第6話 覚悟
王国兵達を片付けたマルガは家族の元へ急いで駆け寄り『バーラ、マーラ大丈夫ナノカ!』
早口になりつつ二人の容態を確認する。
「私はいいからその子を早く……!」
バーラは奴隷紋を刻まれた後からマーラが息をしていないのに気付き慌てて揺さぶったり、声を掛け続けたりを繰り返していたのだがまるで反応がなかった。
『クソ……戻ッテ来イ、マーラ!』
マルガが回復魔法を繰り返し掛けるが心臓が再度動き出す兆候が見られない為二人は呼吸が荒くなり焦る。
『嫌ダ、マーラハマダ6歳ナノニ……コレカラ色々ナ経験ヲ経テ成長シテイクノニッ!アマリニモ早スギルッ!』
措置が遅すぎた訳でも無い、しかし6歳であるその身には余りにも耐え難い痛みの衝撃が彼女を死に追いやるのだ。
もうかれこれ30分間も回復魔法を続けるマルガは、マーラに何をしても戻ってはこない事を頭では理解しているのだがどうしても蘇生をやめられなかった。
「あなた、もうやめてあげて。これ以上はもう」彼女は溢れる涙で地面を浸しながら嗚咽する。
『何ガアロウト家族ヲ守ルト言ッタノハコノ俺ダ。誰一人欠ケル事ハ許サレナイ!』
マルガには家族を守る事が一種の呪縛のようなものになっていた。
いつしか身体は《鬼神》の状態から前の身体に戻りつつあり彼もまた、死に近づきつつあったのだ。
「あなたのお陰でマーラも喜んでいるわ。だってこんなにも必死に、家族を助ける為に身を犠牲にしてまで王国兵に立ち向かうなんて絶対に出来ないもの。私もマーラも私達にとって”英雄”のあなたを、世界一優しいお父さんと思っているわ」
バーラは既に涙で前が見えなくなっていた。
こんなにも優しく勇敢な夫を、いや”英雄”を改めて誇りに思うのだ。
その言葉を聞いたマルガは手を止め、包み込む様にマーラを抱きしめる。
彼は以前の状態に戻っており裂けた腹から血が垂れ流れている。もう時間は無いのだ。
「そうだな、マーラは優しい子だ。俺が向こうへ行ったとしても何も言わずにまたとびきりの笑顔で『高い高いして!』ってくっ付いて来るんだろうな」
彼は涙を流さずに死ぬつもりだった。そんな事をしたらバーラを不安にさせてしまうだろうし、向こうに行った時マーラに赤っ恥を掻いてしまうから決して流す訳にもいかなかった。
しかし涙は彼の後悔を洗い流すようにとめどなく溢れる、バーラを一人残してしまう罪悪感やマーラを死なせてしまった父親としての情けなさを全てだ。
「バーラ、こっちへ来てくれないか。最後くらい家族と居させてくれよ」
片足を引きずりながら彼の元へ着くと静かに寄り添う。
「本当に幸せな10年間だったよ。俺には勿体無いくらいの幸せだった。でもねバーラ、これから先”転生者”の統治が続くだろうが確実にこの国を救う救世主が現れる」
彼はそう言いながら邪神が描かれた黒い本を取り出す。「あなた、そうだったのね」と答えるマーラに続けて話す。
「これは俺の隠し続けてきた大切な書物だ、お前に託しておく。色々押し付けるようですまない、勝手に禁術魔法を使った事も謝るよ」
マルガはそう言うとバーラに口付けを交わし「バーラ、今までありがとう。お前達と過ごしてきた日々は死んでも忘れないさ」とボロボロになった身体を横にする。
「マルガ、マーラ。あなた達と出逢えて幸せでした、心から礼を言います。本当に今までありがとう。向こうでゆっくりと休んでいて下さい」
「あぁ、そうさせてもらうよ」そう呟く彼の意識は段々と薄くなり、彼の目はゆっくりと閉じられてゆく。
そして二人の頭をバーラは優しく撫でると、二人を抱えながら傷付いた足を無理やり起こし、ユーム村へと進んで行ったのだった。
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「これが私の過去の話だよ。慰めて欲しいわけでもないの。けど優ちゃんに知っていて欲しいのはこんな事が昔ザーグで行われていて未だ現在も続いていると言う事。悲しい話を続けてごめんね。けど、これ以上私達のような悲劇を繰り返す訳にはいかないし、優ちゃんもこれからザーグに行くつもりなのでしょ?」
と先程の話から表情を一転させ、優に真剣な眼差しを向けて質問する。
「バーラさん、私がザーグに行くと何故分かったのでしょうか? それらしい話は全くしませんでしたが」
彼女はこれからの優の行動に全て気付いたかのように振舞っており。預言者か何かなのか、その勘づきに多少ビビる。
「さっきの話にも出たけどね、この本だよ」
と懐に入れておいた黒い本を取り出す。その本は肌身離さず持っていたようで綺麗に装丁されている。
優はこれから話すであろう大切な話を改めて身を引き締め耳を傾けた。
「この本の内容と言うのは起こった事実と寸分違わない”預言”が記されているんだよ。過去に起こった出来事と照らし合わせてみても他の預言者とは比べ物にならないくらいキッチリしてるの、でもこれを何故主人が隠し持っていたのか疑問なんだけどね」
そして最後のページを優の方に向けて見せる。
バーラは「でも最後のページだけ預言が曖昧なのよ」と困った顔でため息を吐いた。
優は目を見開きながら本の内容に目を通す。
本の内容はこうだ【いつしか”転移者”が現れるであろう】と彼女の言った通りいつ来るのか分からない様な曖昧な預言が記されていた。
「”転移者”?」ふと気になった質問を彼女に投げかける
先程のバーラの話を聞く限り、”転生者”である田上猛が現れてから既に20年経っている。
優がこの地に訪れる迄の20年もの間、自分以外に”転移者”が現れたのか。そんな事を考えていると質問の返事が返ってくる。
「20年前に現れた”転生者”以降、”転移者”が来たと言う話は聞いていないのよ」
確かにこの世界に来るまでに自分以外が転移していないのならその預言が示す人物は正に優だ。
しかし「いかにも。私が”転移者”です」と言って良いものか当然悩む。邪神の話ぶりからしても機密事項感満載だったし余計な事を喋って首を飛ばされる可能性もあるのだ。いや本当に。
すると突然脳内に突然低い声が響く。
--別に何を話しても良いぞ。任務をどのように遂行するかは全て優、お前に一任しているのだ。じゃあ仕事に戻るぞ。
(ビックリした……)
いきなり脳内に声を掛けられるのだ。慣れない人間からすると心臓に悪すぎる。しかしそれ以上に優の考えている事が邪神に筒抜けになっていると思うとプライベートもクソもない。人の脳内に土足で踏み込むなど非常識極まりない邪神だ。
と優は邪神に筒抜けの脳内で愚痴を吐く。
「大丈夫? 気に障ったかしら」
と、バーラがあまりの話の間に心配そうな顔でこちらを覗き込んでいる。
「あっ、すみません少し考え事を」
我に返った優は慌てて話を整理し、自分の身に起こった出来事を落ち着いた口調でバーラに話し始めた。
「バーラさん、過去20年間誰も”転移”されていないのであれば、予言の通り”転移者”は私です。驚かずに聞いて欲しいのですが、私は邪神によって選ばれた人間でこの国に存在する”転生者”を殺す、という名目でやって来ました」
「なるほどね」と特に焦るそぶりもなく相槌を打ち、話を聞いているバーラをよそに話を続ける
「当然バーラさんや他の方にも迷惑をかけるつもりはないのでご安心下さい。今晩泊めさせて頂いた後、朝方に出発して城壁周りを視察し、密入国する手段を取ろうかと現在考えています」
ザーグは20年間もの間”転生者”によって支配されているのだ、正面から入国するにしても王国兵に連行される未来しか見えない。しかし、その為の密入国だ。
「あの王国を救う為に邪神自らが”転移者”を召喚した? でも優ちゃんの話ぶりと預言書の内容から、嘘を付いているようには見えないわね。なら王国の地図と夫が持っていたこの預言書を持って行きなさい。この預言書に記されている魔法は、優ちゃんなら多分使えるような気がするわ」そう言い、地図と預言書をリュックサックへ詰めて渡す。
「大切にされている書物を貸して頂きありがとうございます。必ず返しに来ます、絶対に」
優は主国家ザーグに住む住民達を自分のこの手で救ってみせると決意した表情をした。
バーラには昔の様には戻れないかもしれないが、かつて家族で幸せを分かち合っていたあのザーグでもう一度暮らして欲しいという気持ちが湧き、今まで乗り気じゃなかった”転生殺し”に若干の使命じみたものを感じた。
「それじゃ、ひとまず話はここで終わりにするわね。取り敢えずお風呂に入って行きなさい、入ってる間にご飯を作っておくわね」
バーラがそう言うと、久し振りに誰かに手料理を振る舞うのが少し嬉しいようで、若干微笑んでいたのだった……。