ近衛騎士団の一員となったその日に行なったアーティファクトによる選別。若さ故の全能感(思い上がり)のまま分不相応に手を伸ばし拒絶された苦い思い出もあるが、それすら己を高める糧とし王国筆頭騎士にまで上り詰めた老騎士は新たな教え子達がどうするのか、まずは静観することにした。


対して生徒達もまずは何があるのか見て回るかと部屋の中を歩き出そうとするが、全員が一点に視線を集中させる。そこは先ほどの『世界樹の枝杖』の隣、まるで件の錫杖の隣にいるのは己の他にはいないと主張するように騎士剣が一振り置かれている。


純白の鞘に納められた長剣。その白銀の鍔元には精緻な装飾が施され、中央には青い宝珠が埋め込まれている。それだけでも視線を集めるだろうが、なによりもその剣が放つオーラが生徒達の視線を離さない。


そこにあるだけで周囲の空気が浄化されているような感覚を受ける長剣の名は『太陽に至るもの(ハイペリオン)』。勇者王と共に召喚された友がハイエルフ、エルダードワーフと呼ばれるエルフとドワーフのそれぞれ上位種に当たる者達と共に鍛え上げた聖剣と記されている。


「ユグドラシル、ハイペリオン……北欧神話にギリシャ神話……うーん……」


使い手同士が恋人となった武器。それらに異なる神話体系の名前が用いられていることにもやもやしたものを感じ腕を組む八雲だが


「たぶん名前付けたのオマエの同類だろ」


にべもなく切って捨てる九狼。どうせこんなもんフィーリングだフィーリングとツッコミを入れ、八雲の背を押した。


「ほら、どうせ試したくて仕方ないんだろ?ならやれ」


有無を言わせない口調にバレてたかーと笑う八雲。


「よっしゃここで一つ俺が雷神であると同時に太陽であることを証明してやろう!」


「雷雲は太陽を隠すもんだけどな」


「シャラップ!」


そういう小理屈は聞きたくないとばかりに八雲は『太陽に至るもの』へと近づく。周囲の生徒達が固唾を飲んで見守る中、意を決して手を伸ばした。


「第一印象から決めいってぇ!!」


バチン!という先ほどウィリアムが『世界樹の枝杖』に弾かれた時とは比べものにならないほど激烈なスパークが発生。弾かれ吹き飛ばされた八雲を後ろにいた九狼は瞬時に強化魔法を発動し受け止める。しかし九狼は九狼で他の生徒同様、ぽかんと口を開けて『太陽に至るもの』を見る。


「マジかよ」


「び、ビビった……」


八雲も自分の手のひらに残る魔力が煙のように立ち昇る光景に呆然としている。え、拒否られたらこんななるの?と全員が戦慄するが


「安心しろ。『太陽に至るもの(ハイペリオン)』が特別気位の高い武具なだけだ。他の武具はここまでではない」


ウィリアムが安心させるように語る。しかしその言葉も今は逆効果。ここまでではないだけで、大なり小なり似たようなものなのかと生徒達はみな渋面を浮かべる。


しかしただ一人、臆さない者がいた。


「みんな、大丈夫だ」


相変わらず女子に囲まれ、特に星井七瀬と仙堂四葉を傍に引き連れて龍一が精悍に言い放つ。


「鳥井が弾かれたのは……うん、たまたまその剣との相性が悪かっただけだと思う。それにこれだけたくさんあるんだ。だから必ず相性のいい武具は見つかるさ」


根拠は全くないだろうが、龍一の言葉にも一理ある。部屋の中に置かれている武具は42人全員に一つずつ行き渡ってもなお数に余裕があり過ぎるほどにあるのだ。


「まあ、そうだな。先にも言ったが、ここには歴代の召喚者達の武具が保管されている。そして彼らは何も一人一つしか使用していない訳ではない。なにより、タツミ様自身が数多くの武具を用いて戦ったと伝わっているからな」


ウィリアムの言葉に胸を撫で下ろす一同。そして大半の視線が自然と龍一へと向けられる。


「えっと……どうしたんだ?みんなして」


戸惑う龍一に七瀬が『太陽に至るもの』を指さしながら語り掛ける。


「ほら、陽川。あんたは勇者なんだからまずはあの剣から試してみなよ」


『勇者』の部分を強調しつつ男子達を睥睨する七瀬。彼女が何を言いたいのか察した九狼は八雲と共に溜め息を隠さない。


「……どうせまた俺らを下げて陽川を持ち上げてのご機嫌取りだろ?」


「ご苦労なことだよな」


あまりに露骨なやり口に、チャラ山や他の男子もうんざりだといった表情を見せる。気づいていないのは龍一本人のみだ。


「えっと、それじゃあ」


『太陽に至るもの』の前まで歩き、一度深呼吸。意を決して右手を伸ばす。


「僕を勇者と認めてくれるなら、力を貸してくれ」


自然とその言葉が口をついたのは何故なのか。龍一自身意図したものではなかったが、その言葉に呼応するように『太陽に至るもの』の直前に展開された魔法陣から魔力によるスパークが迸る。


しかしそれは先ほど八雲を弾き飛ばした時とは違い、龍一の腕に絡みついた。


「……ッ」


痺れと痛みが走るが手を引くわけにはいかなかった。ここで引けば拒絶されるという確信があるのだ。


どうした若造。この俺を手にしたいのだろう?ならばこの程度耐えてみせろよ青二才と、そんなありもしない幻聴が聞こえたような気がして、龍一が手に力を込めると更に勢いを増しながら腕に絡みつく魔力の電流。


もはや右腕は肩まで聖剣の放つ魔力に包まれ、しかし龍一は退かずに手を伸ばし続ける。魔力の勢いに圧されつつ、しかしそれでも手を伸ばすのが勇者の務めだと懸命に。


「頼む、僕に力を……」


伸ばした指先が魔法陣に触れた。しかしそれ自体は阻む壁ではなく、ただ選別の魔力を放射する為だけの砲台だ。


「貸してくれ!」


故に魔力に圧され動かせなかった指先は自由となり、すり抜けると同時に龍一は聖剣の柄を握りしめた。


柄を握りしめた瞬間、放射されていた魔力は霧散。それどころか青い宝珠が淡く輝き、先ほどとは質の違う魔力が溢れて龍一の身体を包んでいく。特に右腕に感じていた痛みは暖かな感覚に包まれながら消えていき、後に残るのは春の陽だまりにいるかのような心地よさのみ。


周囲が無言のまま見守る中、龍一は右手で柄を握ったまま左手は鞘へ。そして抜刀。


涼やかな音と共に衆目に晒された刀身には曇り一つなく、むしろ鏡のように自身を眺める龍一の顔を映し出すほどだ。刃を検めてみれば、美しい装飾と共に魔法陣に描かれていたものと同様の文字が直接刻まれている。


美しい芸術品を眺めるかのような心境も束の間、周囲のガラスケースや生徒達に当たらないよう軽く振りその感触を確かめると、まるで羽毛のような軽さに驚いた。しかもそれでいて金属の塊を振るう確かな手応え。


自然と笑みが浮かび、語り掛けていた。


「これからよろしく、『太陽に至るもの(ハイペリオン)』」


語り掛ける使い手と、その言葉に応えるように光を反射する刀身。


その姿は運命的な出会いを果たしたように見え、また一つ、龍一が勇者として語り継がれる逸話が生まれたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ