第8話 拳王
転移した先には埃まみれの家具と、今にも踏み抜いてしまいそうなボロボロの床が見える。ここはどこかの民家であろうがそれにしては人の気配は無く、静寂に包まれていた。
「まずは転生者の事について知らなきゃダメだな。人を探さないと」
早速民家から出て歩いてみるが、外にすら人の気配がまるでない。
「ここまで人がいないのは変だな……この国で何か起こっているんだろう。」
明らかに異常だ。消えた人々は殺されてしまったのか、はたまた王宮の奴隷として労働を強いられているのか分からなかった。
色々と考えながら歩いているうちに優は人らしきものを遂に見つけ、声を掛けようとする。
(騎士の格好をしてる人が歩いてるな。ギルドに所属している人かな?)
「すみませ……」
ーーグイッ
後ろから髪の毛をいきなり引っ張られ、物陰へ移動させられる。突然の事で驚きすぎて心臓が跳ね上がり、転生者の手下に早々と捕まってしまったと焦ってしまうが。
「兄ちゃん、奴らは王国騎士団だ。間違っても声を掛けるような真似しちゃいけねぇよ……あんたもあの”クズ”の下で一生働きたいかい?」
そう話しかける彼は筋骨隆々な身体つきで、拳には大量の傷跡が出来ており、黒い髪の毛を全て立てているのか非常に背が高く見える。威圧されそうな容姿だが顔は整っている為紳士的なおじさんに見え、優は頼り甲斐がありそう人だなと感じた。
この国の住民だろうか?それにしても危ない所を助けられてしまった優は、深くお辞儀をしひそひそ声で感謝の言葉を掛ける。
「助けて頂きありがとうございます。あなたは?」
彼は周りを舐めるように確認しながら「自己紹介は後だ。取り敢えず付いて来な」と優を民家の中へと連れ込んで行く。そして床に敷いてある絨毯を捲くると隠し通路に繋がっているであろう扉が現れ、そこに二人はコソコソと音を立てずに入っていった。
「ここはどこなんでしょうか、シェルターか何かですかね?」
周りを見渡すと蟻の巣のように四方八方に先へ続く穴が見え、一人で入ったら確実に迷う様な場所だった。しかし、ここへ連れて来た彼は行くべき場所を把握しているのか迷う事無く先へ進んで行く。
「ここはかろうじて騎士団から逃れた住民が集まる地下街”エスペーロ”だぜ。あんた知らないのかい?転生者の支配から逃れる為に”俺達”ギルドメンバーが3日で作り上げたんだ。凄え速さだろ?俺達は力だけには誰にも負けねえよ」
そう言いながら彼は、鞄の中から鈴を取り出し行き止まりの壁に向かって、それを鳴らした。すると壁に大人一人が入れる大きさの魔法陣が現れ、二人ともその魔法陣の中へ進んで行くと彼が「到着だぜ兄ちゃん。もう安心だ、ここなら奴らの手は届かねえよ」と言いつつ勇気付けてくれているのか、優の背中を優しく叩いた。
「めちゃくちゃに広い……王国の地下にこんな広い街があるなんて、建設してる時にバレなかったんですか?」
質問をしながら周りを見渡す。天井はどこまで続いているのか分からないくらいの高さ、広さは国一つ分余裕で入る様なあまりにも広い空間に、正直優は困惑している。
「そう驚くなよ兄ちゃん、俺達が”小さく”なっただけだぜ。魔法って不思議なもんだろ?術式を組む為にかなりの人数の魔法使いを動員したがな……それはそうと、自己紹介がまだだったな!俺の名前はファウストだ。”拳王”って言われるくらいには強い男だ!宜しく頼むぜ」
「ファウストさん宜しくお願いします。私は神木優と申します」
”拳王”という聞き慣れない言葉に少々怖気付いてしまうが、普段通りに挨拶をしつつ、優は申し訳ない気持ちになりながら相手のステータスを確認する。
【ファウスト】
【Lv80】
【筋力】……3000
【知力】……900
【機敏】……2000
【スキル詳細】
《剛拳》《拳王》《流速》《狂乱》
(え……強すぎじゃない?小指で捻り潰されるレベルだ……流石拳王)
あまりにも強すぎるファウストに手も足も言葉も出ない。以前ヴィーゴが言っていた「そこそこ強いはずだ」という言葉を思い出し、自然と涙が出てきた。それにしてもここまでの強さなら転生者と渡り合えるのではと考えたが、何かしらの事情があるのだろうと思い、遠回しに聞いてみる。
「でも拳王と言われる位強いのであればこの国で一番最強なんじゃないですか?」
煽る様な言い方になってしまったが、ファウストはあまり気にせず話をする。
「最強だったら転生者をぶちのめしたい所なんだがなあ。田上は”この世界で最強”だ。一度A級冒険者をかき集めて戦ってみたが……まるで歯が立たねえよ。けどある情報は得る事が出来たぜ!あいつの能力についてなんだがな……」
と転生者の情報をやっと得られそうな所だったが、後ろから誰かが話を止めに入る。
「そこまでにしておけ、お前は口が軽すぎる。そいつはまだ信用ならんからな。奴らの手先の可能性も有り得るから慎重に動け、フー君」
ファウストの後ろからヌルッと現れた男は、全身がすらっとした身体をしているが、血管が浮き出たカッコいい腕をしており、所謂細マッチョというイメージにピッタリな男だ。長く青い髪の毛は煌びやかな海を想像させる。顔付きも女性から持て囃されそうなイケメンであり、眼光は鋭いが名前の呼び方にギャップを感じる為、優は初対面でありながら優しそうな人と感じてしまう。
「”フォロス”よぉ……ちと警戒しすぎてねえか?確かに何人か手下らしき奴は来たけど俺達で嬲り殺しにしたじゃねぇか。俺には人を見抜く才能があるんだから安心しろってな?こいつは優しい男だ、間違いないぜ!なぁ優」
ファウストに嬉しい言葉を掛けられ若干俯きながら照れてしまう優だったが、取り敢えず怪しまれない内にささっと自己紹介を始める。
「自己紹介が遅れました、神木優です。ファウストさんにはお話ししておりませんでしたが……俺はその……転移者なんですよ。もし怪しいと感じて気分を害されるのであれば私はこの街からすぐに出て行きますので」
『転移者?』と二人は口を揃えて喋りは心底驚いた表情をした後、フォロスは優に対して明らかに軽蔑した目をこちらに向ける。
だがこれは仕方のない事だ。転生者田上は自身の持つ強大な力を振りかざして、自分だけが幸せになる様なおぞましい国に作り変え、その最中にどれだけの人間が犠牲になったかと思うと吐き気を催すくらいだ。だから転移者と聞いて嫌な顔をするのも当然であり、田上と同じく異世界からやって来た優を信用するのは簡単な事ではない。
ファウストは真剣な表情でフォロスに向かって「取り敢えず、話を聞いてみない事には何も始まらねえよ。優はあの転生者と同じとは思えねえ、俺の感は結構当てになるだろ?」と冷静な判断をし、フォロスもそれに同意した様で無言で前を歩き始めた。
「優、付いてきな。この先に集会所があるんだが、そこで話を聞くぜ。後、フォロスは昔から結構疑い深い奴だから許してやってくれな」
ファウストは手を合わせ申し訳ないと言った顔をする。優は「驚かせてしまいすみません。後程、事情をお話しします」と謝罪をして頭を下げ、後をついていった。
5分ほど歩いた後、フォロスは教会の様な見た目をした建物に入っていく。外観はこじんまりとした風貌だが、中は綺麗に掃除されているのか床がピカピカだ。そして中心にはかなり大きい円卓が置いてあり、まさしく集会所と言った感じだ。
「優、ここが集会所だぜ。取り敢えず普通に話してれば何も問題はねえから焦んなよ?」
ファウストの優しさにしみじみするが、頭の中で事の顛末を整理して、フォロスに信用してもらう為に頭を回すが、色々と考え事をしている内に弁解の時間がやって来た。鋭い目付きをしたフォロスが腕を組みながらこちらをじっと見つめて「座れ。そして先程の話を続けろ」と開始の合図を送る。
俺は緊迫した空気の中、誤解を解く為に話を切り出し始めた。