第5話 家族
バーラとマーラはマルガに言われた通りに、ユーム村へ向かう為国内を南下しており、目的地へ向かう為には城門を通り6時間かけて広大な森林を進む必要があった。
マルガに事情を説明されていなかった二人は城門まで辿り着くと王国兵に捕らえられてしまい「ちょっと、マーラを離しなさい!貴方達は国民を守る王国兵なんでしょ?」「お母さん痛いよ……」二人は王国兵の行動に戸惑ってしまう。
「すまないが新国王の命令なんだ……俺達もこんな事はやりたくないがやらなきゃ殺される。これからお前達に奴隷紋を付けるが、恨むなら新国王である”転生者”を恨んでくれ」王国兵の返答に目の輝きが失われた二人はマルガが先程言っていた「逃げろ」の意味を理解する。
王国兵はあまり抵抗が出来なさそうな子供から奴隷紋を付ける事を決め、手足を縛り実行しようとしていたが、「殺すッ!絶対に殺してやる!」バーラは無我夢中で暴れ叫び、行為を妨害しようと奮起するがバーラは一般人と変わらないステータスである為”C”級と同等である王国兵に対して抵抗も虚しく抑え込まれる。
王国兵は奴隷紋を刻む前に術式を掛け、行動制限の指定や紋章を消せなくするのだが、それも完了し実行する。
--ジュゥゥゥ……
「あ゛づ い゛よ゛ ぉ゛ ぉ゛!」
マーラは限界まで熱した刻印を胸に押し付けられ目は涙で溢れあまりの痛みに呂律が回らなくなり痙攣している。
まだ6歳であるマーラはその痛みに耐えられずに胃の内容物を吐き出しながら気絶した。
娘の苦しむ声が聞こえる。
肉が焼ける匂いがする。
何で娘がこんな目に……とバーラは必死で抵抗するが、抵抗する度に全身を蹴られ殴られてしまい意識が朦朧とし始めたようでかなり衰弱している。
もうバーラは絶望のあまり脳が働かなくなっていた。
そんな薄れゆく意識の中バーラの脳内に走馬灯のようなものが突然流れ込む。
今まで悪い行いなどはしてこなかったつもりだし神への祈りを毎日捧げていた。
良い夫にも恵まれ、最愛である娘も出来た。
これから二人目を作るかどうかも話し合っており、マーラに「妹か弟が出来るかもよ〜?」と言うと「やったぁ!じゃあ優しいお姉ちゃんになれるようにお掃除頑張る! 」とニコニコしながらお母さんに返事をし「お掃除は関係あるのかしらと」苦笑しながらバーラはマーラを抱きしめ上げ幸せを噛みしめる。
--これからだったのに……
「おい、次は母親だ。準備しろ」
王国兵は仲間に再度奴隷紋の準備をさせるが、唐突に地面が揺れる程の衝撃が全員を襲う。
「な、なんだこの衝撃は。別の部隊がやったのか?」王国兵一同は発生源が分からずに困惑するが”元凶”はいきなり目の前に現れ、耳が劈く怒号を響かせる。
『コノ”クズ”共 ガ ァァ ァァァァッ! 』
マルガは先程マーラのあげた悲痛な叫びを1km離れた場所で聞き取った後、全身に力を入れ《ウィンドベール》と言う風の抵抗を無くし自身の進行方向へ追い風を発生させる風魔法を使用し、ここまで”跳躍”してきたのだ。
「撤退だ! あれに勝てるものはこの中に一人としておらぬ! 中将王国兵である私ならば幾らでも誤魔化しが効く、皆早く転移陣へ……」と転移陣へ王国兵達を誘導するが。
『逃ガサン。オ前ラハ何ガアロウト確実ニ殺ス《縛炎陣》』
魔法を唱えた直後、マルガと王国兵達は全方位に火柱がほとばしる”地獄”のような場所に転移する。
「ふん、幻覚か?子供騙しめ。早く先程の転移陣の方へ」そう言葉を吐き捨てた王国兵の一人は走って火柱の中へ向かうが中将に「駄目だ、早く戻れ!」と警告されるが時は既に遅く、男が転がり回りながら「熱 ぃ゛ ぃ゛ ぃ゛!」と絶叫し中から逃げ出そうとするが、火柱は蛇が獲物を食らうような動きで男を絡めとり、男は数秒後には骨すら残らずに焼失した。
「空間魔法か、小賢しィ゛……」
--ブジュ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛
中将王国兵は台詞を言い切る前に首を刎ねられ、その傷口から噴水のように血を撒き散らし王国兵達を更に恐怖の世界へ引きずり込む。
(そろそろ解除されそうだな……)
マルガは力の減少を感じたのか、焦り始める。
『復讐ヲ行ウ程ノ時間ハ余リ残サレテハイナイヨウダ。早ク娘ニ手当ヲシナケレバナラナイノダガ、オ前達ハ確カ奴隷紋ヲ娘ニ刻印シテイタナ?絶望ヲ味ワッタ娘ト同ジ苦シミヲ与エテヤロウ《絶獄転生》!』
詠唱後に現れたのは真っ黒な--門だった。神ですら開け難いのでないかと思うような重厚感があり、歪な輝きを放っているそれはあまりにも巨大で、隙間無く全面に刻まれた人間の顔が王国兵達の絶望を煽る。
「俺だけでいい! 金は幾らでも払うし奴隷紋も解除しよう、助けてくれるよな?」
「いや違う、俺だけを助けるんだ! 家族を一生養える分の金まで支払えるこの俺を! 当然俺が救われるに決まってる」
「俺達は転生者に騙されてこの仕事を請け負ったんだよ、事情なら話せば理解してくれるはずさ! な? 早く止めてくれよ?」
王国兵達は次々にマルガに助けを求めるが、マルガの表情は一切変わらずにその命乞いを見届け、淡々と言葉を紡ぎ始めた。
『《開門》ダ。オ前達ハコレカラ永遠ニ狂気ト絶望ト苦シミヲ味ワイ続ケルノダ。オ前達ニハピッタリノ場所ナヨウダッタナ』
開門されると同時に王国兵は黒き門に吸い込まれ喉が千切れる程に叫び声をあげるが、それすらも無情に吸い込まれ、消えていったのだった。